青い空とわたし

青い空の日  白い雲の帆船をみていると

どこかへ どこまでも Harmonyと

走っていきたくなります

宮崎駿「風たちぬ」のひと吹きがまた

2015年02月26日 22時22分57秒 | 日々の思い
2月26日(木)

もう、いいだろう。
あの風から1週間たったのだから。
何を書いても炎上しないだろう(笑)。


実は、先週の金曜日にボクのブログの訪問者数IPと(閲覧数PV)が、突如暴騰した。

2月19日(木) 164(557)
2月20日(金) 763(1173)
2月21日 (土) 409(788)
2月22日 (日) 267(608)
2月23日(月) 222(541)

2月25日(水) 196(641)

週明けに調べてみると、金曜日の午後11時台におよそ600人の人が、ボクの過去記事「風たちぬ、いざ生きめやも」 12.9.8をご覧になったようだ。
この記事の閲覧数だけが678PVと暴騰しているからだ。

さらに検索キーワード欄をみると、

「結核 高原病院」 「結核 高山治療」 「結核 高山病院 風たちぬ」 「風たちぬ 高山病院」等々の似たキーワードがずらりと並んでいる。これらのキーワードを入力検索して私の上記記事にたどり着いたと見られる。

(ヤフーでもグーグルでも上記ワードで検索すると、私の過去記事がほぼトップに紹介されるのだ)


ああ、これはまた宮崎駿の最後のアニメ映画「風たちぬ」の「風」が吹いたな・・

2013年7月にあのアニメ映画がリリースされたとき、ボクの感想記事ヤフーエンタメニュースで引用されて、一晩で訪問者数が900に、閲覧数が4000にブチ上がったことがあった。ボクの感想記事は宮崎駿アニメに批判的だったから、即、ジブリ命みたいな方から感情的なコメントが入った。ヤバイと思ったボクは表現を少し和らげ修正を入れたものだ。(ここが、パリの襲撃されたナントカという新聞社と違うところだ。)

でも何故、今ごろジブリの「風たちぬ」が注目、話題になるんだよ??

調べてみると、これだ!

金曜日の夜、日テレの金曜日ロードショー21:00~23:34で宮崎駿アニメ「風たちぬ」をテレビ初放送していたのだ。 ボクがガーラ湯沢の駐車場で寝ている時だ。

 「風たちぬ」

フム、フム。

そのテレビ放送を観終わって、一斉に「結核 高原病院」等のキーワードで、みなさん検索し始めて、ボクの本家・堀辰雄著「風たちぬ いざ生きめやも」記事に到達したのだろう。

まあねー。「結核」は今や死語だし、高原のサナトリウム、ペニシリンが無かった時代の日光浴治療なんて、若い人には想像もつかないだろう。


「風たちぬ」

▲ 映画では、こんな奇妙な日光浴治療の場面も一瞬出てくるしね。若い人にとっては新鮮な疑問なのだろう。

分からないことを、即検索して調べる、知ろうとする。結構、結構ではないか。


検索をかけてきた人たちが若者だとする理由は、他にもある。
検索に用いたブラウザが、IPhoneIPad、アンドロイドのスマホ系がほとんどなのだ、エクスプローラー系のパソコンで検索してきた人は少ないからだ。

つまり、映画をみそこなったジブリファンの若者が初テレビ放映の「風たちぬ」にとびついて、終わるやいなや、手元のスマホで検索しているそんな光景が目に浮かぶ。オジサンオバサンにそんな機動力はない。

金曜日の夜だけでなく、土曜日、日曜日・・もまだ「結核 高山病院」の検索でボクの記事にたどり着く若者が、相当数いる。この方たちは、金曜日に録画しておいた方だ。今録画をみて、検索しているのだ。


検索でたどり着いた若者さん、ボクの他の記事も読んでくれるだろうか。

ま、それは期待しない方がいい。自分が、巨匠の「風たちぬ」に批判的なのは今も変わらないしね。

自分は自分。 Je suis Sora.


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答えは雪に聞け

2015年02月23日 23時46分38秒 | 同上 (スキー)
2月21日(土)

