青い空とわたし

青い空の日  白い雲の帆船をみていると

どこかへ どこまでも Harmonyと

走っていきたくなります

錦繍の白馬大池へ

2014年09月29日 18時51分11秒 | 同上 (山歩き)
9月27日(土)

昨夕から栂池中央駐車場に入り、車中泊。
朝4時半に目覚ましが鳴る。

6時過ぎに、係員さんが駐車料金500円を徴収にくる。

空を見上げると、厚い雲がおおう曇天だ。
おかしいなあ?? さっきラジオでも今日は秋晴れだ、と言ってたが。




▲ 上に登るゴンドラ・ロープウェイは7時から運行だ。

駐車場(820m)からすぐの乗り場へ6時45分に並ぶ。ゴンドラ・イブは6人乗りで次々に廻ってくるから早い。
ゴンドラ20分→ロープウェイ5分で、栂池ヒュッテ、栂池山荘のある栂池自然園前(1860m)に7時半ごろに到着。




▲ 自然園前のビジターセンター右横から、白馬大池への登山道は始まる。

8時ちょうどにスタート、切れがよくて所要時間が計算しやすい。
道はガスっていて、曇天は変わらない。
しばらく木々の中のやや緩い坂を登っていく。

しかし、やはりといおうか歩き始めて30分ほどすると、空が晴れた。




▲ 下を見ると厚い雲海が広がる。その雲海の上に山並みがポッコリ浮かんでいる。

雲の上に出たのだ!!

前に夏北海道トマムで、スキー場の頂上にある「雲上テラス」へ行った時も、下では厚い雲がおおっていたがリフトが上がるにつれて、雲の上に出たことがあった。あれと全く同じだ。





▲ 天狗原(てんぐっぱら)の近くで、青空の下に赤と黄色に色づいた山腹が目に入ってきた。

オオッ! 紅葉している。


天狗原と呼ばれる湿原へ向かって進む。




▲ 左端には、遠くの山並みが顔を出す。左から五竜、白馬鑓ヶ岳、杓子岳の山並みだろうか。





▲ 正面には、見事に色を付けた白馬乗鞍岳の山腹が広がる。右から周って頂上に至る。





▲ 池塘も点々とある、ここ天狗原には休憩ベンチが置いてある。


ここにいた外人夫婦が、Fantastic! と感激していた。相槌を打つと、白馬大池へは過去二回きたけれど、最初は雲で山は見えなくて、2回目は雨が降ってダメ。そして今日はFantastic!。「私は今日初めて。幸運のおすそわけありがとさん」

他の人も言ってたが、紅葉と晴天が重なることはまれらしい。
今年は特に、赤がきれいだそうだ。




▲ 正面の山に向かって、木道の上を歩んでいく。





▲ 天狗原の湿原が切れて山腹に登らんとするところに、白馬大池と風吹大池の分岐点がある。





▲ 山腹の樹林の中を上がっていく。ダケカンバの黄色のトンネルをくぐっていく。





▲ 岩場が出てくる。その上にまた紅葉がある。小さな雪渓も見えてきた。

もう少しで、頂上に出るだろう。





▲ 後ろを振り返ってみる。

天狗原で、二手に分かれた白い木道が、池塘が見える。
その右手奥が、雲海で真っ白。下界から見ればまだここは雲の中だろう。

更に、奥向こうには台形状の黒い山並みが浮かんでいる。
方角的には戸隠だ。




▲ 雪渓が出てくる。この手前だな、錫杖さんが一回転半ひねりの転倒をしそうになったのは。
気をつけなくては。

岩場は一部勾配のきついところもあり、四肢を使って慎重に登る。




▲ 岩場を登り切ると高原状に。そして乗鞍岳山頂(2469m)がケルンとともにあった。

ケルンの向こうに尖がった山は、小蓮華山(これんげさん)2769mだ。


岩場を少し歩くと、平らな岩場が切れたところで、




▲ おおおお! 

眼下には白馬大池と赤い山荘が、視界に入る。


岩場を下り始める。



▲ 大池の端には、細い道が山荘まで続いているのが見える。




▲ 赤い白馬大池山荘。





▲ 山荘の反対側には長い稜線をもつ小蓮華山がきれいだ。

ハート型の雪渓がおもしろい。





▲ 山荘に近づく。ナナカマドの赤があざやかだ。





▲ ナナカマドは、真っ赤からオレンジ色まで濃さが木によって異なるようだ。





▲ 白馬大池に到着。10時半。

空もだいぶ曇ってきたが、池は十分に見渡せる。
出発から2時間半で到着。モデル時間は3時間20分となっている。
とにかく池まで到達するまでは気が抜けないと、せっせと歩いたから早く着いてしまった。




▲ お腹がすいた。助六寿司はやっぱりうまい(ちょっとつぶれているが)。

チョコレートの袋は気圧が低いから膨らんでパンパンだ。


食事は終わった。11時。
さあ、どうするか。
2時間半で来たのだから、帰りは2時間ぐらいで戻れるだろう。
すると午後1時にロープウェイ前。2時前には駐車場だろう。
チト早すぎるな。




