青い空とわたし

青い空の日  白い雲の帆船をみていると

どこかへ どこまでも Harmonyと

走っていきたくなります

信州の鎌倉をめぐる~別所・塩田平

2017年09月27日 14時56分09秒 | 青い空の日は旅立(全般)
9月21日(木)

明け方に鐘の音が聞こえた。

あとでたずねてみると、隣の北向観音の鐘だと。




▲ ま、ともかく朝風呂だ。

朝日のさす悠々の湯。 

また、誰もいなくてユーユーだ。

ここのお湯は、無色透明、単純硫黄泉。

しつこくなくて、湯けむりの中にゆったり浸かっていると、また寝てしまいそう・・。





▲ 8時半に朝食。昨晩とおなじ個室で。

洋食も選べるのだが、ホテルじゃないのだからやはり「和」だろうということで、全員和食を選択していた。

まず、りんごジュースを飲んでスッキリと。





▲ できたてのお豆腐が、籠にいれて各自に運ばれてきた。

すくって、たまり醤油につけて食べる。

ヘルシーだね。



朝食のあと、昨晩に男性は入れなかったお風呂へ。

本館の岩風呂の横にある




▲ 桶みたいな檜の露天風呂へ。





▲ また独り占めして、すみませんね。

思いのままにお湯を楽しむ・・



出てから、



▲ 10時まではモーニングセルフサービス、の珈琲をいただいて。

酸味が薄くて、そんなに濃くなくて、それでいてしっかりと苦味があって、いい味だ。


部屋にもどって、また個室の露天風呂に入る。

チェックアウトは12時で、他にすることがないからなあ。



▲ 足くせが悪いねー。


女性陣はロビーでお土産選びのようだし、まだ時間があるので浴衣のまま、突っ掛けをはいて外へ。



▲ 前の角を曲がると、すぐに境内だった。






▲ 北向観音(きたむきかんのん)。

厄除け観音だ。




▲ ここの観音は、長野の善光寺(北方角)に向き合っていて北向き観音と呼ばれる。

善光寺が来世の利益、ここが現世の利益をもたらすとされ、両方に参拝することが推奨される(^^)。





▲ ご存知「愛染かつら」の大木。川口松太郎はかしわやに泊まって、この小説を書いたらしい。

「愛染かつら」の小説・映画といっても、1937年の話だからね。

もっとも1970年代に昼メロとしてTV放映されていたというから、ご覧になっていた方もおられようが。


かしわや本店は11時過ぎにチェックアウト。

お世話になりました。


~・~・~・~

別所温泉は1000年以上前に開湯した信州最古の温泉だが、
それだけでなく寺社の貴重な文化財が多く集まる地域でもある。

鎌倉幕府の執権北条氏が塩田に守護所を置いて治めた地であり、そのため鎌倉風の文化が開けたところから、「信州の鎌倉」と呼ばれている。

少し、観てまわろう。


安楽寺



▲ あ、前方に見えてきた。





▲ 安楽寺・八角三重塔

鎌倉末期に建立された日本で残る唯一の八角の塔。
一見四重の塔に見えるが実は三重の塔。
最下層の屋根はひさし。

長野県で一番初めに、国宝に指定された。



塩田平と呼ばれる山麓沿いに出て、

中禅寺薬師堂



▲ クマさんがお出迎え。

山に近いところにある。




▲ 薬師堂。重文。

平安時代の終わりから鎌倉時代へかけての建物と考えられている。信州最古の木造建造物。

ゆったりと広がるカヤ葺きの重厚な屋根。それを載せた簡素なお堂。




▲ この阿弥陀堂の簡素・素朴さは、まわりの自然と調和して、豊かな存在感を見せる。






▲ 金剛力士増が両脇で守る、質素な門のたたずまいもいいな。

そして、こんもりした独鈷山の背景。

この阿弥陀堂全体を、のどかなものにしている・・・ いいね~。


ボクがしきりに感心している横で、





▲ 何してるの?

