カウンセリングルーム 横手(三鷹)しゃべりば

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道の道とすべきは

2008年02月28日 18時10分22秒 | 各種ワークショップのご案内
道の道とすべきは常の道にあらず
☆これこそ人間の踏み行うべき正しい道であると、人間が主張し力説し行動しているような道は、永遠に変わることのない正しい道なんかではありゃしない。(友田不二男訳)

私はこの老子第1章に出会ってからつい最近まで、次のような自分に置き換えてこれを読んでいました。
――――あっちこっちにぶつかりながらも、もうすぐ40歳になろうとした頃に出会ったカウンセリングの世界。
最初の5、6年はただ、ただ楽しくて仕様がなかったけど、いいえ、今でも充分なくらいワクワクで、これより私をワクワクさせるものなど思いつきもしないのだけど、それでも時々、夜中に起きだしては、今度こそはカウンセリングをやめるんだ、こんなに淋しい思いをするくらいなら誰が止めても(誰も止める人などいないけど)やめてやる~と自分に言いきかせては、現実には一度もやめたことのない日々を送ってきました。
もういい!もう~こんな一人ぼっちはたくさんだ!などとこぶしで壁をガンガンたたきながら一人の生活を恨み、なんとか皆が納得するようなすんなり田舎に帰る道はないものかと、
探し続けた日々もありました。
しかしそんな日々でさえ、朝になると決まって、何事もなかったかのようにカウンセリングの中にいました。
これほどまでに自分を夢中にさせるものに出会えたこと、これこそが長い間かかって出会えた私の“道”なのだと思ったところで、そんなものはわかりはしない。また生きてゆけば、これをあっさり捨てるようなものに出会ってしまうかもしれない。あるいは、出会わないとして、やめてしまうかもしれない。
人間が、これこそ私の“道”などと言ったところで、それくらいのものだと読めたときに、肩の力が抜けました。

と、こんなふうに第1章を読んでいたのですが、『老子を読む会』に出席するあたりから、この読みが変わってしまいました。もちろん“友田老子”は、これまで何度も何度もこの1章だけは読んでいたにもかかわらず。

―――――毎日がでこぼこでいい加減で、誰から見ても少しもりっぱではなくて、あいも変わらず一人ぼっちで、自分のためにだけ夕飯を作っては食べ、夜中にはこれまた暇をみつけてはモガイテばかりの日々だけど、それでも私自身が、自分の足で歩いている感じのする一日一日を生きている。
そんな日々の中、ふと足を止めて振り向いたときに、もしかしたら、本当にもしかしたら、何かしらの道になっているかもしれない。なっていないかもしれない。
それくらいのことなのだと。♪~♪
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自分の足で歩くということ

2008年02月14日 16時16分39秒 | ひとりごと
私は、友人と二人である会を立ち上げました。
昨夏にはもうお互いが立ち上げたいという気持ちのところにいて、そこから少しずつ動き始め、たくさんの方々からの助けを受け、言葉としてあるいは行動として「二人で立ち上げる」という意志がはっきりしたのは、年が明けた今年、1月になってからのことです。
この意志がはっきりとしてからは猛烈に動きだしたのですが、それまでは立ち上げたいの甘さゆえ、何人かの方にはご迷惑をおかけしました。

そして何ゆえこの二人の意志がはっきり立ち上げるとまで言い切れるようになったかと言いますと、幾人かの心ある方々の励ましがあったからです。さらには、参加者の強い意志を感じたからです。この参加者のご意志ゆえ、何があってもその意志を受け、私たちも他人にこの責務をゆだねることなく二人でやるというところに、行けたのだと思います。
昨夏のことだけを語るならば、決して私たちは「二人でやれたらいいねえ」ぐらいのところにしかいなかったのですから。

会の案内文を作り、その文章を提示してこの会の参加をお誘いしているうちに、徐々に二人でやるに意識が固まったのだと今、振り返って思います。
断じて言い切りますが、私たちは案内文を提示しただけで、なんとか私たちの顔をたててだとか、人数が集まらないと心配だからとか、お願いだから参加してくださいとは、一度も誰にも言わなかったのです。知り合いに、この案内文を入れた手紙すら出してはいないのです。
お互いが元々立ち上げていた古くからの会や、いつも自分たちが参加している会の方々に案内文をお見せしただけでした。それから、とあるHPにも掲載して頂きました。
それにも関わらず、そんな動きとしてはお互いの足元でだけ(しかし懸命に)動いたにもかかわらず、1月の初めでもう参加定員に達してしまったのです。
これは嬉しかった!こんなに嬉しいことは最近なかったといってもいいくらいの、お互いにとって大きな喜びでした。

参加の申し込みをされたほとんどの方が、ご自分の意志だけをただ「参加します」とか「まだ定員に達してなかったら、参加させてください」とおっしゃいました。
曖昧に私に参加をゆだねた方-----まだ参加したいかどうか迷っているので、なんとか私に背中を押してほしいと感じられた方や、参加してあげるのよみたいな方には、あえて参加する、しないでお答えくださいとこちらから申し上げたところ、ご返事がNOだったので、快く参加を見送りました-----には失礼とは思いましたが、辞退して頂く形となりました。
世話人の方にも、こんな二人だけで立ち上げた会ですが引き受けて頂けますかと再確認しましたところ、お一人の方からは承諾を得、もうお一人の方はそういうことならと、ご辞退されました。
それは、私たち二人がやっと立ち上げるから、立ち上げたのだに成れた瞬間でした。

