風竿の「人生の達人」烈伝

愛すべき友、仕事・趣味の磯釣り・ゴルフ・音楽、少しの読書などにまつわるあくまで「ヒト」に重点をおいたブログです

sunrise sunset

2010年01月31日 23時59分53秒 | 風竿日記

陽は昇り、陽は沈む

ささやかな私達の人生は、ただ陽が昇り、陽が沈む繰り返しだけなのかも知れない。

しかし、単調な繰り返しの中に人生の機微がいっぱい詰め込まれているのだ。

泣いたり、笑ったりしていつか気づいたらおじさんになっていた。

陽は昇り、沈み、そして今日も一日が過ぎてしまった。

何ということはない、安息日の日曜日であった。不思議なことにスケジュールは何もない最高の一日であったのだ。

ふと、夕方になって口をついて出た歌がある。

 

       

「屋根の上のバイオリン弾き」いいミュージカル映画でしたね。

まだ感受性の強かった、若かりし頃、封切りをスカラ座で観ました。Youtubeを探したら、ちゃんとありました。凄いよね。

           

帝政ロシアの頃、ウクライナ地方の小さな村、貧乏な上に、ユダヤ人迫害を受けながらも、誇り高くつつましく家族を守る、家長テビエと5人の娘のお話。

        

ツァイテルとモーテルの結婚式のシーンで歌われる有名な曲がこれ、sunrise sunset 印象的なフレーズが心に沁みる。

人生の喜びと哀しみを唄い込むようなメロディーが素晴らしい。

 sunrise sunset

日本では今は亡き、森繁久弥さんのロングラン・ミュージカルで有名でしたね。

           

こんな良心的な心に染み入る映画が少なくなりました。

時代なのでしょうか・・・・。

それとも単に僕の感性が老化しているだけなのか・・・。


さかな

2010年01月30日 23時59分59秒 | 風竿日記

 

              「さかな」 

          

                              まど みちを

 

      さかなやさんがさかなをうっているのを

      さかなはしらない

      にんげんがみんなさかなをたべているのを

      さかなはしらない

      うみのさかなもかわのさかなも

      みんなしらない


満月の夜に吠えるのは

2010年01月29日 23時59分59秒 | 風竿日記

そして、とても素敵な満月でした。

新しいニコンのカメラで撮影に挑戦、ブロック塀に固定してブレないように写すのがとても大変でした。

24倍ズームの威力は表紙の写真の通り・・・・。ニコン・タケタクさんどーですか・・・・

満月の夜は男はそれを我慢できなくなる。

体中がやたらとムズ痒くなってきて、みる見る間に体毛が覆い始めて、気がつくと、「グルルルルッワオーン」と遠吠えを始めてしまうんであります。

男は哀しい生きものであります。

居酒屋で一杯、二杯、三杯、四杯、五杯、六杯と杯を重ね・・・。

音楽仲間のお店で二次会へと突入

にんげんはまんげつの夜に唄うようにプログラムされているのだ

荒野の中で寂しさを紛らすために

恋人を探すために

遠吠えをくり返す

言葉と音階の限りない愛の営み

音楽というささやかな愉しみ

パッと呑んで、パッと唄うのも、たまにはいいよねっ。

今年63歳になるマスターもそう申しております。

音響関係の某会社経営者もそう申されております。

その献身的な奥様もかように申されていらっしゃいます。

そして、満月の夜、カメラ機能が判っていないので、こんなおもしろい写真が拾えました。

荒々しいオオカミも、呑みすぎてしまい、帰りは子羊のごとくメエ、メエと泣きながら帰りましたとさ・・・・。

 

 

 


"神様はいる"と

2010年01月27日 23時59分29秒 | 風竿日記

苦い学生時代、天神スポーツセンターの横にフォーク喫茶「照和 」がありまして、よく入り浸っておりました。

そこでは勿論チューリップや武田鉄矢の海援隊、姫野君がいた、ライラック、テキサス決死隊、チューリップの安部が居たハーズメンなんかが連日楽しいライブをやっていました。

