現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

カード

2020-04-24 10:03:25 | 作品
 ある日、弘樹のおとうさんが、会社の健康診断の胃のレントゲンでひっかかった。
すぐに病院で内視鏡を使った精密検査をした結果、胃ガンが発見された。
おとうさんは、会社の病気休暇を取って、すぐに手術を受けた。おかあさんもパートを休んで、病院に付き添っていた。
休みの日には、弘樹も、おとうさんを病院に見舞った。
「おとうさん、大丈夫?」
 強志がたずねると、
「大丈夫、大丈夫。でも、胃が三分の二なくなっちゃたから、今までみたいにごはんをたくさん食べられなくなっちゃったけどな。ごはん茶碗を、弘樹のと交換してもらわなくちゃな」
と、おとうさんは笑いながら言った。
「そんなあ。ぼく、あんなに大きなお茶碗じゃ、食べきれないよ」
と、弘樹が言ったので、みんなは大笑いした。
さいわい手術は成功して、おとうさんは一ヶ月後に会社に復帰できた。ただし、時々会社を休んで、病院で抗がん剤の治療を受けている。
抗がん剤の副作用で、おとうさんの髪の毛が抜けた。
「つるつる坊主になっちゃうよ」
 おとうさんは、鏡を見ながら嘆いていた。
弘樹は、自分のおこづかいで、おとうさんに帽子をプレゼントした。
「これをかぶれば、大丈夫だよ」
「どうもありがとうね」
おとうさんはその帽子を気にいって、いつもかぶるようになった。

数ヵ月後、ガンが再発しておとうさんはまた入院した。
今度は、全身に転移していて手術はできなかった。
おかあさんと弘樹は、おとうさんにつきっきりで看病した。
しかし、おとうさんは、二人に看取られながら亡くなった。
おとうさんの病室には、あの帽子が残されていた。
お葬式の時に、弘樹はお棺に帽子を納めてもらった。
弘樹の心の中にいるおとうさんは、いつも帽子をかぶってほほえんでいた。

 おとうさんが亡くなってから、八ヶ月がたった。もうおとうさんのことを思い出して涙が出てしまうようなことは、最近はあまりなくなっていた。
 おとうさんが亡くなるまで、弘樹たちはおとうさんの会社のそばの家で暮らしていた。しばらくの間はそのままそこに住んでいたが、ローンなどのためにやがてはそこを売って出なければならなかった。
 おかあさんは結婚してからずっと専業主婦をしていたが、これからの生活を考えるといつまでもそのままではいられなかった。おかあさんは、結婚前に働いていた小さな出版社でまた雑誌の編集をすることになった。その会社は都内にあったので、先週のゴールデンウィークの間にこちらに引っ越してきた。
 前に住んでいた藤沢の家は、海のそばにあった。近くの海浜公園の中を歩いていくと、すぐに広々とした浜辺に出られた。
 それに引き換え、今度の家は、東京のはずれにある足立区の工場が建ち並んだゴミゴミしたところにあった。団地の十階にある弘樹の家からは大きく蛇行している川が見えたが、それも高いコンクリートの塀で囲われていた。

「今日は、みんなに新しい友だちを紹介します」
 三谷先生はそういうと、入り口の近くで緊張して立っていた弘樹に合図をした。弘樹は教壇の上に進み出ると、ピョコンとひとつ頭を下げてから話し出した。
「山本弘樹です。神奈川県の藤沢市から引っ越してきました」
 四年二組の全員の目が、興味しんしんって感じでこっちを見ている。
「えーっと、……」
 それ以上、何をいったらいいのか思い浮かばない。
「……」
「じゃあ、みんなの方から、山本くんに質問してみたら?」
 立ち往生してしまったヒロキに、三谷先生が助け舟を出してくれた。
「誕生日は?」
 窓際の席に座っていたポニーテールの女の子が、すぐにたずねた。
「五月十一日です」
 弘樹が答えると、その女の子はニッコリしていった。
「へー。じゃあ、来週じゃない」
(そうだ。引越しで忙しくて忘れていたけれど、もうすぐ十才になるんだ)
 それをきっかけに、他の子からも次々と質問が出た。
「前の学校は?」
「プロ野球はどこのファンですか?」
 そこまでは、なんとか答えられた。
「いちばん好きな物は、何ですか?」
 まっ先に、おじいちゃんの家にあずけてきた、ゴールデンリトリバーのリュウのことがうかんだ。五才の誕生日に、おとうさんがもらってきてくれてからずっと一緒だった。
 次に、前の学校の友だち、祐二、啓太、孝志たちの顔がうかんだ。
 でも、そんなことはとてもいえない。
「……。バ、バナナです」
 やっとのことで答えると、うしろの方の何人かがクスクスわらった。
「何人家族ですか?」
「二人、おかあさんと二人家族です」
「あれっ、おとうさんは?」
「……」
「あんまりプライベートなことは、聞くんじゃないぞ」
 言葉につまったヒロキを見て、三谷先生があわてたようにいった。 

