平成16年春、魚沼市合併記念イベントで魚沼市在住で古民家を書き続けている早津剛氏の作品の目黒邸作品をリレーしてそれぞれの六か町村のテーマの作品を厳選して展示した。
私たちの入広瀬村は「会津への道」というタイトルを早津氏が選んで自身の作品を展示し「早津 合併記念リレー展」が半年に及ぶ期間をスタートした。
当時は何故入広瀬村が「会津への道」なのだろうかと素朴に思っていた、先日先生と杯を酌み交わしていると「今こそ会津への道が重要なことはない、やっぱり入広瀬は会津への道だ」と声を大きく張り上げ、私も大きく頷いた。 考えてみたら会津地方の地名が魚沼市内でも日常に使用されている、たとえば「奥只見」や「只見線」などが代表格だろう。
さて本題に戻るが当時の八十里越えの古道は今も残っているし、一方の六十里越(R252)がいよいよ今週末5月14日(土)再開通の予定だ。 酷道252と揶揄されて半年も不通に放置されている現在「流汗淋漓 峻険を制す」「会越の窓を開く」 R252号の道に田中元総理揮毫の石碑を思い起こし政治のテーマとして臨まなければならない。
今冬の豪雪で3週間以上も遅くなったがR252の再開通が例年にも増して待ち遠しい、この道で福島県と新潟県の交流が促進して福島県の発展に寄与する事が出来ればまさしく「会津への道」となるだろう微力ながらも手助けをしたい。
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