いつも陽気な京都育ちの女優Aちゃんが店に入って来て俺に悲しい顔を向ける。婚約者から貰った指輪に飾られてあった真珠がいつの間にかなくなっているのをウチの店に入る時に気づいたらしい。不注意でなくした訳ではないんだから彼も許してくれるさと慰めるものの、落ち込んでいる様が痛々しい。それでも何とかいつものAちゃんを取り戻して、京言葉ではんなりと話しかけると、隣にいたAN嬢がいつもの「女」に憑依することが出来ず、尚また「男」の部分をAちゃんの京言葉に完全にノックアウトされている様が面白い。その傍で看護婦のRさんはAちゃんの「異文化」に全く反応せず、同僚の放射線技師の女性と各病院の給料の比較と待遇の違いを延々と喋り続けているのがおかしい。詩人のNさんは本業である大手鉄道会社の同僚部下を連れてきてウチの店のPRを始める。しばらくして来月パーティをやりたいんだがと俺に遠慮がちに告げるのが嬉しい。銀座ママのKちゃんは自分の店で働く女優志願の女の子を連れてきて、某有名劇団の試験に合格するコツを教えろと俺に迫る。俺がその女の子に真剣に答えていると、私の相手もしなさいよと拗ねるのが可愛い。近所のMちゃんは昨日に続いて来店して、二日連続で来たりすると桃井さんを愛していると誤解されちゃうかなとマジな顔で云うのが憎い。気難しく無口なカメラマンのYさんはそんなMちゃんにウチの店で何度か会う内、いつの間にか彼女のお喋りに乗せられてかなり饒舌になっているのが意外だ。そんな痛々しくて、面白くて、おかしくて、嬉しくて、可愛くて、憎くて、意外なお客さんが来てくれて、そしてお喋り出来て、よかったにはよかったけど、お客さんの数としてはかなり物足りない金曜日の夜。