風子ばあさんのフーフーエッセイ集

ばあさんは先がないから忙しいのである。

千円

2011-10-28 22:21:56 | 友情
    夜の9時過ぎになって、近くの友人が訪ねてきた。
    雨も降っている。
 
    「どうしたの? 今ごろ……」
     「風子さん、今日もどこか出かけてたね、三回も来たけど留守だった」
    「なにごと?」
    「いやあ、昨日千円借りたから」

    二つ折りにした封筒を差し出された。
    「なにも今夜でなくたっていいのに。水くさいねえ」

    いつも車に乗せてくれるし、おかずはわけてくれるし、
    肩が凝れば揉んでくれるし、彼女は風子ばあさんの良き助っ人である。
    姉妹同然のつきあいである。
    ほんとに千円くらいどうでもいい仲なのである。

    「いやあ、そういうわけにはいかない。
    お金のことだけはきちんとしとかないとね、
    忘れるといけないからね、気になって」
  
    「それはわざわざどうもどうも」
    というようなことで、封筒を受け取り、……またね、とバイバイした。

    ひとりになって取りあえず封筒の中を覗いた。

    ない! 封筒の中がカラッポである。

    うふふふふ……。 なんだか笑いがとまらない!
 
    ちなみに彼女はまだ呆けてるわけではない。
    しっかり者の彼女でもこういうことがあるのだとおかしい。
 
    こんな雨の中持って来てくれたんだもの、
    中味なかったよ、なんて言えない。 言わない。

   たぬきの木の葉っぱじゃないけど、もらったよ、たしかに。
    わざわざありがとう。たまにはこういうこともあります。

    一万円でなくてよかった!

マツタケ

2011-10-23 21:09:14 | 友情
    知り合いのジイサンが、広島へ旧友を訪ねた。

    一泊して帰るとき、彼ら共通の恩師のYに届けてほしいと、
   旧友は、マツタケを一箱、差し出したという。

    お前にはこれをと、すまなさそうに渡されたのは干し柿で、
   福岡へ帰りつくまで、助手席に乗せた貴重品のマツタケの香りが気が気でなかったという。

    とるものもとりあえず、そのまま、まっすぐY氏宅へ寄ると、
   なんとY氏一家はハワイへ旅行中で5日後にしか帰らないとのこと。

    食べちゃうわけにはいかないし、
   5日たったマツタケがどうなるのか、これまでに覚えがないことだし、
   思いあまったが、ええい!っと Y氏宅のマンション管理人に預けてきたという。

    マツタケなんかより俺はこっちが好きだと、
   風子ばあさんにも干し柿をすすめてくれての茶飲み話だが、
   いささか負け惜しみに聞こえないこともなくて、悪いが、ちょっとおかしかった。

正しい日本語

2011-10-20 22:14:42 | 俳句、川柳、エッセイ
    風子ばあさんは、車の運転はしない。
   自転車も、転べば骨折間違いなしなので、
   出来るだけ乗らないことにしている。

    しかし、この秋晴れである。
   過日、少し離れたスーパーまで自転車で行った。

    翌日、近くの友人が、
   「昨日車の中から風子さんを見たよ」という。

    パーマの髪をふわっとなびかせて、
   若いおばあさんが自転車漕いでるなあと思って、
   よく見たら、風子さんだった……とのこと。

   「ねえ、ちょと。若いおばあさんってとこ、気になるなあ」
   「だってそう思ったんだもの」
   「若くないから、オバアサンでしょ、遠目にも、オバアサンってわかったんでしょ」
   「いや、若いオバアサンだなって思ったのよ」
   「違うよ、若ぶったオバアサンだったわけでしょ」

    自転車の前後のカゴに、
   スーパーのビニール袋を沢山積んで、颯爽と走っていたと彼女は言うけど、
   そういうの、颯爽と言っていいのかなあ。

    風子ばあさんは、正しい日本語にこだわるタチなのである。

前略

2011-10-15 16:47:35 | ご挨拶
    手紙には作法があって、
   「手紙の書き方」や「手紙の例文集」などという本が、
    昔はかなり売れた。

    拝啓ではじまって、季候の挨拶、それから、さて……となる。
    終わりは、拝啓なら、敬具であり、前略なら草々である。

    さて、メール全盛の時代である。
    メールにはメールの作法があるのだろうが、
   「手紙の書き方」のように学校では教えてくれないのであろう。

    若者どうし実にのびのびやっているらしい。

    ばあさんどうしは……、やっぱり手紙の延長……、
    前略はめったにいないが、季節の挨拶はどうしても外せない。

    ところが、昨夜、30代の男性から風子ばあさんにメールがあり、
    前略、とあったので、おかしかった。

    ほう、と読んでいったら、終わりのほうで、
   「末筆ながら」とあり、ますます、ほう、であった。

    彼も友だち同士なら、おそらく、末筆ながら、などとは書くまい。

    さては、バアサンに気を遣ったな、とそれはそれで可愛らしいものである。

女子高生

2011-10-12 16:40:37 | バス
 いつもの停留所からバスに乗ろうとしたら、
 乗車口まで女子高生であふれていた。

  正午をちょっと過ぎた時間である。
   テストでもあったのか下校時間と重なったらしい。

    女三人よれば姦しいのは、
   女子高生ならずとも、ばあさん連中だってかわりない。
   理解はしているつもりである。

    しかし、それにしてもピーチクパーチクすさまじい。
   誰が何を言っているのか、聞こえないほどの騒音である。

   おまけにシルバーシートも当然のごとくに彼女たちが占拠している。

    彼女たちを責めているのではない。
   ひとりひとりは、きっと優しい良い子たちに違いない。

    不思議でならないのは、
   学力よりなにより、制服を着たままシルバーシートを占拠する見苦しさを、
   先生たちはなぜ教えないのか。

    それを教えるのが教育というものではなかったか。
   ましていわんや、女子高である。

    制服を着ているときは学校の看板を背負っているのである。

     黙らんか! いい若いもんが、シルバーシートになんか座るんでない!
  
