青い空とわたし

青い空の日  白い雲の帆船をみていると

どこかへ どこまでも Harmonyと

走っていきたくなります

天空のビーチへ行く

2016年09月30日 23時00分03秒 | 同上 (山歩き)
9月28日(水)

ドック入りした我が愛車、Harmonyは予定通り昨日無事退院。
待ちかねたように、即日旅に出発。
翌日の天気は曇り/小雨だが、もう待てないのだ(笑)。



▲ 道の駅に泊まった朝、30分ほど走ってこの山中に到着。

林道は狭く、すれ違いは不可。
冷や汗モノだった。

この駐車場も崖の下を切り開いたような所で狭い。




▲ 8時過ぎに山行を開始。

往路は傾斜が緩い山道が当初続く。




▲ 錦滝。

ここを過ぎると、一気に急登に変わった。
登山口で、ここを登るのはいいが、降りるのは危険の掲示板があった。




▲ 急で長い階段。

あとは、ロープを伝ったり、はいつくばって登るスロープが連続した。
登るにはいいが、降りるとなると足元がスリップしてずり落ちるリスクが高いな。


更に登ると、樹林が切れて視界が開けてきた。
同時に霧が立ち込めてきた。



▲ 足元が白く、先がぼんやりと霞んだ幻想的なところに出た。





▲ おお、砂浜だ!





▲ 砂の上に "S" (Sora) となぞってみた。

砂に書いたラブレターだ。
パットブーンって言ったって、もう知らないだろうなあ。

You don't know
You don't know
Oh yea
(ヘレンシャピロ)




▲ 日向山(ひなたやま)?

向こうの奥の三角の影が?
あそこへ登ってみよう。





▲ 雪山登山かよ。

いや、Tシャツ着ている。
この人は、いつもTシャツだよ。
それしか無いんだ。




▲ 岩山を登りきると、上にはお墓みたいなものがあった。





▲ いやお墓ではなくて、神社? 祠(ほこら)?

日向山の山頂ではないようだ。

降りよう。





▲ 登ってきた方向を見下ろす。

スキーができそうだな。

ここが雁ヶ原(がんがわら)だな。

福井には、同じ漢字で(かりがはら)と読むスキー場があるよ。





▲ 向こうから他の登山者が来るのがうっすらと見える。

反対コースをとった人たちだ。





▲ 一瞬、霧が晴れると、先ほどのスキー場スロープに緑が現れた。

地表は、依然春先のスキー場みたいに白い。(まだ言っている)




▲ すぐ横に、「日向山・山梨百名山」の山頂標識があった。

標高は珍しく明記がなくて、あとで調べてみても約1660mで、なんで”約”なんだろう(笑)。





▲ 山頂の前は白い崖になっていて、晴れていれば前方には八ヶ岳が見えるらしいが・・

この霧と曇り空では何も見えない。
しょうがないね。





▲ 代わりに奇怪な自然の造形物が横たわっている。

白ナガスクジラが何頭もいる。
ビーチだから。




▲ 一瞬晴れると近くの山影が覗くが、なんの山?

ここと同じく花崗岩で白い山、あの甲斐駒ケ岳も八ヶ岳と逆の方向に見えるらしいが・・
どうしても見たい方は、ちゃんと晴れの日に登ってください。


でも、山頂にはまだこんな花が残っていた。



▲ 花と蝶。




▲ 花。オオビランジ(追記)。

ハマヒルガオは無かった(あたりまえだ)。





▲ ボクの登ってきたコースを下っていこうとする人たち。

黒いワンコも一緒だ。
落ちないよう、十分気をつけたほうがいいよ。
いや、キミたちのこと。





▲ お弁当を食べている人。

ボクも助六寿司を食べよう。







▲ 下りは、登りとは違うコースを降りる。

今度はずっと樹林帯を下るコースだった。
下りは看板どおりのハイキングコースだ。




▲ 矢立岩登山口の駐車場には12時過ぎに戻ってきた。

約4時間の山行だ。

出発時には4台あったクルマが、14台になっていた。
これでほぼ満車御礼の雰囲気だ。

Harmonyのエンジンをかけると、同時に雨が降ってきた。

無情の雨のようだが、天気予報どおりだ。

次回は、ボクの信条どおり青い空が予想される時に時登りたいものだが、さてこの秋の長雨状態で我慢できるかどうか・・

どうしたもんじゃろのう



天空のビーチ行き方;



▲ 最寄りの高速ICは、中央道長坂。

サントリー白州蒸留所で有名な白州町(山梨県)にある山。
そばにある尾白川渓谷の方が日向山よりはこれまた有名だろう。
ボクも他のブロガーさんの記事を最近読むまで知らなかった山。
ちなみにスキーはできません。泳げません。
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「青い空とわたし」のテーマソングが、ついにできた!?

