風竿の「人生の達人」烈伝

愛すべき友、仕事・趣味の磯釣り・ゴルフ・音楽、少しの読書などにまつわるあくまで「ヒト」に重点をおいたブログです

今はもう秋

2010年09月30日 23時59分59秒 | 風竿日記

あんなに酷暑の夏もいつしか逝ってしまった。

旅立ってしまえば、懐かしい思い出だけが残る。

エアコンと心中して毎夜床に就いた、あのうっとおしい日々は

過ぎてしまえば、「あぁ!あんな夏もあったよね・・・」ということである。

そんな過ぎ去っていくものに対する「懐かしみ」、「憐れみ」も日本人ならではの

「侘び」、「寂び」の範疇なのであろうか。

だから強烈なパワーで走り去った夏の残り香が、妙に懐かしかったり

秋の夕日に胸がキュンと締めつけられたりするのであろう。

 

若い頃、まだ高校生だったろうか、進学校という看板を背負い、受験勉強らしきことをしていた頃、

ラジオから聞こえてきた数々の名曲も過ぎ去っていったものではあるが、

この頃になって、私の半ば壊れかけた脳裏で

益々、鮮烈な光を放ってくるのは一体どうしてなのであろうか・・・。

 <!-- 誰もいない海  トワ・エ・モア -->


初秋のこみち

2010年09月29日 23時20分38秒 | 花の日記帳

酔芙蓉ほどなまめかしい花を私は他に知りません。

朝花が開き始め、お昼頃になるとお酒を呑んだかのように、ポッと薄紅色に顔を染め

夕方にはピンク色になって萎んでしまう

何とも可憐でいて、いつしか妖艶な女性になる美しい花

 

朝はまるで白無垢の衣装を纏った花嫁さん

そのえも云われぬ美しさには、眺めていて思わず「ほーっ!」と感嘆のためいきを発せずにはいれません。

この段階でも、首のうしろはすでにお色直しの準備が始まっています。

何とも美しい・・・・・。言葉がでません。

この酔芙蓉の並木道は、武雄バイパスの脇の小道

一日に車が5台くらいしか通らない、忘れられた側道なんです。

今は彼岸花も仲良く咲いています。

濃いピンクの花は昨日咲き終えた花で、白は今朝咲き出した花。

咲き終えたといってもまだ貴婦人の気品と美しさが・・・・

写真を貼り付けていても胸がときめきます。

もう一度、ウェディングドレスの彼女に会って下さい。

いつも思うのですが、一体誰がこんな美しい花をこの世に遣わしたのでありましょうね。

酔芙蓉の咲き乱れる下にはこんな花もさりげなく咲いていてくれました。

酔芙蓉は10月中旬まで愉しめます。

今度の休日、勝負パンツを履いて、もう一度カメラを持って出かけたいと、ドキドキしている私なんであります。(笑)

武雄よかとこブログにもアップしました・・・・。

 

それではJulie Londonがお好きだというあなたに・・・。

 <!-- Julie London - Fly me to the moon -->


光の幻想詩人 新里猛

2010年09月28日 23時59分59秒 | 風竿日記

若木町と朝日町の境にある戸坂峠に山閑人という喫茶店があります。

       

ここのブログはママさんのお人柄と写真センスの良さで、とても秀逸な内容となっていて、私もブックマークさせて頂いています。

ご主人新里眞紗生先生は、音楽を愛され、絵も、版画も陶芸も漢詩もすべて一流という類まれなるアーチスト。

かっては杵島一刀彫の工房で一世を風靡され、代表作の「かちかち車」「きゃあつぐろ車」は、「世界クラフト・デザイン・コンテスト」で見事グランプリを受賞されたという凄いもの。

        これは鼠という作品

そしてこれが・・・『きゃあつぐろ』地元銀行のカレンダーにもなった・・・ただし無断使用で、何にも貰えなかったとのこと・・・・。

      

