風竿の「人生の達人」烈伝

愛すべき友、仕事・趣味の磯釣り・ゴルフ・音楽、少しの読書などにまつわるあくまで「ヒト」に重点をおいたブログです

大つごもり

2009年12月31日 23時59分59秒 | 風竿日記

いよいよ今年も最後の最後、大晦日となりました。

今年一年、色んなお方にお世話になり、何とか年を越せそうです。まことに有難うございました。

一年の感謝と来る年の安寧を祈って、お寺さんに除夜の鐘をつきにいきました。

三間坂の東光寺さん、ご住職さまとはとてもご懇意にして頂いておりまして、ご縁に甘えて渾身の一突きを・・・・・ゴーンと

煩悩は108とか・・・私の場合は一桁多いのではと・・・・。

その後支店長時代から通算15年通っている黒髪神社へ・・・・・。

ここはとても歴史の古い神社で、おごそかな雰囲気がとてもいいのです。神社総代さんにお取引先が多数いらっしゃって、参拝客にお神酒と甘酒の接待をなさっています。

そのこともあり、年の晩に必ずご挨拶に行くようにしています。

この地区の支店長には必ず参拝せよと指示をしていますが、中々・・・・。地域金融機関というものが判っているのか!と今年最後の愚痴を云ってしまいそう。小言爺の悪い癖。

この焚き火を25年間続けて守っているのが田代工務の社長さん・・・エライ

最後に武雄神社へ・・・・入り口の前には露店が一杯

険しい階段の上には肥前鳥居が待っている。その下に独特の魔よけの門が取り付けられている。

境内は若い人が一杯、カップルがやたらと多い。

日本もまだ捨てたものではないぞ。

神社に参詣するとは・・・日本人の心を捨ててないということか。

さて、2009年はこうして無事に幕を下ろしました。

かけがえのない、親しい友人を、二人も亡くした苦い一年でしたが、ともあれ変化に富んだ一年ではありました。

どちら様もよいお年を、お健やかに、お迎えくださいますように。

一年本当にお世話になりました。また来年もよろしくお願い申し上げます。

 


今年の10大ニュース

2009年12月30日 23時59分59秒 | 風竿日記

本日仕事納めでした。そして最後まで友人の誕生日兼忘年会で酒席に出席致しました。

これで今年の全日程終了・・・・・。

明日はいよいよ大晦日、正月を迎える準備をせねばなりませんね。家のことに精を出したいと思います。

という、ホッと一息のところで、今年のプライベート10大ニュースを整理しておきたいと思います。

1,最大の友人の死10月 思い出せば今でも泣いてしまいます。そして5月には仲の良い友人を・・・共にガンで亡くしました。彼らの死に報いるためにガン撲滅運動を興しています。そして改めてかけがえのない友人であるお二人のご冥福を祈ります。

2,西九州信用金庫さんとの合併、いよいよ来年2月15日武雄に本店を置く「九州ひぜん信用金庫」が新しく誕生することになりました。合併準備に追われた一年でしたが、一番大切な「心の合併」に向けて、さらに頑張るぞ。

3,8月に一週間のハワイ旅行に行きました。常夏の楽園に行って夢だったゴルフを楽しみました。ハワイの海と夕焼け綺麗だったなぁ。夢のような一週間でした・・・。ああ。

4,ガン撲滅推進市民大会に北村尚志君と「あなたの手紙」を唄う。冒頭私が書いた「蝉時雨」が朗読されました。パネラーとして意見も申し述べさせて頂きました。貴重な体験でした。この伏線には「周南いのちを考える会」代表の前川先生との出会いがありました。とても素晴らしい活動家というか、主婦というか・・・。

5,ミュージック・イン・武雄復活 28年ぶりに野外ライブ復活、ウエスト・ウィンズで出演、演奏はイマイチだったけど楽しかった。忌野清志郎の「スローバラード」をピアノで唄いました。

6,FM佐賀の「週末はざっくばらん」に出演 人生論を話しました。飯地紀美子アナウンサーとても素敵なお方でした。トーク番組は初めての経験でしたが、面白かった。

7,那須高原・長瀞・横浜へ行きました。大阪、東京へもまいりましたが、この三ヶ所は初めての旅行となりました。とても美しい所で、目を閉じれば今でも綺麗な情景が浮かびます。那須高原、アフラック創始者の大竹最高顧問さまとの出会いも有難いものでした。