GALA駐車場での朝。
今日は自信を持って、晴天、快晴だ。



▲ 昨晩はHarmony1台だったが、ズラリと並んだクルマ。


同僚たちは、7時33分にガーラ湯沢駅(ここ)に到着。
6時16分東京発だ。

ボクはやはりモタモタしていて、出迎えに行けなかった(間に合わなかった)。
でも、みんながレンタルをしているあいだに、ボクもキャッチアップ。




▲ 8時半ごろにはゴンドラで上部ゲレンデまでみんなで上がって、更に頂上まで上る。




▲ 頂上で。ボクを入れて男4名、女2名のグループだ。

やはりみなさん、あまりの美しい景色にまずスマホでパシャパシャ。



▲ 木々の霧氷が陽に照らされて綺麗だ。




▲ 新潟平野の向こうには、高い山ではないが、山の連なりが雪をかぶったパノラマ。

いいなあー。

さあ、行こう。




▲ 男は、非圧雪地に行きたがる。

そして、埋もれる。




▲ 女性は初級者。当然、圧雪バーンを親しむ。




▲ 滑るのは中学生の時以来、とも言っていたが、何度も滑って、この景色の中をそれなりに気持ち良く滑れるようになった(のではないでしょうか)。




▲ 11時になると、もうみんな待ちかねていたように食事タイム。

ボクはカツ丼を(あ、誰も聞いてないね)。




▲ みんなのJRパックは午前券なので、午後1時までギリギリ滑ってこの下から下山コースを下っていった。

下山後、温泉へ行って、買い物をして、越後湯沢駅・午後3時発で帰ると言っていた。


ボクは・・・新幹線で帰るわけではないので

一日券。しかも3山共通リフト券を買っている。


ので、彼等を見送ったあとボクは、ガーラゲレンデの隣の石打丸山スキー場へ滑りこんだ。




▲ 新潟まで続く三国街道と雪に覆われた魚沼コシヒカリの水田が続く・・

山の向こうには、うっすらと日本海が見える。





▲ 石打丸山の中央ゲレンデは、一枚バーンが上から下までえんえんと続く(のが良い)。





▲ 中央ゲレンデの頂上ふきんに上がると、こんどは新潟市方面とは逆の関越トンネルへ向かう三国街道が見える。この見事な山並みは、新潟と群馬の県境をなす。

ここが、湯沢の「雪国」にあたる。


今日は晴れて、暖かいくらいだ。しかしまだ2月。雪がべとつくことはない。

一味違う雄大な景色と、気持ちの良い滑走を充分楽しんだ。





▲ ガーラゲレンデに戻り、全長2.5kmの下山コースを下って、ガーラ駅に4時前に帰着。





▲ ガーラ湯沢駅の改札口。リフト券売り場カウンターの前にある。

午後4時も過ぎると、みなさん続々と改札口を通って家路へつく。





▲ 駅に貼ってあった、キャンペーンポスター。

今年のキャッチは、「答えは雪に聞け。」

ま、みなさんいろんな疑問とか迷いをお持ちでしょうが、とにかく雪と遊んでみたら、なにか答えをみつけるかもよ。みたいなことだろう。

モーニングGALAプランは往復新幹線&半日リフト券で、9,400円だそうだ。



ボクは、今晩もGALAで泊まって明日の朝帰るつもりだった。
しかし、家人から電話があり明日佐久の実家に日帰りで行くことに。
おー、忙しいな。
けれど遊んでいるボクだから、アッシークンも喜んでやるよ。




▲ ということで、夕暮れの関越道に6時前に乗った。

灯りにぼんやりと照らし出された夕暮れの、湯沢の山並み・・
まもなく闇に呑みこまれるだろう。
底の白さだけ残して。

「夜の底が白くなった。」

あれって、川端康成が「雪国」の冒頭で描いた湯沢の夕景だったなあ・・
と思いだしながら、トンネルへ向かって走っていった。





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長いトンネルを抜けると雪国

2015年02月20日 22時38分15秒 | 青い空の日は旅立(全般)
2月20日(金)

朝10時頃自宅を出発。晴れ。

関越道も、谷川岳のあたりからさすがに小雪が舞うようになった。



▲ 関越トンネルをくぐる。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。(川端康成「雪国」)




▲ 越後湯沢に来た。

向こうに見えるのは岩原スキー場。
しかし、そこで滑るのではない。

(青空がかいま見れたのはほんの一瞬だけ)





▲ 空港にきたのではない(左)。 スキーリフト券売り場カウンターだ。

ショッピングモールにきたのではない(右)。 ゴンドラを乗りにきたのだ。


ここは、都市型スキー場、ガーラ湯沢だ。上越新幹線の駅に直結している。

3時から5時まで滑れるPM3券1800円なるものを、このスキー場は用意している。
よし、2時間だけど滑ろう。





▲ 今日、金曜日は予報どおり雪が降っていた。

わかっている。今日はちょっと足ならし。本番はアシタ。
同僚達もくる明日。





▲ スキーの後は、食事。湯沢の温泉街へ出歩いた。

湯沢郷土料理の店、保よし(やすよし)。




▲ 湯沢のどぶろく「淡雪」。一盃試し飲み180円。

どぶろくって初めて。甘酒をもっと辛目にした感じ。もっと飲みたかったが・・




▲ 舞茸ご膳・1800円。

もちろん魚沼塩沢山のコシヒカリと塩沢産の舞茸がウリ。
おいしかった。

お客さんは、他に外人4人家族だけ。ま、平日だからね。

ガーラへの帰り道、そのまま日帰り温泉に寄る。



▲ 山の湯。ちょっと高台にある山小屋風の温泉。

「雪国」にもその場面が出てくる、由緒ある地元の共同浴場。

二人のおじさんが湯で話していた。
ことしほど12月に大雪だったのはみたことがない。
一日で1mほど積もった日が12月は3回ほどあったとか。




▲ ガーラの駐車場に戻る。

見事なくらいに、他の車はいなくなっていた。ボクのHarmonyだけ・・

即ゴンドラのベストロケーションだから、明日が楽だ。
しかし寝過ごさないように。



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週末はもうひとつの「雪国」へ

2015年02月18日 21時08分10秒 | これからの旅予定
2月18日(水)

いつもは暇な、いや余裕のあるボクでも、1週間以上休むとさすがに仕事がたまっていた。

それもどうにか、今日になって一息つけるところまできた。

となると気になるのは、今週末のお天気・・・


ジャーン!





