まちみちふうけい

四角い枠に切り取られた風景は一瞬のもの、そんな一瞬を追い求めてこれからも相棒と走り続ける・・・

No.2068 滋賀の旅2月編(1)・・・導入編

2024-04-15 00:16:48 | 旅行記
よろしくお願いします。














2月の滋賀の旅は曇り空の寒風が吹く中、近江鉄道の日野駅から始まりました。この日の目的は重要文化財巡り、三角点巡り、飛出し巡り・・・なんて滋賀限定でしかできないか、まあこれは本格的ではないので・・・などいろいろ混ぜこぜ、東近江市から近江八幡市と滋賀の中央部を走りながら、できるだけ帰りの電車代が安い駅まで走ることとしました。この旅の記録はテーマごとで計4回に渡ってのお伝えを考えています、今回はその1回目、導入編としてお送りしていきます、さあ、5月までに終えることができるでしょうか・・・。
さて、このゾーンの一番下の写真、近江八幡市で行われる左義長まつりののぼり、「左義長」とはよく聞く言葉だがwikiには「小正月に行われる火祭りの行事」とある、正月の後文化財巡りでいろいろな神社をまわったが、しめ飾りなどを焼く準備をしている光景をよく見ました、とんど(歳徳)、とんど焼きのことですね。この前奈良テレビの番組で笑い飯哲夫が左利きの人をと言うのはこの左義長から来ていると話していた、今ではテレビではピーッと鳴らされてしまう言葉なのですが、どのような経緯からそうなってしまったんでしょうかねえ・・・、と言うことでまたまた頼りのwikiから↓↓↓

「平安時代の貴族の正月遊びに「毬杖(ぎっちょう)」という杖で毬をホッケーのように打ち合う「打毬」があった。小正月(1月15日)に宮中の清涼殿の東庭に山科家などから進献された葉竹を束ねたものをたてた。その上に扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付けた。これを陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供された。・・・中略・・・毬杖(ぎっちょう)3本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれた。これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。」

「打毬」ってこの前大河ドラマでもやってましたね、馬の上で杖で球を打ち合っていたやつですね。しかし言葉の由来からは差別的な要素は感じられません、行き過ぎた自主規制とでも言ったところでしょうか、自分(一人称)は右利きですが、左の人はこの言葉を言われることに抵抗を感じるのでしょうか・・・?












このゾーンでは飛出し坊やのいろいろなバージョンの写真が並びましたが、得に巡りの目的としていたわけではなくどれも偶然に見かけたものばかりです。昨年の映画『翔んで埼玉』ではとびたと言う名前で結構重要な役割を担っていました、地元の人がちょっと悲しみそうなシーンもありましたが、この映画で一気に全国区になってしまったかのようです。それにしてもいろんなバージョンがありますね、近江八幡市の歴史的な町並の中だけでも結構見かけましたよ、もはや次期滋賀県知事・・・誰やねん、分かるよね・・・に次ぐ滋賀県のスターって感じですね。





















今回もやっぱり新幹線に会ってきました、またかよ~、と思われそうですが奈良には走ってないですからね。そうなるとまた奈良県民のひがみみたいに思われそうだけどリニア新幹線の東京~名古屋間の開業が遅れることになりましたからね、自分(一人称)が生きているうちに奈良で新幹線が走る姿を見ることはほぼ絶望的となってしまいました。この前ネットのニュースで東京から電車や飛行機1本で行けない県が2つある、三重県と奈良県がそうだとのことです、ただ奈良から東京は高速バスはありますが・・・。ブルートレイン全盛期には四国、北海道以外で東京から鉄道1本で唯一行けない県も奈良県、大阪、京都が近いからそこから行けるからええやない・・・とでも思われているのでしょうか。ただJR東海は結構奈良をPRしてくれているみたいですね、相変わらず外国人観光客は多いのですが、せっかくPRしてくれているのだからもっと日本人にも来てほしい所です。あ、滋賀の話だった、写真にあるのは近江八幡市の田園風景の中を走る新幹線、グレーの雲の隙間から陽が差し込み新幹線の白い車体が映えるのが、何気ない風景となることを生きているうちに奈良で見ることができるでしょうか・・・、今回もご覧いただきましてありがとうございました。・・・・・・・・・・まちみち





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