その頃やはり群を抜いていたのはチューリップでしたね。

財津和夫、宗田慎二、末広信幸、吉田彰の4人グループでしたが、オリジナルの品質の高さ、コーラスの綺麗さは人気ナンバーワンに相応しいものでした。

その頃の「白い雪そんな雪が私は好き」は今でも大好きな曲なのですが、残念ながらプロになって彼らが演奏することはありませんでした。

さてさて、大発見、何とその頃の曲がYoutubeに貼り付けてありました。これは希少価値、レアものです。何より今から約40年前の自費出版のレコードなんですからね。

このレコードは以前ご紹介しましたよね。

さて、この曲ヴォーカルは元のメンバー宗田慎二さんがとっています。彼も中々いい声でした。

柱時計が10時半 TULIP アマチュア時代の名曲

そして今夜はもう一曲、財津和夫の傑作と言われる曲

  I dream  財津和夫

もう今年の2月で63歳にもなる財津さんですが、枯れた感じがとてもいいです。

宇宙の歌より、私小説風の歌が彼には似合っています。

「生きるといふこと」、「会いたい」、「都会」、「約束」、「心の糸」「僕が愛した犬ドンパ」などいい曲がありますね。

プロデビューを目指して東京に出て行った時、渋谷のジャンジャンなんかでジャズライブによく行っていたらしく、「ジャズを聴いていると、僕らの音楽なんてアホらしい。」って便りをくれたりしたものでしたが、とうとう彼はジャズミュージシャンにはなりませんでしたが、立派に財津メロディを確立したのですから、たいしたもんです。

それにしても「柱時計が10時半」、「ママがパパを愛したように」は昔完全コピーして唄ったものでした。

ああ懐かしい・・・・・。もう一度やりたいなぁ。この曲。


そして、「夕陽を追いかけて」

2010年01月27日 23時59分22秒 | 風竿の音楽夜話

そして、その昔のまた昔、仲間と5人で「ストロベリー」というバンドを組んでいました。

そして、何回かは市民会館や文化会館の大ホールを満席にしたこともありました。

そして、その頃はオリジナルもやっていましたが、主にはビートルズ、チューリップ、ドゥビーBro's、柳ジョージなんかの曲を好んでやっていました。

そして、必ずステージでやった曲がこれ・・・・・。

そして、今夜は夕陽の写真を見ながら、お聴き下さいまし。

夕陽を追いかけて  TULIP

そして、沈む夕陽は止められないけど、それでも死ぬまで追いかけていくという、男の歌

そして、今夜は僕はあんまし語らず・・・・。

そして、写真で勝負する。

そして、昨年ハワイで撮影してきた写真までも動員して・・・・

そして、僕の人生も夕陽が差し込んでいる。

そして、まだ沈むのは早いから、西に向けて走り続けねば


五連チャン

2010年01月26日 23時59分59秒 | 風竿日記
今博多駅です。
先週から今日で飲み会五連チャン、何れも外せない新年会。
さすがに疲れ気味です。今日は適当に流そうと思っていても、腹の中の営業の虫が騒ぎはじめ、アッと気付いた時は、ただの酔っぱらいオジサンに!
余程前世の因縁なのでしょうか。カルマを背負っているのでしようね。

父と子

2010年01月25日 23時59分38秒 | 風竿日記

水田をあゆむ クリアファイルから散った真冬の譜面を追って

                       笹井宏之 歌集「ひとさらい」より

 

類稀な才能を持った息子は、そのナイーブさ、研ぎ澄まされた感性の宿命なのか、病に倒れてしまい、床に伏してからもなお、自己表現の手段として、

ときには尖ったジャックナイフのように、

またあるときには、たおやかな山のような優しいなだらかな短歌を作り続け、

それはとてもピュアで正直で、極めて洗練されていて、人の心をさらいました。

 

父は音楽を愛し、窯元の後継者として生まれ出でた宿命を背負いながらも、厳しい窯業・陶器販売業界のために、有田にこだわった観光資源や音楽を作り出すために

一昔前に開発されていた「有田の器による碗琴」という楽器ジャンルを復活させ、その可憐な音の輪を300回にも及ぼうとするコンサートで広げつつあります。

この親子は表現者というDNAと宿命を背負われていられるのでしょうか。

何の世界でも同じですが、自己表現に妥協は許されませんから、それは極めて厳しい修行の一種となりましょう。

一見楽しそうに映る音楽ですが、一度入り込めばとてつもない迷路のような世界、表現者として認められるまでには、自身の魂とエネルギーをミューズの神に捧げねばならないのであります。

 

一見素材としておもしろく奇をてらったように見えるお茶碗・どんぶり・湯飲みのシロフォン的な碗琴演奏ですが、これを「皿リ」と弾きこなすには、父たる孝之氏は音楽の神に魂を捧げた筈なんであります。

 

不況で喘ぐ有田の町に音楽の癒しと愉しさ、そして力を・・・というムーブメントを静かに、しかし着実に根付かせていられる。凡人には出来ない。

そして人にひけらかしもしない。

父が父なら、子も子なのではなかろうか・・・・・。そう思わされ始めました。

有田焼のオカリナ、横笛、ドラムまであるんですからねぇ・・・・。参った。降参。脱帽

 

宏之くんの「SASAノート」の中の「少女」「さくら」は初期の作品なのですが、とても素晴しい・・・・。゛しかもあの若さでジャズの素養も織り込んである。

 

