<閃く經絡> は、東洋医学の考えを発生学的観点から説明しようとしている。この視点は、これまでになかったものであり、改めて東洋医学の懐の深さを感じざるを得ない。なお著者のダニエル・キーオン Daniel Keown 氏はイギリスの外科医で、中国に渡り北京の王居易医師(經絡医学研究センター)に師事した経歴をもつ。長年の目的は、西洋医学の最前線で鍼灸と気を再確立することであり、その経緯から本書が生まれた、とある。
胚が生長するにつれ背中と脊髄が形成されるが、次の段階として臓器を形成し始める。「閃く經絡」にはカラーの口絵が一枚載っている。著者ダニエル・キーオン氏が考察した東洋医学の五臓配置図で価値あるものと思える。本書の五臓の考えを紹介するには、この図なくしてはできないが、この図をスキャンして当ブログに載せることは著作権上の問題があるに違いない。しかし図を提示てきないと話が進まないので、本図とよく似たモノクロの図が本文中にあるので、これを自力で彩色化することで、一応の創作性を担保することにした。
なお私は2012年1月9日、「中医人体構造モデル」を当gooブログで発表済みである。ダニエル氏の図のと全く異なり、「中医人体構造図」では五臓を機械装置にみたてて表現たもの。
fhttps://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/0f10f985473890163d250ba3ba5b328f
赤色は血管、オレンジは消化管と気道、黄色は神経を示しているのではなく、「腎節」といって背骨のように節になって脊柱の左右両側に幹のように上下に連なっている原始の腎を示してる。これについては詳細後述する。五臓の図とはいえ、肝の下には小さく胆も描かれている。
1.心
1)心と脳の機能の相違点
心機能には、まず血液循環のポンプ作用がある。ただし心が感情のの影響を受けて心拍数を増減させているという意味で、脳と心は神経で連絡されていることが知れる。
感情表出とは喜怒哀楽のことで、今日でいう大脳基底核(大脳古皮質)が担当するものである。これはマクリーンの理論でいう旧皮質<馬の脳>が担当している。犬や馬など高等哺乳類骨には感情がある。
ちなみに鳥や魚には感情がなく本能で行動している。本能は<ワニの脳>である古皮質が担当している。
2)骨髄と骨に包まれた脳の類似点
骨内部には骨髄があるが、脳はその親玉であるとの認識から、骨髄が障害を受けると運動障害がおき、脳が障害を受けると意識障害または意識錯乱が起こるとした。脳=正常な意識(神)という認識だった。
ダニエル氏の図での心は、血管がくびれたように表現されている。これは発生学的に、格動する血管のくびれから心の臓が生長したことを表現しているものだろう。
2.肺
1)大気のエネルギーを体内に取り込み、体内に溜まった濁気を排出するというのが基本。
2)「肺の宣発・粛降作用」
中医理論では、「肺には宣発・粛降作用がある」という。この考えが我が国に入ってきたのは意外にも新しい。40年前当時の東洋医学理論ににない内容である。宣発とは呼気時に起こる作用で、噴水のように大気を四肢末端まで散布することであって、散布するためには、体幹の高い位置(=肺のあるべき位置)にある必然性がある。粛降とは吸気時に起こる作用で、大気エネルギーを五臓六腑にまで巡らす作用である。冒頭図では、腹式呼吸で吸気の際の、肛門から腹腔内に大気を巡らせるような矢印が描かれている。
3.脾
1)「脾は湿を悪(にく)む」
肺は呼気時、体内に溜まった湿を絞り出す役割がある(ゆえに呼気は湿っている)。ところで湿は元来飮食物に含まれる水が元となるので、通常は大小便や皮膚呼吸、そして呼気により体外に排出されるのだが、それで処理しきれなければ体内に湿が溜まる。脾は胃に入った飮食物を栄養別に振り分け、最終形としては気・血・津液に造り替える働きがある。これを脾の運化作用とよぶ。
「脾は湿を悪(にく)む」とは、脾の低下により水を処理しきれない場合、体内に水(津液)が貯留する状況をさす。
2)脾と膵の相違
古代中国人がいう脾は、現代での膵を指しているのではないかとの見方は以前からあった。現代医学的常識では、脾の役割は老化した赤血球を破壊し、除去することだとしている。
一方、現代医学でいう膵臓の主な役割は、消化液である膵液分泌と、インスリンを分泌し、血糖値を一定濃度にコントロールする働きになる。膵液は消化物を別の物質に変換する機能である。後者については、血液中に糖がいくらあってもインスリンがないと細胞に糖を取り込んで利用することができない、という意味でインスリンも糖の輸送に関与している。物質変換と輸送という機能は、東洋医学でいう脾の機能そのものである。
