風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

座席

2011-05-31 20:49:07 | 旅行

急に休日が出来たので、近場の温泉行きのバスに乗った。
 
   先に乗りこんでいたパワー満点の女性グループを避けて、
まだ空いている席を探した。

  きょろきょろしていると、
「あなた、お一人?」と声がかかった。
「私も一人なの、どうぞ、どうぞ、ここへいらっしゃいませ、よかったわあ」
 
   愛想、良すぎるなあ。
  ほかに余席がないなら、喜んでご一緒させてもらうが、
ハナからあまりご親切なのも、どうかなあ。

  にこやかに、失礼のないように気をつけて、ご遠慮した。

   後方の座席に一人で座っていたら、発車間際に、
 「失礼します」と若い男の声がした。

    シメシメ。

    彼は、座るとすぐにイヤホンをはめ、アイマスクをして、
 とうとう下りるまで顔を見せなかった。

   隣に、大男が来たのだから、窮屈には違いなかったが、
 風子ばあさんは、まんざらでもなく、ウフフなのだった。 


俳句

2011-05-30 03:25:55 | 俳句、川柳、エッセイ

昨日会った若い友だちから、
「風子さん、エッセイ読みました、お上手ですね」と言われた。

これはお世辞に決まっている。

続いて彼女の叔母さんの話が出た。

 「90歳になる叔母は、惚けがひどくて、困っているんです、
 そのくせ、俳句だけは、
 これだけは、まあ不思議なことに、どうにか作るんですよ」

     紫陽花の今年も深く濃く濡れて

      なあ~んて、句をつくって、
   それで、けろりとして、ご飯がまだだあ、財布がないって騒ぐそうである。
   
   紫陽花なんかもう、どうでもいいのにねえ、いったいどうなってんでしょうという。
 
    若い友だちが、ほんとに言いたかったのは、
  差しさわりのあるこちらのほうだったかしらと、ひがんでみたが。
  
    心配だなあ、 風子バアサン、大丈夫かしら……。

行列のできる店

2011-05-29 10:30:12 | グルメ

    阪急デパートの地下に行列のできるお菓子屋さんがあるらしい。

    先日、それをゲットして、風子ばあさんのところへ届けてくれた人がいる。

   「すごいんですよぉ、40分も並んだんですよぉ」

    ラスクというそのお菓子は、まあ、はっきり言って、
    特別うまくも、まずくもなかった。
    人が並ぶから、また並ぶ、人気が人気を呼んでいるのだろう。

    それから一ヵ月ほど経ち、その友だちと町中で、ばったり出会った。

    雨降っていやあねえ、というような話をして、別れようとしたら、
    彼女はしばらく、もじもじしたあと、

    「あのお菓子、どうだった?」
     とお礼の催促をした。

         しまった! 

         忘れてた。

     人は、してやったことは覚えているが、
     してもらった方はとかく忘れやすいものである。

    「あ、ありがとう、ありがとう、美味しかった!」
     うまくも、まずくもなかったとは言えなかった。

台風

2011-05-28 12:03:19 | 旅行

風子ばあさんは、今日から沖縄旅行に行くはずだった。

  台風2号のせいで、急遽中止になった。

  二ヵ月も前から申し込んだツアーである。
なにもなあ、今日をねらって台風がこないでもなあ、と恨めしい。

  数日前から、台風情報は伝わっていたが、
そこは風子ばあさん、成り行きがあやしいほどに、
実は、ちょっとばかり、わくわくもしていたのである。

  那覇まで行って、着陸出来ずに引き返してくるか、
ホテルに缶詰めになるか、傘がオチョコになるか……、 飛行機が飛ぶかぎり行くぞ!
と決めていたのだが、今日の今日になって旅行社から中止の連絡が入った。

