共通テーマ「涼」でTが書いた散文詩を投稿します。
ある家
用事がないと同じ街の中でもまるっきり行かない場所がある。その家の前を通っ
たのは、四十五年ぶりだった。住む人はいなく窓から見える中は空っぽだった。
昔ここに住んでいた人が突然甦る。名前も思い出す。私よりも十才年上だった。彼
は結婚したばかりで、同じ研究所に勤めていた。時々帰りが一緒になると熱く夢
を語っていた。カナダに移住したいからそのためにあと少し語学力をあげたい、
と会うたびに言った。社会人になったばかりの私はただただすごいな、と思うば
かりだった。旅行すら今のように皆が行かれるような時代ではなかった。それか
ら二年後、彼は会社を辞め奥さんと二人でカナダに渡った。なぜカナダなのか、
カナダのどこへ行くのか、聞いた記憶はない。一年後、オタワに居を構え、研究
機関に就職もできた、という短いエアメールが研究室に届いた。それ以後の彼を
知らない。元気でいれば七十代後半だ。彼がいなくなってからのこの家がどうい
う経緯をたどったのか分からない。ただ、今日見た建物は、夢を叶えるために飛
び立っていった彼の抜け殻のようだった。佇んでいた私を木枠の窓の隙間からひ
いやりとした空気が流れ出てかすめた。廃屋になっても崩れないで建っているの
は、この家がカナダと繋がっているからなのだ。
ある家
用事がないと同じ街の中でもまるっきり行かない場所がある。その家の前を通っ
たのは、四十五年ぶりだった。住む人はいなく窓から見える中は空っぽだった。
昔ここに住んでいた人が突然甦る。名前も思い出す。私よりも十才年上だった。彼
は結婚したばかりで、同じ研究所に勤めていた。時々帰りが一緒になると熱く夢
を語っていた。カナダに移住したいからそのためにあと少し語学力をあげたい、
と会うたびに言った。社会人になったばかりの私はただただすごいな、と思うば
かりだった。旅行すら今のように皆が行かれるような時代ではなかった。それか
ら二年後、彼は会社を辞め奥さんと二人でカナダに渡った。なぜカナダなのか、
カナダのどこへ行くのか、聞いた記憶はない。一年後、オタワに居を構え、研究
機関に就職もできた、という短いエアメールが研究室に届いた。それ以後の彼を
知らない。元気でいれば七十代後半だ。彼がいなくなってからのこの家がどうい
う経緯をたどったのか分からない。ただ、今日見た建物は、夢を叶えるために飛
び立っていった彼の抜け殻のようだった。佇んでいた私を木枠の窓の隙間からひ
いやりとした空気が流れ出てかすめた。廃屋になっても崩れないで建っているの
は、この家がカナダと繋がっているからなのだ。
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