AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

秩序ある成長の仕組み<ファッシア、気、モルフォゲン、フラクタル理論>(「閃く經絡」の読み解き その3)Ver.1.1

2020-06-15 | 古典概念の現代的解釈

1.ファッシアとは何か?

ファッシア(fascia)とは、ラテン語で「結びつける」の意味で、まさしく組織と組織を結びつける組織である。初めは筋肉を包む膜を筋膜とよんでいたが、筋肉だけでなく、臓器、骨、血管など、それぞれのパーツも筋膜同様の膜に覆われていることから、幅広い概念としてファッシアとよばれるようになった。とくに筋膜を意味するには、myofascia とよぶようになった。旧来からこうした膜の存在は知られていたのだが、組織を包む単なる包装紙のような役割だとして、あまり注目されていなかった。
ファッシア自体は結合織の膜で、組織ごとにファッシアで包まれている。隣接するファッシア間には空白ができ、細胞間質基質できる。
ファッシアはいわば真空パックとなり、水・空気・血液・膿・電気等を通さないので、隣接するファッシア間の細胞間基質をすべって移動する。そしてこの通路こそ經絡であるとしている。


2.気とは何か?

ファッシアを考慮することで、經絡の流れを説明しやすくなる。經絡を通過するのは気の流れとされていた。ところで気はもとは氣と表し、气+米で構成されてた。「气」は蒸気、空気などを示し、「米」は文字通りお米のことで、ポン菓子のようにポーンと弾けたお米を描いている。以上から気という文字は、米と空気が混ざることでエネルギーがつくられることを表している。気は代謝だといえるが、各細胞が行う全代謝の合計で、よりより言い回しでは生命力という言葉になるだろか。
ただし気は単なる代謝ではなく、知的な代謝であって、発電所でつくられる電気に似ている。気も電気も目に見えないが、電気と同じように、その効果を通じて気も見える。
 ファッシアの表面を気(=電気)が流れることで、気はモルフォゲン(直訳では、形態形成を支配する物質)に参加する。モルフォゲンは細胞から複雑な我々の体が作られる際の道標となるもので、癌では中心的役割を演じることでも知られる。


3.ファッシアによる体幹内臓の区分

1)ファッシアによる区画
内臓は個々の臓器を包むファッシアとは別に、同種のものとの間にコンパートメントをつくり、部屋を区分している。胸部と腹部の間には分厚い横隔膜が存在し、これがファッシアとして胸・腹部を分離している。胸部では胸膜心のう膜が、腹部では腹腔と腹膜後壁腔という区画がある。ダニエル氏は、大胆な発想とも思えるが、これら三区画を総称して三焦とよぶと記している。なお心嚢膜は心包のことだという。

※後腹膜とは
  腹部は腹膜という膜に裏打ちされた「腹腔」という空間と、腹膜の外側である「後腹膜」に分けられる。腹腔内には消化器のほとんどの臓器があり、後腹膜内の臓器には、通常、十二指腸、膵臓、上行結腸、下行結腸、腎臓、副腎、尿管、腹大動脈、下大静脈、交感神経幹などが含まれる。後腹膜臓器に炎症が起きると腰背部痛が起こりやすいという特徴がある。

 


 

さらに、体幹内部の空間は、以下の三陰経区分があると考察した。一般的には臓ごとに三陰を区分するが、解剖学な閉鎖空間により三陰を区分するのは新しい考えである。これが病態分析的に何を意味するかは、今後の課題となるだろう。
少陰経(西洋医学でいう腹膜後腔)=心・腎
太陰経(西洋医学でいう前腎傍腔)=膵・脾・肺
厥陰経(腹膜、横隔膜、心膜)を通る肝・心包


2)ファッシア間の開口部

ファッシアで区分された各コンパートメントは、互いに絶縁される一方、限られた開口を通して連絡している。横隔膜に隔てられた胸部と腹部は次の3カ所でつながっている。この知見がどのように病態に関与するは、次なる課題だろう。
大動脈:横隔膜の後面で(心と腎)-少陰経
食道:横隔膜の中央で(脾と膵と肺)-太陰経
大静脈:横隔膜の前面で(肝と心包)-厥陰経

