湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

「涼」の詩パート5

2015-07-31 11:36:18 | オリジナル
共通テーマ「涼」でTが書いた散文詩を投稿します。

                 
 ある家
用事がないと同じ街の中でもまるっきり行かない場所がある。その家の前を通っ
たのは、四十五年ぶりだった。住む人はいなく窓から見える中は空っぽだった。
昔ここに住んでいた人が突然甦る。名前も思い出す。私よりも十才年上だった。彼
は結婚したばかりで、同じ研究所に勤めていた。時々帰りが一緒になると熱く夢
を語っていた。カナダに移住したいからそのためにあと少し語学力をあげたい、
と会うたびに言った。社会人になったばかりの私はただただすごいな、と思うば
かりだった。旅行すら今のように皆が行かれるような時代ではなかった。それか
ら二年後、彼は会社を辞め奥さんと二人でカナダに渡った。なぜカナダなのか、
カナダのどこへ行くのか、聞いた記憶はない。一年後、オタワに居を構え、研究
機関に就職もできた、という短いエアメールが研究室に届いた。それ以後の彼を
知らない。元気でいれば七十代後半だ。彼がいなくなってからのこの家がどうい
う経緯をたどったのか分からない。ただ、今日見た建物は、夢を叶えるために飛
び立っていった彼の抜け殻のようだった。佇んでいた私を木枠の窓の隙間からひ
いやりとした空気が流れ出てかすめた。廃屋になっても崩れないで建っているの
は、この家がカナダと繋がっているからなのだ。
コメント
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