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自転車のこと、ロードレースのこと、庭のこと、日々の暮らしのことなど。    HN:Emmy(えむえむ)

結果論

2011年03月11日 | 暮らし、その他
先日のネット・カンニングについて、私の推理は完全に外れだった。
愉快犯でもなければ、協力者もいなかったし、ハイテクでもなかった。

本気で合格したくて、一人の予備校生が普通の携帯を使用しての行動だった。


何でそうなっちゃうかなぁ・・・


真剣に大学受験に取り組み、同じように一浪した身としては
信じられない気持ちだ。

だいだい、悪いことをしてばれないと思うのが、余りにも子供じみている。
ばれたときのリスクを想像しなかったのだろうか?

経済的理由でどうしても国公立に入りたいというなら、
確実に入れる大学を志望すればいい。
センター試験の結果を見て出願できるのだから。

後期日程で別の国公立も受けることだってできるのに。


大方の予想に反して、一人の予備校生の単純なカンニングだったことがほぼ判明した。

すると今度は
「たかがカンニングで大騒ぎして、未成年を逮捕させた。将来を潰した。」
と京都大学を非難する声が上がっているという。


何でそうなっちゃうかなぁ・・・


事件が起きたとき、
誰が、何の目的で、どうやって、ということは、全く分からなかった。
入学試験シーズンの真っ最中であり、
早急に犯人を特定して真相を明らかにする必要があったと思う。
一刻も早く真相を突き止めることが、最優先だったはずだ。
その場合、大学だけでは手に余ることだった。
時間を掛ければ大学独自でも調査できたかもしれないが、
その時間を掛けていられない状況だったのだ。

今になって京都大学を非難する人の言っていることは、
浅薄な「結果論」だ。

もしも警察の手を借りなければ、現時点でもはっきりしたことは分からず
それならそれで「何をぐずぐすしているのか!やる気があるのか!」などど
文句が出るのだと思う。

京都大学には少なくない数の抗議の電話が入っているらしいが、
そのほとんどは匿名の電話ではないだろうか?
いわゆる、権威、に堂々と文句を言えるチャンスなんてそうそうないから
無責任にはしゃいでいるっぽく見えてしまう。


それと、
試験監督について、最優先すべきことは
できるだけ多くの受験生が持てる力を発揮できるように、環境を整えることだ。
不正を防ぐことも、その一環だ。

不正をさせないためだけに試験監督をしていると勘違いしている人がいるようだ。


入試のあり方が時代遅れだと言う意見も見る。
入試は易しくして卒業を厳しくすればいいとか。


大学入試というハードルが設定されることで、その年齢で必死で勉強することは
一人一人の能力を高める上で、重要だし効果があると、
自分を振り返って、そう思う。
ハードルを低くすれば努力しなくなる。
それは「やればできる」若者達を「できないままに据え置く」結果になる。


多くを入学させて、卒業を厳しくする。
それが今まで日本でなされなかった一番大きな理由は
「お金がかかるから。」だろう。

例えば、今の倍の学生を受け入れて、教育の質を落とさないようにするためには
敷地も設備も教職員も倍にしなくてはならない。

教育に公的資金を使わない日本では、実現するはずのない空論だ。


「いたずらをするときは、見つかってしかられる覚悟をして、やれ。」
子供の頃、誰だったか忘れたが大人の人に言われたことだ。

悪いことをして見つからないで済むはずがない。
お天道様が見ている。

それを誰もが分かっているような、まっとうな世の中であってほしい。
コメント
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