「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

偽りの説明 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (54)

2010年12月04日 23時20分44秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ カンファレンスルーム

  緒方と美和子が 杏子を説得している。

緒方 「いかがでしょう、 奥さん。 ご主人の死を

 無駄にしないためにも、 どうか 臓器の提

 供を 考えていただけないでしょうか? 

 ご遺体を焼いて 灰にしてしまうより、 ご主人

 の体の一部が この世のどこかで 生きつづけ

 て、 誰かを助けているということのほうが、

 ご主人も 報われるのではないでしょうか

 ?」

杏子 「 …… うちの人が あんなになったのは、

 自業自得かもしれないって 思います …… 

 だけど、 内臓を取るなんてこと、 あたしは

 どうも …… 」

美和子 「脳死になると 脳細胞は、 自己融解

 (オートリシス) と言って ドロドロに溶け

 てしまうんです。 そんな状態にしておくの

 は、 かえって 残酷なことではありません

 か?」

緒方 「治療費も 1日10万以上 かかっていま

 す。 移植にご協力いただければ、 ご主人の

 医療費や葬儀費用も 私どもで負担させてい

 ただきます」

杏子 「 …… でもねえ、 金に代えられないもの

 って、 何かあるんじゃないですかねえ …

 …」

 
○ 同・ カンファレンスルームのドアの外

  世良が 美和子たちの話を聞いている。

 
○ 同・ 消化器外科

  美和子が 淳一の交換輸血をしている。

美和子 「また ビリルビンが上がっちゃったね

  …… 」

淳一 「 …… 姉キ …… 頼みがあるんだ。 人に

 嘘をつくのは やめてくれないか ?」

美和子 「嘘 ?」

淳一 「家族の人に 脳死の説明したんだろ ?

 でも 脳細胞がドロドロになるのは 脳死にな

 ってから ずっとあとで、 その時には 臓器は

 もう 移植に使えなくなってる ……。 それに

 医療費がかかるのは、 本当は移植のために

 臓器を新鮮に保つ 治療をする時だって …

 …」

美和子 「どうしてそんなこと ?」

淳一 「世良さんに聞いた …… 」

美和子 「いずれにしても 脳死の人は助からな

 いのよ。 家族の方にも 承知してもらうには

  …… 」

淳一 「患者を騙すのは やめてくれよ …… !

 オレも その人と同じ 患者の立場なんだよ

 !」

美和子 「騙すだなんて」

淳一 「姉キのこと 信頼できなくなるなんて、

 オレ、 いやだよ …… 」

美和子 「ジュン …… 」

(次の記事に続く)
 

見えない死 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (53)

2010年12月03日 21時54分01秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

  犬飼、 美和子、 世良が、 安達の脳血管撮

  影の 写真を見ている。

犬飼 「脳血流も止まってしまった。 完全に脳

 死ですね」

世良 「犬飼先生、 脳血管撮影では、 微弱な血

 流まで 読み取れないことがあるはずです。

 聴性脳幹反応まで 調べるべきではないでし

 ょうか ?」

犬飼 「機械に頼るばかりが 医者ではありませ

 ん。 私たちは 患者の全身状態を把握して、

 経験的に判断しているんです」

世良 「脳死は 今までの医者の経験則を 越えて

 います」

美和子 「でも 脳死と判定されて 生き返った人は

 一人もいないのよ」

世良 「そこだよ、 重要なのは !  “もう元に

 戻らない” ということと、  “すでに死んで

 いる” ということは はっきりと違うんだ。

 元には戻らないけれど、 まだ死んではいな

 い人から、 臓器を取り出すということは、

 例えば、 がん末期で 懸命に死と闘っている

 人から、 臓器をえぐり出すのと 同じです

 !」

犬飼 「それは 頭の中で考えることです。 人間

 が 実際に生きているとは どういうことなの

 か、 あなたもそのうち 分かってくるでしょ

 う」

世良 「脳死とは  “見えない死” なんです !

