自民党新総裁に谷垣氏(NIKKEI NET)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090928AT3S2800O28092009.html
谷垣候補300、河野候補144、西村候補54(山本一太)
http://ichita.blog.so-net.ne.jp/2009-09-28-7
期待に反して予想通り谷垣氏が新たな自民党総裁に選出されました。
河野氏が派閥領袖などの退場を求めたのに対し、谷垣氏は「全員野球」を訴えた。
衆院選でベテランばかりが残った自民党でどちらが勝つかはあらかじめ予想はできる。
過半数というシステムを取り入れている以上、多数派が勝利するのは必定なのである。
だが、多数派が必ずしも主流ではないことは有り得る。
なぜなら、数というのは変化し、変化の方向があるからだ。
人間は未来を予測しようとする。
すると、変化の方向に敏感にならざるを得ない。
勢いの衰えている方と、勢いの盛んな方とでは、現状の数とは他に実態としての違いがある。
いかにタイタニック号が巨大で揺るがない存在だとしても、流氷に衝突し沈み行く中では、小さなボートにも勝てない。
みな、タイタニック号を捨てて小さなボートに移ろうとするだろう。
だが、タイタニック号の威信を求める者は、どうしようもない現実を突きつけられるまで船に残ろうとするかもしれない。
タイタニック号は実績がなかったが、実績のある船であればなおさらだ。
我々人間は未来を見通すことができない。
確たる信念の無い場合、未来において成功を手にするために、最も合理的な選択は何か。
それは、経路依存性に身をゆだねることだ。
過去にうまくいったことは、今後もうまくいく可能性が他よりも高い。
ロシアンルーレットよりはマシである。
しかし、これはあくまで見かけの可能性の話であって、現実の話ではない。
環境が変化すれば当然、可能性は変化している。
だが、それに気づくためには環境の変化の本質を理解する必要がある。
オッズが劇的に変化していることに気づかず、これまでと同じようにゲームを進行してしまえば、ロシアンルーレットよりも最低な結果を招くこととなるだろう。
経路依存性は諸刃の剣なのでもある。
さて、私には、谷垣氏を選出した自民党は変化しない道を選んだように見える。
もちろん、そんなことを考えて谷垣氏を支持した者はいないだろう。
谷垣氏を支持した人達も変化を求めて谷垣氏に投票したのだ。
しかし、彼らにとっての変化は、我々が考える変化とは異なるのかもしれない。
それは、彼らと我々とは問題意識が異なるからだ。
私は、河野太郎が主張していた「今、自民党の(新たな)存在意義が問われている」という問題意識が正しいと思う。
自民党は谷垣氏を選び、新たな道を進む覚悟を捨て、ある意味で自民党を再定義し直したのだ。
それはそれで自民党のあり方なのだと思う。
であるならば、河野氏と河野氏を支持した議員は自民党を離党し、みんなの党と合流するべきだと思う。
これ以上、彼らが自民党にこだわる必要があるとは思えない。
私は、そのことによって政党間に新たな対立軸を構築されることを望む。
民主党と自民党と似たような政党による二大政党よりも、新しい軸による対極を期待したい。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090928AT3S2800O28092009.html
谷垣候補300、河野候補144、西村候補54(山本一太)
http://ichita.blog.so-net.ne.jp/2009-09-28-7
期待に反して予想通り谷垣氏が新たな自民党総裁に選出されました。
河野氏が派閥領袖などの退場を求めたのに対し、谷垣氏は「全員野球」を訴えた。
衆院選でベテランばかりが残った自民党でどちらが勝つかはあらかじめ予想はできる。
過半数というシステムを取り入れている以上、多数派が勝利するのは必定なのである。
だが、多数派が必ずしも主流ではないことは有り得る。
なぜなら、数というのは変化し、変化の方向があるからだ。
人間は未来を予測しようとする。
すると、変化の方向に敏感にならざるを得ない。
勢いの衰えている方と、勢いの盛んな方とでは、現状の数とは他に実態としての違いがある。
いかにタイタニック号が巨大で揺るがない存在だとしても、流氷に衝突し沈み行く中では、小さなボートにも勝てない。
みな、タイタニック号を捨てて小さなボートに移ろうとするだろう。
だが、タイタニック号の威信を求める者は、どうしようもない現実を突きつけられるまで船に残ろうとするかもしれない。
タイタニック号は実績がなかったが、実績のある船であればなおさらだ。
我々人間は未来を見通すことができない。
確たる信念の無い場合、未来において成功を手にするために、最も合理的な選択は何か。
それは、経路依存性に身をゆだねることだ。
過去にうまくいったことは、今後もうまくいく可能性が他よりも高い。
ロシアンルーレットよりはマシである。
しかし、これはあくまで見かけの可能性の話であって、現実の話ではない。
環境が変化すれば当然、可能性は変化している。
だが、それに気づくためには環境の変化の本質を理解する必要がある。
オッズが劇的に変化していることに気づかず、これまでと同じようにゲームを進行してしまえば、ロシアンルーレットよりも最低な結果を招くこととなるだろう。
経路依存性は諸刃の剣なのでもある。
さて、私には、谷垣氏を選出した自民党は変化しない道を選んだように見える。
もちろん、そんなことを考えて谷垣氏を支持した者はいないだろう。
谷垣氏を支持した人達も変化を求めて谷垣氏に投票したのだ。
しかし、彼らにとっての変化は、我々が考える変化とは異なるのかもしれない。
それは、彼らと我々とは問題意識が異なるからだ。
私は、河野太郎が主張していた「今、自民党の(新たな)存在意義が問われている」という問題意識が正しいと思う。
自民党は谷垣氏を選び、新たな道を進む覚悟を捨て、ある意味で自民党を再定義し直したのだ。
それはそれで自民党のあり方なのだと思う。
であるならば、河野氏と河野氏を支持した議員は自民党を離党し、みんなの党と合流するべきだと思う。
これ以上、彼らが自民党にこだわる必要があるとは思えない。
私は、そのことによって政党間に新たな対立軸を構築されることを望む。
民主党と自民党と似たような政党による二大政党よりも、新しい軸による対極を期待したい。
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