 その晩、弘樹は一人でおかあさんの帰りを待っていた。留守電に入っていた伝言によると今日も帰りは八時過ぎになるとのことだった。
 弘樹は勉強机の上に、一枚のカードを置いた。鉄腕アトムのカードだった。これは、ヒーローカードと呼ばれていた物だ。おとうさんの話では、おじいちゃんが子どものころに集めていたお菓子のおまけだったらしい。
 それをおとうさんが小学生の時にもらって、おじいちゃんと一緒に遊んだんだそうだ。
 他には、鉄人28号、狼少年ケン、ジャングル大帝、ビッグX、遊星少年パピイ、宇宙エース、伊賀の影丸、少年ジェット、月光仮面、エイトマン、サイボーグ009など、たくさんの種類があった。名前だけはなんとか知っているものもあったけれど、ほとんどがぜんぜん聞いたことがないものばかりだった。
 しばらくそのカードを見つめていると、中からゆっくりと鉄腕アトムが立ちあがってきた。
「やあ、弘樹」
 アトムは、弘樹に向かって笑顔を見せた。
「やあ、アトム」
 弘樹もニッコリして、立ち上がった。アトムは、ポンと勢いをつけて机から飛び降りた。
「じゃあ、行こうか」
 アトムは窓を大きく開け放った。眼下の川は、今日も黒々と大きく蛇行している。
 ゴォーッ!
 弘樹を背中に乗せると、アトムはジェット噴射とともにいきおいよく窓から飛び出していった。

 次の日の理科の時間に、弘樹は初めて同じ三班の人と一緒にすわった。
 三班の人数は、弘樹を入れてぜんぶで五人。他の四人が四人とも、興味深そうにこっちを見ているので、弘樹はまた昨日のようにドキドキしてしまった。
 でも、昨日真っ先に質問した、背の高い元気のよさそうなポニーテールの女の子が話しかけてくれた。
「私は安西真理奈。三班の班長をやっています。弘樹くん、三班にようこそ。今まで他の班より少ない四人だけだったから、人数が増えてよかったと思っています。ほら、他の子も自己紹介しなさいよ」
 真理奈は、最後は他の子たちにむかっていった。
「おれは遠藤康太。スポーツは、野球でもサッカーでもなんでも得意だよ。今度休み時間にドッジボールをやらないか」
 そういった康太は、髪の毛を女の子みたいに長く伸ばしているけれど、身体はがっちりしていてすばしっこそうだった。
「あたしは広川由里。クラスでは飼育係をやっているの。教室にはグッピーとミドリガメしかいないけれど、校庭の小屋にはチャボとウサギもいるよ」
由里は、クルクルの天パーをショートカットにしている小柄な女の子だ。
「ぼくの名前は内田純一。好きなことは、パソコン、インターネット、オンラインゲーム、アイポッド、アマチュア無線、電気工作、うーんと、まあ、そんなところかな」
最後にそういったのは、分厚いレンズの黒ぶちめがねをかけたまるまるとよく太った大きな子だった
 