 あくまで密室で ことを進めようとするなら、

 彼女が単独で行なった 脳死判定のことを、

 僕は公表します !」

美和子 「世良さん !?  そんなことをしたら、

 ジャーナリストとして 墓穴を掘るだけよ

 !」

犬飼 「あれはあなたも同罪の 越権行為です

 よ」

世良 「 ……… (地団太を踏む)」

(次の記事に続く)
 

命の操作 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (52)

2010年12月02日 19時58分37秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 家族室

  緒方が 杏子に説明している。

  美和子と世良も 同席している。

杏子 「 …… はあ …… ?  のうし、 ねえ …… 

 ?」

緒方 「そうなったらもう 助かることはないん

 です」

杏子 「はあ …… でも、 植物状態から 生き返る

 ことだってあるんでしょう ?」

緒方 「脳死と植物状態は 全く違います」

杏子 「あのう …… さっき犬飼先生に、 うちの

 人が 睡眠薬とか飲んでなかったかって 聞か

 れたんですけど、 それと何か関係が …… 

 ?」

美和子 「薬物によって、 脳死と同じ状態に

 なってしまうことがあって、 そうなると 医者

 でも見分けることができないので、 確認し

 たんです」

杏子 「うちの人は そんなもん飲んでなかった

 ですよ」

緒方 「ですからご主人は 薬の影響ではなく、

 脳死に極めて近い 状態なんです」

杏子 「はあ …… でもうちの人は 悪運が強いで

 すからねえ …… 顔色もあんなにいいし、 大

 丈夫ですよねえ …… 」

緒方・ 美和子 「 ……… (やや辟易として)」
 

○ 同・ 脳神経外科

  美和子と犬飼。

美和子 「犬飼先生、 安達さんはどうなんでし

 ょうか?」

犬飼 「眼球頭反射も消失して、 臨床的には

 どう見ても脳死なんだが、 まだ 脳血流が残っ

 ているんだ。 脳死というのは厄介なものだ

 よ」

美和子 「回復の可能性は ?」

犬飼 「もうないと言っていい。 下手に回復して

 ベジタブル (植物状態) になるより、

 いっそ脳死のほうが 本人にとっても幸せかも

 しれない」

美和子 「どの道 助からないのなら、 必要以上

 に 厳密な判定はしなくても …… 」

犬飼 「うむ …… 」

美和子 「それに、 移植で救われる人たちが

 いるんですから …… 」

犬飼 「そうだな …… 」

美和子 「先生、 お力を 貸していただきたいん

 です。 弟はもう 瀬戸際まで来ているんです

  …… !」

犬飼 「分かる、 分かるよ。 悪いようにはしな

 い …… 」

(次の記事に続く)
 

早すぎる説得 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (51)

2010年12月01日 20時37分21秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 外景(朝)
 

○ 同・ ICU前の廊下

  ナースが女性 (安達杏子・ 41才) を

  導いてくる。

  川添が ICUから出てくる。

ナース「(川添に) 安達さんの奥さんです

 !」

杏子 「うちの人は …… !?  うちの人はどこ …

 … !?」

川添 「こちらです。 どうぞ ! (杏子を案内す

 る)」
 

○ 同・ ICU

  杏子が入ってきて、 ベッドの安達にすが

  りつく。

杏子 「あんた …… !?  どうしたの、 あんた、

 しっかりして …… !!」

  世良が驚いて見ている。

  泣きわめく杏子。

川添 「奥さん、 あまり動かさないでくださ

 い」

杏子 「先生、 この人、 どうなるの !? …… 

 助けてよ …… !!  助かるよね …… !」

川添 「落ち着いてください、 奥さん」

美和子 「 ……… (痛ましい)」

世良 「 ……… 」

 
○ 同・ 緒方の研究室

  緒方、 美和子、 世良。

世良 「緒方先生、 まだ早すぎます。 あの奥さ

 んに 臓器提供の説得なんて」

緒方 「平島多佳子さんのオペでは、 提供の承

 諾を 得るのが遅れたために、 ドナーが心停

 止まで いってしまった。 今度は脳死になっ

 たらすぐ 摘出できるようにしておかなけれ

 ば」

世良 「でも 奥さんはまだ 事態を受け入れられ

 ていません」

緒方 「あなたの仕事は 取材ですか?  お説教

 ですか?  私は取材許可を 取り消すことも

 できるんですよ」

世良 「! …… (むっとする)」

美和子 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

睨む人形の目 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (50)