聴きたいお方はどうぞこちらから・・・・    SaSa・NOTE 

父は二時間に拘ったコンサートに、400人の聴衆に、目一杯の父と子の表現を伝えようと・・・しかし焦らずに、淡々と(私にはそう見えた)頑張っていた。熱演だった。

感動的な親子の競演コンサートは終わり、なお会場を去ろうとしないオーディエンスに対して、父はサックスを取りだしたのでありました。

そしてこれが、この楽器が一番好きなのだと思いました。だって一番ピタッと来てるし、第一かっこいいんだもの。

 

アンコールの曲が続く中、私は家路に着きました。

この日たくさんのお客様に気を使っておられたお父様に、これ以上神経を使わせたくなかったからです。

背中からお父さんのサックスが「まだおってよかろうもん」と追いかけてきました。

またいつかゆっくり話せばよいと思って、ゆっくり帰り道を駐車場まで歩きました。

 

 

安易な表現で、この父と子を語るには私如きにはその資格がありませんが、いつかもブログに書いたことがあるのですが、写真も、音楽も、文章も、詩も全部同じ水脈で繋がっているのですね。

そして筒井さんとも黒髪山系の地下水脈で繋がっているような気がします。

 

自己表現者たる父と子は、とても高い山に登られているのでした。

 

冬用のふとんで父をはさんだら気品あふれる楽器になった

                笹井宏之  歌集 「ひとさらい」より                                    

帰りの道すがら、父は400人のお客様に演奏したのか、それとも一人のために演奏したのか・・・・・・・・・・・・さて筒井さんどっちですか


天才歌人の一周忌

2010年01月24日 23時59分58秒 | 風竿日記

有田に行ってまいりました。

笹井宏之さんの足跡を訪ね、27歳という早すぎる死の一周忌を弔うために・・・・。

そして言葉が見つからないほどの感動的な一周忌コンサートに、聴衆の一人として参加させて頂き、いまだ覚めやらぬ状態でパソコンに向かっているのです。

歌人笹井宏之さんについては、ちょっと前に私の拙いブログでご紹介をしていましたので、詳しいことはこちらをクリックしてアーカイブされて下さい。

「ひとさらい 必ず風は吹き、雲は動く」

「不世出の歌人笹井宏之の世界」

「不世出の天才歌人笹井宏之 その2」

「天才リターンズ」

「紅の翼で 宏之くん寒椿忌に寄せて」

しかし、彼の処女歌集「ひとさらい」や彼の作曲・演奏した音楽に触れる度に、おじさんの疲れた脳細胞に強烈な電気信号が送られてくるので、少しくどくなるかも知れませんが、二日間に分けてお話をさせて頂きます。

まずは会場の有田ポーセリンパーク、ツヴィンガー宮殿に入れないほどの多くのお客様・・・ざっと400人ほどのお方が詰め掛けていらっしゃいました。

短いご生涯だったのに、彼を愛した人の多さを思わされました。

清楚な献花台には彼の遺影が美しい花と共に、私も勧められるままに白いカーネーションを一本たむけました。

そしてお父様の話を聞いていますと、どうやら宏之君は音楽家志望のようで、短歌のイメージが強かった私には、知ってはいたものの、まさに新しい宏之君の発見がありました。

彼の楽曲作品は以前私のブログからリンクを貼った折に、全作品を拝聴していたのでしたが、その感性の高さと完成度の高さには同じく音楽を演奏する者として、かなりのショックを受けてはいたのでしたが、思うとおりにならない自分の体のエネルギーを振り絞って作曲活動に励まれたとか・・・・。

短歌は寝たきり状態となって音楽活動が叶わなくなってから、ベッドの中でも出来る自己表現の手段として始められたもののようです。

彼の音楽作品が丁寧に、大切に披露され、その後お父様の碗琴演奏が始まりました。

有田焼のお茶碗や湯のみ、どんぶりで音階を探しながらの演奏なのですが、磁器の乾いた音が会場を包み込みました。

数多くの曲をご披露されましたが、一回のとちりもなく、演奏技術の高さと表現力はまさにプロ級のレベルで、筒井孝之さんの碗琴にかける想いの高さを感じずにはいれませんでした。

