僕の詩集

読みやすく解かりやすい詩です。
人間・人生・生きるをテーマに、新作を、一日一篇、投稿しております。是非、ご覧ください。

詩の解説No.33「 奇 病 」

2016-08-31 15:28:22 | 詩の解説
 (再掲載) 

 僕の詩集 No.33

【 奇 病 】

金銭だけを追っかけ
一直線に生きていると
たまには遠まわりしないと
いずれは精神が犯される
それも並みのものではない
奇病だ!


潤いを持たないと
奇病にかかるぞ!


人は誰も老いて肉体が傷む
だが奇病の痛み方は
       普通ではない
致命的な傷み方をする
特に貧乏人は気をつけよう
生活に追われ
潤いをなおざりにしがちだ
貧乏も怖いが
奇病の方がもっと怖い


潤いを持たないと
奇病にかかるぞ!


たまにはいい芸術作品に
          触れ
趣味に没頭しよう
ややもすると貧乏人は
       それを忘れる
貧乏でも貧乏なりの
        方法がある
視野が狭く目先の生活だけに         惑わされ
それに気づかないのは危険だ
老いてひとり身になった時
部屋の中に
   閉じこもりっきりに
      なるような
そんな人生は避けよう


しかし潤いを取りすぎても
         いけない
奇病にかかり
身を滅ぼす
だがそんな手合いのことは         放って置こう



NO.33「奇 病」の解説 
1992.7.21.作

 この詩は、欲望に狂った現代人への警告です。金儲けだけに走っていると、たまには潤いを持たないと奇病にかかってしまう。奇病とは、病気ではなく、「取り返しのつかない状態」のことです。貧乏人も、貧乏なりに潤いを持ちなさい。だが、怖いことに潤いを持ちすぎても危険だ。ほどほどが、いいのではないですか?人間は常に追い込まれた状態で生きている、それに気づきなさい、と言った詩です。
  


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詩の解説No.32「 人 間 関 係 」

2016-08-31 12:46:27 | 詩の解説
  (再掲載)

 僕の詩集 No.32
 
【 人 間 関 係 】

相手に
何かを求めてはならない
何かを期待してはならない
だが何も育まれない相手と
いつまでも付き合って
      いるのも苦痛だ
それでも人間関係を
大切にしなければならない
        と言うのか


そんな苦痛に堪えなければ
      ならないのなら
人間が小さくなってもいい
ひっそりと
自分だけの孤独な世界を
        全うしたい
その方が血となり肉となる


漠然とした人間関係は
        もう沢山
人間関係で自分を
    大きくしょうなんて
馬鹿げている
細った人間になってもいい
人間関係なんて私には
       重要ではない
自分を磨くには
自分を育てるには
自分の力で出来る範囲でいい

必要以上の人間関係は
馬鹿げていてマイナスだ
本当の喜びには結びつかない
人間関係が嫌だと
      言うのではない
ただただ顔を突き合わせて
       いるだけでは
やり切れないのだ


私は自分のペースで
自分を育みたい
高く聳え立たなくても


NO. 32「人間関係」の解説 
 1992.7.2.作

 この詩は、偏屈な人の人間関係を説いていますが、私個人の詩でもあります。
 人間関係の下手な私が、人間関係では育まれない。自分の人生は自分自身で育んで行く。言い訳とも負け惜しみともつかないことを言っている詩です。
 人間関係を欲得で考えている人がいると思いますが、偏屈な考えでも、そんな人よりいいのではないかと思います。 
 人間関係が苦手な方には、共感していただけるのではないでしょうか。




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僕の詩集No.1035【 イサム・ノグチ氏 】

2016-08-31 09:50:07 | 
  イサム・ノグチ氏

           にのみや あきら

すべて石で造られた彫刻
作品は静寂そのもの
それでいて観る者に語り掛けてくる
石の作品なのに温かみがあり命がある
話しかけて自分を主張している
不思議な魂が宿っている彫刻

滑り台は
飾り物ではない
子供たちが
オシリで感じるよう
作品なのに実際に滑ってもいい
芸術作品であって
実用的
どの作品を観ても
魅力いっぱい
作品ひとつひとつに
釘付けになる

父は日本人
母はアメリカ人
世界を股に掛けて活躍して来た
東洋と西洋の文化の架け橋
石に宿る魂を抽象的に表現し
観るものの心を打つ
日本とアメリカの間で悩む
自分のお墓は
見晴らしのいい丘の上
石造りの自分の作品の中で
日本とアメリカを思い
永眠している
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詩の解説No.31「 法 律」