2010年11月30日 21時02分05秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

美和子 「今度は 前庭反射を調べる」

世良 「まだやるのか」

  美和子、 水が入った注射器を 安達の右耳

  に当てる。

美和子 「見てて。 右耳に冷水を注入すると、

 脳が正常なら 眼球が右に寄るの。 これを

 『眼振』 ていうんだけど」

  美和子が水を注入するが、 安達の目は止

  まったまま。

世良 「動かないな」

美和子 「左耳に注入すれば、 通常は左に寄る

 はず」

世良 「動かない …… 」

美和子 「 『眼振』 も消失ということ」

世良 「 …… でも、 何だか変な気もする …… 

 こうやって 色んな反応を調べても、 実際に脳

 の中が 見えるわけじゃない …… 脳は一体

 どうなってるんだろう?  この人の 頭の中は

  …… ?」

美和子 「(答を避け) …… 眼球頭反射を調べ

 るわ。 頭を動かしてみると、 脳死になって

 いれば、 眼球は人形の目みたいに 固定した

 まま動かな …… 」

  美和子が安達の顔を 左に向けると、 眼球は

  美和子をぎょろりと 睨むかのように、

  右へ動く。

美和子 「!? …… (血の気が引く)」

世良 「目が動いた …… !?」

美和子 「 …… まさか …… !?」

  美和子、 恐る恐る 安達の顔を 右に向けて

  みる。

  眼球は左に動き、 美和子を凝視する。

美和子 「(愕然とする) まだ、 生きている …

 … !?」

世良 「本当か !?」

  身の毛がよだつ思いがする 美和子と世良。

川添の声「何をしている !?」

  驚いて振り向く 美和子と世良。

  戻ってきた川添が 入ってくる。

  川添、 注射器や脱脂綿が 置いてあるのを

  認める。

川添 「何だこれは !? 君たちはなんてこと

 を !!」

世良 「す、 すみません …… !」

  川添、 美和子を 安達から引き離す。

  がっくりと膝をつく美和子。

川添 「自分のやったことが 分かってるんです

 か !?」

美和子 「 …… !! (川添を見上げる)」

川添 「 …… 私も バカなことをしたもんだ。

 あなたたちに任せるなんて …… (わなわな

 と)」

美和子・ 世良 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

脳死判定実行 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (49)

2010年11月29日 20時14分02秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61349260.html からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

  美和子と世良、ベッドで眠る安達を しばし

  見つめる。

美和子 「 …… どうみても切迫脳死 …… 」

世良 「 …… 」

美和子 「世良さん、 あたしが判定をしてみ

 る」

世良 「え ?」

美和子 「あたしでも 正確に判定できるという

 ことを 見せてあげるわ。 その目でよく見て

 いて」

世良 「そ、 そりゃ俺だって、 記者として 

 脳死というものを 見てみたいよ。 でも美和子の

 権限では …… 」

美和子 「もちろん できる立場じゃないけど、

 あとで正式に判定するときの 参考にでもな

 れば」

世良 「しかし …… 」

  美和子、 判定の準備をする。

世良 「アルコールの影響は 大丈夫か?  