▲ では、あの小蓮華山を目指して12時まで、あと1時間だけとにかくいけるところまで登ってみよう。

と、時間決めで小蓮華山への稜線、「雷鳥坂」を登り始めた。





▲ 途中で、白馬大池を見下ろす。逆時計回りで周ってきたことになる。

だいぶガスってきたな。




▲ 稜線の左側(白馬岳方面)は、ガスっていてまったく見えないが稜線の右側は視界がきく。

紅葉のじゅうたんが綺麗だ。




▲ 近場の紅絨毯も、ずっと向こうの山腹、谷の赤色や黄色の紅葉のパレットは見事だねー・・・

ここが一番ダイナミックな紅葉だ。
錦繍の紅葉と呼んでいいかな?

ここまで足を伸ばして良かった。







▲ 稜線をなおも進む。

この女性二人男性一人のグループとは、(編集中に気付いたが)天狗原の池塘前の休憩ベンチからずっと抜きつ抜かれつで、同行している(笑)。




▲ 右側だけ視界のきく稜線はずっと続く。

あの三人は今日、白馬岳(しろうまだけ)まで行くのだろうな。そして白馬山荘泊だろう。そして明日は大雪渓を下って帰るのかな。

私も、そうしようと思えば明日も月曜日も休みだからできる。(白馬山荘の予約状況は知らないが)
いや、Harmonyが駐車場でオレを待っているしなあ。
11時48分。



▲ さらに歩く。12時になった。

先は、ますますガスっている。




▲ ここは標高2617m。小蓮華山の山頂は標高2769m。あと150mほど登らなければならない。

モデル時間で2時間10分要する頂上に、1時間で行けるわけはないのだが(笑)。

よし、戻ろう。Uターンだ。


下りは楽だ。まわりを見ながらおりる。







▲ 山腹の赤い絨毯の正体は、この密集して生えるこの赤い葉だ。

北海道の秋の大雪でもよくみかけたが・・ 名前は知らない。


下りの中途で、登ってくるあの外人さん夫婦にまた出会った。彼らもこのまま白馬岳に行くと言っていた。

"Have fun, Good luck !" "You,too."


そのあとは、誰とも出会わなくて。ガスってるし、この道ほんとに白馬大池に行くんだろうな、と不安になった。




▲ 白馬大池山荘が見えてきた。

お、テント数が増えているな。
オレもここならテント泊してもいいかな。
でも、テント担いで登るなんて重いしな、やっぱり無理だな、
と昔ボーイスカウトはもう、ずくなしだ。

帰る、帰ろう。




▲ さらば、白馬大池。






▲ また、ナナカマドの並木道を下って天狗原へ下りる。





▲ ようやく栂池山荘、ヒュッテ、ビジターセンターの建物が見えてきた。


登山入口へは15時15分に戻った。7時間15分の山行だ。



*****************


帰りは、岩場を降りて行く振動からだろうか、左足のいつもの膝ジョイント腱が少し痛かった。

しかし登り返しのほとんどないコースだから歩き安かった。




▲ 中央駐車場へは4時過ぎに戻る。

今晩の入浴先は、昨日と同じ栂の湯ではおもしろくないので、もう一つの立ち寄り湯である「栂池温泉元湯・栂の森荘」へ行く。
ここもすぐ近くだった。ロープウェイの乗車券で100円引きの600円。アンケートは無かった(笑)。

受付のばあちゃんに、ここは食事は出さないの、と聞いてみた。
すると、3年前は食事もできたが東北地震の時、長野県では酒井村に地震が発生した。それ以降、温泉に来るお客さんが激減して食事サービスも止めたのだと。

まったくのとばっちりだろう。

それはともかく、栂池温泉にも私以外に一人入浴客がいただけで、パシャリ。




▲ 鐘の鳴る丘第一駐車場で、今日は車中泊だ。ここは冬季も無料。ゲレンデへも歩いて5分で行けるだろう。お風呂も先の栂池温泉と地続きみたいなものだから便利。無理して有料中央駐車場に停める必要はないか。


今日の白馬大池で残念だったのは天気。長野は晴れ予想だったにもかかわらず、なぜかここ小谷村(おたりむら)と白馬村のあたりは雲がかぶさってしまったようだ。一日中ではないのだが、スーパー快晴にならなかったのが、かえすがえす残念。しかし特に山の天気は思いどおりにならないよ。雨が降らなかっただけでも良しとしよう。

白馬大池のベストショットは、晴天・新雪・紅葉の重なる「三段紅葉」に加え、小蓮華山が湖面に投影する絶景だそうだ。その時期は10月初旬か。いつか狙えるだろうか、そこまで狙うべきか・・


これもきりがない。
ある程度で十分足りていることを知らねば。


今日のコース;




実際は白馬大池山荘から、雷鳥坂を更に登って小蓮華山頂上の手前付近でUターンしてきました。




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錦繍の白馬大池 (プロローグ)

2014年09月27日 20時19分20秒 | 同上 (山歩き)
9月27日(土)

