東大阪でそろばん教室を運営しているの先生のブログ 関西珠算瓢箪山教場・石切教場

子供たちから教えられたこと、感じたことを想いのままに綴ります。

「理系」に関する勘違い

2018-11-17 19:22:47 | 日記
 「理系」と聞くと、とにかく数学ができると思うかもしれませんね。

 私自身は高校時代はバリバリの文系でした。国公立を目指すためには理科も必要だったので「地学」を勉強しました。その中で地学に興味を持ったので、「地学」の専門教員を養成する「奈良教育大学 特別教科(理科)教員養成課程 地学専攻」というコースがあったので、そちらを第二志望に(第一志望は中学社会でした)して受験した結果、地学専攻のコースで合格したのです。

 結果として、大学で「理転(理系に転向する)」したわけです。理科と数学をお勉強することに多少苦しみましたが、結局自然科学の論文を書き、学会発表もするところまで研究を進めましたから、なんちゃって理系ではないと思っています。

 だから、中学・高校時代に数学や理科が苦手であっても「理系には向いていない」わけでは決してないのです。もちろん「理科・数学が得意である」状態であれば、理系をオススメしますし、「理科・数学が苦手で実際に結果も出せていない」のであれば理系をオススメするわけではありません。

 現在の義務教育における理科の教育は「理科嫌い」を量産する方向に進んでいるとよく言われます。たとえば、実験をせずに丸暗記。結果だけを説明する。子供たちの「なぜ? どうして?に答えようとしない。などですよね。
 さらに数学のもとになる算数では「掛け算の式の順序」に正解・不正解が存在します。本当に「どうでもいい」レベルのことを強要します。でも割り算の記号は分数からできていることや、割り算の記号は4種類あることなど、子供たちの興味を引くことを授業中に指導しておられる先生を私は知りません(なんなら自分が理系であることを自慢げに話す先生でも知らなかったりしますからね)。

 私は長年子供たちに関わる中で「義務教育時代に、本来理系の素質を十分に持っているのに理系教科で結果を出せない生徒がたくさんいる」と思っています。そしてそういう生徒が「塾」という教育機関に通っても、その「塾」に理系のセンスを涵養する指導者がいなければ、やっぱり理系のセンスは芽を出しません。

 私の教え子はその進学先を聞く限りにおいて理系が半数程度いるので一般的な理系の割合よりは少し多い気がしています。私は国公立志願でバランスタイプだったので、全教科について「捨てる」という行為をしたことがないことも影響しているのかもしれません。
 さらに、私は一人で5教科の指導すべてを担当しているので、教科間に指導内容の偏重がないように気を配っているということも影響しているのかもしれません。

 いろいろな考え方はあるのでしょうが、義務教育時代の成績程度で「理系・文系」を決めてかかることは、なんとなくセンスが無いような気がするんですよね。まあ、私自身は「中学・高校理科専修免許状」所持者であることもあってか、昨今の理科離れと言われる状態を憂慮している一人です。なので、私は授業中に「なぜ?」を重視して指導をしています。

 理系か文系か。決断するのは自分の希望の進路を見つけてからでもいいんですよ(まあ、理系教科で結果を出していない状態から理系を目指すのはしんどいですけどね:体験者は語る 笑)。
 大人に何を言われようが、自分の希望の進路くらい自分の力でこじ開けるくらいの地力を身につけてください。

 でも、本当に義務教育時代の頑張りくらいで、その子の進路を決めてかかる指導者は虫唾が走るくらい嫌ですね。もちろん、義務教育時代の成績や、教科間の得手・不得手はその後の人生に多大なる影響はありますが、義務教育時代の成績からは考えられないような進路を決めてきた教え子をたくさん見てきた身からすれば「うん、スタート位置はだいぶ悪いから苦労するぞ~」ぐらいにしか思わないんですよね。
 とにかく、やらなきゃいけないときにできる力をつけておくことは確かに大切です。今はとにかく自分の力をつけることに全力を注いでほしい時期ですね。頑張れわが子たち!
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塾指導に対する考え② 中学生の塾指導について

