AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針 

2024-08-06 | 頭顔面症状

1.三叉神経第3枝の神経走行       

三叉神経第3枝(=下顎神経)の機能は、卵円孔を通った後、運動枝と知覚枝に大別できる。
運動枝は頭蓋外に出て咀嚼筋(咬筋、内側・外側翼突筋、側頭筋)に分布する。
知覚枝は、耳介側頭神経、下歯槽神経、舌神経、オトガイ(=頤)神経など下顎や舌付近に分布する。

 

2.下歯槽神経               

1)解剖

下顎骨内を走り、下顎の粘膜、歯髄、歯根の知覚をつかさどった後、オトガイ孔より皮下に現れ、オトガイ神経となる。

2)下歯槽神経刺針<裏頬車刺針>
 
下歯槽膿神経は下顎孔から骨トンネル内に入り、オトガイ孔から下顎骨の表に出てくる。
下歯槽膿神経この骨トンネル走行中に下歯痛に知覚枝を送っているので、下歯痛の原因となる。

卵円孔を出た下歯槽神経は、下顎骨内側の下顎孔から下顎管トンネル中を走行し、オトガイ孔から骨外の出て下顎から下唇の知覚を担当する。したがって下歯槽神経を刺激できるのは、本神経が下顎孔に入る手前に限られる。これはツボでいうと裏頬車に相当する。

 

3) 裏頬車(素霊、下歯痛の一本針)刺針の技法

側臥位で、歯にタオルを噛ませる。下顎角の内縁に触知するゴリゴリとした筋肉様(内側翼突筋)と骨の間を刺入点とする。2Un #2で下顎骨内縁から刺入針が口角に向かうよう刺入。針響を下歯に得る、とある。

下歯槽神経刺激。裏頬車の下方で下歯槽神経は、下顎管中に入るので、頬車の代用として裏大迎の使えない。
     
※下歯槽神経の走行:
下顎孔から骨中のトンネル中を走りつつ、下歯に知覚神経の枝を出し、最終的にオトガイ孔から下顎骨表面に出る。このオトガイ孔部を刺激することは、適用が限られるのでペインクリニックではあまり用いられない。オトガイ孔刺の適応は、頬車水平刺に含まれる。
 一本針伝書で裏頬車から刺針して「耳に響く場合・・」とあるには、おそらく舌咽神経の分枝である鼓室神経を刺激した結果だろう。鼓室神経は「鼓膜と鼓室の知覚を支配するので、こういうことも起こる。

3.舌神経

  ※舌咽神経:分枝に鼓室神経があり、鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は鼓室神経叢を      形成し、三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでな   く、時には耳まで痛くなるのは本神経の興奮による。

※辛味=痛覚
カプサイシンなどの辛味は、本来動物に「食べてはいけない」という警告を与えるものだが、人によっては辛いものを好む者がいる。辛味は、三叉神経経由で脳に情報が伝わり、痛みとして認識される。この痛みを和らげるため、脳はエンドルフィン分泌を増大するので、辛味で多幸感が得られ、病みつきになる者がいる。

1)解剖
 
三叉神経第3枝の主要枝である下顎神経は下顎孔に入る手前で舌神経を出す。

舌神経は、舌前2/3の知覚を支配している。ちなみに舌前2/3の味覚を支配するのは鼓索神経で鼓索神経は顔面神経と合流する。
末梢性顔面麻痺を起こすベル麻痺では、しばしば味覚障害を起こすことがあるのは鼓索神経も麻痺したことによる。鼓索神経には同時に涙腺や唾液腺に分布している線維も含まれており、涙や唾の分泌にも関係する。
      

※舌咽神経:舌咽神経は舌の後方1/3を知覚・味覚ともに支配するが、その分枝である鼓室神経は、舌咽喉神経の分枝に鼓室神経があり、鼓室神経は鼓膜~鼓室知覚支配している。鼓室神経は三叉神経や耳下腺を支配する副交感神経と連絡している。扁桃炎時、咽痛だけでなく耳まで痛くことがあるのは本神経の興奮による。