 泥酔によって 脳死と同じ状態になるんだろう

 ?」

美和子 「この人が発見されてから 6時間経っ

 てるから、 心配ないわ」

  脳波計を観る美和子。

美和子 「まず、 脳波は平坦」

世良 「 ……… 」

  美和子、 安達の目に 光を当てる。

  安達の瞳孔は 開いたまま。

美和子 「対光反射なし」

  美和子、 安達から人工呼吸器を外す。

世良 「あ …… 」

美和子 「驚かないで。 自発呼吸の有無を 調べ

 るの (腕時計を見ながら)」

世良 「本では読んだけど、 こうして3分間も

 放っておくなんて、 生きた心地がしない

 な」

美和子 「これが一番 厳格な方法なのよ」

  3分間、 安達の自発呼吸はない。

美和子 「(呼吸器を着けなおし) 自発呼吸停

 止」

  美和子、 脱脂綿の先で 安達の目に触れる。

美和子 「こうすると、 普通なら反射的に 目を

 閉じるはずだけど」

  安達の目は 開いたまま。

美和子 「角膜反射なし。 …… 今度は 気管粘膜

 を刺激してみる」

  美和子、レスピレーター (呼吸器) の

  チューブを抜き加減にし、 それをキュキュ

  ッと 揺すってみる。

世良 「生きていれば、 咳をするはずだな …

 …」

美和子 「咳嗽 (がいそう) 反射もない。 

 どの項目も ちゃんと基準どおり チェックできる

 でしょう ?」

世良 「ああ、 今のところ」

美和子 「痛み刺激を 与えてみるわ」

  美和子、 安達の乳頭を 強くつねる。

  安達の反応はない。

  ボールペンの先で、 安達の爪の根元を

  ギュッと圧迫する美和子。

世良 「(顔をしかめて) 結構 きついことをす

 るんだな」

美和子 「本人は 全く感じていないのよ。 わず

 かでも意識があれば、 ぴくっとでも 動くも

 のなんだけど」

  ぴくりともしない安達。

美和子 「これが 生きた体に見える?」

世良 「何だか、 モノをいじってるみたいだ …

 …」

(次の記事に続く)
 

何のための判定か …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (48)

2010年11月25日 20時27分01秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ ICU

  川添が 安達にグリセオール、 ステロイド

  などの投与、 人工呼吸器装着など、 蘇生

  術を施している。

  美和子が手伝う。

  安達の脳波計は 平坦を示している。

川添 「脳波はフラット」

  川添、 安達の瞳に 光を当てて確認する。

川添 「瞳孔も散大」

  安達の手足を診る 川添。

川添 「筋肉が弛緩してきている」

世良 「除脳硬直が消えて、 さっきより悪くな

 ったと いうことですね?」

美和子 「(ちょっと驚いて) 恐れ入ったわ、

 いつの間に そんなことまで?」

世良 「(モニターを見て) 脳圧が随分高い …

 …。 脳死、 に近いんでしょうか ?」

川添 「熱心に 勉強されているようですが、

 脳死というのは そんな簡単なものではありま

 せん。 専門家の間でも 見解は一致していな

 い。 ある病院で 脳死と診断された患者が、

 別の病院では まだ生きているということに

 なったりもするんです。 取材されるなら、

 そのあたりを きっちり書いてほしいです

 ね」

世良 「分かっています」

美和子 「川添先生、 脳死判定をしてみては

 どうでしょう …… ?」

川添 「何のために ?」

美和子 「え …… ?  そ、 その結果によって、

 治療法を考えないと …… 」

川添 「ごまかさないでください。 臓器が新鮮

 なうちに 判定をしたいのではありません

 か?  移植のために」

美和子 「いえ …… 」

川添 「佐伯先生、 私たちは 患者さんを助けよ

 うとしているんですよ。 死ぬのを確かめよ

 うと しているのではありません。 そういう

 のを 本末転倒というんです」

美和子 「 ……… 」

川添 「もうつまらないことは 言わんでくださ

 い」

美和子 「 ……… はい」

川添 「(目に手を当てて) ふう …… すみませ

 んが、 少し休ませてもらいます。 夕べも寝

 ていないもので。 患者さんも落ち着いてき

 たようだし、 申し訳ないが 少し観ていても

 らえますか ?」

美和子 「ええ …… 分かりました。 どうぞ」

川添 「バイタルのチェックを怠らずに」

美和子 「はい、 おやすみなさい」

  川添、 出ていく。

  無言でたたずむ 美和子と世良。

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61362317.html
 

二人目の脳死患者? …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (47)