2018-11-09 01:06:23 | 日記
 大学院修了後に非常勤講師をしながら塾講師もしていました(バイトです)。まあ生きるためには仕方がないですよね。

 中学校ではたくさんのしんどい生徒と関わりました。ご家庭に問題がある生徒、発達障害の傾向がある生徒、すぐに暴力に訴える生徒、精神的に不安定な生徒…。
 こうした生徒は総じて学力が低く、生活習慣も良くありません。遅刻や欠席が多いし、みだしなみも良くありません。朝ごはんを食べないし、挨拶もきちんとできません。そして自分の考えや気持ちを相手に伝えることを特に苦手としています。
 そして極めつけは「自己肯定感」がありません。どうせ私なんか! という心持になっている生徒がほとんどです。無理やりに言葉を作るとすれば「自己否定感」の固まりなわけです。だから全てのことに対して投げやりで無気力なんだと気付いたわけです。
 逆に言えば「自己否定感」を取ることができれば、全ての要素が上向くのではないかと思いました。

 一方で、当時講師をしていた塾は成績でいえば平均点-70点前後~+50点前後の生徒が多かったんです。いわゆる「成績中位層」~「下位層の中でもまだ良い方」といった感じです。
 で、塾に来ることができる層ですから、親御さんも比較的ご理解をいただいていました。それでもこういう層の生徒はとにかく「我慢」ができないんですね。ゲームしかり、テレビしかり、マンガしかり…。今自分がやるべき中身が分かっていても、目の前の楽しさに負けてしまうわけです。
 根気よく繰り返し伝えました。なぜお勉強をするのか? お勉強ができるということで人からどう見られるのか? お勉強ができることで見えてくる世界があること。などなど。

 そうして自分自身を客観的にみつめることができ、頑張り始めた生徒は必ず学力は上向きました。これは塾講師をしていたときの教え子も、中学校のいわゆる「低学力」の生徒たちにも共通して言えたことです。
 しかしながら「十分に」学力を取り返すには中学生からでは遅すぎることを現実として知るわけです。1年で偏差値で5~7くらい上がっても、元々が40未満であれば50に届かないわけです。1年以上頑張っても真ん中にすら届かなければ、やはり子供たちは「どうせ…」となってしまうわけです。それでも頑張る前の状態からは伸びているわけですから、進路の選択肢は広がっています。親御さんには感謝していただくことが多かったのですが、それでも「もっと早く出会っていれば」と忸怩たる思いをずっと持ち続けました。

 でもね、じゃあもっと早く頑張っていればもっと選択肢は広がるじゃないか!とい考えに行き着くわけですよ。

 そしてさらに、大学進学をする・しないに関わらず「自分のことを自分で決める」ことができるようになること。これも伝えたいのです。

 中学校でたくさんのしんどい生徒(いろんな意味で)を実際に見た感覚です。これは塾講師しかしたことがない者には絶対に分からない感覚です。「塾」に来ることができる生徒は、それだけで恵まれているのです。しんどい生徒は「どうせ」が口癖です。自分の置かれた環境を他人のせいにします。もちろんそういう状態の生徒も少なくはなかったんですが、「じゃあ、自分の力でこじあけろ!」という気持ちを持って欲しいんですよね。お勉強を通して、努力は結果に必ず比例するということ。そして自分が目標さえ見つければそれに必要な努力をすればいいこと。このことを子供たちには知って欲しいのです。お勉強を通した努力で、その努力に応じた結果を得れば子供たちは確実に変わるのです。

 「大量の課題には意味がない」「大量の課題をこなすことで高校入試を乗り切れば、その先で必ず詰まる」「できるだけ効率の良いお勉強を中学時代に身につけるべきだ」というお考えの塾講師の方は多いと思います。
 こうしたお考えの塾講師の皆さんは「努力させる過程で伝えるべき大切なこと」を知らないのです。そして「大量の課題でその後伸びない」生徒をたくさん見たという方は、「努力させる過程で伝えるべきこと」を理解している指導者が周りにいなかったのです(もちろんご本人も理解されていないのです)。

 私は中学生の塾指導において「頑張らせること」はものすごく大切なことだと考えています。その「頑張らせる」ことの意義をしっかり理解していないと、「頑張らせること」は「ただの苦行」になってしまいます。
 そして「頑張らされること」が当たり前の感覚になってほしいので、そろばん指導でたくさんの負荷をかけるのです。

 こうした私の想いを中学時代に理解してくれる生徒もいれば、高校進学後・大学進学後・なんなら社会人になってから理解する教え子もいます。今日もお手伝いしてくれている大学生講師の1人が「中学時代は何も分かってなかったけど、今になって考えれば先生の指導って全部先の先を見てくれてると思いますもん。なんでこいつら分からんのかなって思うけれど、自分の中学生時代を考えればそれもそうかなとも思います。それでも伝え続ける先生ってほんとしんどいですよね。ひょっとしたら一生分かってくれへんかもしれへんのに」