▲ 前日の金曜日は雪で, 土曜日は信頼度Aの晴れッ

ウムー、これは今シーズンまたとない、最後かもしれない、絶好の、素晴らしい土曜日に、間違いない。


よし、ウィークエンドはトンネルを抜けて、雪と青空のあの「雪国」へ行こう ♪





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お知らせ

2015年02月16日 06時14分59秒 | 日々の思い
2月16日

いつも私のブログ「青い空とわたし」を、お読みいただきありがとうございます。

ご存じのとおり、当ブログは1か月ほど前より「にほんブログ村キャンピングカー部門」のランキングに参加しておりました。
これは、私のブログをさらにより多くの読者に知っていただくことを目指して、厚い潜在的読者層を持つブログ村にブログ登録したものです。
おかげさまで、その間ブログ村経由で実に多くの方に閲覧していただきました。1か月経た今、当初の新規読者向けの広報活動という目的は、十分に果たされたと思っております。これからは、ランキング等を気にすることなく(笑)、心の自由度を確保して自分らしい記事を綴っていきたく、まもなくブログ村への登録を解除し独立ブログに戻ります。

1か月のあいだ、特に下記↓バナーをわざわざクリックしていただいた方に、厚く厚く御礼申し上げます。おかげさまでランキングをベスト10までに押し上げていただき、内容の客観的評価とともに、当ブログ広報の機会を充分可能にしていただきました。ありがとうございました。今後当面、お手数を煩わすことはありません(笑)。

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また、ブログ村を通じて閲覧してくださった方にも感謝申しあげます。ブログ村経由では今後閲覧できなくなりますが、「青い空とわたし」http://blog.goo.ne.jp/aoisorae のブックマーク等にて、よろしければ引き続きお読みください。

最後に、ランキングに参加しようが、しまいが従来からお読みくださる多くの皆様、いつもご愛読ありがとうございます。コメントありがとうございます。今後とも、あまり独りよがりにならず、しかし私独自のブログを書き続けていきたいと思っております。



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山形で最後に食べるものは

2015年02月15日 00時08分31秒 | 青い空の日は旅立(全般)
2月11日(水)

鳥海温泉・あぼん西浜での朝。
8時まで寝ていた。
朝が遅い。ここ連日そうだ。
奥の雪道では、あまり早く起きても、道路が凍結、未除雪の恐れがあって早くは出発できないからちょうど良いが・・

散歩に出かけた。



ここは、そもそも海水浴場なのだろう。
「西浜海岸通路」 浜に出れるのだろう。




▲ 海だ。雪の浜の海だ。

何もない。日本海の波が、何度も飽きずに打ち返している。




▲ 駐車場に戻る。

この時は、この西浜のすぐ近くにあるらしい、16羅漢岩(じゅうろくらかんいわ)↓を見にいくつもりでいた。蔵王のアイスモンスターを羅漢に例えたのでなおさらだった。



けれど、これから帰り道に寄っていく山形市内で、何を食べるかを考え始めたら16羅漢岩は忘れてしまった(涙)。近頃はこういうことが多い。

なにをそんなに真剣に悩んでいたのか。
山形の郷土料理を食べたいと思った。
チョイスは二つ。
料亭風のいかにも料理を食べさせてくれるところ 
OR
まだ食べたことのない、芋煮を食べたかった。

結論は前者チョイスで、駐車場をスタートした。



▲ しかし前者は、無理だとすぐわかった。鳥海のここから山形市内までは2時間以上かかることがナビで判明。すると午後2時ちょっと前に料亭に到着。ラストオーダーは2時だ。この雪では間に合わない。

で、ラストオーダーのない芋煮の店に。しょうがない・・・。



▲ 酒井から山形市内への道は、有料山形自動車道を走るのだが、これが月山付近で10km以上の区間は地方道↑なのだ。雪がきっちり除雪してないから、運転は慎重にならざるを得ない。つまりスピードを落とすのだ。

30~40km/時走行。すると、後ろに数台、後続車が並んだ。で、脇道スペースがあるところで自らそれた。そして、おもむろに発進しようとしたら後輪が空転。空転しつつも少しずつ前進。やっと本線に戻った。あせったなあ。

幸いこんな山道を走行しているクルマ自体が少ないから、あとは自分のスピードで進行できてOK。再度除雪完全の自動車道に乗れた。



山形市内中央部に午後2時過ぎに到着。



▲ 山形駅前のコインパークに入れる。

おう、蔵王の駐車場でクレソンに乗ってる方にキャンカーでも入れられるよ、と請け負った三井のリパークではないか。これは絶対入れてみせなくては。





▲ 芋子煮そば処佐藤屋。えー、こんなところ?! 普通のそば屋っぽーい!

ガイドブックどおりに来たのだが。「明治36年創業。」うん確かに「芋煮とそばを一緒に楽しめる老舗」とは書いてあるが。えーい、ままよ。と戸を開ける。



▲ 入り口で、店主らしいおじちゃんとそのツレらしいばあちゃんが座ってストーブにあたっていた。
私が入ってきたのをみて、お勝手に引っ込む。

また、お客はボクだけだ・・。「週末になると県外からも常連客が訪れる」と書いてあるんだがな。今日は祝日だよ。けど2時過ぎか。とかなんとかブツブツと。




▲ 定石どおり、もりそば650円と芋煮780円 を注文した。

ウン、悪くないよ。もりそばはツユも含めてきりきりに冷たいし、ツユの味もいい。




▲ 初めて食べる、山形伝統郷土料理・芋煮の方は?