そしてオカリナの演奏も・・・・。

「浜辺の唄」の時には宏之くんの佐賀新聞文芸最優秀賞を受賞されたあの歌を思い出さずにはおれませんでした。

冬ばってん「浜辺の唄」ば吹くけんねばあちゃんいつもうたひよつたろ 

この歌は母方の祖母が亡くなられた時に詠んだ短歌だとか・・・

お父さんの宏之君に語りかけるような朴訥とした話も、とても心に染み入りました。

昨年の今日は大雪だったそうです。その寒い朝数多の才能を秘めた前途ある青年は紅の空に昇っていきました。

その一年後は打って変わって冬晴れの好天気となりましたが、その空の青さが却って哀しみを深くしました。

二時間ちょっとのコンサート、生前の宏之君の足跡と、お父様の愛情に浸った至福の時間でありました。

ツヴィンガー宮殿の天井にお父様が演奏するオカリナの高い響きが木霊していました。

まるで宏之君の魂が合唱しているように・・・・・。

 

 

一生に一度ひらくという窓のむこう あなたは靴をそろえる                                             

                   笹井宏之 歌集「ひとさらい」より


 

 

 


紅の翼で   宏之くん寒椿忌に寄せて

2010年01月23日 23時59分59秒 | 風竿日記

二十日まえ茜野原を吹いていた風の兄さん 風の母さん

                   歌集「ひとさらい」より 笹井宏之

 

明日は早くして夭折された天才歌人「笹井宏之さん」の一周忌なのであります。

早や一年が経とうとしていて、ご両親さまの悲しみはさらに深くなられ、哀しみへと逡巡されていられることでありましょう。

予てより明日はお参りにお伺いをしたいと希っておりました。

何てご両親さまをお慰めすれば良いのかと、勝手に要らぬお節介を焼いておりましたが、実はとても素敵な一周忌を、宏之さまが一番喜ばれるであろう形で営まれることになっています。

それは音楽コンサートという最高の形で、まだ若かった宏之さんの死を昇華されるのでありました。

勿論私は万難を排して会場の片隅ででも参加するつもりです。

それは心に響き、心に刻まれる、心の震えるコンサートになることは間違いないものと、或る意味で確信しています。

随分と自分もミュージシャンの端くれとして、一曲歌を捧げようと思ったりもしましたが、目立つことは慎んで、じっと心から宏之さんのご冥福をお祈りしようと思わされたのでした。

そしてそれは、秘やかな愉しみの一日となったのでした。

それが忽然と逝ってしまった天才歌人「笹井宏之さん」の祥月命日である明日、1月24日なのです。

彼のもう一つの趣味でもあった音楽を愛でて、彼のことを偲ぶよすがとする。なんて素敵なメモリアル・デーなのでしょうか。

早すぎる死を悼むと共に、このコンサートに対しまして最大級の賛辞を贈らせて頂きたいと思います。

その感動的であろうコンサートの詳細は次の通りです。

 

タイトル  「碗琴コンサート」~ 筒井(笹井)宏之に捧ぐ ~

日  時  平成22年1月24日(日) 午後1時30分~3時30分

会  場  有田ポーセリンパーク ツヴィンガー宮殿

           有田町戸矢  TEL:0955-41-0030

プログラム 1.笹井宏之楽曲集 
【SaSa-Note】 より 
 
             「生命の回廊」「桜」他 2001年~2005年夏の楽曲鑑賞

         2.碗琴・オカリナ・連鉢による≪有田磁器のしらべ≫ 他  

                                    演奏:筒井孝司さん(お父様であります)

 

さて、武雄市周辺のお方で、お時間のあられる皆さんは是非コンサートにお出かけ下さい。一緒に天才歌人の早すぎる死を悼み、共に祈りましょう。

ゆっくりと上がっていってかまいません くれない色をして待っています

          歌集「ひとさらい」より笹井宏之



炎の業務部長会議

2010年01月22日 23時59分59秒 | 風竿の信用金庫は頑張るのだ

22日は佐賀・長崎の6信用金庫の業務部長会議がわが町武雄で開催されました。

業務部長さんといえば会社で云えば営業部長さん。

車のエンジンなんであります。

その分プラス思考で前向きで元気でなくてはなりません。

そんな連中の会議なのですから、議論百出。皆んな燃えに燃えます。当然充てがわれた時間だけでは足りるはずもなく、意見交換は夜にまで及びます。

ということでいつしか泊りがけで情報交換と親睦を深めることになってしまいました。

宿は奥武雄温泉「四季のそら」さん

とても美味しい会席料理に旨い酒も手伝い、話の弾むことといったら・・・・・。

みんな筋金入りの信金マンばかりですから、一番お客様の身近にいて、社会にもまれた男ばかり・・・・。とても話が合います。

不況感は蔓延していて、厳しく凍りつくような寒さの経営環境の中でも、じっと耐えて美しい花を咲かせている寒椿のように、業務部長は頑張らねばならないのであります。

そんな想いを込めて、帰り着いて我が家にも寒椿を活けてみました。

燃えるような花芯に見とれながら・・・・・。