2016年09月25日 06時04分32秒 | 日々の思い
9月25日(日)


テーマソング「青い空と私」は そらとセレイナのふたり旅!




セレイナさん、ありがとう !

二人にぴったりだ。

これからは、この歌を口ずさみながらキャラバンに出るね。



詳しくはこちらへ;

あおぞらキャラバン

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Harmonyが危ない、ドック入り

2016年09月24日 14時05分55秒 | Harmony のこと
9月23日(金)

週末のお出かけに備えて、ガソリンスタンドへHarmonyを走らせた。

お、お、これはなんじゃ!




赤い警告灯が二つ点灯している!


ガススタンドで、取扱書を開いてみる。

上: 油量警告灯 ~ エンジンオイルの量が少なくなると点灯。エンジンを損傷させる恐れあり。

下: 充電警告灯 ~ 充電系統に異常があると点灯。エンジン回転中に点灯した時は、Vベルトの切れなどが考えられます。ただちに安全な場所に停車し、トヨタ販売店へご連絡ください。


お、お、これは Harmony ちゃん、ヤバイ。

いつものトヨタへゆっくり連れていった。

点検後の見立ては、

「オルタネーターが壊れた可能性が高いです。」
「取り換えが必要です。」


オルタネーターとは、エンジンの回転を利用して発電する機器
これが壊れて発電しないので、バッテリーに新たな充電がなされていない。
エンジンオイルの計量センサーにも電気が回ってなくて稼働しないので警告灯が点いた.

Harmony はこの12月で満11年になる。
走行距離も、135,315km だ!

オルタネーターも昔は10万キロが交換の目安、今は20万キロでもOKと書いてはあるが、今寿命がきててもおかしくはなかろう。

今は、バッテリーの残留電気だけで走っている状態。
切れれば走行途中で、エンストのリスクすらあった。
高速道路上だったら

危なかったよなあ、Harmony。


Harmonyをトヨタに置いてきた。
治るのは、来週火曜日か・・


週末の山行きは中止だよ

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今もコスモスの秋は

2016年09月18日 05時00分00秒 | 青い空の日は旅立(全般)
9月16日(土)

道の駅浅科ホットパークのすぐ近くに、新米の幟(のぼり)があった。

「新米五郎兵衛米 つきたてです」



五郎兵衛米はこの近辺で採れる米。
「限定された生産量とその美味さから"幻の米"として高級料亭等で扱われ、市場への流通が少ないブランド米」だよ。

へ~、もう新米なんだ。

deco が「新米で昨日頂いた松茸で、松茸ごはんを炊こうよ」と。




▲ で、新米をこの直売所でゲット!

隣りの道の駅では、新米をまだ売ってないので直売所の係員さんに尋ねると。

道の駅のは、ハサカケだが、という答え。

どうも「稲架(はさ)掛け」の意味で、天日干しだから乾燥機よりも出荷が遅くなるという意味のようだ。





▲ 道の駅に戻って、出発前に野菜を買う。

きゅうりが5個で100エンで安いからだという。





▲ お義母さんとは、いつものうどん屋で昼食。

もう、とにかく肩ひじの張らないところがいいようだ。
ボクは味噌煮込みうどんで、お腹が張った。





▲ ぴんころ地蔵に、お参りしたいというので行く。

人の死に方を茶かしたような呼び名の「ピンコロ」あまり好きではないが、ボクだってピンコロがいいと思う。しょうがないな(笑)。
ぴんころ地蔵は、市内にあって成田山系列のお寺の参道沿いにあった。
佐久市のHPにも紹介されていて公認のお地蔵様だ(笑)。
関心があれば、あなたもどうぞ。


「またくるね」

お義母さんをホームへ無事送り届けて、
さあ、我らも帰るか。





▲ 佐久市から内山峠を越えて上州下仁田へ至る道。decoと結婚してから百回以上通っている道。

コスモス街道と呼ばれている。
この季節にはコスモスが街道沿いに咲くからだ。



▲ 道脇の田んぼに、櫓(やぐら)を建てて「コスモス祭り」の中心に据えるのも毎年のこと。

何十年も前、初めてここでコスモス祭りを見たときは、花の多さにびっくりした。
その後はクルマを止めてまで見ることはなかったが、今回はもう一度見てみる気になった。

うん、やはり綺麗だ~。


コスモス、そのままで綺麗だ・・


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秋の味覚をゲット!