こうして指を立てると・・



▲ 赤トンボが止まるんだって。

小さい時、よくこうして遊んだとか。

へー ・・・



前山寺






▲ 2・3層には窓も扉もなく”未完成の完成塔”と呼ばれる三重の塔。重文。

これも鎌倉風の(だと思う)簡素な美しさが魅力だ。



あと1ヶ月もすれば、まわりは赤く紅葉 しているだろうなあ。

見てみたいなあと思うも、それはまたの機会に。


乾いた秋の風を少し感じながら、別所・塩田の地をあとにした。


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近くて遠かった別所温泉へ

2017年09月26日 09時18分12秒 | 青い空の日は旅立(全般)
9月20日(水)

お疲れ気味の義姉夫婦の静養もかねて、別所温泉に行くことになった。
別所温泉は、信州佐久のdecoの実家から最も近い温泉町だ。

上田の別所温泉に行く途中で、東御(とおみ)市のここで寄り道。



▲ 海野宿(うんのじゅく)。

江戸時代の初めに開設された宿場だ。現在も江戸時代の旅籠(はたご)と明治以降の養蚕造りの建物が混合調和して保存されているユニークなところ。





▲ 萩が、道の真ん中の用水路に沿って咲いていた。




 

▲ 建物の特徴二つ。

「うだつ」 ~ 二階部分の隣家との境で出っ張った部分。防火目的らしい。「うだつ」は裕福な家のみに見られるもので、「うだつが上がる」の語源になったとか。

「海野格子」 ~ 二階部分の長短二本づつ交互に組み込まれた格子。


次はランチだ。

同じく東御にある「玄米菜食カフェロハス」へ。
健康意識の高い義兄の選択だ。



▲ デトックスランチプレートセット 1200エン(税別)。

真ん中の山が玄米ごはんだ。

周りに7種類のマクロビオティック手作りおかずが。

”デトックス”とか”マクロビオティック”とかの用語を知らない人は研究してくれたまえ。

要はベジタリアンの食い物だ(^^)。




▲ 玄米ごはんは、よく噛んでくださいとの指示書きがあるので、みなさん神妙な面持ちでよく噛んでいる。

ボクは歯がいいので、このあとすぐ食べてしまった(笑)。



別所温泉に移動して、常楽寺の重文・石造多宝塔を見学。


そして別所温泉・かしわや本店へ4時ごろにチェックイン。



▲ 義姉夫婦は、decoのご両親を連れて何度もこの老舗温泉旅館に来ている。

故義父は、「また行きたいな」といいながら亡くなったとか。
decoは、その昔家族と厄払いに来たことはあるが泊まったことはないという。

ボクは別所温泉には何年も前に、町の中心にある町営駐車場にHarmonyで車中泊したことがある。入浴は駐車場横の立ち寄り外湯だった。ボクも屋根のあるところに泊まるのは今回が初めてだ(笑)。






▲ まず、なにはともあれ温泉だ。

「悠々の湯」に浸かる。

総木製・桧の浴槽で、誰もいないしゆっくりと。






▲ 我々のお部屋は、和室・露天風呂付で二間だからゆったりと。




▲ 戻ると、義兄が露天風呂に入って、くつろいでいた。

ボクは明日の朝にでも入ってみるか。


夕食の時間になった。



▲ 別館から本館へ行く。




▲ 二階の上がり口に、地酒の利き酒コーナーがあって。

純米酒・本醸造・原酒の三種類のテイスティングができる。

もう運転しないから飲んでいいわけで、純米酒を頂いた。

ボクはこの仲居さんの顔を見てたいから飲んだだけで、違いはよく分からんよ。
(キミ、もう酔っているよ)




▲ 食事のお部屋はこの個室で。

テーブルだから楽だ。

お酒は、ボクは生ビールで(笑)。




▲ ほどなく前菜が運ばれてきた。

季節感を重視するこのお宿、今は秋のお月見がモチーフのようだ。

・中央上が、満月をあしらったカボチャのムース
・百合根の入った月見団子
・信州和牛のロースト
・イクラの醤油漬け他 6品。


 