 うん、伝わってますね。こうして伝わる生徒がいる限りは私は伝え続けます。そして学力を上げることは大前提として、塾指導の際にはこうしたことも考えていますよというお話でした。

 こんな長いブログにお付き合いいただきありがとうございました。
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秋の生徒募集のお知らせ~2018年~

2018-10-31 00:22:26 | そろばんに関する中身
年内の生徒募集は11月末日でいったん締め切ります。
次回の募集は来年2月末~3月初旬を予定しています。


 11月末日までに体験授業を予約された場合のみ、12月以降でも体験授業をお受けいただけます。体験授業終了後のご入学も可能です。

※瓢箪山教場

 コースに関係なく、1・5・6年生は募集停止しています。1年生は来年2月頃に火・木コース限定で若干名募集予定です。

 ★月・水・金コース
  2・3年生は各1名、4年生は3名程度の募集です。
 ★火・木コース
  2・3年生は各1名、4年生は2名程度の募集です。


※石切教場

 現在は、入学をお待ちいただいております。お問い合わせいただいた順で体験予約を賜っております。

 お問い合わせは随時受け付ております。

 発信者番号を非通知でお問い合わせいただいた場合は、お電話をお取りしておりません。発信者番号は通知でお願いいたします。

 ※両教場とも、小学校未就学児は通常とは別の時間帯での授業となります。詳しくはお問い合わせください。

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意識

2018-10-31 00:22:17 | 学習・塾に関する中身
 中学3年生を対象に様々な高校が「オープンキャンパス」を実施しています。
  
 私の教え子もとある私立高校のオープンキャンパスにいってきたのです、感想を聞いてみました。

 「勉強ばっかりでしんどうそうやから、あの学校はないかな」と。

 私の反応です。 「うん、それなら大学にはいかないでね」

 現在の大学入試はかなり厳しくなっています。私立大学では、国からの補助金の関係で合格人数を絞るようになってきました。単純なお話ですが、合格者数が減れば、はじき出される人数が増えますよね。いわゆる難関大学の難易度は上昇しています。その影響は中堅の大学にも及んでいます。

 さて、私立高校(特に公立名門校の併願校)は、その進学実績が保護者のみなさんの判断基準のひとつになります。当然入学時の学力レベルが同じ公立高校の大学進学実績に負けるわけにはいきません。それぞれの私立高校ごとに特色ある学習指導・進路指導をされています。それは大学進学を見据えたものになっていますから。当然ながら公立高校のカリキュラムとは全く異なるものになりますし、学習への取り組みのしんどさもまた全く違うものになります。

 で、私が中学3年生の教え子に投げた言葉です
 「私立高校は、大学進学を見据えた指導をするんやから、当然公立高校とは違ってお勉強をすることを求める。そして受験者は当然そういう生徒であると思っているわけですよ。さらに言えば、3年間公立高校でぬる~いお勉強をしてきたメンバーと、私立高校で(やらされるお勉強を含めて)鍛えられたメンバーとよ~いドンで大学受験に突入するわけですよ。だから、私立高校のオープンキャンパスで見せる『よそ行き』レベルのしんどさで『あれ無理』って言ってるくらいなら、高校卒業で就職したほうがいいよ。大学受験ってそんなに甘いものじゃないよ」と。

 私は全員が大学受験をする必要はないと思っています。それでも、将来やりたいことが見つかって、それが大学進学を求められることであったときに「キミ、アホやから無理やで」と言われるようになってほしくないんですよね。

 だから厳しいかもしれませんが、このような言葉を投げておきました。高校へ進学するときに、その進学の意味をきちんと分かって欲しい。そのために必要なことは伝え続けようと思います。
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塾指導に対する考え

2018-10-31 00:22:05 | 学習・塾に関する中身
 中学生の塾指導は小学生の授業を受講した者に限定したい。これが本音です。

 中学生の塾指導はあしかけ20年になります。大手塾の講師と比べれば足元にも及ばない人数ですが、指導した生徒の半数以上が小学校時代の偏差値が50未満でしたし、全体の3割程度は偏差値40未満でした。そして小学校時代に偏差値60を超えた生徒は2名しかいません。
 