2016年09月17日 10時26分12秒 | 青い空の日は旅立(全般)
9月8日(木)

今日と明日は、義母のホームへお見舞いの日だ。

信州・佐久に着いたのは午後1時ごろ。
まず昼飯を食べよう。



▲ ボクの希望で、今日こそはこの店「佐久の草笛」に入った。

蕎麦のお店だが、昼時はいつも駐車スペースがないほど混んでいて、入れない。
今日は、隣のイオンにクルマを置いてきた。
ごめんね、あとで買い物するから(笑)。

30分ほど店内で待って、



▲ ここのウリは信州蕎麦であることは勿論だが、人気の秘密は提供される蕎麦の量の多さだと思う。
(待っている方にアンケートしたわけではないので、あくまでボク個人の意見だが)

しかしここは、左の盛は、厚さで3~4cmあった。400gとか店員さんは言っていたかな。
何度か来ているdecoは食べきれないことを知っているので、初めからボクにゴソッと搬入した。

彼女の勧めで「くるみソバ」920円にした。
(普通盛りは610円)
タレ汁に擦ったくるみが付くというもの(右)。

くるみにカツオ味のタレ汁を適量注いで、くるみダレが完成。
コマダレよりも、はるかに甘く美味。

タレだけでもカツオ味が濃い。
はながつおを、口にいっぱいほおばって同時に蕎麦を食べているような感でgoo。

で、蕎麦のお味は? 普通の信州蕎麦だと思う。悪くは決してない。
それよりも、量に充分満足(笑)。



▲ 同時に、「くるみおはぎ」も注文。

つれあいは、小さい時おばあちゃんがよく、くるみをすり潰して作ってくれたという。
懐かしの味。

右の図は、おはぎを割ってみるとゴハンの粒子がそのままで餅状になっていずにオニギリ風。
店員さんに確かめると、白米ではなくもち米だと言う。ふ~ん。

ちなみに、このあたりはクルミが良くとれるらしい。
食品にクルミ○○が多い。

それと、店名の「草笛」は当然、藤村の「千曲旅情の歌」の一節

暮れ行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛


から取っただろう。




▲ 満足して、外に出てみると店の前の街路樹は、

なんの樹か知らねど、もう紅葉しかかっている。

ここは秋の訪れも早いなあ。




▲ ホームに到着。

ホームの前の田んぼは、もう黄金の稲穂が波打っている。
刈り入れは今月下旬頃らしい。

お義母さんを、いつものように連れ出す。
予告もなく訪問したから、decoの顔をみてものすごく喜んだらしい。

「行くよ」と事前に告げても、覚えてないけれど。
毎日、日々これ新たなり・・




▲ ナショナルチェーン店のGストで、母娘のお話タイム。

娘は、耳の遠い母に密着して座って、思いつくまま話しかける。
時には、同じことをまた繰り返して話す。

手持ち無沙汰のボクは、アイスクリームをチビチビ食べ、ドリンクバーへ何度も通う。


4時過ぎに、ホームに「またあした来るね」と送り届ける。


地元スーパーで買い物が終わった頃に、ツレのおさな友達のNちゃんが来た。




▲ 「これ、お土産で持って帰ってくれずら」とツレに。

ま、ま、まつたけけけ・・

「まだ小さいのだけど、小さいときのほうが美味しいの」だと。

小さくても、大きくてもかまいません。
いつもすみませんね。
田舎に住みたい。


Nちゃんのクルマで、ツレはお食事に。



▲ ボクは一足先に、佐久での定宿の、小諸なる古城のほとり・・ではなかった、浅科ホットパーク道の駅に来た。

道すがらホットモットで買った、彩り野菜のナントカ弁当を食べよう。
ツレが戻ったら、いつもの立ち寄り湯へ行こう。



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人生を語り始めた吉田拓郎

2016年09月12日 22時02分12秒 | 文芸・アート
我らが世代のスーパーヒーロー吉田拓郎。
最近とんとその動向は知らなかった。
またガン再発とかで体調が悪いのだろうかと思っていた。

ところが先週土曜日、NHK総合 Songs 23:30~で拓郎がメディアに登場することを知った。

その録画を今日見た。



拓郎は今年4月に70歳になったそうだ。WAO!
今月下旬からライブ活動を開始予定。
Songsでは、そのリハーサルに潜入し拓郎に密着取材したという触れ込みだった。

