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ユダヤ人と日本文化のユニークさ06

2012年01月09日 | 日本文化のユニークさ
最後に「日本文化のユニークさ」4項目目を検討しよう。

(4)宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどなかった。

これも、これまで見てきたこととほとんど重なるのだが、少し新しい視点を加えながら整理しよう。

まず日本文化のこの特徴がどのようなことなのかかんたんに振り返りたい。このテーマに関係する過去の記事には以下のようなものがある。

日本文化のユニークさ21:宗教的一元支配がなかった(1)
日本文化のユニークさ22:宗教的一元支配がなかった(2)
マンガ・アニメの発信力と日本文化(4)相対主義(続き)

要点のみまとめると、

①縄文的・自然崇拝的な心性は、日本人の中に強固な基盤を作っていたので、宗教などによる一元的な支配を拒む力を保ち続けた。

②農耕に適した土地が小規模だったため、強大な権力とそのイデオロギーによる一元的な支配は必要ではなかった。

③異民族との激しい闘争をほとんどしてこなかったので、宗教やイデオロギーを押し付けられたり、それに抗して自分たちの宗教やイデオロギーを正当化して、イデオロギー的に武装する必要もなかった。

などの理由が挙げられ、これらのことが、相乗的にはたらいた結果、「宗教などのイデオロギーによる社会と文化の一元的な支配がほとんどない」ままに高度な文明を作り上げるという、歴史的・文化的にきわめてユニークな日本という国が存在することができたのであろう。

世界のほとんどの民族は、キリスト教、イスラム教、儒教などの絶対原理のようなもので飼いならされていくことでしか、民族が入り組む社会をまとめ上げていくことはできなかった。しかし、日本はそうではなかった。原理やイデオロギーというややこしいものに煩わされることが少なかったことが、日本文化のユニークさであり、今そのことの良さが見直されつつある。

日本文化の基盤となっているのは、やはり縄文的・自然崇拝的な心性である。原初的な神道とでもいうべきものが、私たちの心の中に生きているのだろう。日本文化や日本人の心の中には、いわば何も乗せられていない皿のような神道的な空間があって、その上に仏教や儒教や近代文明が乗せられたり、近代文明が乗せられたりするのではないか。さまざまな宗教や観念が乗せられたり下ろされたりするけれど、その神道的な空間だけは、はるか昔から揺るがず存在している。そして、その空虚な空間は、絶対的な観念やイデオロギーといったものからは、もっともかけ離れている。(参考『日本人と日本文化 (中公新書 (285))』)そして、こうした何でも乗せられる皿のような空間を保ち続けることができたのは、上にあげた三点のような地理的・歴史的条件があったからなのだろう。

ユダヤ人の場合はどうか。ユダヤ教の成立にとって重要な意味をもつ出来事の一つが、モーセによる出エジプトである。エジプトで隷属状態に置かれていた人々が、モーセに率いられてエジプト脱出に成功するのだ。異民族の中で虐げられていた人々が、その状態から脱出し、やがてカナンの地に到着して定住する。その成功の導いてくれた神への信仰が強固になる。その成立事情は、日本列島に安住し続けた人々の自然宗教と何という違いだろう。

やがてユダヤは、ダビデ・ソロモンの繁栄の時代を経て、北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂する。約200年の後、北の王国はアッシリアに滅ぼされる。残された南王国の人々は、「なぜ神はわれわれの同朋を見捨てたのか」と問う。神がダメだったからなのか。北王国の人々は、そう考えてもっと頼りになる新しい神に鞍替えすることも可能だっただろう。しかし、神に導かれての出エジプトの成功はあまりに強烈な体験だったので、彼らには神を乗り換える気持ちにはなれなかった。逆に、北王国の人々は、一部バアル神などを信じてヤハウェ神をないがしろにしたから見捨てられたと考えた。そして自分たちがこれほど過酷に他民族に迫害されるのは神による試練なのではないかと考えた。あるいは出エジプト以来、神が動く気配がないのはユダヤ人だけではなく全人類に罪があるからではないのかとも考えた。こうしていくたの迫害にもかかわらず唯一神への信仰は強まっていくのである。

こうしてユダヤ教という一神教の成立の背後には、民族の迫害の歴史があった。異民族との生き残りをかけた抗争を知らずに日本列島に住み続けることのできた日本人の宗教との違いはあまりに大きい。

以上、ユダヤ人と日本人の歴史・文化・宗教を比べてきたが、両者がさまざまな意味で両極に位置するという印象はますます強くなっている。そしてその両極性のゆえに、逆にどこかで通じ合うものがあるという思いもますます強くなっている。後者については、まだ充分に言葉にすることはできないが、いずれまた取り上げることがあるかもしれない。


《関連記事》
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日本文化のユニークさ13:マンガ・アニメと中空構造の日本文化
日本の長所15:伝統と現代の共存
ジャパナメリカ02
クールジャパンの根っこは縄文?

《関連図書》
★『ユダヤ人 (講談社現代新書)
★『驚くほど似ている日本人とユダヤ人 (中経の文庫 え 1-1)
★『ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
★『一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)
★『旧約聖書の誕生 (ちくま学芸文庫)

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1 コメント

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ユダヤ人の迫害の歴史 (阿部 明)
2012-01-09 19:22:20
 この迫害の歴史は、ユダヤ人から見ての歴史観であり、では、なぜ彼らが迫害され続けたのかについて彼らは詳しく言及しないのか、

 ユダヤ民族と契約を交わした神は、ユダヤ民族だけを天国に入れてくれるのです、そのかわり神の与えてくれた戒律を守る、

 さて、ユダヤ人が隣にいるとしましょう、彼にとって私は同じ天国に行けない人間です、神はユダヤ人とだけ契約をしたのですから、私は神に見捨てられた、或いは神に救われる事の出来ない二流の民族なのですから、
 私に向かっては、常に哀れむような蔑むような視線を送ってきますし、それを私も感じます、

 そんな訳ですから、天国へ行けない私は彼らと友人になる事は出来ません、

 そんな事情がある場合、私はユダヤ人に対して、どのような態度をとるべきなのでしょうか?

 
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