生前のピカソのアトリエに飾ってあったという逸話もあるくらいの素晴らしいもの。

そのアーチストである先生の作品の中で、一番大きいものは、現在の喫茶店です。

 

杵島一刀彫で大成功を収められた先生は、かねてからやりたくて仕方がなかった陶芸の道を推し進めるべく、北方町に大峠窯を興こされます。

(猛くんの油絵・・・耳が聞こえなくなって滅入っていた時、夢でクマノミが出てきて、耳元で「絵を描きなさい」といったそうです。)

 

長年の試行錯誤の末に、やっと自らが納得できる陶芸作品が完成して、それを見た京都の南禅寺が茶器を全部買い上げたほどの見事な出来栄えで、これから陶芸でも認められる・・・・という時に、信頼して預けていた印鑑と土地の権利書をすべて騙し取られてしまわれたのです。

すべてを失い 無一文になった先生は、失意のどん底の中で、人を避け、ローソク一本の生活を余儀なくされたのち、現在の山閑人のある若木町に土地を借りられたのでした。

(新里眞紗生作 木版画「アダムとイブ」)

土地といっても、荒地もいいとこで、おまけに大きな岩が中央に張り出しているような、とても家など建てられる所ではありませんでした。

しかし、先生は自分の不幸な境遇を呪い、騙した男のことを恨みつつ、それを発奮材料とされ、大きな石を削り、学校の廃材を貰ってきて、なんとその上に家を建てられたのでした。

(猛くんの油絵 わが家)

大きな梁が通されていて、さすがに骨組みだけは人の力を借りたそうですが、失意のどん底でこのような家を立派にたった一人で建てるという一種の生命力には脱帽のほかありません。

喫茶店に行かれれば判るのですが、調度品も、カウンターも椅子も、何もかもが先生の手作りなのですから、驚きます。

そこで先生は絵を描き始め、やがては版画を製作されるようになりました。

(新里眞紗生作 木版画)

インドのシバ神にモチーフを得たシバ神シリーズや、中国の仏塔を描いた壮大な版画作品には、今でも見る人を釘付けにせずにはおれません。

私はその頃に先生と出会い、今でもお許しを得てお付き合いを頂いているのですが、その頃の制作活動とは、まさに鬼神が乗り移ったような凄さ、一度木版に向うと3日くらい寝ないで一心不乱に版画と格闘されていたのでした。

その頃に先生の個展をお手伝いしたり、版画を広くご紹介して回ったりと、少しはお役に立てたのかもしれません。

軌道に乗りかけた木版画の世界も、残念ながら無理な制作活動が祟って、版画家には致命傷ともいえる、重度の腱鞘炎を患われ、涙ながらに版画家の道は断念されました。

現在は自宅兼アトリエの裏手に登り窯を造られて、穏やかなお顔で作陶活動に精を出しておられます。

機嫌がよろしい時はウクレレも弾かれるらしい・・・。

(ご自慢の登り窯で・・・新里先生)

さて、この困難な土地に家を建てられてまもなく、先生のもう一つの大作である、新里猛君が生まれました。

当時は目のクリクリした少し恥ずかしがり屋さんの子供でしたが、やはりカエルの子はカエルなのですね。

(猛くん油絵 秘密の約束)

音楽好きも、絵のセンスも、陶芸も親譲りのアーチストなんです。DNAの恐ろしさを今更ながら感じます。

その猛君の記念すべき初の個展が明日から博多天神大丸のギフトギャラリーで始まります。

文中の絵は新里猛さんの初個展出品作品・・・(山閑人カフェのブログからお借りしてまいりました。ママさん広く宣伝のためです。許してね。)

 

どうか皆さん是非お運び頂きますよう猛君に成替わりましてお願い申し上げます。

 


温泉 DE ビートルズ

2010年09月27日 23時59分59秒 | 風竿日記

表紙の絵は新里猛さんの幻想の世界。独特の光の画家

29日から博多大丸ギャラリーで初の個展が開かれます。

僕も必ず行くつもりなんです。

 

さて、武雄という町は、実に難しい街だと人のいうところ。

右だといえば左だという。政争の街なんだそうだ・・・。

みんな一緒にやろうよといえば、必ず足を引っ張る反対派がいるのだという。

個別に話せばみんないい人たちなのに・・・・どうして????