8,武雄ライオンズクラブ結成40周年、アトラクション委員長として第二部を仕切りました。北村尚志ディナーショー良かった。

9,おじさんバンド仲間の還暦三人衆のお祝いライブを4月にやりました。みんな元気なこと・・・。僕もあと何十年か経てば・・・。

10,3月26日からブログを始めました。この快挙によって私のささやかな人生がパッと開きました。新しい人脈が広がり、とても有難いコミュニケーション・ツールを入手した思いです。そして何よりも今まで見過ごしていた、目の前の何でもない光景が光りだしました。私にとっては新しいカルチャーショックでありました。

今日まで280日が経過、訪問者は153362名に閲覧していただきました。身に余る光栄の極みと思わされています。感謝です。

そしてこの10大ニュースは夫々、全部ブログの記事に綴っております。今まで過ぎ去ったことは努めて忘れていましたのに・・・

次点 Youtubeに私の画像が4点貼られたこと・・・。これもブログを始めてならではのこと、全世界に私の歌と動画が配信されているなんて・・・・。田舎のおじさんにとっては凄いことです。

ブログを始めたことで実は写真にも興味が湧きました。今年のベストショットの一枚、「若木ゴルフ倶楽部の夕暮れ」です。

さて、色んなことがありすぎた一年でしたが、振り返ってみると、実に泣き笑いの一年でした。本当に思い出の深い一年でした。何もかもが包含され、何もかもが人生の縮図のような・・・。

皆さんはいかがでしたか・・・・・。

世界が平和で、子供たちが笑顔でいられて、来年もよい年であられますように、ささやかですが、心から祈っております。

                                風竿 謹啓

 

 


人類はガンを克服できるか

2009年12月29日 23時54分32秒 | 風竿日記

三夜連続のNHK特集、立花隆氏の番組を拝見しました。

BS1でのものでしたので、見なかったお方も居られたかとは思いますが、今日は私の予想を超えた展開でした。

何と昨日私がご紹介した野の花診療所の徳永進先生がご出演されていたんである。昨日のNHKに対する暴言は取り消し。

医は仁術を地でいく町医者先生なのだが、やっておられることは半端ではない。

武雄で言えば「かいぼー先生」のようなご風貌、とても素敵なドクターなのだ。      

         

ここで、先生の素晴らしいエッセイを無断で転用、怒られたら鳥取まで謝りにいかねばならない・・・・。

          最後のコーヒー                          

                                徳永進

 


  木曜日の午後は往診に行く。川口ナースと行った。あちこち回って五軒目が小学校の校庭の裏で二人暮らしの九十三歳の岸田宙さん。よく心不全を起こして入退院を繰り返し、スタッフとは顔なじみだ。 
  往診の時は、いつも奥さんがコーヒーを出してくださる。「急いでますので」とか「前立腺肥大なので」とか言って断ろうとすると、「うそ、うそ。疲れ直しに一杯」とか言われ、ついついよばれることになる。時にはケーキ、和菓子、メロンやポテトサラダが出ることもある。おいしい。宙さんはその光景を静かにベッドで見守っている。
  ピンポーンと押して、そのままベッドに向かっていった。「あっ先生」と台所でテレビを見ていた奥さんのいつもの明るい声。ガスこんろの点火音がする。テレビが消される。「かゆみと大声、どうですか?」と聞く。「軟こうが効いて、夕べはよく眠りました。お昼は少し食べて、先ほどから寝だしました」「よかったですね」と言って、ぼくはベッドの端に腰を掛けた。
  岸田さんの耳の色、おかしい。肩も胸も動かない。呼吸、止まっている。角膜反射も消失。川口ナースも手を取り、うなずく。「奥さん、ご主人の息、」「はい、何ですか?」「息が止まってるようです」。川口ナース、奥さんの肩を抱き、「おなかはあったかいですよ」と奥さんの手を宙さんのおなかに乗せた。「温かい。ほんとに」「今だと思います。ついさっき。午後三時、です」
  沸騰音がして、奥さんがガスこんろの火を消し、戻って、宙さんのおなかに顔をうずめ、急におえつされた。
  昼間は枕元にいつも流れていたミサ曲が、まるでこの瞬間のためにあったかのように、二人を包み込んだ。黙とうして辞そうとすると、「コーヒーを」と奥さん。「いえ」と答え、そうだ、お別れは宙さんも好きだったコーヒーがふさわしいか、と思いついた。「でしたら今日買ったメロンとイチゴも」と奥さん。川口ナースがガーゼでメロンを搾り、枕元に三品が並んだ。「ごくろうさま」と奥さんが宙さんの口をぬらした。失礼しようとすると、「コーヒーを一杯。いつも通りが、動転した私の気が落ち着きそうで」、と涙声。宙さんが見つめる中、最後のコーヒーをいただいた。

