活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

禅と戒

2021年05月03日 | 法理

「禅」というのは、「元来一つの物が分かれたまま一つで在ったと体得すること」です。

 

南泉禅師が「平常心是道(へいじょうしんぜどう、びょうじょうしんぜどう)」というお言葉で示して居られますが「平常心是道」とは自分自身の事です。

 

従って「これは平常心で、これは平常心ではない」などというものはありません。


私たち衆生は改まって平常心を探すという考えを働かせなくても、既にその中で生活しているという事です。

 

「戒」というのは宇宙を全自己として行動する事です。

 

既にこの「戒」が守られている中にいる状態が「禅」です。

 

或る時は坐禅、或る時は作務、或る時は毎日の会話など、「日常生活の全てが禅」です。


この様に「禅と戒」は別の物ではありません。

 

「一つの事象」を禅(平等)戒(差別“しゃべつ”)から捉えたに過ぎません。

 

禅と戒を知(識)るということは、「自分の本性」を知(識)るという事です。

 

「自分の本性」とは「四大(しだい)“地水火風”」です。

 

人間(にんげん)だけではありません。

 

万物のあらゆる事象が四大に因って構成され「因縁果」を繰り返しているのです。