もっこす亭の生きざま日誌

 「自然と人・人と人」の“いいかげん・いいあんばい”な生き方を求めています。

妻の闘病記 117

2011-11-08 22:31:39 | Weblog
 

 昨日のことを少し詳しく書いておきます。

 褄の病棟移転は震災後オープンした新築のゆったりした病棟。
 院長は10月にこのS病院に転院した時「空きができたら移してやる」と言っていたことだったが、昨日までいたすし詰め病棟との違いに褄も小生も罪悪感のようなものを感じていた。

 というのは、狭い病棟にたくさんの患者さんがいる中でも、これまでになく安定してきたように見える。
 それは妻だけではなく患者さんたちとの中で、職員の方々のさり気ない温かな接し方(=経営)が生み出したのだろう。感謝!
 
 ただ、前の病棟の患者さんたちに申し訳ないような感じになるのだ<emoji code="a004" />
 妻もそうらしい・・・

 



 今夜は真っ青に晴れた。
 県内全域に霜注意報が出されている。
 寒さに弱い植物は室内に取り込んだ。

ああ~忙しかった!

2011-11-07 23:59:05 | Weblog
 今日の午後はメッチャ忙しかった。

 山元町の瓦礫回収ボランティア中に妻の病院から病棟異動の連絡。
 5時半まで来てほしいとのこと。

 もう一つは、「丘わかめ(雲南百薬)」の注文。
 この前配達した天童のホテルから。
 宅配便では間に合わないので、また小生が配達するしかなくなった。
 信用を取り付けるには、一肌も二肌も脱がねばならない。

 我が家に帰り着いたのは10時過ぎ。

「熊本県人会」に初参加

2011-11-06 20:35:07 | Weblog
 昨日「熊本県人会」に初参加。
 今年3月に同級生だったというKさんから電話で県人会のことをはじめて知る。

 Kさんの顔も知らず、どんな人たちが集まるのかわくわくして出かける。
 会場は名取市のサッポロビール仙台工場(ここも被災)の「ビール園」。
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 近すぎて一度も行ったことがなかった。

 中に入るとテラスに案内される。
 もう皆さんほとんどせいぞろい。

 Kさんの前に席を空けてあった。
 生ビールで乾杯。小生はノンアルコールのビール。(妻の病院に行くため)
 周りの顔を見るとみんな同年代。
 (ここはビール・ワイン・ウイスキー・焼酎など飲み放題)

 自分と同じ中学の出身者はKさんと2つ後輩のSさんと3人も!
 しばらく中学時代のことに花が咲く。

 一人遅れて津波に家を流されたというWさんが加わる。
 そこで軽トラに「ぼちぼち村」のナメコを摘んでいたのを思い出す。
 量が少ないのでみなさんにはやれないが、KさんとSさんとWさんにはプレゼントできる。
 みなさん納得してもらう。ついでに「ぼちぼち村」を紹介。

 Sさんから「あたは(あなたは)”わさもん”(ものずき=褒め言葉ではない。叱られる時によく言われた)ばいなぁ(ですね)」と言う。「はい、じいさんゆずりですたい」と返す。
 小生には褒め言葉のように心地よく響いた。

 “わさもん”とは何十年ぶりかに聞く懐かしい言葉だった。
 この会では肥後(熊本)弁が飛び交うと期待していたのだがSさんだけ。
 みんな忘れてはいないのだが、小生も含め郷里を長く離れ中途半端になっているのだろう。

 次回は来年2月に新年会を持つことを決め、記念撮影をして解散。
 

 外へ出ると、視点が変わってすばらしい“さくらもみじ”!
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 思わず見とれる。
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 “さくらもみじ”に酔っ払う。
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 電動車イスの人も酔っていたようだ。

 同郷というだけでこんなに打ち解けることができるとは不思議な感覚。
 楽しいひと時をすごさせていただいた。
 
 

妻の闘病記 116-2 北蔵王の紅葉

2011-11-05 17:39:59 | Weblog
  今朝は濃い霧に包まれ、春先の霧雨のように草も木も道もしっとりろ濡れていた。

 昨日の続き。
 <北蔵王の紅葉>
 国道286号は、看板に昨日「4日から冬季閉鎖に入る」とあった。
 しかし門は開いており下りてくる車ばかり。
 閉じ込められたら厄介なので紅葉を楽しむ余裕もなく八丁平へ急ぐ。
  