  「すぐに死後のケアの用意して戻ってきますから」と川口ナース。岸田宅の玄関で一礼すると、校庭を走る小学生たちの声が五月の空に響いてきた。

 

 

 

こんな素敵な先生なのです。この先生こそ「クオリティ・オブ・ライフ」を心底理解された素晴らしい医療を貫いておられます。

ドキュメンタリーの中で最後の時を迎えたガン患者さんが気にしておられた田んぼの稲の写真を撮りに走る先生の優しさ・・・・。

「がん哲学」という捉え方。今夜は感動ものでした。

先生には是非、一度武雄でご講演を賜りたいものであります。

私が先生を知るきっかけとなった本をご紹介させて頂きます。

詩人の谷川俊太郎さんとの共著です。とても素晴らしいご本ですので、強くお勧め致します。

           

朝日新聞社 定価760円 佳書中の佳書であります。


クオリティ・オブ・ライフ

2009年12月28日 23時59分34秒 | 風竿日記

立花隆というノンフィクション作家がいらっしゃる。

あのロッキード疑獄で首相のまま逮捕された田中角栄氏を追い込む切っ掛けとなった「田中角栄の金と人脈研究」を著したことでつとに有名になったお方。

「脳死体験」や「宇宙からの生還」といったテーマにも取り組んでおられる。文系の視点で科学とサイエンスを解く発想が、とてもおもしろいと思う。

私と少しだけ親交のある梅宮辰兄いと幼なじみ、水戸の同じ町内同じ中学、同じ陸上部で、とても仲良かったらしい。

 

その彼は2年前膀胱がんに侵されていたことが判り、自らの体をモチーフとしてノンフィクション作家として、ジャーナリストとしての血が騒いだのが、NHKスペシャル「人類はガンを克服できるか」の番組企画なんである。

この番組の評論は差し控えたいが、はじめの内は今をときめく当世随一のガン研究者やドクターがコメントするので、メモを取りながら耳をそばだててテレビに噛り付いた。

転移のメカニズムやガン幹細胞を発見したMT工科大のロバートワインバーグ教授やスタンフォード大マイケル・クラーク教授のコメント・・・ガンとは60兆からなる多細胞体である私達の、「生命維持システムそのものがもたらす本質的で宿命的なリスク」であるという言葉には深く考えさせられた。

すなわち究極の元凶、ガン幹細胞本体を撃退するには、正常幹細胞をも傷めつけることになる、という現代ですらまだ解明の入り口にも立っていない医学水準の問題に帰結するからだ。

それはそれであろうが、題名「人類はガンを克服できるか」と煽っておいて、その内容はガン患者の耳目が集まってくるという想定をされたのかという、ジャーナリズムの良心を疑う編集内容であった。

恐らく多くのガン罹病者の方々は、希望を失ったのではないだろうかと危惧の念を抱いた。

いかに本人がガンだからといって、軽々しくお茶の間テレビで採り上げるべき内容ではない。

まして一年に33万人が亡くなるという死亡率第一位のやっかいな病なのだ。三人に一人が死んでいるという現実の病なんであるのに・・・・だ。

国民的な放送局NHKが罹患者のクオリティ・オブ・ライフを無視したような、ワンサイドの放送を投げつけていいのだろうか・・・。

むしろ、インフォームドコンセントが進んだ現在の医療体制の中で、「クオリティ・オブ・ライフ」をどう尊重するかということに関して、その受け皿が万全でない社会環境にも問題があるのだが、ガン克服できるかという命題に沿ったドキュメンタリーにしては、一部分しか描けてない、中途半端で甚だお粗末すぎたのではないかと思えた・・・・。

