粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

後藤健二さんの兄の言葉

2015-02-01 12:05:19 | 国際時事

テロ集団「イスラム国」による日本人人質事件は最悪の結果を迎えてしまった。今後の日本国内外の世論の反応が気にかかる。おそらく、常日頃安倍政権の政策を批判するメディア、政治家、ジャーナリストは後藤さんが殺害された原因を安倍首相の中東での強硬発言に転嫁させることが予想される。イスラム国の卑劣で残虐な行為を棚に上げ、安倍首相がイスラム国を刺激したのが悪いというように。

そんな中、後藤健二さんの兄純一さんのコメントが非常に印象的だった。

「今まで日本政府や日本中、それに世界中で応援していただき、ありがとうという思いです。 

兄としては、健二に無事に帰ってきてもらって、皆さんに感謝を述べてもらいたいと思っていただけに非常に残念です」

弟を失った悲しみ、憤り、無念、沈痛の思いは察するに余りある。それを敢えて押えて、まず日本政府、日本国民、そして世界の人々に感謝の言葉を述べている。兄としては弟が紛争地を実情を伝えることの意義を理解し心情的に弟をかばいたい気持ちはあるだろう。しかし、一方でわざわざ危険な地域に飛び込み拘束された「自己責任」を指摘する声が日本国内で出ている現実も痛感しているに違いない。その結果、日本政府が総力を挙げて弟の救出に取り組まざるを得ない現状にも苦悩していたことだろう。

そんな弟に対する複雑な心境のなか、敢えて日本政府への感謝の意を表すばかりでなく、生きて帰国できたら弟にもそうしてもらいたかったという言葉さえ口にする。弟のことを本当はいろいろ語りたかっただろうに。際めて抑制された理性的な発言だ。

あるいは、後藤さんがシリアに入る前にビデオレターで覚悟を述べていた言葉も念頭にあったのだろう。「自分の責任でシリアに行く。何がおこってもシリア人を恨まない」と。弟の覚悟は本物であり、自己責任ということも兄としては十分了解していたのではないか。

人質殺害という最悪の結果でわき上がる政府批判の騒擾を、日本政府や国民に感謝の言葉を述べることによって後藤さんの兄は鎮めることになった。今は何よりもテロを憎みこれを許さないという世論を強固にすることが必要だ。