題して~今だから人生を語ろう





この副題はご存じ、1974年発表の彼のヒット曲「人生を語らず」を踏まえている。

今はまだまだ 人生を語らず
目の前にも まだ道はなし
越えるものは すべて手さぐりの中で
見知らぬ旅人に 夢よ多かれ
越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ 人生を 人生を語らず





桑子アナの、今年になってなぜライブなのかという質問に対して拓郎は、

「70歳をこのあいだ体験した時ね、随分元気が足らないというのか、エナジーが足らないと自分で思っているのですよ。体も精神も心もね、何か燃やす、燃えるものが足りない。もっと燃えていたはずだというのがちょっとないな、という実感があるのです。」

「それは歌っていないからかもしれないということに気付いて。1年半以上やってませんからライブとかを。歌わなきゃいけない、歌ってみて自分を試してみたい。ちょっと一生懸命本当に歌うんだという気持ちで、命がけでライブをやってみたいという感じが芽生えてきて。」

「燃えてみたいんですよ、燃えてみたいんです何か。燃えたぎった情熱を持ったままステージへ行って。
燃えたぎった70歳でやってみたいというか、すごくあるんです。」

と、長い引用になったが答えていた。


そして70歳になって作った歌を披露した。

「ぼくの新しい歌」
ぼくは新しい歌を作ったんだ
君が好きだって 内緒で書いたんだ

・・・

色んな季節を君と歩いてきて分かったこと
愛してるって なんて照れくさいんだ
愛してるって なんて照れくさいんだ




これは、「ぼくはウチのヤツと一緒にいる時間が好き。趣味は何ですかと聞かれたら、ぼくはウチの人と言いたい。」と言うほどの拓郎の奥様森下愛子への、公然の賛歌だ。

そして、いつまでもラブソングは作り続けたい、ラブソングのない音楽なんて話にならない、と拓郎は言い切った。


今は人生を語れますか、という最後の質問に対して、

今語れるような気がしますね
(人生の)道のりは長かったし、太い所細い所色々あった。
ただそれらも、不思議なことに、音楽をやっているとパーッと消える。
いいですよ、音楽の中に浸っていると、
幸せだなー、音楽ってなんて素晴らしいだと思いますね


音楽と妻への愛、これが吉田拓郎がたどりついた人生の結論だ、ということだろうか。
難解なところもある人生ソングを若い時から歌ってきた拓郎。
その彼が70になってたどりついた地平は、実にピュアでシンプルだ。
それが「越えてきた」証(あかし)なのだろうか・・


10人の高齢者がいれば10人10色の人生が語られるはずで、拓郎の人生は拓郎のもので、私の人生ではもちろんない。

しかし、アラセブ(70代)の新しいライフステージに入ってもなお、燃えるものを求めようとする拓郎。そんな拓郎をみれば、やはり嬉しいし、自分の人生を求め続ける者にとっては大きな励みになる。

ライブを見てみたいなあ。










追加追記:2016.9.18

吉田拓郎 「人生を語る編 SONGS 2016」【HD】


吉田拓郎 「リハーサル編 SONGS 2016」【HD】


追加追記2:2016.12.24

拓郎が選ぶ自己ベスト5

1.人生を語らず (1974)
2.朝陽がサン (2001)
3.Woo Baby (1983)
4.僕の道 (2012)
5.ガンバラナイけどいいでしょう (2009)

Songsスペシャル(12.13)より
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白山、妙高山登山はあきらめる

2016年09月08日 12時58分46秒 | 青い空の日は旅立(全般)
9月3日(土)

今回の旅は富山市八尾風の盆への旅がメイン。

だがせっかく北陸へ来たのだから登ってみたい山があった。
それはもういない父も昔登った、あの白山2702m。

登山日程としては、9月5日(月)か6日(火)がベスト。
しかし旅に出発する前から、現時点でも、天気予報は両日とも雨。

なら、明日(日)はどうか。
ここからなら、白峰・別当出合登山口まで2時間45分で行ける。

午前11時の予報まで、常宿の道の駅で粘った。
しかし、明日の午前中は晴れだが午後から曇り・雨、の予報は、それ以上好転しなかった。

初めての山で、単独日帰りで雨天リスクは避けねばならない。

やめた。

昼飯を食べて帰ろう。
海岸へ出た。


▲ 新湊きっときと市場。



▲ 海産物の販売の他、食事処もある。



▲ で、白えび(1600エン)とカニ(500エン)の寿司を買って。

おいちー。




▲ 山も行かないのに自分一人で楽しんで気がひけるので、お土産も買って。

(え、袋が小さい? 中身だよ)


食事のあと、帰路・北陸道富山ICへ向かった。

残念だな・・

山に登らないとしても、金沢とか白川郷・高山経由とか廻ってくればいいのに?