つまりは、生存率とか縮小率というガンにまつわる尺度の中にQOLという尺度も加える必要がある側面に切り込んで貰いたかったのであるが、欲張りであろうか・・・。

第三夜はガンとどう向き合うか・・・・というテーマなので、明日の続きを見てから論評したいが、永遠の生命を手に入れたガン細胞のメカニズムが解明される日が来るとするならば、逆に生命体そのものも、永遠の命を手に入れるのかも知れないと直感的に思ったところでありました。

飛躍しすぎではありましょうが、50年前のアメリカ人女性のガン細胞が未だに増殖し続けて元気に行き続けている現実を目の当たりにしたときに、そう直感したのは私だけではないと思う。

まあ専門家ではないので、舌足らずなのは当然なのだが、どう生きたいのか。どう逝きたいのか。という関連命題にも医療従事者はもう少し踏み込んで頂きたいものである。

鳥取県に「野の花診療所」という看取り型のホスピス診療所があります。興味のあられるお方は覗いてみて下さい。

 

 


二つのYoutubeの波紋

2009年12月27日 23時59分35秒 | 風竿の音楽夜話

珍しく「おじさんバンド」に出演のオファーがありました。

しかもしかも、ちょっと大きなイベントなのです。

切っ掛けはこの二つのYoutube・・・・・・・・・を見られたお方から

12月8日のライブの模様を貼り付けて頂いたもの。

ちょっと間延びした演奏なのですが、ある友人に捧げたものでありました。

観たいけどアクセスが判らないというリクエストにお応えして、もう一度ブログに貼り付けますね。

 映画「男達の大和」より クローズ・ユア・アイズ

実は霊能力のあるお方から、「友達が来ていらっしゃいましたよ!」って云われた演奏なのでした。

そしてもう一曲は昨年の12月8日の演奏 ビートルズの名曲です

And I love her
 

さてさて、そのイベントは東京で行われるもので、ちょっと出演は無理だと思ってはいますが、一応メンバーとも相談してみたいとは思っています。

そして私達のおじさんバンドなのですが、来年CDデビューすることになりました。

1月からはレコーディングに入ります。

CDがリリースされたら買って下さいね・・・・。

 


19回目の神経衰弱(忘年会)