著者のダニエル氏は、中国の女性医師に、動悸を治すため、肝に対する治療をしてもらった。その治療により、物理的に横隔膜の緩むのを感じ、深呼吸できるようになりラックスした気持ちになった。そして、肝経は上方に向かうが、これは横隔膜を通って心包と接続する方向。同じ厥陰經を通って肝と心包がつながっていると説明を受け、この理論の正しさを実感できた、とある。

※私の理論:胸腔は陰圧で、腹腔は陽圧になっている。その境にあるのが横隔膜である。この圧力のバランスが崩れると、胸脇苦満や心下痞硬などの症状を訴える。治療は心や肝に対する施術を行う。肝への治療は、肝気を鎮めたり上手に上に逃がしてやることが重要で、膈兪・肝兪などに施術する。心の疾患は器質的なものと機能的(=心因性)のものがあり、後者であれば横隔膜に対する施術になる。前者は重篤疾患。

4.成長

1)形成中心(モルフォゲン)と要穴の位置

一個の受精卵が成人へと成長するには、膨大な細胞分裂を繰り返すが、それは組織的な分裂であるべきである(無秩序に細胞分裂するのがガン細胞)。すべての細胞分裂を組織的に行うなら、その複雑性は処理できないほどになる。そこで成長する部分を集中的に制御することとなって、成長コントロールする発生的なポイント(形成中心=モルフォゲン)を結節点とよぶことになった。たとえば手の指をつくるには、肩→上腕→肘→前腕→手関節と成長していることが前提になる。
ところで要穴(五行穴や原穴・絡穴・郄穴)はすべて肘より末端に、膝より末端にあるが、これが形成中心になっているからだとダニエル氏は説明した。


2)フラクタル理論とマイクロアキュパンクチャー

形成中心から各細胞に直接連絡され、秩序ある成長をうながす。しかし発生が進むにつれ、形成中心も多数になるので、この理論は細胞反応を説明する発生学だけでは説明がつかず、数学的モデルを使った理論へと移行した。
 
ブノワ・マンデルブロは、自然界のカオス(混沌状態)にも規則性があり、これを方程式で表現することを報告した。この理論を一言で要約すると、<非常に複雑な組織化は、単純なフィードバック機構によって起こる>という内容になる。
 
マンデブロは、小さな変化から無限に美しい形を生み出すことを見つけ、これを「フラクタルfractal、語源はバラバラ)と名付けた。これは一から十まで指示する設計図はなくても、変化の法則性を発見できれば、設計図は非常に単純化されることになる。たとえば気管支の分岐、動静脈の分岐がこれに相当する。

 

このフラクタル理論は、これまでマイクロアキュパンクチャーとよばれていた範疇であり、全体的に診療するのではなく、耳鍼・頭鍼・高麗手指鍼・足の反射療法等、全身状態が、ある特定部分に反映されているという理論にもとづき、それぞれの部分を刺激すると種々な症状に効果あるとするものである。


5.ファッシアの癒着と治療法(「閃く經絡」から離れて)

ファッシアを理解することは、最終的には治療に結びつけたいからに他ならない。現行のファッシア刺激治療について、簡単に説明する。
ファッシアは組織や器官を密着するように包むラップのようなものだが、隣り合う組織ではファッシアが重なって存在する。通常であれば二つの筋は癒着することなく違う動きをするのだが、ファッシア同士が癒着していれば別々の動きをする筈の筋肉が一緒に動いてすまうので、動きづらくなってくる。
 癒着しているファッシア部に局麻注射(生理食塩水注射でもよい)をすると、瞬時に癒着は解消される。ただし慢性になると癒着しているファッシアは何ヶ所もあるので、何回かの注射が必要である。
癒着しているファッシアを発見するには、超音波画像診断装置を使うが、それでも発見しづらい場合が少なくないという。鍼灸師や手技療養を行う者は、皮膚を押圧したり撮んだりして周囲組織と異なる部位(=ツボ)を発見し、そこを押圧しながら、これまででなかったポーズをとらせるようにすると、徐々に可動性が増してくる。鍼灸師の場合は、その後に刺針するようにする。