前回の白い山・甲斐駒ケ岳は、速報で一番のベストショットを載せてしまったので、あとは続けにくかった(笑)。

なので、今回は核心でない写真を載せようと思う。
悪くない写真、けど中心ではない写真。



▲ 上をみると、青い空と、黄色と赤の葉が・・眩しい。




▲ こんな中を、せっせと登っていきました。


そして、そこで私が見たものは・・


【to be conntinued】 (続く) 見てね
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栂池に来た

2014年09月26日 19時07分57秒 | 同上 (山歩き)
9月26日(金) ライブ

朝、10時半頃出発。



▲ 近くのスーパーに寄る。

買い出しだ。



▲ クルマの中で広げてみる。

夜の弁当。明日昼の弁当~今回はきっちり助六寿司弁当を調達した。
水もスーパなら安い。500mlで35円だ。
もう、準備OK。



▲ 関越道→信越道・長野IC→オリンピック街道→白馬・栂池へ のルート。

栂池ゴンドラ・イブ前の駐車場に午後4時に着いた。
ここは有料。翌朝6時に係員が500円徴求にくる。




ここからゴンドラ、ロープウェーを乗り継いで上に明日登る。
スキーに来た?
まさか。



▲ やまの上は曇っている。

明日は、降水確率10%の晴れだが、やまの上はその時になってみなければわからない。

紅葉してるかなあ・・・



まず、お風呂に入ろう。
ここには、天然温泉が併設されている。
栂(つが)の湯。 700円。

中の売店でチケットを買おうとすると、係員の女性が
「アンケートに答えていただきますと無料になりますが」
「もちろん。なんでも答えるよ。」
「ボクの歳わ、○○歳」
「あ、それは結構です。ここに書いてください」


アンケート用紙の質問は、なぜ栂池に来ましたか、サービスはどうでしたか等々。
誠実にお答えして提出しました。ハイ。




▲ お風呂には、私ひとり。よくあるんだなーこういうシーン。

無色無臭のお湯。
私にはそれでじゅーぶんです。
それにまわりを眺めると・・・赤レンガ・・。浴槽内のタイルも赤レンガ調。

ほっこり、やっぱり落ち着くなー。
オトナのフロだ。 (意味がわからない)

と満足して、またあしたです。
ごきげんよう。


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”レンガのふるさと”深谷を訪ねて

2014年09月24日 23時37分56秒 | 青い空の日は旅立(全般)
9月21日(日)

昨日は、東京駅丸の内駅舎(1914年完成)と三菱1号館(1894年完成)を訪れた。
両方の歴史的建物に共通するのは、外壁がレンガによるものだということ。

しかもどちらのレンガも埼玉県深谷市にある同じ工場で製造されたものだ。
このことを知ったのは、2012年12月13日付の日経アートレビュー欄の「レンガは朽ち果てず」という記事を2年前に読んでのこと。
記事に掲載された、深谷市のホフマン輪窯(わがま)内部の幻想的な異世界に目を惹かれた。

深谷市に問い合わせてみるとホフマン輪窯の一般公開は11月の1日だけするとのこと。
12年は終了。昨年13年11月は奈良旅行で行けず。
そして、今年は今日の、9月21日(日)が一般公開日。
2か月前に市のHPで知った。




▲ 朝出発。1時間半ほどかかって11時ごろにレンガ工場に到着。

この工場、日本煉瓦製造株式会社は富国強兵のスローガンのもと明治政府の肝いりで明治21年(1888年)に建てられたもの。ここで製造されたレンガは東京駅丸の内駅舎を初めとする明治の近代建築に使用され日本の近代化に貢献した。しかし、時代の波には勝てず需要減で平成18(2006)年にその歴史の幕を下ろした。

かって全国に50以上のホフマン輪窯があったが、国内に現存するのはこの深谷の6号輪窯のほか3カ所のみ。




▲ 入り口になびく「特別公開」ののぼり。そう、これは「国指定重要文化財」でもあるのだ。




▲ 工場前には、市の職員さんが一人受付で座っている。横には、ヘルメットの箱が。

もっと、大勢押しかけているのではと不安だったが、そうでもなく安堵。
これならゆっくり見学できる。




▲ トタンぶきの家屋の中に入ると、輪窯(わがま)が直に迫った。

輪窯の入り口(左)から入ると、すぐ輪窯の内部に(右)。





▲ 中央分離壁の左へ向かう窯通路と右へ向かう窯通路に分かれている。この写真は3枚の写真を合成して作った。

裸電球に照らされた窯(かま)の内部は、天井も壁もレンガの赤一色だ。
足元には砕けて粉末になったレンガが厚く積もっている。




▲ ホフマン輪窯とは考案したドイツ人、ホフマンにちなんだ。楕円形のトンネルは18の部屋に分かれ、燃焼→冷却の製造サイクルを順次半月ほどで1周させ、連続して製造できるようにした。

