活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

不知不識生(ふちふしきしょう)4

2016年04月23日 | 法理

私たち衆生は、いつでもどこでも 「縁」 とひとつに成っているのですが

そういう状態を知 (識) ることは出来ません。

 

「此の物(自分自身)」 は 「此の物(自分自身)」 に見える、聞こえる、

考える等、そういう働きがあることは何も知 (識) りません。

 

これを 「不識」 といっています。

「不」 という文字は 「打ち消しの助字」 ではありません。

「不」 は絶対という意味です。

 

つまり、「不」 とは 「自己のないこと」 をいいます。

「そのまま」 とみればよいのです。

 

「不知」 は 「知のまま」、「不識」 は 「識のまま」、因縁あるのみなのです。

 

「不知不識(ふちふしき)」 より 「不」 の字を取り除けば 「知識」

となるのです。

大きな知識です。

 

改めて、「新三法印」 として 「実相無相、不知不識生、本来成仏」

提示させて頂きます。


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