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現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

登校拒否

2020-08-27 13:37:32 | 作品

 目が覚めてもあたりは真っ暗だった。雨戸を閉めた窓には厚手の遮光カーテンをぴったりと閉ざしてあるので、外部からの光は一筋も差し込んでいない。

 今が何時なのかわからない。枕元に置いた携帯を見ると、もう八時を過ぎている。本当ならば、もう学校に行かなければならない時刻だ。
 でも、浩紀はもう二カ月以上も学校へ行っていなかった。
 今年の四月に、浩紀は中学に入学した。当初は、浩紀もそれなりに中学での新しい生活に期待していた。新しい友だちも作りたいし、部活にも入りたかった。
 ところが、その期待はあっさりと裏切られてしまった。授業の内容は、小学校の時と同様によくわからなかった。部活も少子化の影響で数が少なく、入りたかった野球部は三月いっぱいで廃部になっていた。
 そうこうしているうちに、浩紀はだんだん学校へ通えなくなってしまったのだ。
 理由は浩紀にもよくわからない。もしかすると、クラスを牛耳っていた他の中学から来た子たちになじめなかったからかもしれない。
学校へ行かれなかったのは、初めは月曜日だけだった。毎週、日曜日の午後から調子が悪くなる。それがだんだんひどくなり、月曜日の朝は起きられない。そのため、学校を休むことになってしまった。
初めのころは、月曜日の午後になると元気になっていた。だから、火曜日からは、なんとか学校に通えたのだ。
ところが、調子の悪いのが、火曜日、水曜日とだんだん長くなっていった。そして、七月ごろには、ほとんど学校に通えなくなってしまっていた。
夏休みをはさんで、二学期になってからは一日も学校へ行っていない。
 トントン。
 ドアが軽くノックされた。
「おはよう。ヒロちゃん、ごはんができているわよ」
 ドアが開いて、明るい光とともにおかあさんが顔をのぞかせた。
「はーい。今行く」
 浩紀は、ベッドから体を起こした。
 最近は、朝、昼、晩ときちんと食堂で食事をしている。
 学校へ行かなくなったころは、昼過ぎまで寝ていたが、このころはだんだん規則正しい暮らしになっている。夜は十二時前には寝ているし、朝は八時ごろには起きていた。
 初めは自分の部屋にこもりっきりだったが、今では家の中ならどこでもいけた。さすがに外に出ることはなかったが。
浩紀がまったく学校へ行かなくなったころ、時々学校の先生たちが家にやってきた。主には、担任の青木先生と副校長先生だった。
そのころは、浩紀の両親は、なんとかして浩紀を学校に通わせようとしていたので、どうしたらいいか相談するためだった。
「浩紀くんも一緒に話をしよう」
 青木先生は浩紀の部屋の外まで来て声をかけてくれたが、浩紀は部屋にこもったまま先生たちには会わなかった。
 浩紀の両親は、こちらからも学校や教育委員会に出かけていって、相談していたみたいだ。青木先生も一緒に相談にのってくれていたらしい。

 ある日、夕食の時に、おかあさんがいった。
「ヒロちゃん、明日、病院に行ってみない?」
「なんで?」
 浩紀は、ハンバーグをほおばりながら聞いた。ずっと家にこもりっきりで運動不足なのに、食欲は旺盛だった。おかげでだいぶ肥ってしまった。
「ヒロちゃんみたいに、学校へ行かれない子に詳しい先生がいるのよ」
 どうやら、相談の結果、本人を連れて専門家のいる病院へ行くことになったのだろう。
「ふーん。別にいいけど」
 浩紀だって、できたら学校に行きたかった。だから、病院でそういうのが治るのなら、行ってみても良かった。
病院へは、おかあさんと一緒に駅からバスに乗っていった。
その病院は、大学の付属病院だった。明るく広々としていていい感じだった。
総合受付でおかあさんが手続きをしてから、「心療内科」と看板の出ている部屋の前に行った。
「お願いします」
 おかあさんが、そこの受付にいた女の人に診察券を出した。
「5番のドアに入って、中の待合室でお待ちください」
 浩紀がおかあさんといっしょに中に入っていくと、そこにはソファーが置かれていて、先客が五、六人座っていた。
「市川さん」
 しばらくして、診察室の中から名前を呼ばれた。
 おかあさんと一緒に中に入ると、眼鏡をかけた中年の白衣を着た男の人が、パソコンに向かって座っていた。
医師は、浩紀とおかあさんにいろいろと質問した。そのうえで
「良く眠れているようですし、食欲もある。薬は必要ないでしょう」
「はあ」
おかあさんは少しがっかりしたみたいだ。もしかすると、何かすごく効き目のある薬を出してもらって、浩紀がまた学校に行かれることを期待していたのかもしれない。
「おかあさんも、まわりの方々も、無理に学校へ行かせずに、しばらく浩紀くんをほうっておいてください。その方が自分で立ち直れるようになりますから」
と、医師はアドバイスした。
浩紀の家では、おとうさんだけでなく、おかあさんもフルタイムで働いている。小学校の低学年の時は、学校が終わると学童クラブへ行って、放課後の時間を過ごしていた。
浩紀が登校拒否になってからは、おかあさんは仕事を休まなければならないことが増えていた。
おかあさんによると、そのことで、どうやら会社での立場が悪くなっているみたいだ。
「おねえちゃんの時はこんな問題はなかったのに」
と、おかあさんが愚痴をこぼしていた。
 高校生のおねえちゃんにも、
「いいなあ、浩紀は。毎日お休みで」
と、時々嫌味をいわれていた。