我々は、図の左下の入り口から入り、左右の窯が見えるところに立っている。




▲ 窯はずっと奥まで続く、長さ56.5mある。幅は20mだ。

もっと奥まで覗いてみたいが、崩落の危険があるからだろう、許可されているのは入り口付近の1m四方だけだ。

この6号窯では、1907年から68年まで、この空間がレンガで埋められ、焼かれ続けた。
黒い焼け跡があちこちに残る。



順番が逆になったが、同じ敷地内にある資料館へ行こう。




▲ 煉瓦資料館。 当初ドイツ人煉瓦技師チーゼの居宅兼事務所として明治21年に建てられたもの。





▲ 日本煉瓦製造株式会社の全景の模型。赤印を付けた工場が、先ほど見学した6号輪窯だ。
最盛期には6基ものホフマン輪窯が稼働していた。

手前の茶色の直方体は、レンガが平積みされている様子だろう。




▲ レンガ工場を上部から眺めた模型。




▲ レンガ工場の断面図。下の赤印の輪窯の上には3階建ての木造の家屋がかぶさっていた様子が分かる。

(現在保存されている窯には、家屋はもう無く、トタンぶきの屋根がかぶさっているのみ)





▲ 輪窯に、これから焼くレンガを積み上げている写真。




▲ 丸の内のれんが街のパネル写真があった。





▲ 昨日見た、三菱1号館がある。

通りのだだっ広いこと。





▲ 東京駅丸の内駅舎の写真。

深谷製のレンガは他にも、迎賓館、東京裁判所、日銀、慶大図書館、横浜開港記念館、新港埠頭倉庫、碓氷峠のメガネ橋・・・等々に用いられたそうだ。

なぜ、深谷がレンガ製造の地に選ばれたか?
深谷は従来から瓦生産が盛んで、レンガ素地用の良質な粘度が採れること、地元の川→利根川→江戸川→隅田川を通じて東京へレンガを運ぶ水運があったことから、地元出身の大実業家・渋沢栄一が明治政府に推薦したからだ。




▲ では、そろそろ深谷のホフマン輪窯にお別れしよう。



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深谷市の駅前に出てみよう。

まず、クイズ。




JR深谷駅も赤レンガなのだ。しかも東京駅にそっくり似せて平成8年に完成。






▲ 総工費35億円のうち、34億円を深谷市が負担したとか。

そう、深谷市は”れんがのふるさと”として売り出しに力を入れているのだ。

しかし、なんかデズニ―ランドの駅みたいだな(笑)。





▲ みんな赤レンガ。




▲ 自動販売機も赤レンガ(の模様)。




▲ 駅前のモスバーガーのビルも、ビジネスホテル・ルートインも、赤レンガだ。

レンガ建築には、市から補助金が出るらしい。
もう涙ぐましいー。


深谷市が、レンガを主役にした観光に力を入れるのは、もちろんレンガ生産地だったということがあるが、私達がレンガ建築に特別な親しみを覚えるからだと思う。

あなたの地でも、レンガ建築だというだけで記念館になっていないか。
あれは、何だろう?

レンガは何千年も前から世界で使われいるものだが、日本に導入されたのは幕末以降。見かけだけでも近代化推進のため急に取り入れられた。しかし関東大震災で耐震性が問題視されると、急速に鉄筋コンクリートに取って代わられた。
その結果、日本でレンガが建築の主役だった時期は実はほんの数十年に過ぎない。
しかしその数十年とは、明治から大正にかけての日本が「坂の上」を目指して上昇気流に乗った時代。
我々の気持ちが未来に向かって大きく高揚した時代だ。
でもそれは敗戦という崩壊の結末につながった。

したがって、歳月を経たレンガ建築を見ると、歴史的なもの文化的なものが一緒くたになって、私達はさまざまな思いが湧き起る。

郷愁、憧憬、詩情、安心等々・・・

そして、旅先で見れば、なんともいえない旅情にもつながる。



************


いつものごたくはともかく、お腹がすいた。1時近くになっている。
観光案内所で得たパンフをもとに、深谷の郷土料理「煮ぼうとう」を食べにいこう。



▲ 國良。市内からかなり離れているが、帰宅途中道すがらだった。

自家製の野菜を使うとパンフに書いてあった。




▲ 店の中は、きわめて田舎風。(埼玉風・笑)





▲ 煮ぼうとうセットを注文した。1100エン。

甲府のほうとうが味噌味でカボチャが入って汁がトロトロだが、こちらは軽い醤油味でカボチャは入ってない。
平べったいうどんに、ネギはもちろん、ミツバ他、根菜系の野菜が入ってさっぱりしているかな。

味噌で煮たナス、漬物のナス、キュウリが付く。

ご飯に残った煮ぼうとうの汁をかけてネコマンマで食べていたら、店のばあちゃんに、「そうして食べるのよ、おいいしいでしょう」、と褒められた(笑)。

ああ、ウマイっ。




▲ 道の駅かわもと、に寄ってみたが「深谷ネギ」は当然売り切れ。

深谷ネギ入りメンチカツなるものを買って帰った。



これで、二年間構想をあたため(笑)、二日間を費やしたレンガ建築めぐりは終わり。


これからも、自分が興味を持ったスポットは、自分の「小さな旅」として周ってみたい。


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TOKYO丸の内駅舎と周辺散歩(続き)