もっとも著者のダニエル氏は、脾臓と膵臓は、発生学的に両者とも十二指腸から生じている。それは膵臓が先に生じ、次に脾臓が帽子のように覆うという観点、血液の供給、ファッシアのつながりも共通であることから、一体としてとらえ、呼び名も脾でなく膵脾とした方が適切だと主張している。
4.肝
1)門脈
冒頭の図で、心と肝とを結ぶ黒い部分は、門脈である。この図は腸が吸収した栄養素は肝臓で処理されて有害物質が解毒され、血液は無害になった後、臓に環流するという、いうなれば心を守る機能になっている。
2)中医基本内容のおさらい
著者は中医独特の言い回しについて解説している。中医の基本内容なので、周知の方は飛ばして読んで頂きたい。
①「肝は血を貯蔵する」
文字とおり肝臓は血液で充たされているとの意味。激しい運動な どで血液が必要になると肝は収縮し、約500mlの血液を放出する。マラソンをしてい ると脇腹が痛くなることがあるのは、肝の収縮による痛み。
②「肝は疏泄を主どる」
肝は門脈系を通じて腹部のあらゆる消化管に接続している。肝臓 の働きが減速すると門脈圧も高くなり、肝臓は体液を腹腔内に出し、腹水を生ずる。これが肝硬変である。また靭帯を 通じて横隔膜・食道・胃・膵臓につながっている。
中医の「肝は疏泄を主どる」とは、内臓の各機能が支障なく円滑に機能させるのに役立っているというように理解できる。
また感情を円滑に流れさせるという意味もある。肝気が円滑に流れれば感情も穏やかになり、短気でイライラするような人は、すぐに怒りやすくなる。イライラと密接に結びついているホルモンはヒスタミンで、本物質は病原体に対して身体を過敏にする。ヒスタミンが多量につくられると、アレルギーや喘息などを引き起こす。これも肝の疏泄作用の悪化と捉えることができる。
③「肝は風を嫌う」
熱があると風が生まれ、動きをつくり、ときに破壊的にもなり得る。中国人は、身体が動く病の原因を風に求めた。てんかん、チック、振戦、などで脳波検査以外では病理をみつけられない。器質的変化は指摘できないのが特徴である。
5.腎
1)腎節の生長と退化の果てにできた腎臓
冒頭の図でユニークなのは腎の発生学的過程を描いていること、左腎と右腎(=命門)を区別していることにあるだろう。
1)腎節
腎は発生学的には腎節といって、背骨のように節になって脊柱の左右両側に節のように上下に連なっていた。頸部・胸部・腰部と順々にでき、それぞれ「前腎」「中腎」「後腎」とよばれた。しかし前腎は生長し退化し、中腎も生長し退化した後、後腎が誕生して生長するという発生学的手順を踏む。後腎は最終腎ともよばれ、今日でいう腎臓になる。
ダニエル氏の図は、前腎・後腎を表現していることがユニークである。(前腎と中腎はまとめて表現されている)
2)腎と副腎
中医で想定している腎と現代医学の腎とでは、意味するものが異なり、副腎機能に近いとされている。ただし解剖学的に腎と副腎は腎筋膜で包まれているという点で、発生学的には同じ臓器といってよい。
腎は尿生成の器官であるが、副腎髄質はアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどを産生し、副腎皮質は、糖質コルチコイド(=いわゆるステロイドホルモン)、鉱質ステロイド、アルデステロンなどを分泌しているのは周知のことであろうが、これらも古典的には腎の作用であるとみなすことができる。
3)「腎は精を貯蔵する」「腎は骨を制御し骨髄を満たす」
中医学で精は、気に変化して各種機能活動のエネルギー源として利用されると定義されている。生命活動の本になる物質とされている。精には、先天の精と後天の精があって、 先天の精とは、父母から受け継いだ体質(≒遺伝子)を、後天の精とは飮食物を摂取して獲得できる身体を育む栄養分だとしている。両親のもつ生命の炎を、自分のロウソクに点火してもらったとしても、その炎を育てるのは飮食物による。”精のつく食べ物”という場合の精は、後天の精を意味している。
人は成長しやがて老いて死ぬ宿命にあるが、骨格にもその過程が表現されている。骨格は端的にこの生長と衰退を示すものである。骨を栄養するのは骨髄で、骨髄は腎精によりつくるとされている。腎精が乏しくなれば、骨も干からびて折れやすくなる。腎精が少なくなることは、自身の生命力が乏しくなることと同時に、新しい生命を誕生させる力も乏しくなる。
4)左腎と右腎(命門)
副腎には性ホルモン(テストステロンとエストロゲン)を放出する機能があるので、腎は性欲を生殖を支配するという古人の解釈に間違いはなかった。
腎は左にあり、右の腎に相当するものは命門とよばれている。左右の腎の解剖学違いは、解剖によって明らかになった。右腎のみが十二指腸下行部に非常に細いつながり、トライツ靭帯が関係しているということである。