 その日の午後、昼休みの後だった。
「弘樹くん、まだここにいたの? 次の時間はパソコンルームだよ」
 教室の前の入り口がガラガラとあいて、班長の真理奈が顔をのぞかせた。
「えっ!」
 弘樹はあわてて椅子から立ちあがった。次の授業がパソコンだということは聞いていたけれど、どこでやるのかぜんぜん知らなかった。そういえば、ぼんやりしているうちにみんながいなくなっちゃったけれど。
「急いで、急いで、もう始まっちゃってるよ」
 早足で歩いていく真理奈の後を、弘樹はけんめいに追いかけた。
 パソコンルームは三階の一番はしに合った。
(そういえば、昨日、三谷先生が校内見学で連れてきてくれたっけ)
 真理奈と弘樹が入っていくと、もう班ごとに分かれてパソコンを動かしている。
 でも、三班だけは弘樹を待っていたのか、まだ電源を入れていなかった。
「もう、誰かさんのおかげで遅れちゃったよ」
 純一が少しイライラした声を出しながら、待ちかねたように電源ボタンを押した。他の子たちも、すぐにパソコンに夢中になっていく。
 カチャカチャとにぎやかな音を立てているパソコンルームの中で、弘樹だけがポツンと取り残されていた。

 その晩も、弘樹はおかあさんの帰りを待っていた。
 一日一時間だけの約束のテレビゲームもやりおわった。おかあさんが用意しておいてくれた晩ごはんも、あたためて食べた。もう何もやることは、何もなかった。
 弘樹は勉強机の上に、今日は別のカードを置いた。
 伊賀の影丸。黒い覆面をした忍者マンガのカードだ。
 弘樹は、しばらくそのカードを見つめていた。
 やがて、中からゆっくりと影丸が立ちあがってきた。
 黒覆面に黒い忍者の着物を着ている。
「やあ、弘樹」
 影丸も、弘樹に笑顔を見せた。
「こんばんは、影丸さん」
 影丸は大人なので、弘樹はていねいに挨拶した。
「じゃあ、行こうか」
 影丸はそういうと、忍術の呪文を唱えた。
「忍法木の葉隠れ」
グルグルとつむじ風がおこると、影丸と弘樹は部屋から姿を消した。

 その後も、毎晩、ヒーローたちが一人ずつやってきてくれた。
 机の上に置いたヒーローカード。
弘樹がじっと見つめていると、やがて、その中から、ヒーローたちが立ち上がってくる。
弘樹はヒーローたちといっしょになって、それぞれの冒険の世界へ旅たっていく。
 鉄人28号は、敵の巨大ロボットと激しく戦っていた。
「頑張れ鉄人!」
 弘樹は、鉄人28号の操縦桿を必死に操作した。
 ジャングル大帝のライオンのレオと一緒に、アフリカの大草原を歩んでいく。後には、キリン、カモシカ、ゾウ、サイ、マントヒヒなど、いろいろな動物たちが仲良く続いてくる
 エイトマンと一緒にならんで音速でかけてゆく。新幹線もあっという間に追い越してしまう。なぜか新幹線は古いタイプのものだったけれど。
他のヒーローたちとも、ジャングルで悪漢と戦ったり、宇宙で怪しい円盤を追いかけたり、敵の秘密基地を爆破したりしていた。
 弘樹は、それぞれのヒーローたちとの冒険に、いつも夢中になっていた。
 そして、ふと気がつくと、ヒーローたちと一緒に、おとうさんもすぐそばにいてくれるような気がしてくるのだった。

 五月十一日、弘樹は十才になった。
 でも、おかあさんはまだベッドの中にいる弘樹に、いつものように
「いってきまーす」
としかいわずに、あわただしく仕事へ出かけてしまった。
 テーブルの上には、いつものようにハムエッグと野菜がのったお皿があるだけで、特にメモも置かれていなかった。
(あーあ、ぼくの誕生日なんか、忘れちゃったのかなあ)
 オーブントースターにパンを入れながら、なんだかひとりぼっちで取り残されてしまったような気がしていた。
 去年の九才の誕生日。おとうさんも一時退院して、一緒にお祝いしてくれた。
 その日は、おかあさんが腕によりをかけて作った料理やケーキが、テーブルいっぱいにならんでいた。
 おとうさんは、すっかりやせて顔色も白くなってしまっていた。いつも休みの日には、おかあさんたちとテニスをやってまっ黒に日焼けしていたのに、まるで違う人のようだった。  
 せっかくのごちそうも、おとうさんはほとんど食べられなかったけれど、ずっとニコニコ笑っていた。
 そして、おとうさんは、
「よくなったら、また遊園地へ行こうな」
って、弘樹に約束してくれた。