2014年09月22日 22時39分08秒 | 大都会
9月20日(土)(続き)

東京駅丸の内駅舎のあと、もう一つのお目当ての歴史的建物を見てくることにした。

先の日本橋が三井不動産の三井村なら、この丸の内は三菱地所の三菱村
三菱銀行、三菱商事、郵船、明治生命等々、三菱グループの企業本社が軒を連ねている。




▲ この赤レンガの三菱1号館は、1894年に三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築だ。
三菱は1号館の両隣に、確か6号館までずらずらと建てていった。
しかし現存するのは、この1号館のみ。




▲ 三菱1号館は、今は美術館(三菱一号館美術館)になっている。

さあ、中をのぞいてみよう。




▲ ヴァロットン展をやっている。この展示は、わが盟友(と勝手に私が思っているだけだが)町田さんのブログに紹介されていたから知ってはいた。しかし、個人的には文学にしろ絵画にしろ作者が意図的に謎めかすスタイルは嫌いなので、料金を払ってまでは見なかった。

で、資料室をチラッと見たあと、中庭に出てみよう。




美術館の裏手の巨大な高層建築・丸の内パークビルとの境に、小さな中庭がしつらえてある。





▲ ビルの谷間であることを忘れさせるような、雰囲気の庭だ。

緑の木々が、ほどよく植えられている。 欧米の憩いの場としては当たり前のシーンだが、日本ではあまり見られないのでは。(欧米か?)





▲ 樹木の一部は、もう赤く色づいている。

多分、紅葉するような木を選んでいると思う。 ここが全部紅葉したらさぞかし綺麗だろう。

そうだ。美術館にはカフェが併設されているのだ。
お茶を飲んでいこうか。




▲ 中庭からまた正面にまわって、背の高い重厚な戸口から中に入る。





▲ ウエイティングをしている人が5,6組あっただろうか。

この、Cafe1894は、もと三菱合資会社の銀行部だった部屋なのだろう。

西部劇に出てくるBankのような、窓口カウンターが横に広がっている。こちら外側がウエイティング席。




▲ こちら内側が、カフェテーブル席となっている。

天井は高く、上部にバルコニーが設置されている。





▲ 注文したのは、自家製アップルパイ880エン と ホットコーヒー300エン 。

パイの上のツブツブは、パイ生地を粉状にしたもの。下にリンゴ片が隠れていた。

お客は、ほとんど若い女性たち、ないしはそのカップル。
おしゃべりを楽しんでいる。


さあ、ぼちぼち帰ろうか。

東京駅へ向かう帰りは、KITTEキッテとかいう、ブティックがいっぱい入居したJPタワーの中を通っていく。



▲ JPタワーの中は、巨大な吹き抜け状になっている。そして、各階の通路とお店が下から見通せるような造りになっている。

ヘー、こんなところがあるんだー。
私は感心するばかりだ。

ショッピングモール類は今や日本各地にあるが、丸の内のこの界隈の商業施設はおそらく一番洗練されているだろうなあ。



*************




▲ 私の住む町に帰ってきたときは、もう6時近くになっていた。

車窓から見る夕焼けがきれいで、私以外の人も数人が電車から降りるやいなや、写真を撮っていた。

明日は、晴れだな。

明日は、あの赤レンガを製造した”レンガのふるさと”に行ってみよう。


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(番外編) 秋の味覚

2014年09月22日 20時26分08秒 | 日々の思い
9月22日(月)

decoの田舎の友達Nちゃんが、今日遊びに来られた(らしい)。

その時、お土産で持ってきてくれたのがこれ。



ううーッ!! まつたけだー。
右の皿は、小皿でないよ。直径26.5cmの大皿の上に盛ってある。


近くの山で(ご主人が)採ってきてくれたとか。

早速、左の皿のは醤油つけて、先ほど焼いて食しました。
口の中は、まつたけの香りいっぱい。ゆっくりシャキシャキかみしめながらいただきましたよ。
右の二つは、明日まつたけご飯にすると、deco が言ってます。

いつも私のブログを見ているというNさん向けに、急きょ番外編を組みました(笑)。

秋の貴重な味覚、ありがとうございました。

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TOKYO丸の内駅舎と周辺散歩

2014年09月21日 22時03分45秒 | 大都会
9月20日(土)

東京駅の丸の内駅舎内に、東京ステーションギャラリーという名の美術館がある。
その美術館では、東京駅舎創建(1914年)当時の煉瓦壁が、そのまま美術館の内部、展示室で使われていることで有名だ。
ちょっと、煉瓦壁をみてみたいこともある。

勤め先の移転もあり、地下鉄丸の内線の新たな定期を得た。
これを使って、きょうの休みに東京駅に行ってみた。



▲ 美術館は丸の内北口改札を出てすぐ右手にある。 一階の受付に入ると背後の壁は即、赤レンガだ。



【ディスカバー・ジャパン】

国鉄は、1970年から76年までディスカバージャパンのキャンペーンを大々的に繰り広げた。
特定の観光地へ誘う従来の宣伝とは違って、「美しい日本と私」をテーマに人々の旅ごころに訴える手法で、若い女性をターゲットにした、当時としてもファッショナブルなデザインのポスターは私達の目を引いた。