2010年11月24日 20時54分35秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 当直室(夜)

  仮眠中の美和子。
 

○ 同・ 外景(夜)

  救急車が サイレンを鳴らして走ってくる。

  

○ 同・ 当直室

  美和子、 サイレンの音に 目を覚ます。

  時計に目をやり、 部屋を出ていく。

  
○ 同・ 救急通用門

  川添と救急隊員たちが、 救急車から 患者

  を降ろしている。

  美和子が駆けつけてくる。

美和子 「川添先生 !」

川添 「(呼吸用のバルーンを動かしながら)

 佐伯先生、 手を貸してください !」

美和子 「はい !」

  川添たち、 ストレッチャーを押して 走っ

  ていく。

  
○ 同・ CT室

  川添と美和子、 断層撮影をする患者を

  観察している。

  患者の背中には 入れ墨があり、 左手の小

  指がない。

  世良が駆け込んでくる。

世良 「頭をやられた人が 運び込まれたって

 !?」

美和子 「(患者を示しながら) 酔って 喧嘩を

 したそうよ。 鈍器で頭を 殴られたらしい

 の」

川添 「頭蓋骨が陥没しています」

  患者の腕は外旋(がいせん)、 足は尖足(せんそく)

  の状態。

世良 「腕と足が あんなに突っ張って …… 。

 あれが 除脳硬直というやつですか?」

美和子 「ええ、 よく分かるのね」

川添 「(世良にモニターを示し) ここと ここが

 出血の部分です。 中脳をやられて 危篤で

 す」

世良 「(頷く) …… 」

  世良、 患者の所持品を調べる。

世良 「 …… 安達三郎 …… 45才 …… 。

 家族は ?」

美和子 「警察に届けたんだけど、 まだ」

世良 「何か 情報が入り次第、 連絡をくれるよう

 頼んでおこう」

(次の記事に続く)
 

生体肝移植 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (46)

2010年11月23日 21時33分27秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61315411.html  からの続き)

○ 東央大病院・ 正門
  

○ 同・ 消化器外科

  交換輸血をしている淳一。

  
○ 同・ 食堂

  世良が 丼飯をかき込みながら、 本やノート

  を見ている。

  淳一が来る。

淳一 「世良さん」

世良 「やあ、 こんちは。 元気?」

淳一 「まあね (作り笑い)」

  淳一、 世良の隣に座る。

淳一 「よく 勉強してるんだね」

世良 「大事なことだからね」

淳一 「(世良のノートを覗き込む) 生体肝移

 植 …… ?  何、 これ ?」

世良 「うん …… 生きた人の 肝臓の一部を切って

 移植する方法なんだ。 肝臓は 強い再生能

 力を 持っているから、 切ってもすぐ 元の大

 きさに戻る。 これなら 脳死の人から 提供し

 てもらわなくてもすむんだよ」

淳一 「ふーん …… 」

世良 「淳一くん、 それだったら 受ける気はあ

 るかい?  …… 例えば、 肉親のお姉さんから

  …… ?」

淳一 「え ?」

世良 「どうかな ?」

淳一 「 …… 姉キにはその話、 したの?」

世良 「いや」

淳一 「 …… 姉キには 言わないでおいて …… 」

世良 「でも 医者なんだから、 知らないはずは

 ないだろう」

淳一 「 …… (下を向く)」

世良 「それなのに美和子は 脳死にこだわって

 る …… (自問するように)」

淳一 「 …… 姉キが、 自分の肝臓切るのが いや

 だって言いたいの ?」

世良 「いや …… 」

淳一 「姉キを そんなふうに言うな …… ! (目

 に涙がにじむ)」

世良 「そ、 そんなつもりは …… 」

淳一 「(声を震わせて) …… 頼むから、 姉キ

 には そんなこと言わないで …… !」

世良 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

命の質 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (45)