▲ 月見団子を食べて、沢ガニもそのまま全部かぶりつく。






▲ 上のお造りは、海(鯛・サワラ)と川(信州サーモン)の幸。

下は、柿をサイコロ状に切って白和えしたおつなもの。




▲ もちろん、松茸の土瓶蒸し。

すぐチュルチュルと飲んでしまった。




▲ 千曲川の鮎の塩焼き。

天然モノは腹に赤い線が出ると、美人の仲居さんの説明があった。
隣のdecoの鮎は赤い線があるようだが、オレのは無いんじゃないのっ!
(と、思ったが黙っていた)


そんなことより、いかに誰がキレイに骨だけを残して食べるか、の競争になってしまった(笑)。


 

左:えごま豆腐と舞茸の揚げ物  右:上田野菜とチーズ玉地蒸し





▲ 酒蒸しアワビ。

メインは、



▲ 信州和牛の朴葉焼き

OR、



▲ 太郎ポークと数種類のキノコ鍋

で、ボクはポーク鍋にした。

朴葉焼きも味見させてもらったが、どっちも美味しい。




▲ で、この時期ご飯は、松茸ご飯でして。

あまり松茸の香りがしないように思ったので、仲居さんに尋ねると。

やっぱり。

初物は、味が薄いんですって!

来月も来てください、だって。
(ウン、ウン)




▲ デザートは、ブドウ・シャインマスカットと幸水の梨。


おいしかった、おいしかった。

自然な素材で、やっぱりここは信州だ。





▲ 食後は、また温泉でして。




▲ ボクは今度は、自適の湯へ。

おう、これで二つの湯に入って、「悠々」「自適」というわけか♪

よく寝れそうだ。

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号外! マツタケ不作!!

2017年09月25日 15時08分29秒 | 日々の思い
9月25日(月)



まつたけの気持ち



decoさんの幼ななじみのNちゃん夫婦が、きょう拙宅へ遊びに来た。

例年この時期のお土産といえば、読者の皆様も覚えてられるかもしれない。

そう松茸、マツタケ。

しかし今年、頂いたのは2本のみ。

今年は、まったくほとんど採れない。(少なくとも現時点では)
他のキノコ類も少ないとか。

Nさん宅は商売にしているわけではないから困るわけではないが、例年期待している方にお裾分けできなくて申し訳ないと。

いいわよー。
2本だって貴重なものだわ、
ありがと!!



~・~・~・

同時に宅配が届いた。

decoさんの南九州のお友達からだ。



▲ レンコンがいっぱい!

ありがと



▲ こんなに大きいよ!

早速、Nちゃんにもお裾わけ。

今晩は、まつたけの土瓶蒸しに、レンコンの素揚げにキマリっ。


(と言って、近所のアウトレットへNちゃん夫婦と買い物に行ってしまった)

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白山平泉寺で自分ルーツ探し

2017年09月23日 16時43分09秒 | 青い空の日は旅立(全般)
白山登山を無事終えて、クルマの中で30分ほど休憩。

淹れたフレンチローストを飲み干したあと、向かったのは勝山
勝山はボクの生まれた町。

別当出合駐車場から40km、山間を走って1時間で到着した。




▲ ソースカツ丼とおろし蕎麦のセット。

勝山の立ち寄り温泉「水芭蕉」で入浴後は、このソウルフードを食べなくては(笑)。

溢れはみ出るソースカツに大満足。




9月15日(金)

翌日は、勝山市の山近くにある白山平泉寺(へいせんじ)へ向かった。
勝山にボクがいたのは、小学校の1年まででそのあとは福井市内へ移った。
平泉寺の名前は当然聞いていた。