2016-08-30 15:13:21 | 詩の解説
    (参考掲載)

   法 律
      
      谷川 俊太郎

法律はとっくに
    家に住みついている
人間と同じで
大体はいいやつばかりだが
時にはテキヤまがいの
        新入りが
裏口からこそこそ入ってくる   こともあるかと思うと
はるばる海を越えてきた
      威勢のいいのが
ガラス戸蹴破って
    押入ることさえある
そんな連中には
     我が家のしきいは
またがせぬと
   がんばったところで
いつのまにか連中は
      家に入ってきて
くりからもんもん
       ひけらかして
頼みもせぬのにぼくらを
守ってくれたりして
       しまうのだ


  (再掲載)

 僕の詩集 No.31

 【 法 律 】

      にのみや あきら


静かだ
いるのかいないのか判らない
でも絶えず身体に纏わりついて
             離れない
ひたすら沈黙を守り
出番を窺っている
 

人間の行くところ
何処へでもついてくる
先まわりも得意だ
地上はおろか空でも海でも
だが場所によって濃度が違う


何でも見通しているくせに
惚けた振りをして眠っている
だが鋭さは天下一品
事件を嗅ぎつけると
何処へでも素早く飛んで行き待機する


ご主人の命令で
何時でも何処ででも目が覚める 
そして聖者にでも暴君にでもなる 
網の目を大きくしたり小さくしたり
ワイヤーのように強靭になったり
蜘蛛の糸のように細く柔らかく
            なったり
自由自在はご主人次第


NO.31「法 律」の解説 
 1992.7.19.作 

 この詩は、谷川 俊太郎さんの詩に同名の詩があり、その詩に触発されて創った詩です。
 法律は、不思議で奇妙な存在、普段は人間の身辺で静かにしているが、一旦、事が起きると活発な活動を始める。そしてどんな辺ぴな所でも、どんな場所でもついてきて活動をする。活躍の仕方は、法律を駆使する人次第で、善意にでも悪意にでも働く、と言った詩です。
 谷川さんの詩に触発された部分を説明しますと、まず一行目の「法律はとっくに家に住みついる」です。「家に住み着く」と言う表現が法律の存在にぴったりだと感じて魅かれました。この感覚を活かして創ってみようと思い、創ったのが私の「法律」と言う詩です。確かに、法律は何もしない時でも人間の身辺にいるんです。それを私の詩では「~~身体に纏わりついて~~」「出番を伺っている」「人間の行くところ何処へでもついてくる」などで表現しました。つまり法律は、人間の身辺にいつもくつっいている、と言う解釈です。そして谷川さんは、法律は「~~いいやつばかりだが」と表現してます。私の詩では聖者に当たります。そして、その反対に「ガラスを破って押し入る」は悪い法律で、私は暴君で表現しました。つまり法律には、善人と悪人がいるわけです。法律の働きは、ご主人様次第、法律を使う人によって、良くも悪くもなる、と言った所でしょうか。
 冒頭に、谷川さんの詩を参考掲載しましたので、読んでみてください。

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詩の解説No.30「 限 界 と 美 」

2016-08-30 12:42:56 | 詩の解説
 (再掲載)

 僕の詩集 No.30

【 限 界 と 美 】

人は
混沌とした
限界を求めて 
生きている


それがどんな限界であれ 
追い求めることによって
終点に
美が待っている


人間の限界に
宇宙の限界に
万人が
時代を超えて挑戦する
そして
人類が極限を
    クリアーしたとき
万物の美が
永遠の美しさとして誕生する


 NO.30「限界と美」の解説  
 1992.7.17.作

 この詩は、人間の生への賛歌です。
 人間は混沌とした中で生き、限界(死)に直面し、終局(死)を控えて生きています。どんな限界であっても、追求することによって、素晴らしい人生になる。それを万人が求めて生きているはずだ。そして人間、誰もが美(成功)を獲得できる。人間、誰もが成功者だ、と言う詩です。
 ちょっと難解で説明不足かもしれませんが、この様に解釈してください。
 実は私、難解な第一線の現代詩を批判しております。私も詩を創り始めたころは、現代詩にかぶれ、粋がって難解な詩を何篇か創りましたが、反省し、最近では、難解な詩は創っておりませんので、懲りずに読んでいただきたいと思っております。




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