  去年の夏も、唐津旅行の当日、台風とぶつかったことがあった。

  台風も旅行も、それほど毎日ってわけじゃないのに、
度々ぶつかるってことは、風子ばあさんが「当たりやすい」たちなのかもしれない。

  さて、それでは、宝くじでも買いに行くか。
 いや、いや、梅雨入りらしいこの天候、まずは食あたりに気をつけよう。
 

英語教育

2011-05-27 11:06:46 | 思い出
    
   60年前の中学校、英語授業のことである。

   新一年生の教室では、線のある帳面で、
  大文字、小文字、筆記体のアルファベットの練習をしていた。

    今の中学生なら、
 「なんだよう、今ごろ、ABCなんて、冗談じゃねえや」
  というところだろう。

   なにしろ終戦直後のことである。
  英語教師本人が、外国なんか一度も行ったことがないのが当たり前。
  今なら子供でも、もう少しましな発音の イット イズ ペン がやっとのレベルである。

   中に、トッポイ生徒が一人いて、手を上げた。

  「先生、キッス オブ ファイヤーってどんな意味ですか」

   先生は顔を真っ赤にして、家に帰ってご両親にお聞きなさい、と言った。

   ふうん、と思って帰宅した風子は、
  母ではわからないだろうからと、父の帰宅を待って、
  「ねえ、キッス オブ ファイヤーってなんて意味?」
   と真顔で聞いた。

  父は真っ赤になって、そんなことは学校で聞け! と怒鳴った。

   若い人には、作り話のように聞こえるだろうが、
  キッスって何をするのか? 知らないのがふつうの子供たちだった。
  昭和20年代の実話である。

  嘘と思うなら、ジイサン、バアサンに聞いてみなさい。
  ジイサン、バアサンは、今でもきっと顔を赤くするよ。

石坂洋次郎 くちづけ

2011-05-26 09:52:13 | 思い出

 「青い山脈」「若い人」は、昭和の人気作家石坂洋次郎の代表作である。
   映画化もされた。
 
しかし、そのころ、風子ばあさんは、太宰治にかぶれていた。
   
    ♪ 若く明るい歌声にぃ ♪ 
 
  には、そっぽを向き、にきび面で暗~い顔をして人間失格に没頭していた。

   つまり、せっかく「高校生の石坂洋次郎宅訪問」に指名されても、
  石坂洋次郎の小説はまったく読んでいなかったのである。

   そういう生徒のところに話をもってきた教師も教師だが、
  はいはいと承知した生徒も生徒である。

  もう暗くなりかけた夕方、心きいた母親が言った。
 「いくらなんでも、何か一冊くらい読んでから行ったほうがよくない?」
 
  それから、近くの小さな書店に走った。
 石坂洋次郎の本は「くちづけ」というのが一冊だけしかおいてなかった。

   その夜、あわてて読んで、翌日、母のすすめにしたがいそれを持参して、サインしてもらった。
  ちょっと恥ずかしかった。
 
  大作家と何を話したのか、とんと覚えはないが、
 その様子は記事になり、旺文社の高校時代という雑誌に写真いりで掲載された。
  サインいりの「くちづけ」とともに 今も本棚のどこかにしまってあるはずである。

昭和の思春期

2011-05-25 11:24:15 | 思い出
 
  今から50年前は、ふつうの家には電話がなかった。

   ある日の夕方、
 風子が通う高校の教師が、突然、家に来た。

  あの頃は、どの家も、
 今のように留守にはしなかったのであろうか。

  連絡手段がなかったので、緊急時にはこうして、
 いきなり人が訪ねてくることは珍しいことではなかった。

  雑誌社から学校に連絡があり、
 高校生が作家のお宅を訪問するという企画へ
 参加せよということである。

  明日、田園調布の石坂洋次郎の家に行くように……
 玄関先でおっしゃると、先生は、お茶も飲まずに、
 そのままお帰りになった。

  翌日、田園調布まで、どうやって行ったのか、
 付き添いがあったのか、なかったのかは、覚えていない。

  そのくせ、もう一人、別の高校から来た男子生徒のことは、
 境くんと、名前まではっきり覚えていて、
 その後しばらく文通までしたのだから、
 思春期というのはなかなかに抜け目のない年頃なのであった。