 さて、小学校時代に学力が低かった生徒全員に共通したこと。それは「語彙力がない」。これにつきます。とにかく言葉が通じないのです。もちろん日常会話はできますよ。ある程度。ただとにかく文章が読めないんです。問題に書いてあることが分からないんです。だから教科書も満足に読めません。この状態でお勉強をしてもそりゃ苦痛でしかありません。

 で、私はとにかく教え子の力を伸ばしたいですから、語彙力を高める方法はなんだろう?と考えるわけです。まずは本を読みなさいと言う訳ですが、とにかく読まされる本が楽しいわけがないんですよ。で、次に考えたのが「語彙」がたくさん載っている本でひたすら小テストをするというものです。
 ある程度力はついたと手ごたえがあったのですが、「例文」をもとに「丸暗記」するので、その言葉を使いこなせないわけです。せっかく小テストで正解しても、その言葉を作文で使えないんですよ。これでは語彙力が付いたとは到底いえません。

 で、「どうしてこんなに語彙力がないんだろう?」と考え続けたわけです。

 ところで、そろばん指導の中で漢字指導も行っています。そこで使用している導入文はまあまあ難しいものになっています。そして気付くわけです。例文の意味を理解しないまま漢字だけを覚えている生徒が多いことに! そして、意味が分からない状態でも平気な生徒が多いことに!
 そこで、とにかく「意味調べ」をさせることにしたんですが、ここでも問題が発生しました。小学校では4年生で辞書引きの指導があるんですが、意味調べとは「辞書に載っている意味を書き写してくれば正解」なんですよ。そんなことでその言葉を使いこなせるわけがないんですよ! でも学校現場での辞書引きの指導はそれでOKなんです。
 そりゃ小学生の語彙力が育たないわけだと気付きました。そこで、5年生の漢字からは読みではなく部首を尋ねる方式に、訓読みは意味を聞く方式に変更しました。でもそろばん指導の中でほんの20分程度行う漢字の指導では限界があります。
 そこで、語彙力を育てるためにきちんと授業形式を取り入れたいと考えるようになったわけです。だから、小学生の授業(小学生は塾指導とは考えていません。あくまで塾指導の手前の部分です)は教科書を一切無視します。とにかく「文章を読む」「語彙力を育てる」そして漢字指導にもこだわりがあるので、漢字の成り立ち「六書」も意識した指導をしたいと考えました。

 ここ数年は6年生のみ授業形式で頑張ってきましたが、6年生1年間では意識改革に限界を感じていました。それでもお預かり当初の模擬試験と、受験直前の模擬試験の偏差値はどの学年も10以上は上がっていますから、私の指導自体が無意味ではないと思っています。
 でも、中学校でしていただく指導もありますし、中学校で新たにライバルと出会うことで目覚める能力もあるでしょう。全てが私の指導の影響だというつもりはありません。
 でも、やはりこのやり方で生徒と接する中で、生徒の意識も変わっていると言う手応えを感じていることもまた事実です。

 中学生になる前に、お勉強への心構えを身につけて欲しい。そのために必要な「語威力」を中心に小学生の授業は指導します。そしてそろばん学習で圧倒的な計算力は身に付きます。漢字指導や夏休みチャレンジでの暗誦。そしてその合間に行う様々なおまけのイベントを通して、やりぬく力もまた指導しています。

 そろばん教室で指導できる中身には残念ながら限界があります。だからこそ、小学校時代に必要なのに指導できていないことを少しでも補いたい。これが小学生の授業を行う私の本意です。
 これは「大阪トップ10校への合格者を出したい」とかいうしょうもない理由で行っていることではありません(それならば単純に入塾試験を課して、選抜すればいいだけです)。
 「教え子の能力を少しでも伸ばしたい」そして「お預かりする以上、できるだけのことをしていきたい」という想いから、小学生の授業を必修にしたいというわけなんです。

 でも、教え子から頑張っているものを奪ってまで指導したいとも思っていないんです。だから中学生の塾指導を受けたいがどうしても無理だと言う場合は、懇談でご相談して頂きたいのです。「ここまではしてほしい」という私の想い・考えをお伝えします。それから検討して頂ければ結構です。

 という考えがあるので、そろばん指導も原則として5年生までで入学をストップするのが基本方針だということです。

 少なくとも、そろばん指導でも基本的な学習習慣は涵養するように努力しています。私が行っている指導の意味は全てご説明できます。そして中学以降のお勉強に立ち向かうために足りないものを、小学生の授業では提供していこうと考えています。

 中学生の塾指導の考え方は、また近いうちに必ず書きます。
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