1.泌尿器科症状して期待はずれの陰部神経刺針
筆者は馬尾性脊柱管狭窄症に対して陰部神経刺針を鍼灸臨床の中で日常的に行っている。馬尾性脊柱管狭窄症の間欠性跛行「5分以上歩くと脚が前にでづらくなる」という訴えに対し、陰部神経刺針をすると、陰部神経支配領域であるペニス・陰嚢・肛門・直腸あたりに響きが得られるので、泌尿器科疾患に対しても陰部神経刺針が有効かもしれぬという思いがあった。そのことをブログにも書いたことで、泌尿器系愁訴をもった患者が遠方からでも来るようになった。
陰部神経刺針そのものは、すでに豊富な経験があって、ほぼ確実に針響を陰部にもっていくことができるようになっていた。しかし実際に行ってみると、このことが治療効果につながらないことに気づいた。最近のカルテで該当するものを以下にリストアップしてみる。症例2は陰部神経運動針がある程度効果的だったが、その他の症例は無効といってよく治療1~3回で脱落してしまうことが多かった。
症例1:25才、男。排便時に肛門が開きにくく、大便が出にくい。
症例2:53才、女。会陰痛。会陰がぴくぴくする。脱肛感。
症例3:39才、男。左鼠径部~精索部痛。会陰痛。
症例4:46才、女。左坐骨結節部痛
症例5:52才、男。右陰嚢部痛。
症例6:49才、女。左大腿内側部痛、左坐骨結節部痛。
症例7:30才、男。肛門奥が突き上げるように痛む。
症例8:26才、男。20才で包茎手術。その直後からペニス部あピリピリ痛む。
2.陰部神経刺針の真のねらい
糸のような細い陰部神経に直接命中させることは本来難しいはずである。私がほぼ確実に陰部に針響を導くことが出できると書いたのだが、今思うと実際には緊張状態にある閉鎖膜部分にある内閉鎖筋に針先を入れたのではないかと考えている。というのは、刺針深度を深めていって、響く直前に、そのことを予見できるからで、刺し手に針先が硬い組織に入ったことを感じれるからである。
3.内閉鎖筋と陰部神経刺激刺針について
1)内閉鎖筋の基本事項
内閉鎖筋の起始は、寛骨内面(弓状線下)で閉鎖膜周囲である。途中坐骨結節を越える部分で走行が直角に折れ曲がり、大腿骨転子窩に停止する。作用は大腿骨外旋。上図は、「烏丸いとう鍼灸院」のブログに載っていたものであるが、院長の伊藤千展氏は、泌尿器疾患の鍼灸治療を専門に行っているようだが、私と同じ見方をしていて、治療上の悩みまで共通していることに驚いた。
2)内閉鎖筋の解剖学的特徴と泌尿器科症状の関連
内閉鎖筋は小坐骨孔(仙結節靭帯と仙棘靭帯で構成される間隙でその中を内閉鎖筋と陰部神経、陰部動脈が通過)を通過している。この解剖学的特徴により、内閉の緊張によって陰部神経や陰部動脈を圧迫して泌尿器科症状を生ずることがある。
3)内閉鎖筋緊張の診察
内閉鎖筋の緊張の有無を調べるには、被験者を側腹位にさせ、坐骨結節の裏側を強く触診す るようにする。非根性坐骨神経痛や泌尿器症状があれば本筋過緊張を一応疑ってみる。
4)陰部神経刺針(内閉鎖筋刺針)の適応
陰部神経刺針を行うと、当然ながら陰部に針響を与える場合が多いが、この刺針では小坐骨孔を通過する辺りで、内閉鎖筋を同時に刺激していることになり、泌尿器科症状(仙骨部痛、尾骨痛、直腸肛門痛、括約筋不全、排便障害、下腹部症状泌尿器症状)をもたらすことがある。実際、内閉鎖筋の筋緊張が原因であれば、陰部神経刺針で奏功が期待できるのだろう。
しかし症状が、真の泌尿器科臓器の問題に起因するのであれば、陰部神経刺針は症療法にすぎず、直後効果さえ効果は不十分になりがちなのが現状である。陰部神経症状をもたらしている元の病態が存在しているので、陰部神経を刺激するだけでは効果が少ないのかと思った。要するに壊れかけた電気製品を叩いてみて、調子よくなったようにみえても、結局はダメなのに似ている。その上、泌尿器症状を訴えて鍼灸に来院する患者は、それ以前に泌尿器科や婦人科の診察を受け、そこの医療施設でうまく治療できかったから鍼灸に希望を求める訳で、もともと難症であることが多いのだろう。
例えばイヌレベルでは、膀胱運動は自律神経による支配よりむしろ、バルーン(風船)構造に由来する単純な機械的物理運動による支配のほうが影響が大きいことなどは既知である。
自律神経の支配は重要だが、教科書にありがちななんでもかんでも自律神経に由来する症状であるとは限らず、それらはラット神経に関する間接的事実の一角でしかないことを、物理的刺激を用いる療法家(理学療法や針師、その他)は実践においてより自覚すべきだろう。
針はおそらく対象となる筋や筋周辺の過緊張を軽減する以外に確かな実感的効用はほとんどなく、その他の医学的な価値は、各々の意味付けによってしか得られないだろう。
蓄尿すれば風船は膨らむが、たしか内圧を一定に保つのは(自律神経によるオン・オフスイッチではなく)膀胱自身の弾性法則だった気がする…。臓器の構造的な機能失調に対して、各関連神経への針アプローチがどれほど直接作用するのかは、これらの背景から未知である。
私は、自律神経の切り替えは、もう少し原理的に単純なはたらきに限定されるだろうと予想している。(おそらくそんなに緻密な支配じゃない)少しそこに「自律神経学ドグマ」をいつも感じてしまうのだ。
「膀胱容量が針によって増す」という効果の記述が、この領域では多く散見されるが、実際はそれが針をすることで生じる自律神経への作用に由来するものなのか/そうでないか、全くわからない。少なくとも原理的構造からは、自律神経への影響はかなり少ないと言えることがすでに科学的に実証されている。また蓄尿されれば当然その前後で容積は増える。それらが数10ccの変動であるならば、きわめてメンタル的な要素が大きいだろう。
ここが針研究ウンヌンの者らの最たる誤謬であり、まちがってならないことは、臓器や効果器にダイレクトにメッセージを伝えるほどの影響力を、体表面から浅層膜のわずか数センチに刺し、厚さも数ミリほどであるステンレス針が、もつことはないということだ。(いや、そうあっていいはずがないと言ってもいいだろう)
これはオーダー程度の問題であるとも思う。ラットにとっての針と、ヒトにとっての針を、なぜか研究は同率に扱うしかないのだ。その点についての検証に真摯である研究者は皆無だ。
単純なシシオドシの構造を想像すればいい。内容量が十分に貯まれば、それがシグナルとなり、回転軸の支点・蝶つがい役の自律神経に伝わり排出をうながす。その単純な機械作業の繰り返しだろう。わざわざ自律神経のほうで、長年劣化して狭まってきたような竹筒の容積を広げるようなはたらきをもたないだろう。そのような臓器メンテナンス機能を、自律神経が果たしてもちえるだろうか。恒常性ということは、どうもそういった体内のアンバランスを一定にするかのような調節機能の意味合いのみが勝手に独り歩きするが、本来の意味とはちがう。