おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

国鉄・勝田線廃線跡をたどる(「志免緑道」)。その1。

2013-03-19 23:33:37 | 鉄道遺跡
 福岡へ行ったらここにもぜひ、と。「国鉄勝田線」跡。地下鉄空港線で「福岡空港」駅まで。そこから徒歩で北東の方角、ほぼ一本道のゆるい上り坂。「上亀山駅跡公園」へ向かいました。飛行機の発着音がひっきりなしに聞こえてくる道筋。空港からわずかのところにある町が「志免町」。

 勝田線(かつたせん)は、かつて福岡県福岡市博多区の吉塚駅と同県糟屋郡宇美町の筑前勝田駅とを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)。1985(昭和60)年に全線が廃止となりました。その跡は、ほぼ自転車・歩行者のみが通れる緑道になっています。
 元は、沿線から産出する石炭の輸送と宇美八幡宮参詣客の輸送のため、筑前参宮鉄道が敷設した鉄道路線。1918年に末端部が貨物線として開業、翌年に全線が開業し旅客営業を開始しました。沿線の糟屋炭田から産出する石炭の輸送で賑わったが、同炭田が閉山すると急速に衰退していきました。

1942年(昭和17年)「筑前参宮鉄道」が九州電気軌道に合併し「宇美線」となる。
1944年(昭和19年)戦時買収により国有化、吉塚 - 筑前勝田を勝田線とする。
1965年(昭和40年)宇美 - 筑前勝田間の貨物営業を廃止
1981年(昭和56年)志免 - 宇美間の貨物営業を廃止
1985年(昭和60年)4月1日 全線廃止 。

 志免・宇美両町内の区間は、大半が遊歩道として整備されていて、御手洗、上亀山、志免の各駅跡は公園となり、特に志免駅跡はホームや線路、信号機などが保存され、勝田線現役時代の写真なども展示された鉄道公園として整備されています。
 「吉塚」駅~「上亀山」駅、「志免」駅~「筑前勝田」駅は時間的にたどれず。出発時間までの3時間ほど。ほぼ志免町町内を通る廃線跡の一部をたどってみました。
この橋を渡ると、「志免町」。
「志免緑道」入口から北西方向を望む。「吉塚」駅方向へ緑道(廃線跡)は伸びています。ここから吉塚駅からの線路跡はまだところどころに確認できるようだ。航空写真でも確認できそう。
単線だったことが幅の狭さでも分かる。
よく整備された緑道が続きます。
工場と住宅の間を抜けていきます。輸送量増強のための複線化、駅の拡幅などはなかなか難しかったのか?
線路のすぐ脇を通るバス通り。地元住民の輸送手段としてはバスかマイカーというふうになっていったようだ。
左がバス停広場。
「志免町大字別府字出料」。
トンネルのようなモニュメント。線路際まで住宅が迫っています。
ところどころなくなっている柱もありますが、なかなかの迫力。
枕木を敷き詰めてあるところも。
「上亀山駅跡公園」。周囲が住宅地の中にありました。広い楕円形の公園。その形がホームがあったことを偲ばせる。ただ、それらしい駅・鉄道の痕跡は見当たらず。
「御手洗」駅方向。



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