ディスカバージャパン、覚えておられようか。

折しも美術館では、当時のポスター約1000枚を中心に、多数の資料を使ってこのキャンペーンを振り返っていた。
(9月13日~11月9日まで)




▲ 「旅に出ると、心のふるさとがふえます。」 (左のコピー文言)
   「目を閉じて・・・・・何を見よう。」      (右のコピー文言)

キャンペーンは電通が請け負ったらしいが、いいコピーだね。今でも通じるよ。




▲ 金沢の老舗、「飴の俵屋」の前らしい。

チャラチャラした若い女性を使った、典型的なディスカバージャパンのポスター。
このムードが、のちの「アンノン族」につながっていくのだとか。





▲ こんな国鉄の電車内の旅写真を見ると、北海道を国鉄フリーパスで、ユースホステルをハシゴして2週間、秋に北海道を周遊した大学1年の頃を思い出す。
出会いもあったが、あの人はどうしただろうか・・(なんて)

ディスカバージャパンキャンペーンは、まさに私の学生時代と重なる。
しかし、あのころの私は志望大学を東京の郊外にあるというだけで、志望替えするほどの都会志向だったから。もともと地方の田舎出身者の私には、田舎中心のディスカバーキャンペーンはあまりアピールしなかったのも事実だ(笑)。

むしろ、日本で旅に出たのは北海道だけみたいなもんで、あとはどこにも国内を旅せずに、コツコツ貯めて3年の時に、40日間ヨーロッパの旅に出た。
Discover Europe だった(笑)


今、JRが再度ディスカバージャパンのようなキャンペーンをうったら反応はどうだろう?

だめだろうな。残念ながらというか当然というか、表面的には「古い日本」は失われている。どこも画一化している。
「遠くへ行きたい」♪、という基本的な旅への憧れは皆持っていると思うが、行く先を見失っていないだろうか。

それでも、私はなんとか見つけて行きたいと思っている。

私は、今頃ディスカバージャパンだよ。



【煉瓦壁】

東京駅丸の内駅舎が、辰野金吾の設計によって創建されたのは、1914(大正3)年。
その当時の建物の多くがレンガ建てであったのと同様に東京駅も全壁がレンガ造りだった。

現在の東京駅丸の内駅舎は、2012(平成24)年に全面的に改修された。外壁も改修された。
しかし、内部の一部は昔のまま保存された。それが東京ステーションギャラリーの中に残っているのだ。




▲ 2F休憩室への入り口の外壁とか




▲ 1階から3階への八角形の廻り階段の外壁は全て、開業時のままだ。

まるで、廃墟のような趣がある。それもそのはず、もとは煉瓦の表面は白いしっくいが塗ってあったそうだ。今も煉瓦の表面が白味がかかっているのは、その名残だ。
下部のポツポツと黒い煉瓦の部分は、内装用の木製レンガが戦時中の空襲で焼け、炭化したためだ。





▲ 東京丸の内駅舎自体が、重要文化財の指定を受けている。

駅舎の外観は、次に見るように壮麗。この煉瓦外壁は、その壮麗さの対極にある。
しかし、その歩んできた歴史を見る者に思い起こさせる。
美術館の中では、煉瓦外壁は歴史が生んだ作品だ。



【丸の内駅舎】

美術館の外に出てみよう。





▲ 丸の内北ドーム内。同じドームは南口にもある。


乗客は足早にドーム内を歩き去る。
上をみて横をみて、デジカメを構えているのは、いつもお上りさんの私ぐらいなもの(笑)。




▲ ドーム上部は八角形。コーナーには八羽の両翼を広げた鷲(わし)のレリーフが付けられている。
両翼の幅は2.1mあるそうな。




▲ では、駅舎の外に出てみよう。





▲ 丸の内駅舎の中央部。 この左右にドームがある。


赤レンガの壁面に白い石の帯を組み合わせ、屋根には塔やドームを載せているのが設計者辰野の特徴とか。


このあと、もう一つの煉瓦壁の歴史的建築物を見に行ったのだが、普通はあまり関心がないはずだから、今日はこれまで。
続きは明日ということで。

ごきげんよう。




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甲斐駒登山の翌朝

2014年09月18日 23時19分17秒 | 同上 (山歩き)
9月15日(月)

朝6時起床。雲っている。 けれど今日は帰るだけだから、まいいや。

腰が少し痛いかな。けれどこれは、長く寝すぎると腰が痛くなる、それのようだ(笑)。

朝食のあと、7時半ごろに出発のため外に出ると・・




▲ あっ! こんなところに!

