プロメテウスの政治経済コラム

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安倍政権―「危機“突破”内閣」ならぬ「危機“突入”内閣」、しかし、これも民意― 

2013-01-04 22:00:20 | 政治経済

12月26日、先の総選挙で圧勝した安倍自民党総裁が正式に第96代首相に選出された。安倍氏は記者会見で、新内閣を「危機“突破”内閣」と位置づけ、「経済、教育、外交・安全保障、東北の震災復興において危機的な状況だ。危機を突破していく」と意気込んだ。多少とも社会科学的展望を持つ者にとっては、安倍氏が目指そうとする政策は、内政でも外交でも危機“突破どころか危機“突入としか思えない。しかし、選挙制度の歪みや大手マスゴミの誤導があったにせよ、ブルジョア階級や一部のエリートの数だけでは、安倍自民党があんなに圧勝することはなかった。東京都知事選で普通に考えれば、いくら東京にはエリートが多いとはいえ、宇都宮健児候補が猪瀬直樹候補にあんなに差をつけられることはなかった。新自由主義的心情、「強い日本」への期待感が、先の総選挙で自民党と維新を勝たせた民意として、多数の庶民の中に、しぶとく沈潜していることをわれわれは、正しく認識しなければならない。

 

安倍政権は、夏の参院選で憲法改正を確実に実現できる勢力を確保すること、14年の消費税増税判断を障害なく実現にするために、とにかく今年第一四半期の名目GDP数値の引き上げに躍起となっている。投機市場で持て囃されているアベノミクスと呼ばれる財政拡張・無制限の金融緩和と公共投資増強を組み合わせたマクロ政策の実行である。とにかく今年第一四半期の名目GDP数値が問題だから、先のことはあまり考えない。危機“突入”であろうが、中長期的な破滅であろうが、そういう深刻な事態になる前に、再びお腹が痛くなって、総理の座にいないのであとは野となれ山となれである。

 

自民、民主、公明3党が進める「税と社会保障の一体改革」路線。「社会保障は自助が基本」という安倍自公政権で、この路線が加速、社会保障は解体の危機に突入する。自助・自立はブルジョアジーの生活原理である。ブルジョアジーの生活原理をプロレタリアートに押し付けても、資本主義社会では生きていけないプロレタリアが多数生まれるというのが経済法則(プロレタリアの貧困は個人の責任ではない)。「社会保障」は労働者階級が団結して勝ち取るものであって、支配階級に用意してもらうものではない―これが社会科学の真理である。しかし、資本主義社会の日常生活で生存競争に曝され続け、じっくり考える余裕も、仲間と十分に議論する時間もない人びとにとって、「社会保障は自助が基本」、それを国民同士の「共助」で補い、それではどうしても対応できない困窮状況の人にだけ「公助」で対応するものだと言われたら、それは違うと反駁することは難しい。

 

安倍首相は就任会見で「(民主党政権で失われた)日米同盟の絆を改めて強化していくことが日本の外交・安全保障立て直しの第一歩だ」と強調。そのもとで、集団的自衛権行使、沖縄の米軍新基地建設、TPP(環太平洋連携協定)参加の動きなどを次々打ち出しつつある。「大国化」する中国への軍事的優位とアジア太平洋地域での軍事行動の自由を確保する目的から、国防費削減の下で日本などの同盟国に一層の軍事力拡大と役割分担を要求する米国の国防戦略に自ら進んで協力しようというのが首相の狙いである。これは日本の軍事費や兵器の増強に直結する、言い換えれば米日軍事産業の儲けを保障する道であり、必然的に、東アジアの軍事緊張を高める。戦争は、ちょっとした弾みで起きるときにはすぐ起きる。フォークランド紛争は、アルゼンチンのフォークランド上陸で、イギリスはあっという間に戦争に突き進んだ。尖閣で何かあれば、安倍政権があっという間に武力衝突に突き進む虞なしとはいえない。

 

多少とも社会科学的展望を持つ者にとっては、安倍自公政権とは、「危機“突破”内閣」ならぬ「危機“突入”内閣」である。しかし、多くの人びとが置かれている日常生活は、とても社会科学的展望を掴めるような環境にない。湯浅誠さんは、格差・貧困拡大型社会というものは、隣に人がいなくなることだと言う。「例えば、学校では自分より勉強が出来るやつか出来ないやつ。職場では自分より成績がいいやつか悪いやつ。そんなふうに人々が全部縦に並んでいく。要するに自分の隣に人がいない。常に感じるのは、自分より出来ると思う人からは、お前なんかまだまだ駄目だというメッセージを受け続け、自分より出来ない人に対しては、お前なんかまだまだだってメッセージを自分が出し続ける。これは相互にネガティブな関係なので、一人一人のパワーは落ちてくる。しかも横に人がいないというのは、無力感に結びつきやすい。自分が何かやったって、どうせ世の中誰も受け止めてはくれない、世の中そんなことではびくともしない、というふうな無力感に陥ってしまう。」――このような日常生活のなかで、一見強そうに見える「リーダー」やマスゴミが「思考停止」状態にさせ、感情的に新自由主義や軍事大国化のイデオロギーを吹き込む。そうして形成された感情的で情動的な民意しかし、これも民意なのだ。


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