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進化する魂

フリートーク
AKB48が中心。
気の赴くままに妄想をフル活用して語ります。

人間は葛藤のうちにしか成熟しない

2011-02-09 10:13:15 | スピリチュアル
平松邦夫×内田樹「漱石が『坊ちゃん』で書いた教師像に学ぶ」
「教育は誰のためにあるのか」とことん語ろう 第2回 (現代ビジネス)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2050


教育の目的を個別的な知識とか情報の収集ではなく、人間的成熟であると考えると、教育方法についての答えって、わりと簡単に出るんです。それは、子どもを成長させる単一の方法は存在しない、ということです。子どもは葛藤のうちにしか成熟しない。


心が震えた。


「子どもは葛藤のうちにしか成熟しない。」


これは子どもだけに当てはまる言葉じゃない。
大人も同じだ。


「人間は葛藤のうちにしか成熟しない。」


これだ。
これだよ内田先生。
相互に矛盾する関係性の中に身を置いてこそ人は成熟に向かうことができる。

勘違いされたくないのは、これはヘーゲル的な弁証法的アプローチではなく、
まさに禅のアプローチ、絶対矛盾的自己同一だ。

なぜか。

「成熟」が意味するものが何かを考えればわかる。

一般的に「成熟」というと、ある完成形に到達することを意味するが、そうではない。
なぜなら、人間に完成形など存在しないからだ。
「人間の完成」とは、生物学的な成長のピークアウトを言うのではない。
人間は、外形的なものだけで成立している存在ではない。
「成熟」とは、人間を構成するもの全てが完成することをいう。
つまり、人間が成熟することなど有り得ない。

成熟に向かうということは、無限の選択肢から選択をし続けること、道なき道、終わりなき道だ。
昨日よりも今日、今日よりも明日と、より大きな自分を獲得し続ける過程を言う。

では、どうすればより大きな自分を獲得し続けることができるのか。

それは、昨日の自分とは違う今日の自分、今日の自分とは違う明日の自分を獲得していくことだ。
新しい自分を発見し続けることである。

新しい自分を発見し続けるためには環境(経験)が必要だ。
それこそ、相互に矛盾する関係性の中に身を置くこと以外に有り得ない。

相互に矛盾する関係性の中に身を置いてこそ人は成熟に向かうことができる。


「人間は葛藤のうちにしか成熟しない。」


おぉ・・なんという宇宙の奇跡