クルマの前方に、千円札2枚が夜霧にぬれそぼったまま落ちていた。

昨日、ポケットに入れていた2千円が見当たらず、しょげていた。
地図のコピーは無くすは、今度はお金はどこかに落としてくるは、情けないやつだと。

きのうクルマに戻って、カギを出した時同じポケットに入っていたお金が落ちたのだろう。
けれどそのまま残っていて、なんとか今回も救われた感じだ。




▲ さすがに3連休の最終日の今日は、クルマが少なくなっている。

7時半頃に駐車場を出発した。


休みでも午前中なので中央道は空いている。片手ハンドルで気持ち良く走らせる。

小仏トンネルのところで、いつもの渋滞があった。

昼の12時半ごろに無事帰宅。




総走行距離:470km 中途給油無し


************


大雪山は数日前に冠雪した。紅葉も始まったようだ。
いつまでも風鈴のテンプレートでは、気が抜ける。
いつもの秋バージョンに替えよう。



これで、夏から秋への旅人に。

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白い山・甲斐駒ケ岳に登る(続き)

2014年09月16日 23時43分52秒 | 同上 (山歩き)
9月14日(日)

早朝、4時に起床。
5時頃に仙流荘前のバス出発場に向かう。



▲ バス停前でもう並んでいる。始発は6:05なのだが、もう運行は始まっている。
(伊那市営南アルプス林道バス)
乗車券販売機の前にも長蛇の列。昨日、事前に往復乗車券を買っておいてよかった。

5時12分に私の乗った満員のバスは出発した。
一般車両は通行禁止のスーパー林道を、約50分ほどバスに揺られて北沢峠2033mに到着。

きれいな水洗トイレで準備をして、登山道を登り始めたのが 6:20AM。



▲ 針葉樹林帯の続く登山道を、小さくジグザグを切りながら登って行く。
針葉樹は密集はしていなくて、比較的明るい。




▲ しばらく急登が続いたあと、最初のポイント双児山2649mの頂上に出た。7:56AM。

ここで、ガイドブックをコピーした地図をどこかで落としてきたことに気付いた。ナイ!
どうしょう。海図なき航海は・・難破する。

近くにいたご夫婦らしい方に、ここはどこでしょう? 甲斐駒まではあとどのくらいでしょう?
と馬鹿なことを聞くと、同情された奥様が「これあげますよ」とご自分のガイドブックコピーをくださった。
もう、もう有難うございます。(上右の写真の右の方でした)

これで、続けられる。なんせ、今回の甲斐駒は急に決めたため、予習不足で簡単な地図でも持っていないと全体の行程がよく分からないのだ。良かった。




▲ 双児山から次のピーク、駒津峰2740mへはいったん下る。そしてハイマツ帯の斜面を登り返して行く↑。

このあたりから後方、横の展望が開けてくる。




▲ 後方の右手前が、先ほど頂上に出た双児山。その後ろにそびえるギザギザ模様の頂きの山が、仙丈ヶ岳3033m
仙丈ヶ岳をズームすると。




▲ 下り落ちる稜線のさまがいいねー。甲斐駒ケ岳の愛称が「南アルプスの貴公子」なら、仙丈ヶ岳の愛称は「南アルプスの女王」なのだ。 荒々しさと優美さ、好対照の山と二つは言われる。
ヨシッ、来年の夏は「女王様」に登るぞ !

更に左横のはるか、かなたには・・



▲ ピラミッド状にとんがった山が見える。北岳3192mだ。富士山に次ぐ日本第2位の高峰も南アルプスにある。
でも北岳は、ベースから距離が長すぎて山小屋に1泊しなければ行けないな。





▲ 駒津峰2752mに到着。8:50AM。出発地の北沢峠から2時間半要した。モデル時間どおり。

そして、ここからの前方にはもちろん、あの白い岩肌が輝く南アルプスの貴公子・・




▲ 甲斐駒ケ岳2967mだ。

甲斐駒の頂上を極めんと、登山者が登って行く・・

ズームすると、




▲ おう、おう、皆さん登っているな・・

その後部には、白い雪渓が・・、ではなくて白の岩肌が見える。




▲ では、私も頂を目指して登ろう。

とはいうものの、最初はどんどん50mほど下って標高2700mまで降りる。
そしてまた登る。




▲ うーん、だいぶ近づいたかな。





▲ いやまだまだ、この尾根を伝っていかねば。





▲ 尾根をたどって、六方石と名付けられた巨大な岩の脇を、順番にすり抜けていく。

この六方石を過ぎると、直登コースと巻き道コースとが分岐するところへ。
もちろん、巻き道コースを選択する。





▲ 山腹を右に巻いていくとしばらくは灌木があるが、これは砂漠のオアシスみたいなもの。
まもなく樹木の無い砂漠地帯に入る。




▲ 岩塊と白い砂の斜面が現れる。




▲ これは、まぎれもなく砂だ。岩は花崗岩だ。




▲ 花崗岩は風雨、風雪にさらされて砂状になったのだろう。

丸くなって、ゴロゴロ転がっている。




▲ 花崗岩も浸食されて、えぐられて溝状になっている。




▲ 岩はキラキラした粒状のごま塩模様、確かに花崗岩だ。

甲斐駒ケ岳は地下の花崗岩が火山活動で押し上げられてできた山なのだ。




▲ こんな奇妙な形状になった岩もある。




▲ 白い砂状の斜面をストックを点いて登っていく。

砂が陽に照らされて、キラキラ輝き、目がクラクラするよ。ほんと。




▲ ああ、あの尾根を伝っていくのか・・・ ヨシッ!




