まさきとしか(著) 小学館文庫
クリスマスイブの夜、新宿区の空きビルの一階で女性の遺体が発見された。五十代と思われる女性の着衣は乱れ、身元は不明。警視庁捜査一課の三ツ矢秀平と戸塚警察署の田所岳斗は再びコンビを組み、捜査に当たる。そして、女性の指紋が、千葉県で男性が刺殺された未解決事件の現場で採取された指紋と一致。名前は松波郁子、ホームレスだったことが判明する。予想外の接点で繋がる二つの不可解な事件の真相とは――!?彼女はなぜ殺されなければならなかったのか。彼女はなぜホームレスになったのか。誰も知らない真実が明らかになる瞬間、世界が一転する。
理不尽な死と家族の崩壊を圧倒的な筆致で描く、大ヒットミステリ『あの日、君は何をした』続編!!! (アマゾン作品紹介より)
三ツ矢&田所シリーズ第2弾らしいですが、前作未読です。
どこか飄々として浮世離れしたパスカルこと三ツ矢刑事のキャラはサヴァン症候群じゃなかろうかと思ってしまうKY感がありながら、鋭い人間観察と意外に温かな人間性で惹きつけられます。そんな相棒の刑事としての能力に敬服しつつ、嫉妬と劣等感を刺激されながら、本当は彼に認めてもらいたいという憧れも抱いている田所君はまだまだ青いですね
千葉と新宿、一見無関係の二つの事件が実は繋がっていました。三ツ矢は千葉の事件の被害者である東山宅の出窓のフラワーアレンジメントに違和感を覚えます。いやいや、日が当たるとはいえ、出窓に飾るのもありなんじゃないかと思ってしまうけど
かつて生活保護申請の相談に訪れた松波郁子を担当したのが東山義春とわかり、二人の被害者の接点が浮かび上がりますが、この時点では先が全く読めません。「護られなかった者たちへ」にも感じましたが、生活保護って本当の弱者を救ってはくれないんかい!
三ツ矢は郁子がホームレスになった理由にも執着し、度々田所を置いてきぼりに一人で捜査をしていて、彼自身が納得するまでは多くを語りません。これは相棒としてかなり厄介ですね
郁子の夫を轢いてしまったトラック運転手の井沢勇介は、自分の過失ではないと判明したものの罪悪感を拭えず酒に走り家庭崩壊して妻の成美から離婚を突きつけられます。ようやく立ち直りかけた時に郁子の打ちひしがれた姿を目撃し、再び罪悪感に襲われますが、見なかったことにして封じ込めてしまいます。新しい仕事に慣れたある日、ホームレスになっている郁子の姿をニュース画面で見た彼は郁子を探し出し、記憶を失くしていた彼女を陰ながら援助します。一方成美は、息子の湊の引きこもりを始め、自分の人生が思い描いたようにいかないことに苛立ち、湊元夫への恨みを募らせていきます。
理沙は悲しみに打ちひしがれている未亡人を演じながら、本当は夫の束縛から解放された幸福感を噛みしめています。一人娘の瑠美奈を実家に預け、再会した元カレとよりを戻し再婚する気満々ですが、当の相手は他の女性との結婚が決まっていて、理沙はつまみ食いだったという。彼が次第にエスカレートする理沙の振る舞いに恐れをなして距離を取ろうとするのも当然だね。
郁子の夫が勤めていた会社の社長の息子たち、恭太と拓海の兄弟は、父が郁子の夫にした裏切りを知り、松波夫妻に謝罪しようとして郁子がホームレスになっていることを知り、彼女に援助の手を差し伸べていました。
郁子を中心に、彼女と関わりのある登場人物たちの視点が加わり、過去と現在を行ったり来たりする構成で、徐々に事件の輪郭が浮かび上がってくるのですが、二人を殺したそれぞれの犯人については全く予想外でした。良い意味で裏切られた~!
郁子を殺した犯人の動機はあまりにも身勝手です。理沙もですが、二人に共通するのは「他人からどう見られているか」が大事で、「自分がいかに幸せか」を演出したいという我欲です。義春を殺してしまった犯人には大いに同情できます。偽りの幸せの裏にある醜い大人の事情が追い詰めたのですから。東山夫婦の二面性はまさに「似た者夫婦」と言えますが、その犠牲になったと言えるでしょう。それにしても義春、恐っ!!
郁子の無残な死体を前に、せめて汚れた衣服を替えてあげようとした関係者たちの善意が逆に郁子の死を過った理由に導いてしまったのは悲しいけれど、彼女は決して孤独でも「可哀相」でもなかったということは救いでもあります。
夫が死んだ責任を感じ、生活保護申請を慇懃無礼に拒んだ東山に恨みを抱いた郁子でしたが、A君(真犯人)との出会いが彼女に光を与えます。元々、500円玉貯金を恵まれない子供たちのために寄付することを子供のいない自分たちの生き甲斐にしていた松波夫婦は、まさに「善」なる存在なのね。郁子が犯人を庇うために凶器となったナイフを自らが所持してホームレスという生き方を選んだのも、それが犯人を守ることになると信じたから。まさに無償の愛ですが、愛する夫を亡くした彼女にとって、唯一の心の支えだったのかもしれません。彼女は決して不幸ではなかったのです。記憶を失くしていると周囲に思わせていた郁子が、本当はそう演じていただけなのかもと思わせるラストでした。