しかし、平泉寺が霊峰白山とは切っても切れない関係にあるとは、恥ずかしながら山に登るまで知らなかった。

これは平泉寺へ訪れなくては。



▲ 長い参道を上がっていく。

石畳の脇には苔がむして、杉の大木が立ち並んでいる。






▲ 参道脇に少し入ったところに、御手洗池(みたらしいけ)がある。

実は平泉寺は、養老元年(717年)にあの泰澄(たいちょう)大師が白山に登ろうとして開いた所だ。




▲ この池のかたわらで泰澄が祈っていると、白山の女神が現れ白山に登るように示されたという。

この池は「平清水(ひらしみず)」「平泉(ひらいずみ)」と呼ばれ、「平泉寺(ひらいずみでら)」になり、いつしかヘイセンジと音読みになったそうだ。

その後、平泉寺には修行者のための宿坊、白山を礼拝する拝殿や寺院が立ち並び発展した。


さあ、どんどん参道を上がっていこう。



▲ 二の鳥居。

鳥居の額の上には屋根がかかっている。

神仏習合の名残らしい。1777年のもの。


正面の拝殿を過ぎた裏には、



▲ 本社。

白山・御前峰の神・仏を祀る。

その本社の左右には


 

▲ 左:越南知社(おおなんじしゃ)大汝峰の神仏を祀る 右:別山社 別山の神仏を祀る

三つの祠が立ち並ぶ。





▲ 今度は側道に出て、さらに登っていくと

つきあたりの三の宮の左手には





▲ 白山禅定道の入り口が現れた。




▲ 禅定道(ぜんじょうどう)とは、修行で白山へ登るために開かれた登山道だ。

白山への禅定道は三本ある。

この平泉寺を起点とする越前禅定道

石川県からの加賀禅定道、岐阜県からの美濃禅定道だ。


ついでに、平泉寺と白山との位置関係を高空写真で見てみると、



▲ まあ、いかにも白山への禅定道は遠いことよ。

ボクが登った別当出合・砂防新道コースの比ではないな。


平泉寺で、近年もっとも注目されていることは寺社・参道の両脇の宿坊跡の発掘だ。

鎌倉・室町時代の頃には、平泉寺は一大宗教都市だったことが分かってきたのだ。



▲ 平泉寺は最盛期には、社堂48社36堂あり、両脇の地にはなんと6千の僧坊があったようなのだ。

僧坊地区にはこのような石畳の通路、そして通路の両サイドには石垣が積まれ塀が築かれた僧坊地区だったと推定されている。





▲ 左に排水路が作られ、石垣のうえには推定復元された土塀があった。

隆盛を誇った平泉寺だが、室町時代後期に一向一揆による焼き討ちで1574年には焼亡した。

一向一揆衆は、地元の村岡山に陣を築いており「村岡山」をその時「勝ち山」と呼んだ。それが勝山(かつやま)の地名の由来になったとか。知らなんだ。

もう一つ。

日本海の絶壁・東尋坊はよく知られたところだが、「東尋坊」とは平安時代の終わり、平泉寺にいた僧の名前。乱暴な僧であったため、同僚の僧達によりあの断崖絶壁から突き落とされたことに由来する。おおこわ、知らなんだ。


いやあ今回の旅では、ボクの故郷の福井県勝山市も単なる雪の多い山に囲まれた地区ではなくて、歴史の深い地域だということを初めて知って、誇らしい気持ちになった。


この日は、永平寺の近くに2年前にできた道の駅・禅の里へ移動。
温泉も併設されていてGoo。

道の駅には2泊して、17日に高校の同窓会に出席して今回の北陸への旅は終わった。



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白山登山(日帰り)~別当出合登山口より御前峰へ(お池めぐりも)

2017年09月20日 06時00分00秒 | 同上 (山歩き)
9月14日(木)

白山2702mは古くから畏敬された北陸の「白き山」。これより以西には2000m以上の山は無い。
山名に示される通り降雪が多く、京に最も近い高峰として都人も関心を寄せ、和歌などに詠まれてきた山。