(み~んな、もう行ったよ)


妙高山を帰りに登るのはどうだ?
予報的には、明日は午前中晴れで午後曇りだけど。



▲ で、上信越道・妙高高原SA に3時過ぎに到着。

ここは、グリーン駐車場も設置されていてコンクリートの上よりは、気分はずっといい。





▲ サービスエリアの前には、妙高山2446mが直接見える。

頂上は雲がかかっている。
明日もこの状況では、登山は有り得ないな。



▲ 本来ならこう見えるのだが。

SA内の、レストランに貼ってあった写真だ。




▲ 夕食の「バジル塩風味の妻有ポーク丼」980エン 

バジル風味が、キリリと良かった。

明日登るかもしれないので、早めに就寝。



9月4日(日)

朝5時に起きる。



▲ 外に出てみる。


そして・・


▲ 朝日に照らされた妙高山!

しかし、今の妙高山は晴れているが左横は大きい薄黒い雲が。
虹までかかっている。あそこは雨が降っているのだろう。
雲塊自体もゆっくり左から右へ(南⇒北)移動している。

雲レーダーもそれを裏付けている。
おそらく、麓は晴れているが山は雲がかかるというパターンになるだろう。

ここも9時間近い山行になるはずだ。
降られるのは避けたいし。
やっぱりボクはパス。


運転席に乗って、ナビ行き先を「燕温泉登山口」から「自宅」へ変更して、出発。

なにか、残念だがしょうがない。

その後の天気が実際はどうなったのかはフォローしていない。
台風の影響は引きずっていて良くはなかっただろう。


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おわら風の盆~風に吹かれていつまでも

2016年09月06日 22時25分14秒 | 同上(お祭り)
9月2日(金)

道の駅カモンパーク新湊での朝。
今日も晴れて暑くなりそうだ。

昨年の風の盆は、かなり雨に見舞われたようだが、今年は3日間ともに晴れる。



▲ 会場への出発は午後近く。時間があまっている。

7時半からの朝ドラ「とと姉ちゃん」を見た。
いつも家で見ているのだ。




▲ 10時過ぎに、道の駅のスタンドから白えびバーガーを買ってきて食べた。

420円だったかな。
バーガーといっても、白えびかき揚げを挟んだものだな。
それでもうまかった。



スポーツアリーナ駐車場からのシャトルバスで、風の盆の会場へは2時半過ぎに入った。
今日は昨日見落としたところを見て廻ろう。




▲ 下新町では、八尾八幡神社の境内にステージをしつらえて、おわらをやっていた。

3時に踊りが始まったばかりで、まだ混雑してはいなかった。


しばらく眺めたあと、井田川を渡る。



▲ この井田川に沿って左側の高台に10の町内がある。

右側にはもうひとつ、福島町がある。これからそこへ行こう。

福島は他の10の旧町から移り住んだ人達が作った新しい町だが、おわら参加人口は一番多いという。




▲ 橋を渡ると、さっそく福島町のおわらに出会った。

成人と子供の男踊りの一団だ。





▲ その後ろには、女踊りの一団が続く。




▲ やはりここのおわらの人数は多いね。





▲ 福島の通りは広く、ここならゆっくり町流しも見れるだろう。

しかし諏訪町等の旧町からは、いかんせん離れているなあ。
旧町には一つもなかったコンビニがあった↑。やはり便利。
旧町では飲食店も少なく、夕食をとろうとしたら店に並ぶか、屋台で間に合わせるしかない。




▲ JR八尾駅の横の広場で、4時から特設舞台で福島の踊りが披露される。

ちょっと見ただけで、そこを離れた。
陽を浴びながら、座っているのはちとしんどい。
ここでは、9時から観光客向けに踊り方の教室も開かれるようだ。




▲ 旧町に戻ると、今町の聞名寺の境内で輪踊りが行われていた。




▲ 青と白で涼し気な衣装だ。




▲ 境内は広いから、一般観光客も多く加わっての輪踊りになる。

お寺の正面の中では、女性踊り手が踊っていて、



▲ 女性踊り手を撮ろうとして、同じ年恰好のカメラ愛好家が一眼レフを持って群がる。

ご苦労さん!