これは、サトイモ、牛肉、ネギ、まいたけかな。味は、醤油味だが牛肉の味が、前面に出ている。すき焼きみたいな味だ。悪くない。汁まで全部飲んでしまった。

帰りに、おばあちゃんに「芋煮って、すき焼きに似た味ですか」と聞いてみると。笑いながらだけど「違う」と断定されてしまった。




▲ JR山形駅。10年ほど前に山形へは出張で来たことがあったなあ。


とりあえず、思いつく奥の雪道スケジュールは全て終わった。

帰ろうか。

蔵王ICから、山形自動車道に乗った。

これで終了。帰るんだ、と思うとホッとすると同時に、少し寂しげな思いにもなった。




▲ もう急ぐ必要もないので、蔵王ICから最初のPA、古関PAで停めた。

今晩はここで車中泊だ。



****************


2月12日(木)

古関PAでの朝。
山の中の小さいPA。昨夜は静かだった。




▲ 今日は、天気が好いのかな? 帰るとなると関心が一気に薄れる。

ゆっくり朝食後、帰路へ向けスタート。

村田JCTから、東北道へ入る。
帰るとはいったものの、そのときの気分次第で、天気次第で決めればいいや、と決定を先送りしていた行先候補が一つあった。

それは、福島県のメジャーゲレンデ、アルツ磐梯スキー場に立ち寄るかどうかだ。
ここは、前から行ってみたいと思っているスキー場。
しかし、遠いから機会がなかった。
帰り道だから、磐越道へそれていくかどうか・・

アルツ磐梯の天気予報をチェック。



▲ 今日の午前中は。しかし午後は

今から行くとなると午後スキー、明日になると
やめた、やめた。

本心はもう帰りたくなっていて、天気予報が悪くて吹っ切れて、ホッとした。


宇都宮市近くの上河内(かみかわち)SAで昼食をとることに。



▲ Kさんが宇都宮でうまい餃子をハシゴしてたらふく食べたという記事を書いていた。
その時から、宇都宮餃子を食べて帰りたいと思っていた。
ボクの食欲なんて、たいていそんな単純なものだ。

W餃子ライス。二人前の餃子だとよ。
なによりも、

「長距離運転 お疲れ様でございます!」

オレもトラック野郎のはしくれだ。






▲ で、喜んでこれを注文。

餃子の皮は薄めで、うまかった。


食後クルマに戻って、
「もう、ここまで来たらもういいだろう・・」



▲ 蔵王を出てから、運転している時も含めてずっと履いていた長靴を、スニーカーに履き替えた。

「ありがとう。暖かかったよ。」


国元はもうすぐだ。







【付録】

P1. 山形県内の行程;



青線が往路
赤線が帰路


P2. 第2次・奥の雪道紀行 全行程;




総走行距離 1,148 km 7泊8日

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おしんの地をたずねて

2015年02月14日 04時47分53秒 | 青い空の日は旅立(全般)
2月10日(火)

なの花温泉田田での朝。



▲ 朝がたほんのわずかな間、陽が射した。
すると、気持ちは非常に前向きになるのがわかる。
しかしまもなくまた曇天と小雪が舞う天候に戻ってしまう。



▲ 昨日最上川舟下りで買った、笠をクルマの入り口に飾る。

これからは、この笠とともに旅をしよう。

酒田市内へ移動する。
行く先は、酒田のシンボル、山居倉庫(さんきょそうこ)だ。

山居倉庫は明治26年(1893年)に、旧藩主酒井家によって建てられた庄内米の保管倉庫だ。
今もJAが管理する現役の米穀倉庫だ。



▲ 立ならぶ倉庫裏には、大きな、美しいケヤキ並木が続く。

このケヤキは、漢字の(けやき)のごとく大きく天空へ広がっている。
それによって、この並木は日よけ・風よけの役目を果たしている。




▲ 倉庫の並びの最後尾から、通常とは逆に撮ってみた。

前回来たのも冬(3月)、今回も冬(2月)。雪の降る、雪をかぶった倉庫は静謐で趣がある。
しかし、次回は薄緑色の枝におおわれた倉庫を見てみたい。




▲ 倉庫の正面に出てみる。

おりしも、山形が誇るブランド米「つや姫」のロゴを載せた米トラックが到着した。

「お米はここまで美味しくなれる つや姫」か。

倉庫に併設されたお土産品コーナーへ行く。



▲ いた、いた、おしんちゃんが。

山形県最上川上流の小作農の貧しい家に生まれたおしんは、7歳で米1俵と引き換えに材木問屋に子守奉公に出される。その後、酒田の米問屋・加賀屋に奉公に出される。そこでおしんの根性と辛抱する心を高く買った女当主に可愛がられるところから、運命が展開していく・・







▲ お土産品コーナーは、米加工製品を中心におしゃれな商品が売られている。

ボクも会社同僚の土産品を買った。これで安心。




▲ 倉庫の前の川(最上川)には船着き場があって、米の舟運の重要な拠点にもなったそうだ。




さあ今度は河口の酒田港へ行こう。




▲ さかた海鮮市場。この中の2階に、水揚げされたばかりの鮮魚を扱う魚料理店がある。




▲ 海鮮どんや とびしま




▲ 1000円中心のメニューが豊富。

前回は海鮮丼にしたから、今回は「とびしま膳」1000円(税抜)にしよう。




▲ 港に面したカウンター席で食べよう。セルフ式だ。




▲ とびしま膳。焼き魚は鯛か。

これで1000円だから、きわめてリーズナブルプライス。


階下は海産物市場でいろいろ売っている。



▲ こういったところで、いくらやらナマモノを買って、キャンピングカーに持ち帰って、チンしたご飯と一緒に、即食べるというのが一番経済的。キャンカーだからこそできる食べ方だが・・・。
ボクは、魚をさばくこともできないし、それほどナマモノが好きじゃないから、そこまでやらないが。





▲ 市場の観光案内所に、先ほどの山居倉庫のポスターが張ってあった。

古そうだが、JRのキャンペーンポスターだ。

「大人になったらしたいこと」 ウン、ウン 何なの?