2009年12月26日 23時59分59秒 | 風竿日記

今年12月なんと19回目となる忘年会に嬉野温泉へ

30年来のおつきあいを頂いている三夜待ち仲間「永島西陵会」総勢12名の皆さんと、「嬉野の町中の酒を飲み干してやる!」との意気込みで、ゴジラが火を吐くように隣町へ

今回の趣向は最近めっきり減ったという、芸者衆のお座敷文化を堪能しようというもの・・・・。

嬉野温泉は「日本三大美肌の湯」を謳い文句にしているだけあって、古くから栄えた温泉地なんである。

そして今回宿泊した「大正屋旅館」は嬉野温泉屈指の名門ホテルなんである。

玄関横の庭園には源泉からの湯煙が温泉気分と風情を漂わせている。

武雄を出発して25分ほどでホテルに到着、7時からの宴会までは1時間半の余裕がある。

実はこの時間的余裕が嬉しいんである。

まずは展望大浴場「四季の湯」で、凍えた体をリラックスさせる。

あぁ何といい気分だろう。ゆったり、のんびり美肌の湯でくつろぐ

温泉はいいねぇ。

湯たんぽ状態まで体を温めると、浴衣にドテラを羽織りいざ出陣

本日のメインディッシュである嬉野温泉芸能組合所属の芸者衆・・・といっても4人さん分の予算しかなかったのだが・・・。

それぞれに得意の踊りをご披露していただく・・・あでやか

そして踊りのレベルが全然違う・・・。さすがに毎日厳しい修行をされているだけはある。

かって嬉野温泉には200名を超す芸者衆がいらっしゃったらしいのであるが、現在では60名さんほどに減ってしまったそうだ。

問題は芸事の厳しい修行に、若い娘さん達がついていけないらしいのである。

ここでも、古き佳き日本が廃れようとしている。そして芸者さんというと色気をイメージしていたのだが、私の頭の固さ・・・・。

けしてそうではないことも今回理解させられた・・・・。

このお方は何と藤間流師範の腕前、さすがに流れるような所作

年齢と共に、私も少しは日本舞踊の良さが理解出来ているような気がしている。

お座敷文化とはツンとすました学術文化ではなく、笑いと艶やかさと思いやりに溢れた大衆文化なのである。

あとはお定まりの二次会へ突撃・・・・・。

唄って踊って大ハシャギの面々なんでありました。

芸者さん達は歌も上手い。

心の裃(かみしも)を脱ぎ、楽しい夜を仲間たちと存分に愉しみ、三次会を終えて凍てつく寒さの中、ラーメンを食べて宿に帰り着いたのは、またしても午前様という、中年不良おやじなんでありました。

あと二回で今年の忘年会も無事に終わります。

そして年が明ければ新年会が、またテグスネを引いて待っているのでございまするぅ。

生きるってことは酒を呑むことと見つけたり・・・・。なんちゃって。

 

 

 


路地裏のおじさんと博多の夜

2009年12月25日 23時59分59秒 | 風竿日記

狂犬病の予防注射をしなくてもいい野郎ばかり三人、クリスマスの夜、中州へと繰り出した。

飲食店の市場調査を兼ねた忘年会なんである。

ど派手なイルミネーションとネオンの表通りと違い、裏通りの提灯横丁は昔ながらの博多の風情が残っている。

雨上がりの路地を千鳥足で、フラフラと歩く。

疲れたおじさん達にはこんな路地裏が似合っているのだ。

浜田省吾が昔そんな歌を唄っていたなぁ・・・路地裏のオジサン

今がまさに旬のトラフグの刺身、唐揚げ、水炊き、白子の茶碗蒸し、そしてなによりヒレ酒・・・河豚三昧のコースに舌鼓みを打つ・・・・旨い、美味い、うまかぁぁぁぁぁぁぁぁ。

学生時代は近づけなかった中州の夜は、ジングルベルと雑踏の中で賑々しく更けていく。

何故か知らねど、乾杯の度に「Merry Christmas !」と唱える不思議なおじさん達なんでありました。

 

「骨の折れた傘さして、水溜りを避けながら

あれは哀しい夢 あれはさみしい嘘 千鳥橋渋滞

髪を切ってしまおう」

40年くらい前のチューリップの歌を思い出した。

博多の街は水溜りがやけに多い。

4軒の店を梯子して、最後は中州名物「宝雲亭」のギョーザとビールでとどめを刺した。磯釣りの友人中村中ちゃんの大繁盛店なんである。

名物一口ギョーザは勿論なんだが、水ギョーザが跳び切りウマかった。忙しくしている彼と、久しぶりの再会を嬉しく感じながら、「二人でまた宮の浦に釣りに行こうね。」って話した。

なぜか心がフッと温かくなった。

中(あたる)ちゃん、とてもいい奴なんである。

こうして宿に帰り着いたのは午前2時半・・・。いやはや中年不良トリオもいいとこなんでございまする。    反省

 

 

 


”Happy Christmas” War is over if you want it

2009年12月24日 23時59分48秒 | 風竿日記

Merry Christmas 

いいクリスマス・イブをお過ごしのことと思います。

私もフライドチキンとワインで、ささやかにキリスト生誕前夜を祝いました。

ピアノで「Amaging Grace」 と 「The Christmas song」、

「White Christmas」 に山下達郎の「クリスマス・イブ」を唄いました。聖夜ですからひときわ感情がこもります。

そしてなんて平和で安息に満ちていることでしょう。

今夜は不思議な夜ですね。

精霊が宿るといえばそんな気もしてくる・・・仏教徒の私がです。

それにしても静かで平和な夜です。

今頃はサンタクロースが大忙しの頃、黒猫やまとさんや佐川急便さんよりも忙しいことでしょう。平和な忙しさ・・・・

 