地元の山として、亡き父も、弟も登った山だが、ボクだけ登っていなかった。

それが、今日いよいよ登ることになった。

~・~・~・~

前泊した別当出合の登山口駐車場にて、朝4時に起床。

2前泊した甲斐もあって(笑)、きょうは晴れ!(のはずだ)



▲ 別当出合登山口1260mを出発。5:47AM

先を行く若者たちも意気軒昂!(頂上でまた出合ったが)

「白山開山1300年」の掲示がある。

越前・福井生まれの僧侶であった泰澄(たいちょう)によって717年に信仰の山として開山されたからだ。

今日のコースは、



▲ 左下の別当出合から行きは、砂防新道を通って室堂を経由して白山最高峰の御前峰(ごぜんがみね)頂上へ。帰りは観光新道を通って別当出合に戻る予定だ。
(実際はさらに青線の「お池めぐり」も加えてしまった)

標高差1442m、累積標高差1513m。これはボクの過去上限レベル。
コースタイムは行きが5時間。帰りが3時間50分。ま、合計9時間だな。
て、ことはボクの場合休憩を入れるから(アタリマエだ)10時間だ。

石川県のHPには、「ゆったりと白山を楽しむために、ゆとりのある計画を立て、日帰り登山は避けましょう」と書いてあったが。




▲ 登山口の鳥居を出ると、すぐに長いつり橋を渡る。

下の川(手取川)は、上方で砂防ダムになっていた。


この砂防新道ぞいで見かけた花々を一挙掲載;

 

 

 


この季節でも、案外色んな花があるもんだ。





▲ 甚之助避難小屋、南竜道分岐を過ぎて、砂防新道の終わり近くで。

ここから右上に「十二曲り」と名付けられた急坂を登っていく。
ここが一番急登だったかな。

登り切ったところに、


▲ 黒ボコ岩がある。

ここは帰りに通る観光新道との合流点。
この岩の上にのって見晴らすと。




▲ 後方左手には、別山がある。

泰澄が仏の化身に出会った三つの山(御前峰、大汝峰、別山)の一つだ。

山並みがきれいだ。


そして、前方には



▲ 白山最高峰の御前峰がその山容を現してきた。

山頂は、白い部分の少し右側にある。


黒ボコ岩から回り込んで、上に出るといっぺんに視界が開けた。



▲ 弥陀ヶ原と呼ばれる高原状の地だ。

軽快な気持ちになって、木道を歩む。

30分ほど歩くと、室堂平へ着いた。



▲ 赤い屋根の白山室堂の大きな山小屋だ。

草木が少し赤くなっている。

白山室堂の後ろに回ると、



▲ 白山比咩(ひめ)神社祈祷殿

白山比咩神社は、全国各地の白山神社の総本社だ。




▲ 神社の前の掲示板には、深田久弥先輩の「日本百名山」からの文章が記載されていた。

・・私が初めて登ったのは中学生の時で、夏でも雪のある山へ行ったのは、それが初めてであった。それまで故郷の低山ばかり漁っていた私にとって、白山登山はまさに私の山岳開眼であった。それ以来私は幾度白山やその周辺を探ったことだろう。
 白山について語り出せばきりがない。それほど多くのものをこの山は私に与えている。






▲ さあ、いこう。

ハイマツが一面に覆う天空への回廊を、一歩一歩登っていった。


 

▲ 頂上のすぐ手前には、白山神社奥宮がある。





▲ 御前峰の頂上到着 2702m! 10:36AM

登山口からCTどおりの5時間弱での到着だから順調だ。


もちろん、パノラマ。




▲ 登ってきた右手下には、室堂平で白山室道の赤い建物が見える。

後方のとんがりが雲から見えているのは、別山。

この方向をワイド画面にすると、

PC用;


スマホ用;



更に、左手側には・・



▲ 遠方に大汝峰(おおなんじみね)2684m、右手にガレキ山が剣ヶ峰(けんがみね)2677m だ。ここの御前峰(ごぜんがみね)とともに白山の中心をなす白山三峰だ。