▲ 市場を出ると、11時過ぎに来たときはガラガラだったのに、満車に近い状態だ。




▲ 酒井港。江戸時代は西回り航路の起点として栄えたようだ。今はロシア、中国との交易港として発展を図っているようだ。


今日はちょっと早いが、次のねぐら場所へ移動しよう。
海岸線にそって北上する。



▲ 道の駅鳥海 ふらっとへ到着。

ブログもたまってきたので、クルマの中でブログを書いていた。




▲ 4時過ぎに、道の駅の食事処へ。

5時に閉まるのでそれまでに食べておこう。




▲ 海鮮丼 1250円。

結局、こういう丼スタイルのさかなものなら食べやすい。




▲ 食事のあと、駅から近い温泉施設「あぽん西浜」へ移動。入浴。





▲ 温泉施設兼海水浴用の駐車場のために比較的広い。

きれいなトイレ施設もある。遊佐町が温泉も含めて管理者のようだ。
きょうはこのままここで野営。

ぼちぼち、この旅も収束かな。
あすどうするか考えてみよう。

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芭蕉先生との再会・最上川舟下り

2015年02月13日 11時38分48秒 | 青い空の日は旅立(全般)
2月9日(月)

尾花沢市の西方、あったまりランド深堀での朝。

外に出てみると、あたり一面に雪が積もっている。



▲ Harmonyのミラーにも雪が氷り付いている。まずこれを落とさなくては。

月曜、火曜に寒波到来し、基本的に雪空になるという天気予報どおりだ。
ここ数日の暖かい冬は終わった。
早く出立したほうがよさそうだ。
ふかふかの新雪を踏みしだいて、近くの道の駅・尾花沢にてシリアル朝食。

市内の道は既にきれいに除雪されていて、雪面ではあるがスピードを出さなければ走行には問題ないようだ。

今日の予定は、尾花沢の北にある新庄市の方向へ移動。そこで東西に横切って流れるあの最上川を舟下りすることだ。約2時間の道のりだが、雪道だからもっと時間を要するだろう。



▲ 幸い、北へ行く国道13号線は除雪が朝一に入っているようだった。

山形に来て初めて雪道になったな。
これが今の季節、普通なのだろうが。



▲ ときおり降雪は激しくなって、前方がかすむこともある。

その時は、スローダウンして慎重に走るしかない。



1時間ほど走って、お目当ての個所は最上川の川辺で、案外容易に見つかった。


【芭蕉乗船の地】

芭蕉先生とその従者曾良が、最上川のこのあたりで舟に乗って川を下ったといわれている。



▲ 芭蕉先生、曾良先輩、お元気でしたか!

寒風雪吹きすさぶなかで、なんか申し訳ありません。




▲ 川面に面したお体半分は、もう白く雪をかぶってしまっていますね。

さぞかし、お寒いでしょう。

お二人とも空を眺めているようですが、どうしたのですか。
あ、お天気の様子を見ているのですか。




▲ 芭蕉先生(左)! お手をとらせてください!

これからも私のささやかな青雲漂泊の旅を、ご指導くださいね。




▲ 曾良先輩(右)! あなたは偉い!

先生のお供として、詳細な旅日記を残してくれましたね。私のブログのお手本とさせてください。
下痢に気をつけてください。私も気をつけます。





▲ ああこれが最上川ですか。雪を集めて流れが早そうですね。

ここから、1689年7月17日に川下りをされたのですね。
私も、今日はお二人を真似て、最上川を下ってみようと思います。




▲ あ、乗船の時刻もありますので、そろそろ出かけます。

春が早く来るといいですね。お二人の頭上の桜の枝は見事な桜の笠を作ってくれるでしょう。
ではお元気で。

春よこい 二人のうえに 花のかさ 

先生笑わないでください。Sora はまだ修行が足りません。


別れを惜しみつつ、更に奥の雪道を走った。



▲ 舟下りの受付場所に、11時半頃に着いた。




▲ 戸澤藩船番所

乗船受付所は、かっての船番所を再現した造りになっている。

船の出発時刻は12時50分だ。
まだ時間があるので、ブログのコメント返信等に従事。
12時15分ごろ、番所内の食事処でアユのかば焼き丼なるものを所望した。
すると、しばらくして出発までにはできないと告げられた。
じゃあ、カレー芋煮を。すると、売り切れました。

しょうがないので、「船から戻ってから食べるわ」と言ってクルマに戻ってきた。



▲ しばらくして、運転席でナビ操作をしていたボクに、「おわびです」と先ほどの食事処担当者が、味噌おにぎり二つと、アユの塩焼きとお茶ペットを持って来られた。

えーっ?と思ったが、有難く頂戴した。
ボクは決して怒って言ったわけではないので、店の親切心からだろう。
かえって、すみませんでした。


船出の時刻になった。



▲ 桟橋からみなさん乗り込む。




▲ 真ん中に炬燵がある。電気ゴタツで、足を入れるとぬくい。

船頭さんは女性。お客は日本人の夫婦が二組と、この前に座っている若い男女5人組、そしてひとり旅のボク。男女5人組は台湾人だった。




▲ 外の景色。

船はエンジン付き。1時間ほど最上川を下って下流のポイントで下船。そしてバスで番所まで戻ってくる予定だった。




▲ しかし、しばらく下った所で「波が強いので安全のためこれ以上は下らない」、ということとなった。

ウムー、波が荒いかなあ?