今日は仕事で終日山内町のお得意先回り、昼食に立ち寄った喫茶店で懐かしい皆さんと再会してとても楽しかった。

実は、僕はこの窓から外の景色を見るのが大好きなのでした。

美味しいパスタの昼食をいただき、平和な昼休みを満喫・・・・。

その平和なひとときに、BGMでHappy Christmasが・・・・・。

ジョンとヨーコの「War is over .If you want it」という美しいクリスマスソングなのです。

それで今夜のブログはこの曲に決まりました。

 

思えば人類の歴史とは戦争の歴史と云えます。私達のささやかな幸せをけして疎かにせず、それを当然のこととして積み上げていくことが とても大切であることを思わされました。

 JOHN LENNON - Imagine & So this is Christmas (War is Over)

そして今夜は特別にもう一曲奮発しちゃいましょう。僕の大好きなクリスマスソング3バージョン目はホイットニーヒューストン

  Whitney Houston - The Christmas Song

それでは世界が平和で、子供たちにいつまでも笑顔が溢れていますように・・・・。


冬至の夜に

2009年12月22日 23時59分50秒 | 風竿日記

今夜は一年中で夜が一番長い日

この日の夜にデートしたカップルは必ず結ばれるという。

ただの平凡な夜に定説の言い伝えを吹きかけた途端に、ロマンチックな夜に変身してしまうのは、実におもしろいものだ。

この夜は「ゆず」をお風呂に入れて入ると風邪をひかないのだとも云う。

一年中ゴム草履で過ごすあの人も「ゆず風呂」に入っただろうか・・・・?

ともあれ、冬至の夜は何事もなく更けていき、私は職場の同僚達と場末の焼き鳥屋さんで酒を呑んでいた。

明日からは段々と昼間が長くなっていく。

自分にとっては一体どちらが良いのだろうか・・・・。

朝型人間とか夜型とか、つまらないことを云うんではなく、ただ感性的な問いかけなんであるが・・・・・。

やっぱり自分は冬至型の人間のような気がする。

因みに「ゆず」は風呂に入れるよりも、お湯割り焼酎に入れたほうが、数段素敵だとおもうのだが・・・・。


アカペラのJAZZ

2009年12月21日 23時59分21秒 | 風竿の音楽夜話

数ある楽器中で一番美しいのは人間の声である。

この世でこの楽器に勝るものはない。

というわけで、僕はアカペラのコーラス、とりわけJAZZが好きなんである。

マンハッタン・トランスファーなんか大好き・・・・・。

Youtubeを聴き歩いていて、最も楽しいのは身も知らぬ他国の音楽家がとても素晴らしいパフォーマンスを繰り広げている時

今夜もそんなミュージシャンを見つけた。

それではさっそくご紹介致しましょう。ただしどこの誰だか知らないのですが・・・・。音は保証します。

The Christmas Song - A Cappella Jazz Multitrack (SSATB)

Multitrackってのは多重録音ということなのだが、彼は一人で5人のコーラスグループを作ってしまったのである。

声の質も中々のものである。息もぴったしである。しかしプロではないのであろう。マニアックな一人ミュージシャン・・・・。

The Christmas Songは1944年アメリカの歌手Mel Torme が作曲したもので前にもご紹介したNatKing coleにより大ヒットした曲

実は今、ひそかにこの歌をピアノの弾き語りで練習している。

クリスマスの夜に唄うためになのだ。

ちょっとさみしくマニアックな気もするが、こんな切っ掛けがないと、中々やろうとしない根っからの怠け者なんである。

ああ音楽の素晴らしさ・・・・。楽しさ・・・・。

自由に表現する喜び・・・・。

生きている実感・・・。

これからも音楽を大切にしていきたいものだと、しみじみ思わされている。

いつしかアカペラのJAZZグループを結成出来るのが、当面の僕の夢なんですね。

夢は必ず叶うもの。ただし本気で想えばの話だけれど・・・。

あと三日でクリスマ・スイブ、ちゃんとThe Christmas Songを唄いこなすよう頑張りまーす。