東京に行ったついでと云ってはなんだが、
ブルガリ銀座タワーに見参したんである。
ここは、ブルガリの直営する日本における総本山ともいえるブティック
長年愛用している腕時計のベルトが壊れてしまい、新しいものと交換するために訪れたもの・・・・。
修理とかパーツ交換は4Fにあった。
エレベーターでその場所に行くと、受付カウンターに女性が二人
そこには王様が座るようなソファーがでーんと鎮座していた。
来店の意向を伝えると・・・・
すべてこっちのニーズを先回りする応酬話法、その顧客志向とホスピタリティの素晴らしさに感動すら覚えるサービスの良さなんである。
時計のバンド交換に20分ほどかかりますというので、階下のブティックで目の保養をすることにした。
そこは、まさに宝物殿。
夥しいほどの宝石が唸り声をあげていた。
何気なくダイアモンドのネックレスを見ていると、ちょっと気品のある女性の店員さんが近寄ってきた。
東京出張なので、一張羅のスーツを着ていったのが幸い(?)
したのか・・・・・
初老の紳士のように見えたのだろうか、とても柔らかい物腰なんである。
「何かお探してございますでしょうか・・・・。」
「いや、ちょっと妻にダイアモンドでもねと思いましてね・・・。」
始めはさりげないこんな会話で物語りはスタートした。
「お客様、これなどは如何でございましょう・・・・。」
チラリと横目で見ると小さなダイアモンドのネックレスであった。
ついでに素早く値札も併せ見た。
785,000円と書いてあった。
「うーん、ちょっとダイアモンドが貧弱そうだなぁ・・・・。」
独り言を呟くように云うと
「お客様ちょっとお待ち下さいまし・・・・。」
しばらくして・・・・
「お客様これなどはお気に召しませんでしょうか・・・・。」
またしてもさりげなく見ると、今度はダイアモンドがやや大きくなったような気がした。
値札は・・・・・200万円とある。
「うーむ、この程度では、うちの奴はいくらでも持ってるからねぇ・・・。」
またぞろ独り言を呟いてみた。
「ああ、申し訳ございません。お客様少しお待ち頂いても宜しうございますか・・・。」
この頃から少し汗ばんだような気がしてきたのだが、どうも引っ込みがつかないような雰囲気が漂ってきたんである。
次に店員が高々と持ち上げたような姿勢で持ってきたのは、それは見るからに高いぞぉーといわんばかりのダイヤのネックレス
クレオパトラが首に巻いていたようなシロモノなんである。
「ホーッ、中々いいねぇ・・・・。しかし、ちょっと品がないなあ・・・。」
悠然と構えてはいたが、足元がフラついているのが自分でもはっきり自覚できる状態なんである。
値札は・・・・ついて無かった。
「これで一体いくらぐらいなの・・・・。」
「ハイお客様、650万円でございます。」
ドキリとしてそのまま逃げ出そうかと思ったのだが、そのまま返事をせずに居たのがいけなかった。
ああ、それが全然話にならぬと映ったのであろう・・・・。
「ああ、お客様失礼を致しました・・・。もうしばらくお時間を頂戴して宜しうございますでしょうか・・・・。」
とうとう、店員は奥から、神様にお供え物をするような仕種でうやうやしく私に差し出したのは、1100万円のネックレスであった。
心臓が凍りつき、体中の血液が逆流を始めた。
「どうぞお客様お手にとられて下さいませ・・・。」
さっきからやたらと喉が渇いて仕方が無い。
ゴクリと飲み込む唾も枯れたような私なんである。
掠れ声で・・・・
「うーむいいねぇ。よし、今度妻を連れて彼女に選ばせることにしよう。」
私はホウホウノ体で、4Fの時計のバンド交換フロアに戻ったんである。
アルミニウムという時計のラバーベルト交換3万4千円なり
これでも高いと思っているのに・・・1千万のダイアモンドなんて、清水の舞台から飛び降りても買えるわけが無いではないか・・・・。
「お客様交換した前のバンドはいかが致しましょうか・・・。」
「部品がまだ使えるので、持って帰ります・・・。」
と云ったら入れてくれたのが、この皮のポーチなんである。
もちろん無料サービスなのだが、内心は嬉しくて仕方がなかった。
これで嫁さんにお土産が出来たと思ったんである。
同時に、やはり一流ブランドはサービスが違うなあと思わされた。
私はさっきのダイアモンドの店員さんと逢わないに辺りを伺いながら、脱兎のごとく全速力でブルガリ銀座タワーを出たんである。
もうバンドが切れないかぎり、二度と行くことはないと確信している。
第一、実に心臓に悪いではないか・・・。
カルチェー、セリーヌ、ヘルメス、ビトンなどの高級ブランドが威並ぶ銀座の松屋通りを、耳を塞ぎながら足早に立ち去る初老のおじさん、
それが誰あろう私なんでございますわよ。オホホホホッ。