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脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

元気そう? 1

2007年05月12日 | つぶやき
きのう、とある方に久しぶりに会い、
「お元気そうで・・・」と言われました。

社交辞令だと思うし、
闘病中の私を励まし、気遣う言葉なのはわかります。

でも、とても複雑な気持ちになりました。
ちょうど、脱力が出始め、だるさや半身のシビレも感じていたからです。

この病になってから、
どんなに苦しい時でも、
「元気そう」と言われるたびに、

「なぜ?こんなにつらいのに、元気そうに見えるのか?」と
疑問が湧きました。

でもよく観察してくれる身近な人は、
本当に具合の悪い時の私は、老婆のように見えるといいます。

具合が悪くなってくると、目が泳いでくるらしいです

でも、そんな時でも、自分の顔を鑑で見ても、
とても自分が具合が悪いようには見えません。

この病はどんなにだるく、苦しくシビレていても、
「健康そう」・・・・
または、「元気な人が病を演じているように」見えるのは、なぜなのでしょうね?


私もよく、健康で元気な人に
「お元気そうで何よりです。」と社交辞令で使います。

でも、その言葉は、病人ではない健康な人に使ってこそ、
意味があるように思っています。

私自身、
「脳脊髄液減少症」の見えない症状で、やっとの思いで生きている時に
「元気そう」と言われた時の、
なんともいえない、複雑な気持ちを体験してみて、

他の多くの病気と闘っている人には、何と声かけしたらいいのかと
考えてしまいました。

改めて考えると難しいです。

まさか、「具合悪そうですね。」という言葉が
患者に「苦しみを理解された。」と思わせるお見舞いの言葉とも
思えないし・・・。


「お元気そうに見えますが、その後体調はいかがですか?」といえば

患者は「実はまだ、症状に波があって困ってます。」とか言いやすいのかもしれません。

「元気そうね。」って決め付けられて言われるから、
反論の予知も与えられず、

「このつらさをわかってもらえない。」と
複雑な思いを持ってしまうのかもしれません。

また、
「きっと見た目ではわからないつらさもあると思いますが、
少しは楽になられましたか?
という声かけなら、

患者は
「実は、まだ不調なんです。」という、
本音の言葉言いやすいかもしれません。

「脳脊髄液減少症」の激しい症状や、
多彩で複雑で、ものすごい苦しさを体験している最中ですら、

見た目では周囲には「元気そう」と言われてしまう、つらさ悲しさ

この病の苦しさが理解されない、伝わりづらいことを、
改めて感じます。

きのう会った人には、
「昨年よりは、お元気そうに見えますが、調子はいかがですか?・・・。」と言われていれば、

私も素直に、「そうなんです、昨年よりはずいぶん楽になり、回復しています。
とうれしい気持ちで返答できていたかもしれません。

言葉って難しいですね。

病気で心まで、ナイーブになっていたり、
傷つきやすい立場の、患者にかかわる医療関係者の方がたは、
充分な配慮ある言葉が必要だと思います。

まだ、病名もわからないころ、

当時は自力で病院まで行けたので、
具合が悪くなると、やっとの思いで受診して、

やっとの思いで待ち時間を耐え、
やっと順番が来て、医師に苦しい症状を訴えても、

「あなたの顔が笑っているから、・・そんな苦しいはずがない。」と
医師に言われたことがあります。

当時、苦しみの原因も、病名もわかりませんでしたが、
(まさか髄液が漏れていたとは・・・)

当時も、つくづく、この苦しみは人にも医師にも
わかってもらえないのだなぁと思い、孤独に打ちひしがれました。

この病の苦しさを伝える難しさは、今も感じ続けています。

それにしても、医師たちは、
特に交通事故にかかわる医師たちは、
医学部で
「詐病患者に注意せよ」とでも教育されているのでしょうか?

詐病患者にだまされることを、警戒するより、
真の患者を見逃さないことの方が、

大切だと思うのですが・・・

つづく・・・・。

コメント (14)
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