 八丁平ではは見なれたまぐり山がで~んと待っていてホッツと一息。
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 外では直ぐ寒くなるので、山形の方を向いて車の中で弁当を食う。
 山は晴れているのに山形市方面は見渡せない。ちょっと残念。

 帰りは山形方面に下らないで戻りたいと言うので、来た道を引き返す。
 もう慌てることはない。ゆっくり紅葉見物だ。
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 ブナ(ブナの二次林)の葉はみな灰色になり散り敷きだした。
 少し下るとまだ効用が残っている。
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 最後のヘアピンカーブで鮮やかな“ も み じ!”
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 ハウチワカエデ。黄色い葉はハリギリの幼樹。
 この何とも言えない“あか”は遅くまで残っていて遠くからでも良く目立つ。

 出口近く、振り返ると
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 笹谷トンネルの入り口の上にも“もみじ”。
 そして向こうの山肌は西日を浴びて輝いていた。
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 錦をまとうとはこういうことだろう。
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 妻はどんな思いで見ていたのか、あまり言葉で表現することはなかった。

 門は片方が閉まり、係りが全車両が下りてくるのを待っていた。
 
 ※ 以前は八丁平を経て山形市と川崎町を経て仙台を結ぶ幹線道路だった。
  だがここは豪雪地帯。冬は閉鎖された。
  今は3,000mを越える上下2本のトンネル(横断自動車道)が掘られ閉じ込められる  ことはなくなった。
    

妻の闘病記 116

2011-11-04 23:22:55 | Weblog
 <北蔵王もみじ狩り>
 外泊2日目遅い朝食も何事もなく、病院にもどる夕方まで自由時間がとれる。
 行きたい所は?と訊くと「笹谷」(と思わぬ希望<emoji code="a006" />
 希望を言えるようになったこと、それも本人は20年くらい訪れたことのないところ。
 「それじゃ、もみじ狩りだ!」と弁当を持って出発。
 
 宮城県川崎町「笹谷」は北蔵王の山形との県境にある伊達政宗時代の宿場。
 集落の外れにある「旧笹谷分校」で昼食をと考えて寄る。

 周辺は紅葉の盛りを迎えようとしていた。
 DSCN7090.jpg
 ヤマグリとカエデが黄色に輝き、妻は誘われるように背に小春日を受けて歩き出す。
 足元にツチスギタケが広がっていた。
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 食べられるが条件により中毒あり。

 「お昼にしよう」と声をかけると「八丁平(県境の駐車場で見晴らしがよい)で」と言う。
 国道286号をくねくねと上る。紅葉帯を少し行くと上は冬枯れの世界。
 八丁平には山登りの人や見晴らしを楽しみにきた人たちの車が10台ほど駐車。
 DSCN7098.jpg
 普通晴れているので山形市内が一望できるのだが、市内の上には霞がかかっていた。

 続きは明日。  
 
 

今日も「がれき」ボランティア

2011-11-02 23:16:52 | Weblog
  今日も昼から田んぼの「がれき」片付けのボランティアに行く。
 本日の仕事は土のう袋に詰めて出した「がれき」の分別。

 可燃ごみ・瓦・壁材・金属・ガラス・石ころなどに。
 こういうときの女性パワーはすごい!<emoji code="a006" />
 口はもちろんお達者クラブだが、手もすばやい。

 こうして5時前には完了。
 夕方の一服をして解散。

被災田んぼで「がれき」集め

2011-11-01 22:34:30 | Weblog
  午後、山元町坂元の田んぼの「がれき」集めのボランティアに行った。
 大きな「がれき」は夏までには取り除いてあったので楽だった。

 今日は中高年のおばちゃんたちが中心。
 彼女達は、まあよくしゃべるので被災田んぼに花が咲いたようになった。
 弾性だけだと作業中はほとんど黙ったままなのだ。

 一服の時は本音を聞けるチャンス。
 今回は行政の支援の仕方に不公平感がくすぶっていることが分かった。
 ただ黙って聞いていた。

 明日も昼から行く予定。