森作品には珍しく、島絵理という女の子が森少年にあてて書いた手紙の形で、香野任くんの想い出が語られます。
三年生の夏休みの町内会のキャンプで、絵理が河原のあなに落ちた時に、転校してきたばかりの香野くんが発見してくれます。
香野くんは両親が離婚していて、ピアノの調律師のおとうさんと二人暮しです。
香野くんは、四年、五年と連続して「多摩少年詩集」に入選している少年詩人です。
また、香野くんは五年生のころから手品にこりますが、森少年に「手品なんかで人の気をひいてまでなかよくなりたいのかよ」と言われて、手品をやめてしまいます。
「よい両親がそろっていて、スポーツ万能のうえに勉強もルックスもまあまあなおたくは、だまっていても周囲の人々に愛される境遇にいるので、手品なんか必要としないことでしょう。
わたしも、あのあなに落ちる前までは、人生って、親以外のだれの力も借りずに、だれにも愛情を求めずに生きてゆけるもの、と思っていました。
電話でよばれて手品を見せてもらいにゆくと、香野くんはちゃぶ台の向こう側にひとりできちんと正座して待っていましたが、そのようすはなぜだかものすごく孤独に見え、あなの底に落ちている香野くんを、わたしが上から見おろしているような錯覚をおこしました。
手品は、さびしい香野くんの、人をよぶ声なんだ、と気がつきました。
おたくはまだ一度も、きょくたんにさびしい思いをしたことがない人なので、あんな、にくまれ口を平気で言えるのです。」
と、森少年は絵理に激しく糾弾されます。
香野くんは、小学校の卒業を待たずに京都に引っ越していき、その後に琵琶湖でおぼれて死んでしまいます。
香野くんの月命日に絵理は森少年に手紙を書き、香野くんが京都に立つ日に新幹線の中から二人に見せてくれた最後の手品になぞらえて、
「わたしたちはふたりになってしまったけれど、二つが三つになり、三つが一つになるうさぎさんのようなものではないでしょうか。
森くんとわたしのなかに、あの子はいます。」
と、絵理は森少年に呼びかけます。
森作品の大きな魅力である抒情性が、この作品では個性的な森少年が前面に出ないために余計に際立っています。
作品の最初の香野くんの詩と最後の絵理の詩のややセンチメンタルな詩情が心に残ります。
孤独、大事な人との別れ、死、弱者への優しいまなざしといった森作品の重要なモチーフがここでも描かれています。
森忠明本人の過去の事件ではなく、語り手も主人公も第三者にしたことで、ともすれば今では古く感じられてしまう彼の他の作品とは違って、現代の孤独な子どもたちが読んでも共感できるより普遍性を持った作品になっていると思います。
![]() |
少年時代の画集 (児童文学創作シリーズ) |
クリエーター情報なし | |
講談社 |