5時35分頃にゴミを出しに行きました。
朝の光の勢いがぐんぐん増す時間帯です。
帰り際、道路の側溝にたまった
きめの細かい泥を掃除している高齢の男性から
「あんたとこもやっとこか?」と声をかけられました。
見ると、道路の向かい側はすでにピカピカ!
「この通りを全部掃除なさったのですか?」
「きれいになったじゃろ。雨が降ったらよう流れる。」
「本当にきれい!気持ちいいです、ありがとうございます。
時間かかったでしょう?お疲れになったでしょう?」
「掃除なんかせんでいいと嫁がうるさいんで、
みつからんように4時半から毎日しよるんよ」
「毎日4時半からですか、知りませんでした」
「自然に道路がきれいにはならんぞね」
しばらく掃除を邪魔しながらおしゃべりして
地域の公園や道路が清潔だったり花が咲くのも当たり前で
業者委託だろうと思っていた自分が恥ずかしくなりました。
「自分は何もしなくてよい」に慣れ過ぎている私も
大人に成長したので、こっそり何かを提供したくなりました。
朝の光の勢いがぐんぐん増す時間帯です。
帰り際、道路の側溝にたまった
きめの細かい泥を掃除している高齢の男性から
「あんたとこもやっとこか?」と声をかけられました。
見ると、道路の向かい側はすでにピカピカ!
「この通りを全部掃除なさったのですか?」
「きれいになったじゃろ。雨が降ったらよう流れる。」
「本当にきれい!気持ちいいです、ありがとうございます。
時間かかったでしょう?お疲れになったでしょう?」
「掃除なんかせんでいいと嫁がうるさいんで、
みつからんように4時半から毎日しよるんよ」
「毎日4時半からですか、知りませんでした」
「自然に道路がきれいにはならんぞね」
しばらく掃除を邪魔しながらおしゃべりして
地域の公園や道路が清潔だったり花が咲くのも当たり前で
業者委託だろうと思っていた自分が恥ずかしくなりました。
「自分は何もしなくてよい」に慣れ過ぎている私も
大人に成長したので、こっそり何かを提供したくなりました。