ああいうのは、恥ずかしくてできない。



▲ ボクはといえば、(恥ずかしいので)衣装下部の模様にこだわって撮っている(笑)。

いいデザインだな~。


午後5時になった。7時まで踊りは休憩でストップだ。



▲ そのあいだ、「八尾おわら資料館」に入る。入館料210円。

案内人さんからおわらにまつわる説明があった。

彼によると、おわらの踊り手には年齢制限があるのが特長的だと。
編み笠を被って踊れるのは女性は18歳から25歳まで。男性は30歳までだということだ。
どうりでねー、男女ともあでやかだ。




▲ この展示室は、伝統的な町屋の趣を再現したもの。

おわら保存会の初代会長であり、おわら中興の祖である川崎順二にまつわる資料が多い。




▲ 過去の風の盆・宣伝ポスターの写真。

最初の昭和初期のポスター3枚の図案のごとく、昔から「く」の字ポーズがアピールポーズだったようだ.






▲ かって花街として賑わった鏡町へは、このおたや階段を下りて下の広場を通って行く。

鏡町の女踊りには芸妓踊りの名残もあって、その艶と華やかさに定評があるという。




▲ その鏡町のおわらが夜8時から始まる。

開始に合わせて先ほどのおたや階段の前に来ると、階段までびっしり観客が座って待っている。




▲ 始まった。

(コンデジでズームなので鮮明さが落ちるのはご容赦)



▲ さすが元花街。

踊り手さんもすっきりしているし(笑)、子どもの踊り演目は無かった。


しかし呼び物は、やはり青年男女が絡む男女混合踊りだろう。






▲ 付いたり離れたり、これはもう和製ソーシャルダンス。

Shall we dance? の世界だろう(笑)。



さて、Shall we dance が終わって、西町の方へ歩いていくと人だかりがある。



▲ 大きな商家の前で、おわらが行われている。





▲ 家の前の縁台にはずらりと人が座っている。

真ん中には、当主?旦那?のような方も座ってられる。

ああこれが、お布施というのか寄付というのか援助費というのか知らないが、おわらにお金を多く拠出した方の家の前では、特別に踊るというアレだろう。

この女性踊り手もピカ一。
あのキメポーズ&イナバウワーも艶っぽい。
横にいたおばさんも、おわらが終わったあと、感極まったように自分の旦那に同じ感想を言っていた。


ボクは何も拠出していないが、おこぼれ的にいい踊りを最後にみられた。


ちなみに、公式のおわらの時限は午後11時までだが、それ以降も踊りは続くようだ。
その時は、編み笠をとって自分たちのためだけに踊るという。
(陸の孤島的な八尾ではそれまで観光客は残っていられない)

風の盆、最終日の明日はおわらは夜の部(7-11)だけ行われる。
そのとき明け方まで踊りは続くそうだ。

実りが豊かでありますように
暮らしが穏やかでありますように

願いを込めて唄い収める

そしてこの三日間の唄と踊りが終わると、
夜が明けた通りには 秋の気配が・・ 



9時前に、シャトルバスに乗った。



▲ やはり順番待ちで待ったが、9時過ぎにはスポーツアリーナ駐車場に戻ってきた。

Harmonyが待っている。
夜道を40分ほど走って、ボクの宿場道の駅に戻った。
とりあえず深夜風呂へ行こう。


明日?
あしたは、またあしたのオレの風が吹く。



了 (「おわら風の盆」編)





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おわら風の盆~夜に恋風が吹く

2016年09月05日 18時00分35秒 | 同上(お祭り)
9月1日(木)

午後6時半頃にスーパーアリーナ駐車場より会場へ戻った。
まず向かったのは、八尾小学校グラウンドに設けられたおわら演舞会場だ。



▲ 午後7時から9時の2時間にわたって、今日と明日この演舞会場で11の町内がそれぞれのおわらをステージの上でやってくれる。
おわらは自分の足でおっかけしないと基本見れない。しかしここでは、誰でもイスに座ったままおわらを鑑賞できる。

指定席3,600円、自由席2,100円。ボクは指定席を今日の午後購入しておいた。

今晩演じる町内は、東町、諏訪町、鏡町、西新町、天満町の5つ。



▲ 東町の子供の踊り。

各町内とも、子供、女踊り、男踊り、男女混成踊りの4構成で、70人~100人の全員総出演となっていた。




▲ 西新町の女踊り。




▲ 天満町の男踊り。

真ん中の男性が、踊りの中途から最後まで静止ポーズをとり続け、喝采を受けた。





▲ 天満町の男女混合踊り。




▲ キメポーズ。

混合踊りでは、男女がペアになって踊るものであり、おそらく日本の民謡でペアになるものは、おわら以外に無いと思うがどうだろう?