そんなこたぁないだろう。

色々云う人には云わせておけばいい。

少なくとも音楽で町興しをやることには、異論はなかろうもん。

今は人通りの少ないこの町を、浴衣がけの観光客が街中に溢れることをやっていこうと、同志24名が相集い、色んな前向きな意見を出し合いました。

どんなことがあってもけしてめげることなく、小さなことを辛抱強くやっていこうと・・・・誓い合いました。

そうですね。失敗を恐れていたら、何もしないうちに人生は終わってしまう。

「温泉DEビートルズ」発起人会の一歩前の準備会はとても活発な議論が百出・・・。

駅長さんから区長さんから、サラリーマン、ホテルマンの皆さんも・・・。

たくさんの方々が集まり、わが町々のことを話し合いました。

同じ温泉地として隣の市に、ベストパートナーがいらっしゃることや、同じゾーンとして温泉をアピールしていけば、連携・相乗効果も期待できることにも、改めて気付かされました。

とてもいい初会合、そして記念すべき第一歩が記されました。

根気強く、多くの仲間のみなさんと一緒に頑張っていこうと約束しました。

お礼のミニ・ライブも行われ、「音楽の町武雄」が今夜船出したのでした。

ビートルズ音楽祭としての方向性も少し見えたのかなぁ・・・・。

兎に角、賽はなげられたのであります。


口笛の朝

2010年09月26日 22時52分13秒 | 風竿日記

どこにでもあるような静かな休日の朝、愛犬レオンを連れて散歩する。

早朝の空気はとても澄んでいて、山々には朝靄がレースのカーテンのように、たなびいている。

「口笛吹と犬」というとても古いナンバーを思い出して、背中を丸め口笛を吹きながら、リーダーを適度に引っ張る愛犬と歩く。

団地内はまだ寝静まっているようだ。

ここは10年ほどまえに町が造成して分譲した新興住宅地。

100軒ほどの家が立ち並ぶのだが、その分しがらみもなく、近所付き合いもべっとりではないので、実に気楽でいい。

散歩に付き合うと、一日愛犬の機嫌が頗るつきでいい。

昨日は結婚式で祝杯をあげた分、体をアルカリ性に戻さねばならないのであるが、散歩はまるでリトマス試験紙。

遠くの山の稜線を眺めながら、好天気の予感が休日の嬉しさを倍増させてくれる。

別にどうってことはない、ただの愛犬との散歩

ああ、幸せとはこういう平凡の中にあるのだ・・・・。

<!-- 青木美江 口笛吹きと犬 -->
 


ひぜしんは職場結婚ラッシュ

2010年09月25日 23時59分59秒 | 風竿の信用金庫は頑張るのだ

今日はわが九州ひぜん信用金庫で出会ったカップルがゴール・インの目出度い日。

先週の佐世保に続いて、今週は武雄で職場結婚のカップルが誕生致しました。

ひぜしんは職場結婚ラッシュなんであります。これは企業にとってはとてもいいことだと思う。

 