 薬はもらえなかったけれど、お医者さんから正式に学校を休むことのお墨付きをもらったことは、浩紀にはプラスに働いた。
 家族が愚痴や嫌味を言うことはなくなったし、浩紀自身も気持ちが落ち着いた。
「学校へ行かせなければ」とか、「学校へ行かなくっちゃ」とかいうプレッシャーがなくなったせいかもしれない。
学校に行かなくなったころは、みんながいない時には、浩紀は居間でぼんやりテレビを見ているだけだった。
でも、最近は、本を読んだり、勉強したりもしている。
(学校の勉強がますます遅れてしまうんじゃないか)
と、かなり気になってきたのだ。
青木先生が、定期的に学校のお知らせや勉強のプリントなどを届けてくれていたので、勉強の進捗状況は分かった。前から、学校の授業に合わせた通信教育に入っていたので、それを使って自分勉強できた。学校に行っていたころは、それらの教材をほとんどさわりもしなかったので、なんだか不思議な気分だ。
「元気にしてる?」
「今日の給食はカレーだったよ」
などと、クラスメートからもこちらの様子を尋ねたり、学校の様子を知らせたりするようなメールがくるようになった。
 今までは、腫れ物に触るようにそっとしていて、たまに「早く学校に来られるようになるといいね」って感じのメールが来るだけだった。
どうやら、青木先生がおかあさんからお医者さんが言ったことを聞いて、みんなに知らせてくれたみたいだった。

 目を覚ました。今日も真っ暗だ。枕元の携帯を見ると、まだ、七時前だ。
「よし、今日だ」
浩紀は、思い切って久しぶりに登校してみることにした。
「おかあさーん。朝ごはん、早くして」
 ドアを開けて大声で叫んだ。
「どうしたの?」
 おかあさんが台所から飛んできた。
「学校へ行こうと思うんだ」
と、浩紀がいうと、
「ええー!」
 おかあさんは驚いていた。
 浩紀は、家を出るとどんどん学校に向かって歩いて行った。
「おはよう」
 校門の所で女の子に声をかけられた。
「お、おはよう」
 浩紀も小さな声であいさつした。女の子は、浩紀に向かってニコッとほほえんだ。たしか同じクラスの柳下愛美さんだ。前にメールも送ってくれたことがあった。
 浩紀は、下駄箱から上履きを出してはきかえた。三ヶ月ぶりなのに、ちゃんと上履きがあったのがなんだか嬉しかった。
 廊下を自分のクラス、一年二組にむかって歩き出した。
クラスが近づくにつれて、ドキドキしてくる。
教室が見えた時、浩紀はクルリとまわれ右をしてしまった。
浩紀は、そのまま保健室にいった。
ドアを軽くノックすると、
「どうぞ」
 中から声がした。たしか養護の花岡先生だ。
 花岡先生は、こういう生徒には慣れているのか、浩紀の面倒をよく見てくれた。
 浩紀はしばらくベッドで休んだ後は、花岡先生とおしゃべりして時間をすごした。
担任の青木先生も、保健室に様子を見に来てくれた。
「元気?」
休み時間には、クラスメートたちも、保健室をのぞきに来た。その中には、柳下愛美もいた。
お昼には、当番の子が保健室に給食を運んでくれた。浩紀は、久しぶりに給食を食べた。食欲も上々で残さずに食べられた。
 浩紀が保健室登校をするようになってから、二週間がたった。
 浩紀はだんだん元気になって来ていた。
ある日、ようやく自分の教室に戻ることができた。
パチパチパチ……。
クラスメートたちが、拍手で浩紀を迎えてくれた。

      

 

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