西洋の踊りでは、ダンス、フォークダンス等、男女ペアで踊るほうが一般的であろうが。




▲ 男性の踊り手が、女性の踊り手の肩に手を置く!

混合踊りでは、この最後の絡みが華。観客から拍手を受けるシーンだ。

実は、越中おわら節の一節にはこんな箇所がある。


三千世界の松ノ木アー 枯れても
あんたと添わなきゃ
娑婆へ出た甲斐がない


とか

春風吹こうが 秋風吹こうが
おわらの恋風 身についてならない



おわらの唄い/踊りは、単に風鎮、五穀豊穣を願うものではなく、その底には激しい恋情を秘めた芸能のようだ。


9時過ぎに演舞会場をあとにして、諏訪町の通りへ再び足を向けた。



▲ やはり夜のおわらは、日本の道百選に選ばれたこの通りで見なくては。





▲ すでに多くの観客が、町流しが来るのを待っている。

諏訪町の通りは道幅が狭いため、ここでおわらが始まると通り抜けは全くできなくなる。

予め観客は、通りの両脇に陣取って、おわらが自分の前まで来るの待つしかない。




▲ 来た。

来る前から、先導役の人から、大声はださないように、乱暴なフラッシュはたかないでください、と依頼を受けている。

照明は灯篭だけだから光量不足でカメラ泣かせ。ボクのはコンデジだからなおさらだ。




▲ 哀愁をさそう調べに合わせて、静かに優美におわらが舞う。





▲ 夜の灯りの中で、踊り手も自分のおわらの世界に入り込んでいくようだ。

これ、これ、みなさんも写真撮るだけでなく、おわらに浸らなくちゃ。





▲ 町流しが終わった後の通り。

灯篭がずーっと向こうまで点々と続く。

おっと、時間はもう10時半。

シャトルバスの時限は11時までだ。
戻らなくては。



▲ 一般観光客の輪踊りが始まっていた。


シャトルバスの発着所では長蛇の列ができていた。
来るときは分散して来るが、帰るときは一斉に帰るから列が長くなるのは当然だ。

結局、この夜にアリーナの駐車場に戻ったのは12時近かった。

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おわら風の盆~こころも一つにとけて

2016年09月04日 20時24分58秒 | 同上(お祭り)
9月1日(木)

速報



ずっと見たかった、越中八尾 おわら風の盆

良かった・・。


to be continued

~・~・~・

【続報】

道の駅カモンパーク新湊で車中泊した朝。
富山市八尾(やつお)町のスポーツアリーナへ10時ごろに移動した。



▲ 広い駐車場には、まだ十数台しか来ていなかった。

わがキャンピングカーも他に1台のみ。

そりゃそうだろう、
ここからおわら風の盆へ向かうシャトルバスが運行されるのは、午後3時だから。

でも昼過ぎには駐車場はほぼ埋まってしまった。

町へ向かうシャトルバスも2時半頃には、時間を早めて動き始めた。
バスに乗る際に、協力金として1000円(往復)払う。


<おわら風の盆とは>

おわら」とは、八尾での演奏/唄と踊りが一体となった地場芸能行為の総称。
「おわら」の語源は「笑」(祝い)と「大藁」(豊作)の2説あるが不明。
風の盆」とは強まる風をおさめて五穀豊穣を願う意味とお盆行事が合体した祭事と考えられるが不明。

おわらの元は元禄の頃に始まったが、今のような形になったのは昭和初期といわれる。

毎年9月1日から3日にかけて行われる。
当然平日になることも多く、今までこの祭りを見に来るのは難しかった。


八尾の中心は、井田川に沿って細長く伸びた11の町(地区)からなる。
「おわら」も11の町が町ごとに行っている。



▲ まずボクが向かった町は、諏訪町。

諏訪町の通りは、「日本の道百選」に選ばれているほどの、昔情緒いっぱいの通りだ。

今日はおわらの初日。
午後3時から町流しが始まる。



▲ 踊り手の女性・男性が、編み笠を整えている。

女性の素顔を見ると、意外にあどけない顔でびっくりした。

男性の衣装の背中には諏訪町を表す「諏」の文字が。
衣装は、各町によって異なる。




▲ スタンバイ準備できたようだ。

踊り手の編み笠は男女とも、顔が見えないくらいに深く被るのが、おわらの特徴。
風の盆が始まった当初は、照れや恥ずかしさから人目を忍び、手ぬぐいで顔を隠して踊ったのが始まりだったと伝えられている。