とても明るくて愉しい結婚式でした。

終始笑いの絶えない結婚式は、そのまま新しい彼らの家庭に引き継がれることでありましょう。

昔の花嫁さんは終始うつむき加減だったのですが、平成の御世になってからは、とてもリラックスして、自由に自己表現するようになったと思います。いいことです。

大輔くんはポテンシャルの高い男、ひぜしん期待の星

来年1月には赤ちゃんが・・・・まことに同慶の至り。

大輔君・マミちゃんおめでとう。月並みですが・・・お幸せにね。

恋愛中は眼を開いて相手をしっかりと見る必要があるのですが、結婚したら片目をつぶること。

ひぜしんの若い職員さん達と一緒に居ると元気になります。

花嫁の父、実は僕のゴルフ仲間・呑み仲間なんです。

この日は彼の父親としての涙にフォーカスを絞っていたのですが、3回ほど込み上げていたようなのに、とうとう涙は見せずじまい。お主も武士じゃのぉ・・・・。

信金業界で日本一といわれるハーモニーを聞かせる理事長と私

というか一度結婚式で披露したら、毎回披露しないといけなくなってしまったのです。

曲名は「夏の終わりのハーモニー」

「ひぜしん」佐賀エリアの職員が大勢招待されました。皆元気一杯なんです。

先週も佐世保地区で似たようなスナップがありましたよね。

さて、会場にはエグザイルのメンバーがお祝いに駆けつけてくれておりました。

凄いでしょう・・・・。

 元横綱、朝青龍のビデオレターもご披露されました。大輔君とは親友なんだとか・・・・・。

何とも思い出に残る愉しい結婚式でした。

職員の結婚式というものは何度出席してもいいものです。

 

 

 


下松市と前川先生のこと

2010年09月24日 23時59分59秒 | 風竿日記

先週は既報のとおり神戸から徳山に戻り、下松市の笠戸島に宿泊しました。

その折に私が崇拝する小さな巨人『前川育』先生にお目にかかりました。

前川先生のことはこちら・・・・。

前川先生が書いておられる「周南いのちを考える会」のブログはこちら

「周南いのちを考える会」の主宰者にしてガン罹病者の良き相談相手となって頑張っていらっしゃいます。

それは、自らも二度もガンに罹病されたガン・ザバイバーでいらっしゃるだけでなく、可愛い盛りのご長男を小児性ガンで亡くされた断腸の思いを乗り越えてこられたお方なのです。

こんなご体験をなさいますと、普通は自分本位となり、自分や家族の不幸を恨み、ついつい自分だけの世界に入り込まれるのですが、先生は違っていらっしゃいます。

(笠戸湾上空にに龍が現れた貴重な写真・・・)

 

先生は、瀬戸内の海のように優しくて、チャーミングで、とても穏やかなお方ですが、裡に秘められた想いはとても強く、凄い人。

多くのガン患者さんの苦しみを自分の苦しみに置き換え、その軽減とメンタル・ケア。カウンセリングなどにご尽力されていて、

そしてガンの早期発見、早期治療の啓蒙活動、ホスピスなど終末医療態勢の確立に向けた社会活動にもリーダシップを執り。

さらには患者サロンを立ち上げられ、文字通り小さいお体なのに、八面六臂の大活躍をなさっている尊いお方なのです。

 

さて、下松市は人口5,5万人と武雄市と同じくらいの町、その中の笠戸島は瀬戸内海に面した小さな島なのですが、日立製作所の笠戸事業所があるところで、何とここでわが国の大半の新幹線の車両を作っているのです。

午前中はオンラインシステムの周辺機器の勉強会だったのですが、昼からは3000人のスタッフが働いていらっしゃる、その工場の見学が組み込まれておりました。

暑い中工場を歩き回るのはちょっと・・・と躊躇っていたのですがしかし、初めて見る新幹線車両の製作現場は圧巻でした。

英国にも新幹線車両を納めているのですから、凄い・・・。

鉄道ファンならずとも男ならば自然と胸が弾みます。

ただし、工場内は撮影禁止・・・・・。

ということで・・・残念ながらその模様はお伝えできません。

 

 

さて、今回の研修の旅は、前日前川先生にお会いできて、短い時間でしたが、お話も伺えてとても実りの多い、心の安らぐいい出張となりました。

先生には近いうちに武雄市民の前でご講演を賜りたいと心からお願いしてまいりました。

とてもご多忙なお方なのですが、心の通じるお方なので・・・・

その日が訪れることを愉しみに致しております。

 

