エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

冷まじ

2017年10月08日 | ポエム
冷まじ、と書いて「すさまじ」。
誰が読めるっつ~の!



俳句でもやっていなければ、読めもしない。こんな言葉を、嬉嬉として季語にしているから俳句のルネサンスはまだ始まらないのだ。
冷まじ、の感覚的捉え方を論じても仕方がないではないか。
従って、古人が発想したこの言葉の意味合いを少しばかり紹介しておこう。



冷まじの語源は、荒む、或いはすさぶから出た形容詞であるとされる。
意味合いは、勢いのまま進んで荒れ衰えること。古人は、この言葉の中に「白けた気分」を含めた。隙間風や杯残った酒を形容するのにも使ったとされる。

冷まじ、で句作するのはなかなかに難しい。
原石鼎に、恰好の句がある。



山畑に月すさまじくなりにけり   石鼎



いかがでしょうか?
ぼくは、こうした句が大好きです。







「茅屋の障子の破れすさまじく」







冷まじ、見合う風景は見つけられなかったけれど、それらしきものを写してきた。
雨上がりの午後、である。



このところ、一所懸命歩いている。
歩いて歩いて、そして自分の内側を見つめ直している。



間もなくハロウィンである。
孫たちは、お菓子を求めて町内を歩く。
仮想して歩くのである。

おじいちゃんたる僕は・・・句作では、改めて写生を念じているのだけれど・・・。
自分の納得できる句は、詠めない。
お菓子はまだまだ頂けそうにない。


       荒 野人