そしてその間に火口湖が7つ点在する。
ここから見えているのは、右が紺屋ヶ池。左が油ヶ池。
代表的な翠ヶ池は、紺屋ヶ池の裏手になって見えない。

この方向のワイド画面は

PC用;


スマホ用;






▲ そして標柱の前方もこの後方も雲海で、遠くの山並み北アルプスとかは残念ながら見えない。

どうせ見えたところで、ボクにはどれがどの山でなんか分からないから、まいいか。




▲ それよりお弁当だ。

二日前に買った弁当だから、さすがにオニギリのご飯粒も水けが無くなっており、ポリポリと食べるはしからこぼれ落ちた(笑)。




▲ 食事のあと、もう一度池の方を眺める。

どうしようかな・・
あそこまで降りて行って、池を見てきたいなあ・・

コース地図をみると1時間の周遊だ。
順調にきたから、池めぐりを追加してもいけるだろう!


頂上での休憩は、いつもなら1時間ほどぶらぶらしているのだが、30分で切り上げて、



▲ お池めぐり開始。

赤い線で、7つの池を見て回り室堂へ戻るコースだ。


 

▲ まず油ヶ池。反対側に紺屋ヶ池。

これらは頂上から見えた池だ。





▲ そして左手の大汝峰と翠ヶ池が見えるところまできた。





▲ 翠(みどり)ヶ池というだけあって、水は綺麗に青い。浅い湖面部は青が取れて透明だ。




▲ 翠ヶ池が右手の剣ヶ峰とセットになると、これまたいい感じだ。

日本のマッターホルン!

マッターホルン





▲ ただし剣ヶ峰は、火山岩が崩落の危険があるのだろう登山禁止になっている。

いずれにしろ、後ろ髪がひかれるすばらしい景色だ。


さあ、お池めぐりを続けよう。

 

▲ 血の池と小さい五色池。





▲ おお、雪だ。

チビタ~イ。




▲ これは、万年雪の残る千蛇ヶ池だった。






▲ さあ、室堂へ戻ろう。

戻りは近道ルートをとる。

前方は雲海。




▲ 室堂が見えてきた。

このあたりは、紅葉の時期になると草木が赤い絨毯になって綺麗だろうなあ。

白山の紅葉ピークは10月中ごろ。1ヶ月あとだ。
しかしその頃は、日照時間が短くなって日帰りで登るのは、不安だな。




▲ 室堂での温度計。

10度C。

歩いていると暑くもなるから、これぐらいの気温で快適だ。




▲ 室堂も下って。

白山・御前峰を振り返って見る。

バイバイ。多分これで見納めだろうな。


帰りは、観光新道を通る。



▲ 観光といってもネオンがあったりするわけではない(笑)。

昔修行で切り開いた登山道を禅定道(ぜんじょうどう)といって、禅定道は今も存在する。
禅定道ではなくて、ボクらが登るための道という意味で観光道なのだ。

観光新道は、尾根づたいの山道。
ガスってなければ、断然こちらの道のほうが気持ちが良いはずだ。




▲ 野花のフラワーアレンジメントだ。

手前の紫の花は、マツムシソウ (hirokoさん)。




▲ 名前は忘れたが、ころげ落ちそうな岩石の下をくぐって通る箇所があった。





▲ 上と横の岩石は当然、支え合っていると思ったが、よく覗いてみると

タッチの差で触れていなかった。

あら、残念(笑)。




▲ 別当登山口に戻ってきました! 16:20

よくやりました。

10時間半の山行だ。

亡きトーチャン、不詳息子やっと達成しましたよ!