そのあとは、出船したところを中心にして上と下を2往復する周遊コースになってしまった。
安全のためならしょうがない。




▲ 「昭和19年7月21日洪水」と書いたボードが、川の堤防に見えた。

その洪水の時は、あそこまで川の水かさが溢れたということらしい。
最上川は氾濫もするのだな。
もっとも、庄内平野は最上川の氾濫でできたということだ。




▲ 針葉樹が良い感じ。




▲ もう一つの僚友船が反対側を進む。

こうやって見ると、雪の川下りも風情があるなー。




▲ 一級河川・最上川の標識が、芭蕉先生の句とともに堤防にあった。

最上川は、みちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有。板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。是に稲つみたるをや、いな船といふならし。白糸の 滝は青葉の隙々に落て、仙人堂、岸に臨て立。水みなぎつて舟あやうし 。

 
   五月雨を 
   あつめて早し
   最上川



富士川(静岡県)や球磨川(熊本県)とともに、日本三大急流として知られる最上川。先生もその水量の多さ、流れの早さに驚かれたようだ。

我々の船旅は、言ってみれば「水みなぎって舟あやうし」なので川下りできずUターンを繰り返す1時間の旅となったわけだ。

女性船頭さんは、水辺風景の説明も底をつき、最上川舟歌を日本語、中国語だけでなく英語、フランス語でも歌い聞かせてくれた。外人のお客さんも多いようだ。

あげくのはてには、花笠音頭を実演までしてくれた。
花笠がないので、そこにあった箱を笠にみたてて・・・






▲ ありがとさん。

この、最上川芭蕉ライン舟下り一人2030円 を運営する会社のスタッフさんは、非常にフレンドリーでサービス精神にあふれる人達だった。

この川下り混むのは、新緑の季節と紅葉の季節だそうだ。
冬にくる人は・・?あまりいないようだ。




▲ 下船して売店で、ボクとしては極めて珍しく自分の記念品↑を買った。





▲ あいかわらず雪は、降ったり、止んだり。

さあ、船番所を出発しよう。

行く先は、芭蕉先生と同じく酒田。米どころ庄内平野の中心地だ。


*************



▲ 庄内平野を行く。

雪は止んだが、ときたま強い風が吹き上げてくる。
道路はきっちり除雪されているが、凍結しているのがわかる。
坂道だと、後輪が ギューン、ギューン と音を上げて空転し始める。


今晩のねぐら、道の駅みかわと、それに隣接する温泉、なの花温泉田田に到着。



▲ なの花温泉田田(でんでん)。

庄屋風の造りの建物だ。


連夜の発電機稼働で、燃料が無くなっているのは分かっていたが道中スタンドが見当たらず。
ここで探しに行けばあるだろうが、ツルツル道を走り回りたくはない。




▲ やむを得ず、とっておきのお宝、携行ガソリンタンク10Lを座席下から引き出してきて注油する。
寒風強く、手がかじかむ。


さあお風呂だ。



▲ ここの少し茶褐色の温泉も良かった。よく温まった。

併設する宿泊施設の食事処「なな味」へ長廊下で続いておりそこへ行く。

6時過ぎだがお客さんは、誰もおらずボクひとり。
なぜか、こういうことが多い。




▲ 注文したのは田田御膳1300円。

メインが日替わりで、今日はおでん。
他にイカ刺身と茶碗蒸しと野菜のあえもの、だったかな。

おでんは、汁が美味しかった。
魚の味がして、あきらかにセブンイレブンみたいな一般的な汁とは異なっていた。

ここも、三点セット可能のベストプレイス。
それ以上は触れない。
また感知されるから。
おすすめです。

夜は、強風でクルマを揺らされながら眠った。


ゆりかごの 寒風ふくなか みる夢は




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雪の山寺と銀山温泉をたどる

2015年02月12日 00時19分42秒 | 青い空の日は旅立(全般)
2月8日(日)

蔵王横倉ゲレンデ、第三駐車場の朝。




▲ 外をみてみると、うっすらと陽は出ている。
しかし、全体は曇り空で、昨日の快晴の朝に比べようもない。
さあ、出発だ。

再び、赤の大鳥居をくぐっていく。
冬はもう来ないだろうが、蔵王の山を登りにくる可能性はあるだろう。
それまで、バイバイ。

【雪の山寺】

蔵王をたって、一路北を目指す。
天童市に入る手前を東にそれて、田舎っぽいみち(どこでもそうだが)をずんずんと行く。

細い門前町の通りを入って行くと山寺がある。
正式の名前は宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)。860年に開基。




▲ 山門。

長靴に履き替えて、ここから登っていく。




▲ そう、これから1015段の石段を登っていく。だから山寺とよばれる修験の地。




▲ 中途に、屏風みたいな岩山がそびえている。

それを過ぎると、ここに来る。




▲ あのせみ塚だ。



▲ 後ろの墓標みたいなものをズームすると「せみ塚」と書いてある。

芭蕉先生が「閑かさや・・・」の句の着想を得た場所ではないかといわれているところ。

ボクのテキスト奥の細道から引用しよう;