2010年11月15日 19時56分49秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 寺の境内

  美和子と淳一が 石段を登ってくる。

美和子 「まだ 気は変わらないの …… ?」

淳一 「姉キのほうこそ 変わらないのかよ ?」

美和子 「ジュンにも 生きてて嬉しいことが

 できたはずよ」

淳一 「誘導尋問だな」

美和子 「好きなんでしょ?  多佳子ちゃんの

 こと」

淳一 「ボッキします」

美和子 「ジュン、 あんただって 生きたいんだ

 よ。 その気持ちが 生きたいってことなんだ

 よ」

淳一 「 ……… 」

美和子 「ジュン、 多佳子ちゃんのためにも …

 …」

  淳一、 祭壇の前の鈴を鳴らす。

淳一 「(手を合わせて) 死ぬまで生きられま

 すように !」

美和子 「 …… (淳一を見る)」

  階段に 腰を下ろす二人。

美和子 「生きてれば、 きっと幸せなことがあ

 る」

淳一 「生きるって、 長さじゃないよ。 質だ

 よ」

美和子 「 …… 命の質 …… ?」

淳一 「ああ」

美和子 「 “質の低い命” より、  “質の高い

 命” …… ?」

○ インサート・ 高層ホテル

世良 「命に  “質の上下” があるんだろうか

 ?」

○ 寺の境内

淳一 「それを選ぶのは、 医者じゃなくて オレ

 自身だよ」

美和子 「 ……… 」

淳一 「(独り言のように) 選ぶのは、 オレ自

 身 …… 」

美和子 「 …… (つぶやく) ジュンは それでい

 いかもしれないけど、 あたしはどうなるの

  …… ?」

淳一 「え …… 」

美和子 「ジュンは 自分だけ満足ならいいの ?

 自分だけ 純粋に死んでいければ それでいい

 って …… !?」

淳一 「そんな …… (美和子の顔を見る)」

美和子 「(歯ぎしりする思いで) 自分だけの

 命だと 思ってるわけ!?  あたしは 何のため

 に今までずっと …… !!」

淳一 「姉キ …… !? (美和子の腕に手をかけ

 る)」

美和子 「(淳一の手を払いのけて 立ち上が

 る) 少しは 残されるほうの身にもなってよ

  …… !!」

  美和子、 走っていく。

淳一 「姉キ、 待って …… !」

  淳一、 追いかけようとして、 つまずいて

  転ぶ。

  手足が痙攣する。

淳一 「!? …… 」

(続く)
http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61342597.html
 

死者からのプレゼント …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (44)

2010年11月14日 19時27分24秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○ 東央大病院・ 外景
  

○ 同・ 透析室

  透析中の多佳子。

  淳一が付いている。

多佳子 「…… また、 透析に戻っちゃった …

 …」

淳一 「苦しい思いをしたのに ……」

多佳子 「ううん …… 短い間だったけど、 移植

 してもらってよかった ……。 生きてるのが

 楽しかった ……」

淳一 「…… (頷いている)」

多佳子 「…… また …… 植えてほしい ……」

淳一 「え?  あんな、 死にたいなんて言って

 たのに ……」

多佳子 「でも、 もう膵臓 とっちゃったんだか

 ら、 あとは生きること 考えるっきゃない …

 …」

淳一 「た、 逞しいなあ ……」

多佳子 「ねえ、 ジュンくんも 一緒に受けよ

 う」

淳一 「え ……」

多佳子 「ジュンくん、 あたしに死なないでって 

 言ったじゃない?  あたしだって ジュン

 くんに死んでほしくない」

淳一 「 ……… 」

多佳子 「人のもの もらうのがいけないの?

 ジュンくんだって 輸血してるじゃない?

