平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

西郷どんスペシャル~鈴木亮平×渡辺謙の120日。役者さんって、こんなことを考えて演じているのか

2018年04月02日 | 大河ドラマ・時代劇
 鈴木亮平×渡辺謙

 なぜ、いきなりこれ?
 フツーなら土曜日の午後とかにやってる企画。
・制作が間に合わなくなったのか?
・脚本家から構成上1話分減らしてほしいという要望が入ったのか?
・役者さんに何かのトラブルがあったのか?
・渡辺謙さんリスペクトのためか?

 でも、これ、
 これからの物語のネタバレをしてしまってるんだよなあ。
 たとえば、
「西郷、わしになれ」
 というせりふ。
 重要なせりふだと思うが、ネタバレしていいのか?
 あるいは、
 きっと感動的ないいシーンなんだろうけど、「同じ高さの目線」のことが頭をよぎって、芝居論・演出論としてこのシーンを見てしまう。
 …………

 内容は、
〝役者さんの役づくり〟
〝芝居〟
〝鈴木亮平さんと渡辺謙さんの師弟関係〟
 だった。

 役づくりでは、相撲の御前試合まで、鈴木亮平さんと渡辺謙さんは挨拶以外の交流を持たなかったらしい。
 理由は、親しくなってしまうと吉之助と斉彬の距離感がなくなってしまうから。
 御前試合まで、吉之助にとって斉彬は雲の上の存在であり、斉彬にとって吉之助は未知の男。
 これを表現するために、ふたりは私生活で距離を縮めなかった。

 深いですね。
 無意識レベルの役づくり。
 日常で親しくなってしまうと、演技でも親しさが醸し出されてしまう。
 リハーサルなしの一発勝負というのも同じ理由から。

 わかるよ~。
 視聴者もそのあたり敏感で、この芝居が本当かウソかを無意識に感じ取っている。
 目に見えるものだけがすべてではない。
 …………

 芝居については、渡辺謙さん、〝心から沸きあがるもの〟を大切にしているらしい。

 たとえば、父・斉興(鹿賀丈史) との対決シーンでは、
「お前のことが嫌いだ」と言われて、沸きあがる気持ちを抑えられず、鼻をかむという予定にない芝居をしたらしい。
 ロシアンルーレットのシーンで沸きあがったのは、「父親にこんなことをさせていいのか?」という思い。

 吉之助とのやりとりでは、
「殿のために命をかけます」と宣言したことに対して台本にはなかったアドリブ。
「何でもかんでも命をかけるな。命はひとつじゃ」

 謙さん、結構アドリブを入れているんですね。

 ただ僕は、人間が浅いせいか、これらのアドリブに付いていけなかったのを覚えている。
 鼻をかむシーンでは「どうして鼻をかむの?」と違和感を持ったし、「命はひとつじゃ」のせりふでは「前に言ってたことと違う」「論理的におかしい」と感じた。
 一瞬のシーンだったので、そのままスルーしましたけど。

 これはおそらく渡辺謙さんの思考と僕の思考がリンクしていないでしょうね。
 あるいは、
 斉彬という人物を僕はまだ理解していない。

 今回のスペシャル、ネタバレはありましたが、芝居論・役者論として勉強させてもらいました。

コメント (2)
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