山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。

 閑さや岩にしみ入蝉の声


芭蕉先生は、このあとに行く尾花沢に10日間も逗留するのだが、そこでみんなから立石寺がイイよ、イイよと勧められたのでこの寺に来たということだ。

では、ボクも山上の堂にのぼってみよう。

しかしこれが冬だと、簡単には登れないのだ。
おそらく杖をつく芭蕉先生には無理だったろう。



▲ 石段には雪が詰まって、しかもこれがアイスバーン状態になっているのだ。

ひやー、滑る。




▲ もうこの娘(こ)は、のぼれないーいと友達に叫んでいた。




▲ 登るときより、降りるほうがたいへんかもしれない。

へたすると、すってんころりで頭、腰を打ったらたいへんだ。
で、意を決して尻をつけてずり下りる人も。




▲ 仁王門まで来た。

すると、まもなく岩の上に開山堂が見えてきた。




▲ 真ん中の建物が慈覚大師の霊廟、開山堂

左の岩の上にすこしだけ頭をだしているのが写経が納められた、納経堂

そして、右側にすこしだけみえるのが山寺のハイライトスポットの、五大堂。ここへ今から行く。




▲ 五大堂に来た。

五大堂は舞台造りで、空中に突き出たお堂だ。




▲ 五大堂の内部は吹きさらしで、三方を見渡せる絶好の展望スポット。




▲ 左の方角を見下ろす。




▲ 中央を見下ろす。

芭蕉先生も、こうして弟子曾良とともに眼下の村を見下ろしたのだろうなあ。

当時はもっと、田舎、田舎の、ひなびた集落が小さくあっただけなのだろう。


開山堂・五大堂より更に上に奥ノ院・大仏殿があるのだが、再訪となる今回は割愛する。

で、下山しよう。

階段を下る、大胆しかし簡単、確実なやり方をボクは発見した。
前向きで下りようとするから、足が前方に滑って後転のリスクがある。
両手で手すりにつかまって、後ろ向きに手をずらし、足を下にずらして降りればいいのだ。
これだと、一気に滑り降りることができた。



▲ この娘(こ)にも、身をもって教えてあげた。

これを皆がやると、階段はますます「滑り台」風にツルツルになるけどね。




山寺の川向うでは、町内の人達が雪だるま作成コンテストをやっていた。



▲ きょうの正午に審査が行われるようだ。




▲ がんばってるね。




▲ 作品のひとつ。やはり芭蕉先生かな。




▲ このハンテンが気に入った。




▲ クルマは山寺の麓のお土産屋の前に停めておいた。




▲ 駐車料金は500円。土産物を1080円買うと駐車料金はタダになるというから、漬物を3品買った。

右から、さくらんぼ漬け、寒菊が特産だというから土産に買った。



山形市から大石田、尾花沢、最上へ北上する街道はそば街道だという。
大石田でガイドブックに載っているそば屋へ、ナビまかせで走行したら関係ないところに到着。

あきらめて、ここに入った。



▲ ワタクシご愛用のイオンのマックスバリュー天童店。

キミ、スーパー食材だからといって馬鹿にすることなかれ。
「大豆のほほ笑み」豆腐は月山の名水を使い・・
「若鶏手揉み唐揚げ」は当店オリジナルの衣を使用し・・
と書いてある。地産地消が旅の醍醐味だよ。
(わかった、わかった)

しめて700円。1.5食分ぐらいだから、1食500円ぐらいか。
とにかく、スーパーは旅先で重宝する。

クルマで昼食後、尾花沢へ向かう。市役所の垂れ幕には「芭蕉が10日滞在した尾花沢」とPRしている。
たしか尾花沢で歓待されて、居心地がよくて芭蕉は長逗留になったはずだ。



【ノスタルジーを求めて銀山温泉に向かったが】


尾花沢から東にそれて、また田舎、田舎した方向へ向かった。

目指すは、あの「大正浪漫」の銀山温泉だ。



▲ 山寺の土産物屋で、これからどこへ行かれるのですか、と聞かれた。
銀山温泉だ、と答えると。あれー、あそこは雪深いとこですよー、と言われた。

たしかに、ここ数日雪は降っていないらしく道は乾いているが、両脇には除雪の雪が積み上げられている。


問題発生!

銀山温泉共同駐車場が無いのだ。
銀山温泉街へは、クルマ進入禁止。
各温泉旅館の専用駐車場に停めるか、日帰り客は共同駐車場に停めるしかないのだが。



▲ 左がグーグルのストリートビューで確認してきた、共同駐車場のあるところ。それが

右が、現在の状況。共同駐車場の入り口は雪で埋まっている!
銀山温泉観光案内所に電話で問い合わせると、「冬場は使えません。」
「路肩の広いところに停めるしかありません。」

路肩と言ったって・・・



▲ で、こんな風に↑なってしまった。他にも2台路肩に停めている乗用車があったが。

銀山温泉共同駐車場で車中泊して、ゆっくりとと目論んでいたのだが、路肩で車中泊はできない。
そのもくろみはあきらめて、温泉街だけでも見て来ようと歩きだした。

15分ぐらい歩いて、温泉街へ来た。




▲ 銀山川を挟んで、多層階のレトロな温泉旅館が立ち並ぶ。




▲ 大正末期から昭和初期に建てられた木造旅館群だ。




▲ 中でも一番有名、銀山温泉のシンボルはこの能登屋旅館

建物に綺麗な装飾がほどこされ大正10年築。有形文化財だ。

共同浴場もあり、駐車場さえ確保されればゆっくり日帰り入浴もできるのだが、
あんな路肩に停めてあるのでは、気も落ち着かない。



▲ 一応見たから、Uターンして戻ろう。

本当は、ここの温泉のガス灯がともった夜景が絶品なんだが、路肩に停めて夜まで待つわけにはいかない。




▲ 足湯をしている人も。


深い挫折感を味わいながら、さあどうするべ。。。
今日は、おしまいだ。

気をとりなおして、再調査。尾花沢市内の「まったりランド深堀」というところへ進路を向けた。




▲ 銀山温泉とは、えらい違いだが、ボクのような庶民には市の第三セクターが運営するこのような保養所兼日帰り温泉が向いている。

ここの温泉は良かった。浴室は寒くなくて、広くて。
そして何よりなのは、食事処を併設していることだ。
立ち寄り湯ができて、そのあと食事ができて、そのあとそのままお休みできるPがある
というのがベスト。ここはそれ。

(この記載では決して宿○泊というワードは使わない。使うとCIAみたいな専門ウェッブサイトが感知して紹介してしまうのだ。ホント。この情報はボクの記事を読んでくださるアナタだけのものです。)




▲ お食事は、昼たべそこなった天ぷら板そば1300円にした。

これも美味しかった。
銀山温泉には逗留できなかったが(正確には共同駐車場に)、満足、満足。

と、山あり谷ありの満足一日だったが、
翌朝起きてみるとビックリ!