    そう言って教えてやるのが、本当の親切というものである。
  
    しかし、風子ばあさんも、もう老いた。怒鳴る勇気も元気もないので、
    胸のうちでだけ、カッコ悪いよ、あんた達、と呟く。

葬祭

2011-10-11 20:46:01 | 時事
     直葬とは、葬儀、告別式など一切を省いて、
    いきなり火葬場へ直行して火葬することだそうである。

     近ごろ、これが増えているという。

     昔、私の母は、葬式のことを、おジャンボンと言った。
    どこかローカルな地域でそう言い慣わすところがあったのだろうか。

     ジャンジャンと銅鑼でも鳴らし、
    あるいはボンボンと太鼓を叩きでもしながらの葬列ででもあったのか。
    人手も費用もかかることだから、それも大変だったろうと思う。


     業者主導の葬祭場で行う葬儀は、高額なうえに形式ばっているということで、
    最近はいろいろ見直されてきている。
    家族葬、樹木葬、散骨、など……。
    しかし、シンプルの行きつく先が火葬場直行とは……。

    死ねば土に還る、自明の理である。
   ならば、直葬でいっこうにかまわぬではないか、という理屈であろうが、
   なんだかやるせないのは、もの思う秋のせいか。

ピンピンコロリ

2011-10-09 11:06:14 | 健康
    うちのお向かいの奥さんは、いつも忙しそうである。
   風子ばあさんちの台所から、日に何度も車が出入りするのが見える。
   自営業のご主人をよく助けているのだろうと思っていた。

    ところが、今日聞いたところでは、
   実家でひとり暮らしをしているお母さんが倒れたのだそうである。

    自宅療養のお母さんの様子を見るために、
   朝食前の早朝から車を走らせ、いったん戻って自宅のことをする。
   それからご主人の仕事場へも行く、そんな暮らしなのだという。

    お向かいの奥さんは風子ばあさんよりだいぶお若い。
   多分、倒れたお母さんは風子と同じ年くらいだろう。
   人ごとではない。

    大変ですね、と立ち話のあと、所用があってバスに乗ったら、
   葬式に行く途中という別の知人に会った。

   「マア、お葬式、大変ねえ」
   「いえいえ、友だちのお母さんなんだけど、もう90過ぎててねえ、
   友だちは、これで長い介護から解放されるって、ほっとしてましたよ」
   この知人もお向かいの奥さんと同じで風子よりだいぶ若い。

   年寄りの風子ばあさんは、肩身が狭い。
  長生きするのも大変だが、
  では早く死にたいかと言えば正直もう少し生きていたい。

   ピンピンコロリは、子にとっても親にとっても切なる願いである。

遠距離介護

2011-10-08 12:33:34 | 家族
    知人男性のお母さんは、目下、癌で闘病中である。
   病状は進んでいるらしい。

    サラリーマンの彼は、往復五時間かけて
   実家近くの入院先に、日曜ごとに、母親を見舞うという。

    このごろ、個室に移ったんですよ……、と彼は心配している。
   電話だけは毎日かけるそうだが、近くにいるようには行き届かない。

    昨日も電話したら、食欲がなくてご飯が食べられないから、
   今度来るときは、味塩を持って来てくれというんですよ。

    彼は、それを寂しそうに笑って言った。

    彼は一人息子である。

    遠距離介護の息子に味塩を頼む母も哀しい、
   頼まれる息子も哀しい。

    何もしてあげられない風子は切ない。

尊厳死協会 会報

2011-10-07 09:22:38 | 健康
    風子ばあさんは尊厳死協会の会員である。

   延命措置のお断りと、
  緩和医療のお願いなどを明記した宣言書のカードは、
  いつも財布に入れて持ち歩いている。 

   会員には年4回、会報が送られてくる。
  先日、秋号の会報が届いた。
  会員の投稿欄もある。

   その中のひとつに
  「私の尊厳死」という75歳の男性の記事があった。
  よりよい尊厳死を目指したいというご意見が述べられたあと、
  「終末期を見守ってくれる家族と良好な関係を築いておく。
  ちなみに私は以前から、すべて妻の言いなりである」 としめくくられていた。

   すべて妻のいいなりである、のところまで読み、
  思わず一人でくすりと笑った。

   あなたは偉い!

   そうなんです、若いときにさんざん威張っていて、
  最期だけ優しくしてもらおうなんてのは虫が良すぎるのです。

   世のご亭主よ、すべて妻のいいなり……、見習いましょう。
  よく覚えておいて、最期はあたたかく見守ってもらいましょう。

   どっちが先かわからないけど。

桜餅

2011-10-05 10:40:17 | グルメ
   通い慣れた道を、ぼんやりと歩いていた。

   ふっと桜餅の匂いがして、見上げると、
  公園から張り出した桜の樹から赤くなった葉が落ちてきた。


   すごいなあ、桜の葉っぱって、桜餅の匂いがするんだ、と思った。

   しかし、よく考えたらこれは違う。
  桜の葉っぱがいい匂いだから先人は桜餅を思いついたのだろう。

   桜の葉っぱは桜餅の匂いがする……のではなく、
  桜餅は桜の匂いがするが正しい。当たり前の話である。

   だけど……、やっぱり桜の葉っぱは桜餅の匂いがする……
  つまり風子ばあさんは、よくよく食いしん坊なのだろう。