 移植もおんなじでしょ。 大切なプレゼント

 よ」

淳一 「ただし、 “死者” からのね ……」

多佳子 「じゃあ、 例えばさァ、 形見をもらう

 っていけないこと ?」

淳一 「誰かが死ぬのを 待ってるなんて……」

多佳子 「人が死ぬのなんか 待ってないよ、 

 臓器を待ってるんだよ」

淳一 「同じことじゃないか」

多佳子 「全然違う !」

淳一 「オレは人の代わりに 自分が生きたいと

 は思わない」

多佳子 「あたし、 ジュンくんがそんなふうに

 言うの、 かっこいいって思わない !  ボロ

 ボロになっても 生きようとするほうが 偉い

 と思う!」

淳一 「 ……… 」

多佳子 「ジュンくん、 逃げてるだけなんだ !

 恐いんだよ。 体の中に 人のものが入ってく

 るのが 嫌なんでしょ !?  ジュンくんなんて

 臆病なんだ!」

淳一 「タカちゃん ……」

  多佳子、 透析の針が付いていない方の手

  で 淳一の首にしがみつく。

多佳子 「お願いだからァ !  一緒に生きよう

 …… !!」

淳一 「!! ……」

多佳子 「(涙を滲ませる) ジュンくん …… 

 !」

淳一 「 ……… 」

(次の記事に続く)
 

「生死命(いのち)の処方箋」  これまでのあらすじ

2010年11月13日 21時51分51秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/61213313.html  からの続き)

 佐伯美和子 (28才・ 東央大学病院 消化器内科医)は、

 弟の淳一 (18才・ クリグラー=ナジャール症候群) を 救うために医者になった。

 淳一は現在、 光線療法や血液交換の 治療を受けているが、

 いつ 意識障害を起こして亡くなるか 分からない状況である。

 助かるには 脳死者からの肝臓移植が必要だが、 淳一は死を受容している。

 美和子の恋人・ 世良康彦 (33才・ ジャーナリスト) は、

 脳死移植を啓発するため 美和子に付いて 取材を始める。


 東央大病院に運び込まれた患者が 脳死に陥ったが、 淳一は臓器提供を望まない。

 望みを捨てない美和子だが、 患者の肝機能が落ちてきて、 移植はできなくなる。

 一方、 糖尿病性腎症の患者・ 平島多佳子 (17才) に、

 膵腎同時移植が行なわれることになる。

 消化器外科医・ 緒方の 見事な執刀で、 多佳子の手術は成功する。

 手術をきっかけに、 淳一と多佳子は 互いに好意を抱いていく。

 移植によって症状が改善し 喜ぶ多佳子だが、

 その陰には、 臓器を提供した 患者遺族の悲劇があった。


 淳一がついに 意識障害を起こし、 緊急処置が施される。

 多佳子も 拒絶反応を起こして、 膵臓を取り出さなければならなくなってしまう。

 せっかくもらった膵臓を 大切に抱えたまま死にたい という多佳子。

 淳一は 多佳子に生きてほしいと 涙で訴え、 摘出手術は行なわれる。

 決して一筋縄ではいかない 脳死・移植の難しさ、 世良はそれが分かってくる。

 美和子は移植推進のために、 マイナス面は あまり報道しないでほしいと 世良に依願するが、

 世良はジャーナリストとして 真実の裏も表も伝えるのが 使命だと考える。

 二人の間に 溝が生じ始める。

(次の記事に続く)
 

不利益な報道 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (43)

