現代児童文学

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ウォーレン・フレンチ「「デーヴィッド・カパーフィールド式のくだらぬ話」」サリンジャー研究所収

2019-09-22 10:39:44 | 参考文献
 この風変わりなタイトルは、サリンジャー・ファンならばすぐにピンとくると思うのですが、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の冒頭の部分での、主人公ホールデン・コールフィールドの語り出しから来ています。
 この言葉は、過去の経歴や家柄でなく、今のありのままのホールデン(若干、回想シーンはありますが)を描こうとしようとするサリンジャーの決意表明のようなもので、当時(現在でもそうかもしれませんが)の若い読者たちを作品世界に引き入れるのに絶大な効果がありました。
 作者は、それを承知でサリンジャーの来歴について書いているので、自分で調査したのではなく本人または研究者たちによってすでに公開されている情報を、要領よく、しかしかなり徹底して集めてまとめています。
 そのため、その後のサリンジャーの来歴や年譜を載せた本には、ここからの情報だと思われるものが多いです。
 著者は、ここでは自分自身の意見はできるだけ避けているのですが、1963年現在のサリンジャーの作家としての姿勢に対しては、かなり明確に論評しています。
 まず、有名な隠遁生活(外部の人たちとの接触を避けて、ごく親しい自分の理解者(この当時は離婚前なので家族も含まれます)とだけ交流して、執筆に集中しています)に対しては、その経過(親しく付き合っていた近隣の人たちに、約束を裏切られました)への同情も含めて、作家のプライバシーの保護には理解を示しています。
 しかし、サリンジャーが、自分の作品の脚本化を拒んでいることと、過去の雑誌への発表作品の単行本化やアンソロジーへの転載を拒んでいることには批判的です。
 特に、過去の発表作品の批評まで拒んでいることに対しては、「作家が作品の発表に同意し、金を受け取ったからには、彼は『読者が作品について、どんな賞賛、どんな悪口雑言を言いたがろうと、それを甘んじて受けなくてはならない』」と、フォークナーの言葉を引用して、強く非難しています。
 この言葉は、文学作品を商品として考えた場合には至極もっともなのですが、サリンジャー作品の創作過程を考えると、そう単純に割り切るのもどうかなと思います。
 サリンジャーの場合、最初の作品の雑誌掲載が、クラスに参加していたコロンビア大学のホイット・バーネット教授の編集する「ストーリー」誌であり、その作品自体がクラスの提出物に手を加えたものであったことから、雑誌掲載作品は完成作品でなく試作品であるという認識を持っていたのではないでしょうか。
 それは、初めての雑誌掲載が21歳の学生の時にあっさりと行われ、その後も順調に作品が掲載されたこともあり、普通の作家よりも雑誌掲載の作品がお金をもらった商品であることへの自覚が足りなかったのではないかと思います。
 掲載誌が、最終的には高額の印税がもらえる「ニューヨーカー」のような高級誌になったとしてでもです。
 さすがに、出版された作品(「キャッチャー・イン・ザ・ライ」、自選短編集「九つの物語」所収の9作、「フラニーとズーイ」所収の2作、「大工らよ、屋根の梁を高く上げよ」所収の2作)については、サリンジャーも商品と認めて、不服ながらも批判を受け入れています。
 実際、初期の短編の多くは、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」やいわゆるグラス家サーガのための習作とみなせる作品が多く、おそらくサリンジャー自身は発表後も加筆推敲を続けていたの思われます。
 それは、文学作品を、商品(つまりは完成品)と考えるか、(未完の)芸術作品と考えるかの違いで、多くの作家に共通した一種の自己矛盾だと思われます。
 例えば、宮沢賢治の膨大な作品群のうちで、生前に発表ないしは出版されたものは、童話集「注文多い料理店」と詩集「春と修羅」などだけで、大半の作品は未発表です。
 また、発表された作品も含めて多くの作品が、亡くなる直前まで加筆推敲されていました。
 はたして、どの原稿が完成形(あるいはは完成形に近い)かは、研究者によっても意見が異なる場合があります。
 私は、作品は商品である前に芸術であるべきだと考える立場なので、サリンジャーや賢治の考え方の方に多く共感しています。









 

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