会を立ち上げた当初、ある方がいまだ未熟な二人を心配してか、私たちを守るということ(本人談)でか、いっしょにやりましょうとお声をかけて頂いておりましたが、途中、失礼とは思いましたがお断りしました。
確かにその方から見たら、私たちは他人に守られなければいけないほど、未熟に見えたのかもしれません。しかし、しかし私たち二人には、この会を立ち上げたことで、あるいは自分の足で歩き出したことで、一日一日と成長へ向かっている実感がありました。
それは、毎日がどれだけドタバタしていようとも、他人の手をお借りすることなく、自らの足で歩いている感覚そのものです。
今日でさえ、友田のいうカウンセリング理論のままに動いているような、ワクワクとした喜びをお互いが感じております。
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時間の制限について

2008年02月01日 23時23分40秒 | ひとりごと
今回は私たちが行っているカウンセリング場面の中にある、4つの制限についてのひとつ、時間の制限についてお話します。これは比較的わかりやすいようでなかなか奥が深いというか、この制限をクライアントさんと言葉を通してだけではなく、面接の前や後でさえもわかちあうことができたなら、カウンセリング関係が好意的に進むのではと、私なりに確信しています。
いっけん当たり前のように見える時間の制限。しかし現時点でさえ、私自身がちゃんとこれができているかと言えば、未だもって自信がありません。
一言でいうと、まだまだ「いい人」をやってしまうのです。「いい人」をやめることこそが、他人をも生かせるのだということが、頭ではしっかりわかっていても。
終了時間が近づいてきて、まだ帰りたくないクライアントさんの眼差しを感じたとして、彼がこの1時間を伸ばしにかかっていることには対処できて時間通りに終わったとしても、終わった後の、なかなか彼の立ち去らない姿に、「はい、もう終わりましたからねぇ~」とは、言いだせないのです。ついつい終わった後のわずかな時間、世間話をしてしまいます。

私たちの1回の面接時間は、おおよそ1時間なのですが、これは始める前に必ずクライアントさんとともに確認します。ですから、よほどのことがない限りは、終了時間が来ますと、「この辺で」とか、「時間です」とは言えるようになったのですが、これとて楽に言えるまでには2年以上はかかったと思います。どうしてここまで言えなかったのかを探ったときに、「いい人」に思い当たりました。
この「いい人」はものごころついてからの私の行動のすべてに結びつき、普段の生活の中でも、自分は恐ろしいくらい時間に正確なわりに、他人の遅れることには寛大な人でした。いいえ、いい加減で寛大ないい人をやりたいがために、自分を甘やかしていたのです。
この私に気付くまで、どれくらいの時間を要したことか。どれくらい、いつもいつも遅れてくる人たちを心の中では「いい加減にしてぇ~」と叫びながらも、彼らが現れると、何事もなかったかのように寛大に振舞っていたことでしょうか。
ところが私、これを最近止めることにしたのです。自分がいい人でいなくとも、よくなってしまったのです。他人をではない、自分が自分を甘やかしていることに、しっかり気付いてしまったものですから。

20年以上の長きに渡って、ことあるごとに異常なほどの遅刻を繰り返す友だちに、しっかり「NO!」をだしました。あなたを嫌いではないけど、私待つ人、あなた待たせる人という関係にしっかり「NG!」と言えたのです。甘える彼女に甘えさせない、言い換えたら、私自信が私を甘えさせることなく、あなたが遅れるのはあなたの自由だけど、「もう私、待ちません」という態度を示したのです。もしかしたら二人のこれまでの関係が壊れるかもしれない、彼女が私の側からいなくなるかもしれないという恐れを抱きながらも、その恐れ以上に、自分の甘さに我慢ができなくなっていたのでしょう。
たとえ、彼女をこれで失うのならそれも仕様がない、それ位の関係しか築けなかったのは私たち自身だからという覚悟がありました。
その後、あれほど会っていた関係が少しずつ会わない期間が長くなり、さらにはめったに会わなくなって、もうあの気付きから1年以上はたっていたでしょうか。
時々は、(二人では会わなくとも)他人を交えて、たま~に会うようになりました。
そこで、はたっと気がついたことがありました。「あれ!?彼女、時間に間にあってる。」
あれほどまで時間に遅れていた彼女が、遅れなくなっていました。これはもしかして、「時間に異常に遅れる人」という彼女を、二人で作っていたことだったのではないでしょうか。彼女にその責任があったというよりも、それ以上に私が許すことで、言い換えたら私が寛大ふうな人をやって自分を甘やかすことで作りあげていた「異常に遅れる人」だったと思うのです。やっとこの痛い経験が、お互いを五分五分のところに立たせました。

これをカウンセリングに戻しましょう。約束した面接時間に遅れてくるクライアントさんには、その遅れた分を引いた時間で面接を行います。私とあなたとの約束した時間は、あなたが現れてからの1時間ではなくて、前回(電話等で約束が変更になれば、変更したところからの)あなたと約束した時間からの1時間です。10分遅れたら50分に、20分遅れたら40分に、その時間内での面接ですよということです。
ここに、もうひとつの制限である「責任の制限」も入っています。時間に遅れるのはあなたの自由だけれど、遅れた時間はあなたが責任をとるということで、50分になるし、40分にもなる。
こんなささいな中に、時間の制限と責任の制限が、しっかりクライアントさんのものとしてある。そしてこれも言い換えたら、カウンセラーである私自身もこの制限のもとで面接をする。だからこそ、お互いのヒフティな関係が生まれる。

私の筆をもってしてはこのようなことしか書けませんでしたが、時間の制限は簡単なようで、実はカウンセリング場面を構成する上でかなり奥深いものを秘めていると、私は信じています。
あまり他人に聞いたことはないのですが、ベテランと呼ばれている20年、30年選手のカウンセラーの方々が、どのような意識をもってこの制限と取り組んでいるのか、一度機会があったらぜひ聞いてみたいです。
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