東大阪でそろばん教室を運営しているの先生のブログ 関西珠算瓢箪山教場・石切教場

子供たちから教えられたこと、感じたことを想いのままに綴ります。

日曜日のお話

2013-05-21 15:31:24 | 日記
 先日の日曜日、後輩の小学校の先生と会いました。彼女は現在特別支援学級の担当です。が、二人目のお子さんを妊娠されました(おめでとう!)。そのため、現在は軽減講師を探しているということで、適任者はいませんか?、と連絡がきたわけです。

 軽減講師とは、母体に過度な負担がかかる体育などの授業をお手伝いしてもらうための非常勤講師のことです。

 また、現在の状態で人手が足りず、補助員さんや支援員さんも探しているとのことでした。そこで、そろばんの教え子に現在特別支援の教員を目指して勉強中の学生がいるので、私の教室に集合することになったんです。

 さて、お話のの中で出てくるのは、とにかく先生が一生懸命であるということ。制度なんかどうでもいい。今目の前にいるこどものために何ができるのか?。その視点で物事を常に考えていることがすごく伝わってきました。

 教室に来た学生さんは、他のそろばん教室の生徒ですが、彼女が小三の頃から見ていました。とてもまじめで優しく、問題意識の高い生徒です。その彼女が、一緒に学ぶもう一人の学生さんを連れてきました。

 彼女の友達だけあって、やはり情熱というか熱い想いが伝わってきます。結局今現在は授業が詰まっていて、すぐに行くには難しいけれど、後期から補助員として子供たちと関わりたいということで話はまとまりました。

 後輩の先生が帰宅してから、女子大生二人と夜ご飯を食べながらさらにお話をしました。やはりふたりともまじめの一言です。ぜひこういう学生に教師になってほしいと感じました。

 さて、結局今子供たちの学習環境はお世辞にもよくないわけです。こうして志が高い学生がいても、一生懸命な先生が「人手が足りない」と叫んでみても、行政の手当は芳しいものではありません。ちなみに後輩の先生が所属する小学校は大阪市立です。予算はとても厳しいようです。でもね、未来の子供たちを育てるところの予算を削っちゃいかんでしょ。と私は思うわけです。
 
 で、最近のニュースを見ていて「こりゃだめだ…」と思いました。法律で許された範囲内で米軍にも利用してほしいとはこれいかに?。そうですね橋本さん。あなたの娘さんが法律で許される範囲内で、沖縄県のそういう企業に就職されたらぜひ喜んでください。おなたの息子さんが法律で許される範囲内でそういうお店で時間を過ごされたなら、握手して認めてあげてください。
 こういう価値観のトップに学習環境を委ねている大阪市のこどもたちが、男尊女卑の考え方に染まり、昭和の価値観を持たないように定ってくれることを切に祈ります。
 そして、大阪市の先生方には、ぜひともトップの持つ情けない価値観を持つことがないような子供たちを育てていただきたいと思います。

 私の教え子には教師を目指す生徒が今のところ3人います。看護師や医師、介護福祉士など、「人のために働きたい!」という生徒がたくさんいます。とても恵まれていると思います。こんな気持ちを持ってくれる生徒を一人でも育てていきたい。そう想っています。
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「先生」として悔しい気持ちになるお話です

2013-05-05 23:37:10 | 日記
 「小林凛」という少年をご存じでしょうか?。 現在11歳の俳人です。

 彼は今学校へは行っていないそうです。その原因は「いじめ」。ちょっとにわかには信じられないのですが、小学校一年生のころからもういじめられていたそうです。
 っそしてその実態に気づいた家族が小学校に相談しても、おざなりの対応で取り付く島もなかったそうです…。そして家族とともに彼は「自主休学」(登校拒否と言わないところが素晴らしい彼とご家族の内面を表していると思います)を選びます。

 著作権の問題もあるのかもしれませんが、あえて彼の俳句をふたつだけ引用します

「いじめられ 行きたし行けぬ 春の雨」


「いじめうけ 土手の蒲公英 一人つむ」
 


先生として、大人として、心の中をかきむしられるような想いです。そして彼がこれを書いたのは小学校低学年の時なんです。毎日のように新しいことを学び、頑張った結果を褒めてもらい、時に悪いことをして叱られる。そんな心に栄養をたっぷり与えねばならない時期に、彼はこんな俳句を詠まねばならなくなってしまったのです。彼の人生を踏みにじるという意味では、こうしたいじめはもはや「殺人」と等しいのかもしれません。いや、等しいとも言えるはずです。

 ここから先は、真偽のほどは確かではありませんが、俳句を見せた学校の先生は「俳句じゃ食べていけない」とか「おばあさんが書かはったものではないんですか?」と言われたそうです。

 信じたくはありませんが、もし本当ならばこの先生たちは、今すぐ教師を辞めるべきですね。教師自身もいじめに加担していることに気づいていないのでしょうか?。

 私は、小学校高学年の時から中学校にかけていじめられていました。軽い登校拒否もやりました。小学校の時はいじめる側にもなっていた時期があります。だから、両方の気持ちを経験しています(分かるとまでは言いにくいですね)。その経験を通してわかったことは「悪いことを悪いと感じる心・人の痛みを自分の痛みと感じる心」これがきちんと育っていれば、いじめに加担することはないということです。
 つまりは、預かる生徒全員にこの心を育てることができるならば、「教師」であると胸を張って言えると想っています。

 今はそのために、お手紙に書いた事件に全力で対応しています。その過程で出てきた、心無い生徒を全力で叱っていますが「うざい」と心のカギを閉ざしたままです。私が指導している間にカギを開くことができるか、今日も悩んでいます。

 生徒の心に潜む「闇」を消し去って、精一杯そろばんができるようになってほしい。そう想い続けていますが…。

 お気づきのこと、なにかご意見ありましたらどうか教えてください!!
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