▲ 別当登山口駐車場へは16時半に戻った。

やあ、Harmonyが駐車場の奥で待っている。


駐車場ー駐車場ベースでは、おおっ11時間の山行だ。

幸い、カラダ大丈夫だけど、ほんとよくやるね。

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風たちぬ いざ生きめやも ~ 秋の計画

2017年09月09日 06時00分00秒 | これからの旅予定
9月8日(金)

きょう、3か月ごとのメディカルチェックへ行った。

10年前の心臓手術以来、続けていること。

幸い、おおかたの血液数値はコントロール下にあった。

が、中性脂肪値がオーバー。それもここ5年ほど見ないほどに高くオーバー。
やはり旅行中に、一人BQで肉↓を食べ過ぎたか(笑)。




これを聞いたdecoが、

「そうでしょう、やっぱり。」と、なんとなく嬉しそうなのは気のせいか。


しかし体験上、中性脂肪値ほど節制と運動量で左右されるものはない。

ナニ、心してがんばればよいだけだ。





長い旅が終わると、夏も終わっていて、

いつものように、この本が秋をささやく。



そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木陰に寝そべって果物を齧っていた。砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。

風たちぬ、いざ生きめやも。(堀辰雄著・風たちぬ)




冬が来る前に、さあ力を出して、ボクも生きめやもだ。


で、これからどこへ出かけようか。

 今決まっているのは

・来週末には郷里福井へ、高校の同窓会に行く。
それを利用して、白山に登ってきたい。

・その後、信州別所温泉(^^)が決まっている。

・9月下旬から10月は、紅葉を求めての山登りだな。
妙高山は決まっているが、他に何処へいこうか。

・それに、飛騨の秋祭りも入れたい。

・11月に入ると、下旬にツレ希望の紅葉の京都めぐりだろうな。ついでに琵琶湖周遊も。これが一番の秋イベントか。



あくまで予定だが、この秋はこんなところ (^^)。



PCテンプレートも変更。






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発電機の修理が終わった

2017年09月08日 16時28分55秒 | Harmony のこと
9月5日(火)

北海道への旅行中に、搭載している発電機が故障し稼動しなくなった。

発電機が動かないとキャンピングカー内の電灯、冷蔵庫の電力は、走行充電とアイドリングのみでまかなうことになる。電子レンジ、エアコンは使えない。

旅行中に泣き言は声高には言わなかったが、電子レンジが使えないのはけっこう不便だった。

先日予約がとれて、ようやく5日に発電機の製作元のM製作所(諏訪)にHarmonyを持ち込んだ。




▲ 後部ボックス内の発電機を引っ張り出す。

そして作業ができるように、持ち上げつつレールから外して横向きに据え付ける。

小樽でこの持ち上げ動作を一人でやって、ジーンズもTシャツも油まみれになったが。

きょうはMさんとの共同作業なので楽だ。




▲ いくつかの点検のあと、Mさんは不具合箇所がすぐに判った。

オートチョーク機能をつかさどるこのスプリングがうまく作動していない。
前回のように潤滑のグリースが足らなかったのではなかった。
スプリングの手前末端が止め具に食い込み過ぎていて、その結果短くなったスプリングの伸縮性が強まりすぎて、チョークの弁作動が機能しなくなったというもの。

そこまでは、素人のボクには判らなかったし、電話での状況説明では発見不可能だった。




▲ 分解ついでに、発電機が稼働中に軽い金属音を発していた原因も追究する。

金属音は、この回転羽に何かが当たる音のようだ。




▲ 回転羽のカバーに取り付けられた、手動チョークがらみのプラスチック部分が干渉するのだろう。

これは手動チョークの部品で不要。取り外したら、金属音は消えた。

同時に、スパークプラグとエアクリーナーエレメントを新品に換えてもらった。

そして、スイッチオン。

ド、ド、ド・・

一発で発電機は動き出した!
成功だ!

稼動音もまるい穏やかな音になった。

よしこれで、またあと10年いけるはずだ。




▲ 修理が終わったときは、もう午後五時を過ぎていた。

これで、発電機をいつでも動かせる。
電気が自由に使える。

もう一度、このまま北海道へ戻ろうか(笑)。


まそれはさすがにやめて、道の駅小淵沢で車中泊。
翌日、自宅に戻った。




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