現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

長 新太「キャベツくんとブタヤマさん」

2019-01-18 17:42:49 | 作品論
 この絵本にも、「キャベツくん」(その記事を参照してください)が登場するのですが、お話自体はあまりシリーズらしくありません。
 大きなサカナ、ヘビ、ムカデ、ミミズ、アオムシがどんどん登場して、子どもたちの大好きな繰り返しの手法を使って、楽しい絵本になっています。
 ユーモアがありながら迫力満点の絵に比べると、文章や物語の魅力はもう一つです。

キャベツくんとブタヤマさん (えほんのもり 17)
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文研出版
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地球へ二千万マイル

2019-01-18 17:41:26 | 映画
 1957年に封切られた、レイ・ハリーハウゼンによるストップ・モーション(模型などを少しずつ動かしてコマ撮りして動いているように見せる手法)を使った特撮怪獣映画です。
 日本の「ゴジラ」などとほぼ同時期の作品ですが、着ぐるみとミニチュアによる「ゴジラ」に比べて、怪獣の造形にはリアリティがあるのですが、コマ撮りのために動きに滑らかさが欠けているようです。
 人間の身勝手さにより怪獣が殺されるという展開は、「キングコング」以来の伝統のようで、一種の文明や科学万能に対する批判になっています。
 最近の娯楽一辺倒の特撮映画よりも、技術的には稚拙でも作品価値は高いようです。

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石井桃子「ノンちゃん 雲に乗る」

2019-01-18 17:38:40 | 作品論
 1951年に出版され、1955年に、当時天才少女バイオリニストとして有名だった鰐淵晴子を主役に、おかあさん役の原節子などの豪華俳優陣で映画化されて、ベストセラーになった児童文学作品です。
 一般的には、1959年にスタートしたと言われている「現代児童文学」以前の作品として扱われています。
 戦前戦中を舞台にしている戦争に対する立場があいまいな点などから、社会主義リアリズムの立場をとる「現代児童文学者」たちからは、批判ないし黙殺されることが多かった作品ですが、戦前の中流家庭とそこで暮らす子どもたち(特に主人公のにいちゃん)を生き生きと描いた点は、もっと評価されるべきだと思われます。
 ただし、現時点で読むと、雲のおじいさんの教訓めいた話と主人公が優等生すぎる点が鼻につく読者が多いでしょう。

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ラウンド・ミッドナイト

2019-01-18 17:37:20 | 映画
 1950年代のパリを舞台に、黒人のジャズのサックス奏者と、その熱烈なファンであるフランス人の青年の奇妙な友情を描いています。
 ジャズに限らずポピュラー音楽が、まだビッグビジネス化していない時代の雰囲気が、ふんだんに演奏されるジャズと紫煙とアルコールとドラッグとともに、情緒たっぷりに再現されています。
 映画のモデルになったのは、ジャズ・ピアニストのバド・パウエルのパリ時代だそうで、彼のファンである私にとってはその点でもたまらない魅力があります。
 音楽も文学も、過度にビジネス化が進んでいなかったころの方が、演奏者や作者の「作家性」が息づいていて、聴き手や読者に強くアピールします。

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尾崎翠「第七官界彷徨」第七官界彷徨・瑠璃玉の指輪他四篇所収

2019-01-18 17:36:05 | 参考文献
 1931年に発表された中編です。
 90年近く前に年も前に書かれたとは思われない、みずみずしい感性と精密な描写力を備えた佳品です。
 今で言えばシェアハウスのような住まいに暮らす若い男女四人(ただし、姻戚関係にあります)とその隣人たちを描いて、一番年少である主人公の女性の繊細な感情の起伏を鮮やかに描いています。
 風俗を現代に置き換えれば、現在の芥川賞候補に入っていてもおかしくありません。
 いや、文学性という点では、こちらの方がはるかに上でしょう。
 尾崎翠は早くに筆を折ったため、文壇ではあまり取り上げられることがなかった作家ですが、近年また注目されはじめているのにも納得させられました。
 題名の第七官(感)とは、五感以外のいわゆる第六感のさらに外側にある神秘的な領域のことで、作者が影響を受けた1920年代の日本ないしは世界文学の世界に通ずるものと考えられます。

第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪 他四篇 (岩波文庫)
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神沢利子「ハンカチのねずみ」いないいないばあや所収

2019-01-18 17:34:34 | 作品論
 幼い子どもたちにはわからない大人の世界。
 それを垣間見る主人公の様子が描かれています。
 同じような雰囲気の短編は、芥川賞作家の柏原兵三の「メンコの王さま」でも読んだことがあります。
 また、それ以外の一般文学者が幼少のころを描いた作品でも、同じような味わいの短編がありました。
 そういった意味では、神沢のこの短編集は児童文学と一般文学のボーダーにある作品なのかもしれません。
 児童文学と一般文学の越境化が注目され始めたのは、ちょうどこの作品が発表された1970年代後半で、その後は児童文学の世界で急速に一般化されていきました(例えば、江國香織や湯本香樹実や荻原規子の作品など)。
 しかし、それ以前にも、前述したように一般文学者が幼少の読者を意識して書いた作品などにそういったものはあり、この越境化という現象は、たんに児童文学者側からの意識変化にすぎないように思えます。
 それは、1950年代に形成された「現代児童文学」が行き詰まりを見せて、その枠組みから外れる作品が生み出されたということなのかもしれません。

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木下古栗「IT業界 心の闇」金を払うから素手で殴らせてくれないか?所収

2019-01-18 17:31:38 | 参考文献
 ストーリーはこれといってなく、三人の若い女性(IT技術者、看護師、OL(実は男?))のグダグダした関係と、週刊誌のゴシップ(本物?)をちりばめた作品です。
 こういった作品は、そのストーリー性や社会性をうんぬんするのではなく、純粋に文芸論的に評すべきでしょう。
 そういった意味では、擬古的な文章とポップな感覚が混じり合った不思議な魅力があるのは認められます。
 ただ、児童文学の世界では、絵本やナンセンス童話にもっと刺激的なものがたくさんあるので、作品世界自体にはそれほど驚きませんでした。

金を払うから素手で殴らせてくれないか?
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講談社
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黒川博行「泥濘」

2019-01-18 09:45:23 | 参考文献
 人気エンターテインメントの疫病神シリーズ(それぞれの記事を参照してください)の第七作です。
 例によって、イケイケやくざの桑原と半カタギでヘタレキャラの二宮の、デコボココンビが大暴れします。
 このシリーズは、四、五年かけてゆっくり書かれていたのですが、第五作の「破門」(その記事を参照してください)が直木賞を取って、テレビドラマや映画になって人気が出てからは、二年に一作のペースで出版されるようになり(一番売れるので)、粗製乱造が目立つようになりました。
 特に致命的なのは、二人を取り巻くお馴染みのメンバー(嶋田(二人の理解者のヤクザで、第六作からは組長になっているので、二人の不始末をなんでも尻拭いしてくれる)、悠紀(二宮の従妹のバレエインストラクター)と眞由美(桑原の内縁の妻)という二人のタイプの違う美人、中川(悪徳警官だがいつのまにか二人の後ろ盾になっている)など)がだんだんいい人キャラになっていって、敵対する悪徳集団(この作品の場合は、大阪府警のOBたちや敵対するやくざやおれ詐欺グループなど)と白黒がはっきりしすぎている点でしょう。

泥濘 疫病神シリーズ
クリエーター情報なし
文藝春秋
 
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