脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

ザ ノンフィクション 安楽死

2024年06月02日 | 2022年9月からのつぶやき
https://www.fujitv.co.jp/thenonfx/

亡くなるお母さんに娘たちが「ママ大好きだよ」って言い続けてた。

私には、「大好きだよ」って言ってくれる人はいないなぁ。

私の死後、家族を支えてくれるような親切なママ友もいないなぁ。

脳脊髄液漏出症での誤解が、私のすべての人間関係を壊した。

スイスに安楽死に連れていってくれるような家族もいないなぁ。

私は3年どころじゃない、何十年も、症状や医師の無理解、家族の無理解に苦しみ、
ひとりで耐えてきたけど、

だれも、「よく今まで頑張った」って言ってもらえない。

人の苦しみはいろいろあるけど、
がんとかは、比較的周りにその深刻さが理解され支援されやすいと思う。
病の症状の他に、さらに医師の無関心や無理解や、家族の無理解、社会の無理解に苦しめられる事は少ないと思う。

けれど、脳脊髄液漏出症は
ただでさえ、症状がつらいのに、
さらに、さまざまな無理解に苦しめられる。
他人には苦しそうに見えないから、
本人はものすごい痛みや、苦痛で七転八倒していても、なぜか歩けたり、1人でやっとの思いでも病院に行けたりすると、
多くの人は、たいした事ない状態だと誤解する。

苦しみのわりにはすぐには死なないから、症状に延々と苦しめられ、その間、元気そうに見えるから、怠け者や、ふざけている、演技している、と誤解されたりもする。

こんな過酷な疾患って、他にないと思う。

苦しいのに、病人怪我人としてさえ、なかなか理解されないなんて、
こんなにも理不尽で過酷で、残酷で、恐ろしい疾患めったにないと思う。

私もできる事なら、安楽死したいなぁ。

もう、嫌だよ、こんな理不尽な人生。

耐え難い苦痛は、何もがん患者でなくても、
脳脊髄液漏出症の私も、何度も何度も体験してきましたよ。

もっと、脳脊髄液漏出症患者の苦しみに、日本中の医療が向き合ってくれたら、せめて、孤独だけは癒されるかもしれないし、
自殺したり、
安楽死をねがったりする患者はいなくなるかもしれないのにな。

だって、脳脊髄液漏出症は早期発見早期治療で治るんだから。

ただ、診断に辿り着くまでのハードルが高く、
診断に辿り着いてからも、医師に症状を伝えるのさえ、苦しさの程度を理解してもらえるのさえ、難しいのが脳脊髄液漏出症。

診断と治療が遅れれば、さらにそこから先、完治までの道のりは遠のく。

その間の闘病は、がん患者のように、周囲の理解や支援は受けられない。

もし、がんなら「何度治療をしても、再発を繰り返す」という状態に、だれも患者自身を責めないだろう。
「こんなに治療を繰り返しているのに、がんが何度も再発するなんて!あなたは、医師の私の治療を否定するつもりか?再発させるあなたの体が悪い!」とは絶対に言われないでしょう?

けれど、脳脊髄液漏出症の場合、何度ブラッドパッチ治療をしても症状を訴え続ける患者には、医師の中には
「本当にそんな症状あるの?」という感じを漂わせ、うざがられる場合もある。

脳脊髄液漏出症の場合、家族にもいつまでも症状が治らないとバカにされたりもする。

がん患者が、なかなか治らないからと医師や家族にバカにされたりする?
しないでしょう?

脳脊髄液漏出症の子供患者は優しい親に恵まれれば、
至れり尽くせりで支えてもらえるかもしれないけど、
大人患者はそうはいかない。

配偶者や子供や年老いた親を支えなきゃならない立場だから。

よほど、支えてくれる家族に恵まれなければ、症状と無理解と孤独に耐え続けなければならない。

私は自分に言ってあげよう。
よく、今まで頑張ったね。
よく、脳脊髄液減少症の病名も、その存在に気づく医師もいなかった時代を1人で耐え抜いたね。

今までよく、このブログ続けてこれたね。

よく頑張ったね。
死なないで生き抜いてえらかったよ。と。

コメント
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