道楽ねずみ

ドイツに関するものを中心に美術展,オペラ,映画等の趣味の世界を紹介します。

スフォルツァ城博物館(古代美術館)

2015年11月03日 | 美術道楽

順序が逆になっていますが、ミラノ実質最終日は、最初にスフォルツァ城に行きました。

知らなかったのですが、この博物館は複数の美術館ないし博物館の集合体です。

最初に古代美術館から入りました。といいますか、見たかったのは絵画館とミケランジェロのピエタだったのですが、古代美術館の入口が入口と思って入ってしまったのです。

 

【カンピョーネ派の彫刻のコーナー】

ベルナボ・ビスコンティの霊廟:騎馬像と下の石棺と分けて、違った時期に製作されたそうです。

 

 

聖母子像、戦士と聖人の棺の正面:出所不明ながら細部の豊かさと強い写実性が特徴的

 

【13ないし15世紀の彫刻のコーナー】

14世紀のイギリスの工房《ユダの口づけ》

ガラスで保護されていたため、写真撮影がうまくできませんでした。

ユダがキリストに口づけをしようとする瞬間を彫刻にした作品で、キリストの脇にはドミニカ服を着て剣を抜こうとするペテロもいるということです。

 

14世紀のロンバルディア彫刻派《月桂樹を抱いた詩人》

作者は不明ですが、ジャン・ポルディ・ペッッツォーリ公爵が1873年に寄付したものとのことです。

ジョバンニーノ・デ・グラッシの美術様式と類似しているということです。

 

 

【中世ミラノのコーナー】

ポルタ・ロマーナの帯状造形装飾

赤ひげフリードリッヒが1160年にミラノに侵入し、住民がミラノから逃れた後、1167年になってようやく住民がミラノに戻り、街の再建を始めた場面を描いたものとのことです。

1171年に選出されたミラノの執政官が、この作品を旧ポルタ・ロマーナ(ロマーナ門)の上に配置したとのことです。

 

理念にささげた宗教行列の場面

サンタ・マリア・ベルトラーデ教会にあったものということです。

 

 【16ないし18世紀の彫刻とつづれ織り】

 ミラノのゴンファローネ(都市の旗)

旗に描かれているのは、凱旋門とミラノの守護聖人である聖アンブロージョです。聖アンブロージョの足元には二人の兵士が倒れています。

凱旋門の半月状のアーチの両側に聖アンブロージョの生涯が描かれています。

左上から下に

「聖人が予言した蜂の奇跡」

「テッサロニケ地方で大虐殺後教会に入ろうとしたテオドジオ帝を妨げるアンブロージョ」

「シルミウム宗教会議でアンブロージョを落とそうと試みる処女」

「アンブロージョのおかげで改宗したマルコマンニの女王フリティジルデの使者がアンブロージョにあいさつする」

という順番だそうです。

また、聖アンブロージョの祭服には、受胎告知の場面のほか、聖ペテロ、聖パウロ、聖バルトロマイも描かれているそうです。

 

 

ストルド・ロレンツィ《アダム像》

 

マンテガッツァとその工房《プレセビオ(祝降臨)の断片》

 

【ゴシック様式とルネッサンス様式の間のロンバルディア彫刻のコーナー】

 

ロンバルディア派《聖母子像》

聖母の服のひだの表現に注目です。

これも2005年に千葉市美術館んで開催されたミラノ展で展示されました。

このときの資料によれば、作者はヤコビーノ・トラダーテで作品名は《玉座の聖母子》です。

 

アゴステォーノ・ディ・ドゥッチョ《浅浮き彫りの至上の象徴》

リミニのマラテスタ寺院(もともとはサン・フランチェスコ教会であったものをリミニの領主マラテスタが改修の上、自分の墓にしたのでマラテスタ寺院と呼ばれる。)にあったということです。

 

 

 

メディチ銀行の門

フランチェスコ・スフォルツァがフィレンツェの銀行家コジモ・デ・メディチに送ったものということです。

 

 

レオナルド・ダヴィンチ《板張りの間》は、改修中で見ることができませんでした。

 改修中なので代わりに展示されていたパネル

 

 

 

このほか、ユスティニアヌス帝の皇后テオドラの頭像もありましたが、あまり見た目がよくなかったので、写真に撮らなかったのが残念です。

ユスティニアヌスといえば、東ローマ帝国中興の祖であり、領土を大幅に拡大し、地中海を再び「我々の海」にするといった功績、そして帝国が滅びた後今日まで影響を及ぼしているローマ法大全(Corpus Iuris Civilis)の編纂で有名ですが、その皇后テオドラは踊り子、それもいかがわしい踊りをする踊り子(いつの世もそうですが、踊り子だけでなく、踊りを披露した後に男性に個別にサービスを提供することもあったという風聞もあります。)から皇后にまでのし上がったことで有名です。そして、テオドラ皇后は、時に気弱になるユスティニアヌスを叱咤激励してローマ帝国再興のための戦いに取り組ませたとも言われています。

こちらは、2005年に千葉市美術館で開催れたミラノ展で展示された際のテオドラ皇后の頭像の写真です。

千葉市美術館のHPの写真を借用しました。

 

 

今日の記事の執筆にあたっては、ミラノ城ロータリークラブが作成した日本語版の資料(博物館で配布しているもの)に格別にお世話になりました。