(ない!)
 弘樹は、けんめいにポケットの中をさぐっていた。そこにヒーローカードが入っていたはずなのだ。
(どこに落としてしまったのだろう?)
 二時間目の後の休み時間には、たしかにポケットにあった。
 弘樹はうつむいてカードをさがしながら、心あたりの場所を歩きまわっていた。
 ひとけのない廊下を、ヒーローカードをさがしながら歩いていると、校庭からはみんなが遊んでいるにぎやかな声が聞こえてくる。弘樹は、まだ一度もその中に加わったことがなかった。
 念のため、校庭に出て行ったとき、
「おーい、弘樹くーん。一緒にやらないか」
 遠くから叫んでいる子がいる。女の子のように長い髪の毛。康太だ。手にはドッジボールを持っている。
「うーん、今、ちょっと探し物してるから」
 弘樹がそう答えると、
「じゃあ、見つかってからでいいから、一緒にやろうぜ」
といって、康太はまた仲間のほうへ戻っていった。
 弘樹は、また校舎の中を探し回った。
三階のコンピュータールームに行ったとき、純一に出会った。
「どうしたんだよ。浮かない顔をして」
 純一がたずねた。
「うん、カードをおとしちゃったんだ」
「えっ、カードって、キャッシュカードかい、それともスイカか何か」
 純一が心配そうに聞いてくれた。
「うん、まあ」
 ヒーローカードだというと馬鹿にされそうなので、弘樹はあいまいにごまかした。
 弘樹は、その後も学校中をさがしまわっていた。
 でも、やっぱり見つからない。
弘樹があきらめかけて、自分の教室に戻ってきたときだった。
「弘樹くん、さがしてるのこれじゃない?」
 ふりかえると、由里が立っていた。クルクルの天然パーマの子だ。ヒーローカードをこちらに差し出している。
 弘樹がコクンとうなずくと、すぐにカードを手渡してくれた。
「ありがとう」
 由里はニコニコしながら、
「校庭の手洗い場に落ちてたんだよ」
「そうだったのか」
 もしかしたら、手を洗ってハンカチを出したときに落としたのかもしれない。
「それ、あたし、知ってる。鉄腕アトムっていうんでしょ。うちのおとうさん、おじいちゃんにもらって、そのマンガを持ってるんだよ。弘樹くんって、そういう古いカード集めてるんだ」
「うん」
 弘樹は小さな声で答えると、かすかに笑みをうかべた。

 弘樹がヒーローカードをポケットに入れて学校にくるようになったのは、今週になってからだ。毎日、違うカードを一枚だけ持ってきていた。
 時々、ポケットに手を入れてカードにさわってみる。それだけで、特に外に取り出さなくてもヒーローたちは姿を現わしてくれた。
 巨大ロボットの鉄人28号が、校舎の向こうをゆっくりと歩いていく。
校庭の上空を、すごいスピードで鉄腕アトムが飛んでいった。
砂場には、伊賀の影丸の忍法「木の葉隠れ」のつむじ風がおこった。
ジャングル大帝のライオンのレオが、動物たちの群れを引き連れて校庭を横切った。
……、……。
弘樹は、そんなヒーローたちの姿を、教室の窓からじっと見つめていた
でも、ヒーローたちは弘樹以外には見えないようだった。みんなはまるでそんなことにはおかまいなしに、いつもどおりに授業を受けたり遊んだりしている。もしかすると、ヒーローたちは、弘樹だけの秘密の存在だったのかもしれない。
 弘樹は、ポケットにヒーローカードがあるだけで、なんだか気分が落ち着いていた。
 そう、ポケットの中にあるのはカードでなく、本物のヒーローのような気がしたのだ。そして、おとうさんも一緒にそこにいるように思えた。

