Ed's Slow Life

人生終盤のゆっくり生活をあれやこれやを書き連ねていきます。

観梅

2011年03月07日 | Weblog

                
                
                

先日そろそろ梅が見ごろかなと思い、ネットで調べてみた。鎌倉も青梅の吉野梅林も水戸の偕楽園も行ったことがあるし・・と思いながら眺めていたら田浦・梅の里というのが見付かった。週末に行くつもりでいたが都合がつかず6日(日曜)になってしまった。

6日は生憎天気がイマイチ、朝は薄曇りで午後から曇りそうだったから急遽予定変更して京王・百草園に。いつも高尾山へ行くルートで新宿から10時発の準急に乗った。聖跡桜ヶ丘で各駅に乗り換えて一駅、20分ほどで京王百草園着いた。駅を出てキョロキョロしていたら歩道際に「百草園」の看板があった。矢印に従って山側の道へ入る。かなりの急坂を登ること凡そ7、8分で百草園入り口到着。

入園料300円を払って正面の階段を上がると中腹から赤と白の満開の梅が出迎えてくれる。蝋梅もあったけれど、こちらはもう花が草臥れて萎れ加減。更に上へ行くと茅葺屋根の蕎麦処「松連庵」があり、前庭には紅い毛氈をかけた椅子とテーブルを置いた休憩所になっている。
喉が渇いたので、350円の梅饅頭とお茶のセットを頂いたが、これが頂けない!お茶は色だけで味のない出がらしの番茶みたい。饅頭も隣りのお土産物屋で売ってる既製品だった。損した!

更に上へ登ると多摩丘陵の尾根へ出る。林が切れた辺りの展望台からは薄靄の向こうに富士山が見えた。ラッキー!小じんまりした梅園だから、上から見下ろすのが一番きれいだ。

説明書きによると、百草園の機縁は江戸時代(享保年間)、小田原城主大久保候の室であった受昌院慈岳元長尼が徳川家康の長男・信康追悼のため、廃寺だった松連寺を再建したことにより、その後時代を経て造られた日本庭園が百草園となった・・・とか。こんな丘陵のテッペンに・・・と思ったが住所を見たら日野市だった^^!

ぐるり一巡りしてもとの「松連庵」に戻ったら11時半だったので早お昼に蓬(よもぎ)蕎麦を食した。腹ごなしにもう一巡り庭園を歩いて戻ったら、大正琴の演奏が始まり休憩所は人で埋まり腰掛ける場所がなくなった。
酒と焼き鳥を買って少し離れたベンチを見つけて座った。酒とポカポカ陽気のせいでスッカリ眠くなる。日本は平和だなあ・・・と感謝しつつも、政局の混乱と平和ボケで日本は大丈夫か?と要らぬ心配。

時計を見たら未だ1時過ぎ。折角出てきたのだから、と帰り道に新宿御苑をハシゴして行くことにした。御苑の梅の木はあまり多くない。けれども芝生は家族連れの格好の休憩所で、大勢の人で賑わっていた。今日はよく食べよく歩いた。腰が痛いw・・・