2010年10月16日 22時14分34秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○皇居

  美和子と世良が歩いている。

美和子 「世良さん、 このことはなるべく 控え

 めに書いてほしい ……」

世良 「移植に不利なことは 表に出さないよう

 に、 か?」

美和子 「知らせないほうが うまくいくことと

 いうのが、 世の中にはあるわ」

世良 「いい面も悪い面も 正しく伝えるのが、

 俺の役目だよ」

美和子 「世良さん、 何が目的の取材か 忘れた

 の ?  移植の大切さを 訴えるためだったは

 ずよ」

世良 「大切だからこそ、 下手な隠し立てを 

 しちゃいけないんだ。 信念があるなら 堂々と

 していろよ」

美和子 「ジュンがどうなっても いいって言う

 の?  あなたの弟が !?」

世良 「俺は嘘までついて、 移植推進の提灯持

 ちに なるのはごめんだ。 真実を伝えるだけ

 だよ !」

美和子 「世良さん …… !」

   ×  ×  ×  ×  ×

  堀端の道を 早足気味に歩く世良。

  6~7メートル離れて、 美和子が追って

  歩く。

  
○電車の中

  吊り革に掴まっている 美和子と世良。

  無言。

  電車が駅に着く。

  美和子たちの背中側の ドアが開く。

美和子 「…… じゃあ …… (ドアのほうへ行

 く)」

世良 「ああ、 また ……」

 
○駅のホーム

  美和子が下車してきて、 電車の方に向き

  直る。

  乗降客の合間から 世良の背中が見える。

  美和子、 手を振ろうとするが、 世良は向

  こうを向いたまま。

  ドアが締まり、 電車がゆっくりと発進す

  る。

  世良の背中を 見送る美和子。

  雑踏が消えても、 ホームにたたずんでい

  る。
 
(続く)
 

膵臓 再摘出手術 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (42)

2010年10月13日 21時59分59秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ 廊下

  誰もいない空間
 

○同・ オペルーム

  無影灯。

  手術台の上で 眠っている多佳子。

  執刀する緒方。

  助手を務める美和子。
  

○同・ 洗面台

  水道の蛇口から したたり落ちる雫。
  

○同・ 多佳子の病室

  手術が終わり、 多佳子がベッドに寝てい

  る。

  ベッドサイドの淳一、 多佳子の手を握る。

  すすり泣く多佳子。

  美和子と世良が入ってくる。

美和子 「…… 多佳子ちゃん、 具合は …… ?」

多佳子 「……… (ベッドに顔をうずめる)」

世良 「………」

淳一 「…… だから、 オレ、 いやだったんだ …

 … 移植したって、 結局こんなことになるん

 だったら …… 最初から夢なんて 見ないほう

 がいいんだ ……」

美和子 「…… ジュン……」

淳一 「姉キ、 卑怯だよ …… !  拒絶反応の危

 険性を もっと話しといてくれたら、 タカち

 ゃんだって 手術受けなかったかも知れない

 のに …… !」

美和子・世良 「………」
 
(次の記事に続く)
 

せっかくもらったのに…… 「生死命(いのち)の処方箋」 (41)

2010年10月12日 20時03分46秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ 廊下

  泣きながら走る多佳子。

  美和子と緒方、 両親が追う。
  

○同・ 消化器外科・ 処置室

  淳一が交換輸血をしている。

  多佳子が飛び込んでくる。

淳一 「タカちゃん …… !?」

多佳子 「(淳一にしがみつく) ジュンくん…

 …!  一緒に死のう …… !!」

淳一 「どうしたんだよ !?」

多佳子 「(泣きながら) あたし、 膵臓取らな

 きゃいけないんだって …… !!  それだった

 らいっそ、 ジュンくんと一緒に …… !!」

  美和子たちが入ってくる。

多佳子の母「多佳子、 バカなこと考えない

 で !!」

  多佳子、 わあわあと泣く。

緒方「(多佳子の肩を しっかりつかむ) 多佳

 子ちゃん、 死んじゃいけない !  生きてい

 れば、 もう一度 移植することだってできる

 し、 どんな治療だってできる。 とにかく生

 きるんだ !」

多佳子 「(緒方の手を振り払う) いやあ !!

 放してえ !!  せっかくもらった膵臓 取るな

 んていや !!  せっかくもらったのに ……

 !!」

美和子 「多佳子ちゃん …… !!」

淳一 「(涙が溢れてくる) タカちゃん …… !

 死なないで …… !!」

美和子 「ジュン …… !?」

淳一 「(多佳子を抱きしめ) 死んじゃいや

 だ ! 生きてくれよ …… !!」

  泣きつづける多佳子。

美和子 「…… (驚き)」

(次の記事に続く)