 舌咽神経は、内耳迷路から神経枝が伸びていることも確認されている。なわち舌咽神経刺激は、中耳炎の痛みだけでなく、めまい・耳鳴も関係するという。
舌咽神経を針灸刺激するには、難聴穴(深谷伊三郎が命名)から3㎝程度直刺すればよいことを発見した。なお耳介下部で耳垂の基部に「耳痕」をとり、耳垂下端で頬との境界まで線で結ぶ。その中点に難聴穴をとるこれは鼓室神経(舌咽神経の分枝)を刺激した結果だろう。鼓室神経は外耳道~鼓膜を知覚支配している。
深谷は「難聴穴から半米粒大灸7壮+完骨+少海」と記載しており、針は使っていない。灸刺激では鼓室神経を直接刺激できないので、当然ながら針響は起きない。私は、難聴穴から直刺2~3㎝で鼓膜に響くことを発見した。

柳谷素霊の「秘法一本針伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨(移動穴)刺針の記述があった。中耳炎時の鼓膜の痛みだろう。鼓膜を知覚支配するのは鼓室神経で、まさしく深谷の「難聴穴」と同部位をさすと思えた。

私が難聴穴を使ったきっかけは、解剖学書で浅層に顔面神経も走行することを知ったからだ。顔面神経は茎乳突孔(=翳風)を出た後、耳垂直下の耳下腺中を通過し、顔面表情筋へと枝を送る。したがって翳風への刺針パルスをすると顔面表情筋の攣縮を観察できるが、茎乳突孔部の顔面神経へ刺入するのは、方向が少しでもずれると著しい刺痛を与えるので実施するのが難しく、翳風の代用として私は難聴穴を使うことにしている(ただし顔面痙攣時は茎乳突孔部の顔面神経に刺激する以外、有効な手段がないので翳風へ深刺タッピング手技を行っている)。ベル麻痺時に難聴穴から1~1.5㎝直刺してパルスを流すと、顔面表情筋の攣縮を観察できる。顔面神経は基本的に運動神経なので針響起きない。何人か難聴穴から刺針パルス通電を行っているうち、たびたび耳中に響くという訴えを患者から受けた。
つまり、難聴穴は浅層に顔面神経が通り、深層に鼓室神経が通るという立体交差構造であることを知った。
ちなみに耳介周囲のツボで、耳中に響かせることのできるのは、この難聴穴以外にないようだ。

ブログ:顔面痙攣の針灸 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/135a9ffea3f625a5918e2668247bbf37

※耳垂中央からの深刺すると耳中に響くことを発見したので、私はこの部位を「下耳痕」と名づけたが、その後に深谷が「難聴穴」とよび素霊が「完骨」(移動穴)としているのを知り、それ以降は下耳痕との呼名を止めることにした。

ブログ:ベル麻痺に下耳痕置針 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/32b9f9a0816988958ffd8ee837d6cdd6


 


2)舌神経刺激刺針
 
下歯槽神経刺針と同じく裏頬車からの刺針では舌神経を刺激できない。舌神経を刺激するには、下顎骨後縁の央の舌根穴から直刺する。舌骨上筋刺激になる。舌根穴(=上廉泉)は舌の起始になる。舌骨上筋は舌咽神経支配が知覚支配しており、舌痛症と関係する。刺針すると舌根や咽喉に針響を与える。舌痛患者はあまり来院しないので、治療経験もわずかだが、舌根骨刺針の治療効果には手応えを感している。

 

4.咀嚼筋枝

三叉神経第Ⅲ枝は咀嚼筋を運動支配する機能もある。咀嚼運動障害の代表が顎関節症である。
顎関節症分類で、筋緊張によるものをⅠ型顎関節症といい、咬筋、外側翼突筋の過緊張による場合が多い。
咬筋の代表治療穴は「大迎」、外側翼突筋の代表治療穴は「下関」になるだろう。

素霊の示した頬車水平刺は、内側翼突筋中に刺針することで、下歯槽膿神経刺激になると思えた。大迎あるいは裏大迎から口方向に水平刺しても、下歯槽神経の直接刺激にはならない。
   

5.おとがい(頤)神経ブロック点

位置:口角の下方を探ると、下歯、下顎骨と触知できる。この下顎骨の縦幅の中点にオトガイ
孔をとる。
刺針:おとがい孔を刺入点とする。45°下方(顎方向)に向けて、さらに45°針を持ち上げて斜刺すると、オトガイ孔を貫通できるおとがい神経の上流にあたる下歯槽神経は下歯に知覚枝を送っているが、オトガイ孔へ刺針しても、下歯痛への効果はあまりない。
 

オトガイ孔は意外な方向で開口しているので、骨孔を貫通させることは案外難しい。それに加え、オトガイ孔の骨孔を貫通できたとしても、オトガイ神経の顔面分布領域は小さいので、臨床で使う機会は少ない。