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夜は別の顔~樹氷ライトアップ

2015年02月10日 21時44分43秒 | 青い空の日は旅立(全般)
2月7日(土) 最終章

ひととおり全てのコースを滑った。
おそらく明日は滑らないだろうから、そのつもりで一生懸命に。
すると、昼飯は抜きになる。
(いつまでそんなことを・・)


【暮れなずむモンスターとSoraの一気降り】

最後はもう一度、地蔵山頂駅まで昇って一気に横倉ゲレンデまで滑りおりてみよう。
ロープウェイはもう整理券は要らなかった。
時刻は午後4時を過ぎた。



▲ ロープウェイ山頂線から。

暮れなずむ樹氷原。
モンスター達、遥か向こうに落ちつつある夕陽を眺めている。

ボクも眺める。




▲ 山頂駅に着いた。

ロープウェイは4時半までだから、もう上がってこないだろう。




▲ ああ、係員さんがお賽銭箱を引っ張っていく・・(左)。

お地蔵さん(右)、今日は何人の人の無理難題を聞かされたの?
毎日御苦労さんだねぇ。




▲ さあ行くか。樹氷原コース一気降り10km。




▲ だめだ、だめだ。

滑ってみてすぐ分かった。一気に滑るにはもったいない。

で、止まり、止まり景色を目に焼き付けながら降りたよ。

ユートピアの下の辺りで、コースを間違えた。
エッチラ、エッチラ歩いて本線に戻った。



▲ 横倉ゲレンデに戻った時はもう5時過ぎ。あたりは薄暗くなっていた。

まあ、これぐらい滑ったらいいだろう。
明日の朝は、万が一晴天になっていたら別だが、蔵王を出発しよう。

クルマでレトルトカレーを食べて、夜の部まで小休止。



【暗闇にひそむモンスターくん、こんばんは】

6時半に、長靴をはいて再び横倉ロープウェイに乗った。
さすがに、順番待ちはない。



▲ 横倉ゲレンデはナイターの時間だ。

ナイターはいつかやってみてもいいなあ。
もっと滑りたいというより、あの陰影が出る幻想的なゲレンデがいい。

ロープウェイを2本乗り継いで、また地蔵山頂駅へ到着。
今度は外に出る前に、山頂駅の屋上へ上る。



▲ わ、わ、わ。ライトアップされて、無理やりその姿を露(あら)わにされたモンスター達が浮かびあがった! 
暗闇に隠れていたのにねー。




▲ 色付きになっているモンスターもいる。赤やら緑やら。




▲ ライトアップの元はコレ。

山頂駅の屋上の軒先から、ライトが正面の樹氷を照らし出しているのだ。
ライトは上の方から、赤色、水色、青色、緑色とかライトに色が付いている。
微妙に角度をずらして色違いの陰影が出るようにしてあるのだろう。




▲ ライトアップの端では、白色ライトだけだから浮かび上がるモンスター達は不気味なくらい真っ白。

ボクは日本各地で百羅漢の石像群を見てきたからか、これも白い石像に見えてしまう。
なんか、みんな上を向いて。何を見上げているのだろうか・・




▲ ロープウェイの支柱も浮かび上がる。

雪やらつららとかが垂れ下がり、お化け屋敷みたいだ。


もう一度、よく見ておこう。




残影として残るまで・・
よしッ。


今度は、山頂駅の外に出てみよう。



▲ そんなに多くの人がライトアップを見に来ているわけではない。

特に、今日だったら昼間の樹氷で、みなさん大満足だったろうし。




▲ 下で見ても、基本的には屋上で見たのと同じ。

一つ一つのモンスターを近くで見れるが。
山頂駅のまわりしか歩けないので、観覧は比較的短時間で終わる。
ボクは、白昼のモンスター・樹氷を十分見たのでもういいか。
降りよう。



【夜の樹氷コースを黙々と走るもの】

下りのロープウェイから、



▲ ライトを点けて、樹氷原コースを何かが上がってくる。




▲ 除雪車だ。

グルーミング(整地)しにきたのだろう。
しましまに、しっかり仕上げてくれよな。(あ、明日はもう滑らないが)
御苦労さん。



【乗り継ぎロープウェイ待合室で】






▲ 樹氷ライトアップ、大人2600円。

2月28日までだ。



**************

ライトアップのあと、お風呂へ。
今日は、洗い場のあるまともな温泉へと。



▲ 第三駐車場近くの、日帰り温泉・新佐衛門の湯700円へ。




▲ 9時半の終了近くで、入浴している人はいなかったからか、中は寒かった。

冬は浴室に寒い風が感じられるところが多いが、あれはねー、残念だね。

ここの、10割そばを入浴後食べることを楽しみにしていたのだが、ラストオーダーも終わっていた(涙)。

今日は、スケジュールをちょっと詰め込み過ぎたかな?



**************

しかし、まあ、今日のアイスモンスターは最高だった。
あれだけ見れたので、実はもう国元へ帰ってよい。

しかし中途で止めては、Soraはホラばかりと言う人が出てくるかもしれない。
先輩・曾良の名は汚してはいけない。

やはり明日もまた新たな感動を求めて、この奥の雪道紀行を続けよう。




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