  ちなみに、このころの青少年は、およそ、にきび面と決まっていたのに、
 境くんはつるんつるんの美しいお肌の美少年であった。

 続きはまた明日。

アシスタント その二

2011-05-23 14:31:23 | 仕事
 
   昨日の続き、美容院のアシスタントのことである。

  「放射能って、こわいんですかァ~」
  「嘘ッオ~」
  「福井と福島、どっちに原発あるんですかァ?」

   たまりかねた風子ばあさんは寝たふりをした。

   そのせいかどうか、しばらくしたら、
  心きいたふうのアシスタントが代わりにやってきた。

   余計なことは言わず、
  ケープをかけるのも、液を塗るのもてきぱきと手ぎわよい。
   やれやれ……。

  やがて、シャンプー台に案内されることになった。
 立ち上がろうとした風子ばあさんに、彼女は、言った。

 「おトイレは大丈夫ですか?」

  むむむ! 
 それって、若い客には言わないセリフだよね。

  まだ、もらしたりしないからご心配なく、
  行きたいときは勝手に行くわ、と思ったが、
 「ありがとう、大丈夫よ」
  と、しおらしく答えたのだから、齢をとるのは哀しい。

  心きくのも、きかぬのも、過ぎたるは及ばざるごとし。

アシスタント

2011-05-22 11:08:45 | 仕事
  このごろの美容院では、
 トップスタイリスト、スタイリスト、アシスタント、などと、中々に気どった呼び方をする。
 
  これに店長がいて、
 「ご指名は?」
 などということになる。

  今日、その、アシスタントが、風子ばあさんの髪を乾かしながら、
 「私、彼氏いないんですよォ」
  などと言う。

 「ふうん、まだ若いんだから、これからでしょ」
  こうでも言うしかない。

 「でもォ~、友だちにはみんないるんですョオ~」
 「ふうん」
  風子ばあさんは、邪魔されずに週刊誌を読みたい。

  そのうち、
 「あのォ、原発とォ、活断層とォ、違うんですかァ?」
  ときた。
 「違うに決まってるでしょ、話にならん!」

 話にならん! と言われても、彼女は、それが叱られているとは思わない。
 「えっ、ほんとですかァ、嘘ッォ~」
 
 ねえ、ねえ、その「嘘ッオ~」と言う喋り方やめたら、彼氏できるかもよ、
 と言ってやろうかと思ったが、無駄なような気がしてやめた。
  
 彼女は彼女なりに、客を退屈させぬようにと会話を心がけているのかもしれない。
  どちらも、ご苦労さまです。

足裏

2011-05-20 17:16:12 | 健康

 風子ばあさんにも一つだけ自慢できる肉体的な秘所がある。
足の裏である。

  風子の足は大きい。
脱いだ靴は、男の靴と見まごうくらい大きい。
甲高で、足そのものは不細工きわまりない。

けれども、神様もひとつくらいご褒美をくれている。
足の裏だけは綺麗である。

風子ばあさんの入浴は、カラスの行水よろしく手早い。
足の裏など擦りもしない。
特別な手入れなど何もしていない。

それなのに、身体中で一番美しい。
うっすらとピンク色でしみひとつない。

朝起きたときなど、靴下を穿く前に、
いやあ、きれいな足裏だなあとほれぼれ眺める。

いくらきれいでも、
足裏ばかりは人さまにお見せする機会がなくて残念である。

だが、待てよ……。
人さまにお見せすることもないが、
人さまの足裏もまたあらためて見たことがない。

  ということは、ひょっとして、
足裏って、風子に限らず、みなさん美しいのかもしれない。

  ああ、やだねえ、そうとは知らず、自分の足裏をうっとり眺めていたなんて。