 


家元ひろちゃん

2010年09月23日 22時36分49秒 | 風竿のゴルフ&ゴルフ

かれこれ30年にもなるだろうか。

磯釣りの大先生で私の人生の師匠が、山崎ひろちゃんなんであります。

 

武雄ゴルフ界の重鎮にして、山崎流ゴルフ本家家元と豪語する。仲間内では家元と称する。

居酒屋の開店の日に、新しく据えられた生簀の水槽の中に真っ裸で魚と一緒に泳いで、招待客に「いらっしゃーい!」と挨拶したという。そんなエピソードはゴマンとある男。

ハチャメチャ破天荒の台風みたいなマイト・ガイ。

強烈な個性の持ち主だけど、実に涙もろく、とても優しい男の中の男。

わが九州ひぜん信用金庫の30年も続くゴルフコンペ「信友会」の会長さんなんである。

今日で丸一週間ゴルフ漬けなんだが、元気そのもの。

昨日わが信用金庫の信友会コンペで明け方まで呑み歩き、さらに今日もゴルフして打ち上げ・・・・今夜も上機嫌。

御歳67歳にしてまだ若いんである。

    

同行している最中に携帯から投稿しているのだが、もう一時だというのに、 まだまだ帰る気配は微塵もないんである。

極端な淋しがりやさんなので、先に帰る訳にはいかないのだ。

人脈の大切さを叩き込まれたのはこのお方のお陰なんである。

 

ということで、お客様と楽しい休日を送ることが出来ました。

よく笑い、よく呑み、よく歌った1日。

まさによく遊べ、よく遊べ。

そしてその先達たる家元ひろちゃんに、改めて感謝なんであります。


下松市笠戸島ハイツ

2010年09月22日 08時23分12秒 | 風竿日記
視察研修会で神戸から新幹線で南下、徳山駅から30分バスに揺られ、下松市の笠戸島ハイツが勉強会の会場。
下松市には武雄市の恩人が住んでおられ、昨夜はわざわざこの施設まで、お出掛けいただきました。
昨年の10月以来、久し振りに再会、変わらぬお元気なお姿に、感激しました。そのお方は前川育先生。
私が尊敬して止まない、素晴らしいお方です。
武雄市の市政アドバイザーである中川恵一東大医学部教授は、前川先生のご紹介によるものです。
前川先生の凄い生き方は帰ってから・・・。
それでは、そろそろ勉強会、午後からは、日立製作所の新幹線車両製造工場の見学、夕方博多駅に着く予定です。

そして神戸

2010年09月21日 05時18分08秒 | 風竿日記

三連休、予定びっしり・・・・・。

結婚式から始まって、ライブに地元のコンペに、お取引先の社長さん達とのお付き合いに、そして友達との食事会。

充実したお休みとなりました。中々体力的にはちょっとばかりきつかったのですが・・・。

ということで、今日から神戸へ、そして徳山へ信用金庫業界の基幹システムの視察と研修の出張です。

徳山では尊敬する前川育先生にお会いできるかも・・・・・。

信用金庫の共同オンラインシステムのさらなる安定化と高度化に向けて、この7月に全国7箇所に分かれていた事務センターが東と西の二箇所にハード集約化という大事業の取り組みがなされていて、そのうち西センターが先行運用開始しているのです。

そして、そのセンターのある神戸へ、実際の運用状況を視察に行くのであります。

新神戸駅に12時の集合ということで、少し早起きをして、ブログを紡いでいるのでございます。

昨日は更新できなかったので、この執念。

ブログを書かない日は、心のどこかに罪悪感が生まれてくるんであります。この義務感は一体どこから出てくるのでしょうね。

さて、少し強行軍の出張ではありますが、多少はシャッターチャンスもあろうかと期待して、重たいカメラも同行するのです。

では、行ってまいります。

途中例によって携帯からアップするやも知れません。

お楽しみに・・・・。