現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

津村記久子「サイガサマのウィッカーマン」これからお祈りにいきます所収

2018-11-12 08:22:07 | 作品論
 サイガサマという土着信仰のある街の物語です。
 サイガサマは願いを聞き届けると、その人の体の一部を奪ってしまう神様です。
 ウィッカーマン(wicker man)とは、古代ガリアで信仰されていたドルイド教における供犠・人身御供の一種で、巨大な人型の檻の中に犠牲に捧げる家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭儀の英語名称のことで、そこから転じて編み細工(wicker)で出来た人型の構造物を意味します。
 サイガサマには願いをかなえた時にそこだけは奪わないでもらいたいと申告することができ、その人体の部分を模した細工物をウィッカ-マンに入れて、冬至の日に燃やすお祭りが盛大に行われています。
 以上の設定を除くと、関西の地方都市を舞台にした現代の普通のお話です。
 崩壊しかかった家庭の、バイトである程度自活している高校二年生の男の子が主人公です。
 不登校の中学生の弟、家庭に不満はあるがなかなか社会へ踏み出せない母親、家庭を顧みず若い女と不倫している父親、そして、近所やバイト先の風変わりな人々とのかかわりが描かれています。
 主人公には、同様に家庭が崩壊しかかっていて、大学受験のためにバイトを三つも掛け持ちしている気になる存在の女の子がいますが、二人の関係はほとんどが携帯の電話やメールといった本当にか細いつながりだけでしかありません。
 サイガサマが願いを聞き届けてくれて、家庭にも、女の子との関係にも、かすかな希望が見えるラストが心地よいです(サイガサマが願いをかなえる代わりに主人公から奪った物が、すごくシャレています)
 この作品も、今日的な問題を抱えた子どもたちを描いたヤングアダルト向けの児童文学といっていいと思いますが、出版社や流通などの障害があって、同じような問題を抱えた高校生の読者たちにはほとんど届かないでしょう。

これからお祈りにいきます (単行本)
クリエーター情報なし
角川書店

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 中脇初枝「こんにちわ、さよ... | トップ | 辻原登「虫王」父、断章所収 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

作品論」カテゴリの最新記事