▲ そこは、もう白砂だけ。

これは、いわゆる真砂土(まさど)だ。花崗岩は粒子が粗いうえに、各粒子の熱膨張率が異なる。したがって温度差の大きいところでは、花崗岩がバラバラの粒子になってしまうのだ。

この真砂土が堆積したところの粘着率は小さいから、土自体もくずれやすい。先般の広島の大規模土石流の災害は、この真砂土がくずれ流されたのが原因だったことは、記憶に新しい。

おーこわ。これが、白い貴公子の秘密の岩肌だ。





▲ 山頂までもう少しだ。

最後の登りがいつもキツイ。あえぐ。




▲ 山頂到着。10:40AM 登攀開始から4時間20分要した。




▲ 石の祠(ほこら)が置かれている。

なぜか、ワラジが2足ぶら下げてある。



▲ 360度パノラマといきたいところだが、北と東の方向は雲がかぶさってきて見えない。

南西の方角だけ晴れている。




▲ 正面は、仙丈ヶ岳だがこれも片半分が雲がかかっている。

朝、降りてきた人は頂上は完全なパノラマで、槍ヶ岳も見えたと証言していたが・・
残念だけど、これでもよし、としよう。

お弁当を食べる。昨日の午後、伊那の町のコンビニで買った海苔弁だが・・美味くなかった。
米がいつも以上に固いし、魚のフライを食べる気にはならなかった。

やっぱり、助六寿司弁当でなければだめだ。
(なぜ、とは問わないでいただきたい・笑)


それでも頂上に40分ほどもいて、下山開始。11:25AM。




▲ 降りるときは、砂で足がすべらないようにしなければならない。




▲ 赤子を背中に背負って登ってくるお母さんに出会う。

まあ、まあ。

スキー場で、家族で来ていて、お父さんが背中に子供を負ぶって滑っている人はマレに見るが。
こんな高い山で、しかもお母さんが・・・

帰路は、駒津峰までは同じ道を降りて、駒津峰からは仙水峠経由で別ルートで北沢峠に戻ることに。
往路と復路が同一のピストンよりは、少し距離が長くなるが違う道のほうがいい。




▲ 仙水峠2264mで。




▲ 甲斐駒の頂上の方角は、完全に雲の中だ。もう何も見えないだろう。
山ってこんなものだ。ままにならない。

駒津峰からのこれまでの下りは起伏が無くて、傾斜は急坂だが楽だった。
もう登るのはカンベン、の心境だ。

往路は、岩を両手両足を使って体を引き上げて登る場面が多くて、筋肉の引きつりを警戒した。引きつりそうに感じたときもあったが、なだめてクリアしてきた。

でももう大丈夫。あとはダラダラ降りればよい。




▲ 仙水小屋を通り過ぎて下るころから、沢沿いの道になる。


傾斜は小さいが、長いねー、この道は。



▲ 3時近くに、ようやく北沢長衛小屋へたどり着いた。下山はこれでほぼ終わりだ。

小屋の近くではテントを張っている。


ここから少し坂道を歩いていくと、出発点の北沢峠だが・・



▲ 北沢峠では、もうすでに長い列ができている! 帰りのバス待ちの列だ。

早速、私も並ぶ。15:00PM。


朝6:20AMに登攀開始だったから、8時間40分の山行だ!

これは長時間の部類だ。下りで膝の腱が痛くなることが多い私だが、今日は距離があったにもかかわらず痛くならない。あせらず、ゆっくりおりてきたからだろうか。
前回の、燧ケ岳も無傷だった(笑)。この調子の登山なら、いいなあ。


バスに乗って出発したのは、午後4時だった。

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駐車場に戻ってきた。バスの下りは早い。午後4時半。



▲ 駐車場のクルマは、いくぶんまだらになっていた。

Harmonyが、奥で私を待っている。

Sora君よくやった。ごくろうさん。


まず、風呂にはいろうぜ。



▲ 仙流荘には、宿泊者だけでなく立ち寄り湯も可。600円。

登山者であふれかえっているかと思いきや、入浴しているのはほとんどが宿泊者だった。
みなさん、下山と同時に家に向かうのだろうか。

おかげで楽に入れた。

サラダの残りと、レトルトビーフカレーをかき込んで、7時過ぎにバタンキューだった。
痛いところは無いとはいえ、全身がもう疲れていた。
多分今日1日で、年末まで週末ジムでする運動量を全部やってしまっただろう。


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今日の山行コース:




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白い山・甲斐駒ケ岳に登る

2014年09月15日 17時06分37秒 | 同上 (山歩き)
9月14日(日)

眼前に白い山が・・



なんでこの山は白いのだ??

雪? まさか。


この山の愛称は、「南アルプスの貴公子」

私にピッタリ? まさか。


(編集中。今日はこれ1枚でお許しを)
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