 その日の放課後、いつものように弘樹は一人で家へ帰ろうとしていた。
 校舎の玄関を出て、校門に向かったときだった。
「弘樹くん、ちょっと待って」
 うしろから声をかけられた。
 弘樹が振り向くと、真理奈がむこうから走ってきた。
「これ、三班のみんなから」
 真理奈はそういって、小さな紙の手提げ袋を弘樹に押しつけた。弘樹が受け取ってみると、中身は軽そうなものだった。
 あわてて弘樹が紙袋をあけようとすると、
「ちょっと待って。家に帰ってからあけてって、みんなにいわれてるんだ」
 そういうと、真理奈はさっさともどっていってしまった。
 弘樹がそちらを見ると、
「おーい」
康太と由里と純一が玄関のところから、こっちに向かって手を振っている。
(中身はなんだろう?)
 弘樹はみんなに聞いてみたかったけれど、三人は真理奈と一緒に校舎へ入っていってしまった。
 弘樹は、手提げ袋を持ちながら家へ帰っていった。

 家に帰ると、留守電のランプがついていた。
(なんだろう?)
ボタンを押すと、すぐにおかあさんの声が流れてきた。
「ヒロちゃん、ごめんね。引越しのゴタゴタでうっかりしちゃって。十才の誕生日、おめでとう。ケーキとプレゼントを買って、早く帰るからね」
 なんだか泣き出しそうな声に聞こえた。
弘樹は、自分の部屋に戻ると、急いで三班の人たちからもらった紙袋をあけてみた。
中には、二つに折りたたまれたカードが入っていた。
『誕生日、おめでとう。山本弘樹くんへ』
 何色ものサインペンで、表に書かれている。
 開いてみると、まん中にはにかんだような男の子が描かれていた。どうやら弘樹の似顔絵のようだ。そのまわりは、寄せ書きみたいになっていた。
 一、二、三、全部で四人。三班全員の名前があった。
『ハーイ、弘樹くんって、なんだか呼びにくいね。かわりに、ヒロくんっていうのはどうかしら。じゃあ、バイバーイ。安西真理奈』
 名前の下に、ピンクのプリクラのシールがはってある。真理奈は、ウィンクしながらバッチリとポーズをきめていた。
『山本くんもカードを集めているみたいだけど、ぼくもプロ野球やJリーグのカードを集めています 遠藤康太』
 少し古びたジャイアンツの坂本選手のカードが、テープで貼り付けてあった。
『弘樹くんは、動物が好きですか? 私は猫が好きなんだけど、団地ではペットが飼えません。でも、ぬいぐるみのミーちゃんがいるから、今度見せてあげるね。 広川由里』
 オレンジのサインペンで、かわいいネコのイラストが書いてある。
『この広い宇宙の銀河系の太陽系の地球の北半球のアジアの日本の本州の関東地方の東京都の足立区の千住緑町の千住第七小学校の五年二組のたった五人しかいない三班で、いっしょになるなんて本当に奇跡的なことです。  内田純一』
 名前の横には、なんだかよくわからない秘密のサインが書いてある。

 その晩、約束どおりにおかあさんは早く帰ってきてくれた。
弘樹はおかあさんと十才の誕生日を祝った。
 ケーキには、
(ひろちゃん、十才。お誕生日おめでとう)
と、チョコレートで書かれていた。
 プレゼントは、前からほしかった携帯ゲームだった。

部屋に戻ると、弘樹はいつものように机の上にヒーローカードをおいてみた。
 鉄腕アトム。
 でも、どういうわけか、いつまでたってもアトムは、カードの中から立ちあがってこなかった。ジェット噴射の音も聞こえない。
 伊賀の影丸。
これもだめだ。やっぱり影丸も、カードの中から立ち上がってこない。影丸得意の忍法「木の葉隠れ」のつむじ風がおこらない。
鉄人28号。8マン。狼少年ケン。月光仮面。ジャングル大帝。……、……。
弘樹は、次々とカードを出してみた。
 でも、ヒーローはだれも現れなかった。
 机の上にならべられたたくさんのヒーローカード。
 なんだか、もう役目を終えたようにひっそりとしている。
弘樹は、その上にもう一枚、みんなからもらった誕生カードをひろげてみた。
(あっ!)
 その中から、三班のメンバー四人、安西真理奈、遠藤康太、広川由里、内田純一が、ゆっくりと立ち上がってきた。まるで、弘樹の誕生日を祝うように。






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