おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書「日本精神分析」(柄谷行人)講談社学術文庫

2014-05-08 23:31:49 | 読書無限

 菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で、集団的自衛権の行使を可能にするための憲法解釈変更について、「まず与党の理解を頂くことが最優先だ」と指摘、6月22日までの今国会中の閣議決定には「こだわらない」と明言し、「時期ありきではなく、丁寧に説明し、理解を得た上で閣議決定する」と強調。行使容認に慎重姿勢を崩していない公明党を粘り強く説得する姿勢を示した。

 公明党との関係で、というが、真意は、国会での議論になることを回避するためのものでしかない、と。与党の圧倒的多数、さらに少数野党の中もバラバラ。そうした中で、国会の形骸化がひどい。最後は多数で押し切れる(結局、押し切られるから)と誰もが思っているから、なお始末が悪い。
 
 第三章「入れ札と籤引き」
 「真の代表者を求める人々は、のろのろと議論ばかりしている議会をうさんくさいものと見なすようになります。そもそも真の代表者が入れ札、つまり、あの密室の中に生まれる卑小な欲望の統計的総合としてもたらされてよいのだろうか。真の代表者はむしろ拍手喝采によって選ばれるべきだ。しかも、それが極まってくると、代表者はわれわれのためにいるのではない、代表者のためにわれわれがいるのだ、という逆転さえ生じます」(P152)

 ヒトラーが国民投票を好み、一挙にことを決めようとしたわけもそこにあるようです。アベがよく言うように「国民の半数が賛成したにもかかわらず、どうして国会では3分の2の賛成が必要なのか」。
 憲法改「正」論議。特に「憲法9条」は、国民投票ではなんとかは守られるのではないか、と甘く見ている向きもあるようですが、まず無理でしょう! それを見越して、彼らは発言しているのですから。
 こうして、アベ達のやり口は、見えてきています。どう反撃していくか(やり方)が問われています。
 この評論は、20年近くも前のものを加筆訂正して、2007年に「講談社学術文庫」の一つとして発刊されました。
 この章は、菊池寛「入れ札」をもとに、逃げ落ちる国定忠治が子分達のとった姿勢(これはほとんど菊池寛の創作ですが)「入れ札」による決め方ということを素材に、菊池寛がこの小説を書くに至った直接的な動機の解明にとどまらず、当時の時代背景(普通選挙法の実施、立候補のいきさつとその後)に触れながら、代表制民主主義そのもの持つ欺瞞性と限界を指摘し、真の民主主義はどういうものでなければならないか、を解き明かす内容になっています。「入れ札」と対峙するやり方に「籤引き」を挙げています。受験競争、内申書など教育、文化論にもなっています。
 
 他に、芥川龍之介「神々の微笑」、谷崎潤一郎「小さな王国」が取り上げられ、それぞれ日本人の言語観、歴史観、さらには市民運動など幅広くユニークで核心を打つ評論集になっています。その根底には、第一章の「言語と国家」で「ナショナリズムは啓蒙によって消えるようなものではない。それを必要とする現実が変わらないかぎりは」(P59)と文芸評論という枠にとどまらず、現実的な機能をもちうる「民主主義」(再)構築を運動としてもかかわろうとする筆者の思いが伝わってくる評論集です。
 なお、付録として、取り上げた三つの短編小説が掲載されています。

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