両横の青い衣装の三味線等の楽器を抱えたおじさん達は、地方(じかた)。地方は三味線、太鼓、胡弓の演奏者と歌い手からなる。

踊り手と地方のコラボが、おわらのユニークな点だ。




▲ 始まった。

この時は、女性の踊り手はこの三人だけ。
地方の哀切感に満ちた旋律に合わせて、無言で踊る。

お、おー、なんだこれは・・・




▲ しなやかな手さばきと、優雅な腰さばき・・





▲ 少し傾けた首とうなじの艶やかさ・・

軽く踏み込んだ膝の入れ・・




▲ 体の中心線から後ろに傾いた、くの字型のこの姿勢がキメポーズ。

な、なんだこれは。体がゾクゾクしてくるではないか。

これが、あのあどけない顔をした娘の踊りか!?
妖艶すぎる!!


Soraオジサンは、初めて見たおわらにいきなり大興奮してしまった(笑)。



次に諏訪町の隣の通り、上新町の踊りが始まった。






▲ 4人の女性が踊る。

前からもシャッターを切りたかったが、回りを観光客が取り囲んで見るから自由はきかない。




▲ 踊りが終わると、お母さんだろうか編み笠の位置を直してくれる。

黙って素直に直してもらう踊り手。


おわらを構成するのは、妙齢の編み笠女性だけではない。
子供たちも参加する。



▲ 先頭は、お姉さん、お兄さんが踊りながら先導して。




▲ 子供たちは、男の子は同一の衣装だが、女の子は色んなオベベを着て可愛いいねー。

一応、子どもたちも振りを入れて踊りながら歩くのだが。
どこまで本気なのか。
いや、彼らはおわらのこれからの貴重な担い手になるのだ。


<楽器>

三味線の伴奏は通常の民謡では普通。
しかしおわらでは、三味線の他にこの楽器が加わるのが特徴。

胡弓(こきゅう)だ。






▲ 胡弓も日本の古来の楽器(とは知らなかった)。

この胡弓が、何とも言えない哀調のある音色を奏でてくれるのだ。



西町では、輪踊りが始まった。

輪踊りは、地方を真ん中にして踊り手たちが輪を作って踊るもの。
(一般の観客が加わることもある)

<手さばき>

手さばきを見ていた。



▲ 上へ上げて、




▲ 下に下げて、そろえて、




▲ 手を裏返しにして・・

と、ここまでは普通の盆踊りでもよくある動作だ。

しかし、おわらの手さばきの特徴は、



▲ 左の踊り手の手は、上に向いて上昇途中だが、下向きから上向きにひねり回す動作が、実にスムーズに切れ目なくゆっくり優美に回転させるところだろう。

あれに、ぞくぞく魅了されるのだ。




▲ この優美な手は、子どもおわらの整理にも使われるが(笑)。


さあ、踊っていただこう。



▲ 下半身を「く」の字に曲げて、上体を後ろにそらしたあのキメポーズを、正面から捉えたもの。

この「おわらイナバウワー」をきっちり入れられる踊り手は、そんなにいなかった。
この方はうまい。




▲ いいねーこのポーズ。

マリリンモンロー風じゃない。


少しSoraの嗜好は、偏っているのではと読者に思われるといけないので、女踊りだけでなく男踊りについてもレポしよう。

<男踊り>

男踊りも基本動作は女踊りと同じとみた。
違いは、手の上げ下げ、脚の開閉の所作をもっと大胆に行うところにあると思う。



▲ 脚をガバッと開いて

わ、おにーちゃん! かっこいい!



▲ 手首もグイッとひねって





▲ 両手を思い切って挙げて、一気にイナバウワー。(右)

両手をグッと下げて、「く」の字ポーズ。(左)





▲ 片足だけを上げて、両手を横に広げて一瞬静止。

これが男踊りのキメポーズ。
男踊りが別名、案山子(かかし)踊り、といわれるゆえんだ。

どうですか、この勇壮な男踊りにあなたはゾクゾクきましたか?







▲ 「人の心も一つにとけて 踊るおわら風の盆」

なるほど。
踊る人も見る人も、おわらに魅了される。


昼のおわらは、午後3時から5時まで各町内で演じられる。
そのあと夕食休憩をはさんで、夜の部が7時から始まる。

5時になった。
シャトルバスに乗って、ボクはいったんスポーツアリーナ駐車場に戻った。
自分の夕食と写真のCPへダウンロードのためだ。

夜の部はまたレポしよう。

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