今日は東京の江戸川に用事があり遠征です。
仕事じゃなく遊びで東京に行くのは約4年振りです。
浮足立っていたのか新大阪で携帯持ってくるのを
思いっきり忘れていたのを気付く。
茫然とするとともに携帯無いと不安を感じた。(^^;
東京で最初に参拝するのは徳川家の菩提寺として、
また関東浄土宗の本山として有名な増上寺です。
所在地:東京都港区芝公園四丁目7番35号
宗派:浄土宗鎮西派
御本尊:阿弥陀如来
創建:明徳4年(1393)
開基:聖聡
札所:江戸三十三箇所21番
【縁起】
浄土宗の七大本山の一つ。
江戸時代の初め源誉存応が徳川家康の帰依を受け大伽藍が造営された。
以後徳川家の菩提寺として、また関東十八檀林の筆頭として興隆した。
さらに江戸時代総録所として浄土宗の統制機関ともなった。
戦災によって徳川家の将軍やその一族の御廟は焼失した。
焼失をのがれた三門・経蔵・御成門などを含む境内は、
昭和四十九年(1974)完成の大本堂とともに近代的に整備された。
【東京タワー】
増上寺へ行くには最寄駅が幾つかありますが、
私は品川から大門駅へ。
駅に着くと東京タワーが見えました。
テレビでは腐るほど見てますが生で見たのは初めてです。
東京には何回も来てますが今まで東京タワーが見える場所には行って無かったので。
意外と嬉しかったです。
しかし今日の東京はメチャクチャ暑いっす。
【大門】
【三解脱門】
知恩院の山門に匹敵するような立派な門です。
三解脱門とは三つの煩悩「むさぼり、いかり、おろかさ」を解脱する門のことで、
非公開の二階部分には釈迦三尊像と十六羅漢像が安置されているそうです。
私なんかなかなか解脱出来ませんわ。(^^;
【土塀】
境内に入って本堂を見たい欲求を抑え土塀沿いを歩いていく。
【旧方丈門】
さすが増上寺だけあって三解脱門とは別に渋い門があります。
三代将軍家光公の寄進・建立とされ慶安年間(1648~1652)の建立とされております。
【慈雲閣】
参拝した時は知らなかったが葬儀会場だとか。
【境内】
広い境内の奥に見えるのが大殿と東京タワーのコラボです。
【経蔵】
徳川幕府の助成により建立されたもの。
【境内】
いよいよ大殿へ向かいます。
ふぅ、暑いなぁ。
【光摂殿】
「心を洗い、生きる力を育てる」為の講堂、道場として、
平成十二年(2000)に建立されたもの。
【大殿】
東京タワーとのコラボが素晴らしい。
絵になるとはまさにこのことです。
屋根に光る金色の鴟尾はまるで東大寺の大仏殿と同じような感じですね。
【扁額】
【東京タワー】
【本堂内部】
最初に堂内に入った時はちょうど僧侶達による読経と法話をされておりましたので拝聴。
法要や法話されている時は撮影禁止ですが、
それ以外の時は撮影OKです。(許可済み)
しかし巨大な大殿の割には御本尊様は小さいなぁと思った。
このような建物にはせめて丈六ぐらいの大きさが無いと、
釣り合わないと大変失礼ながら個人的にそう感じました。
【法然上人像】
【善導大師像】
【境内】
大殿から見た境内です。
【法然幼年像】
【安国殿】
恵心僧都の作と伝えられる秘仏黒本尊(阿弥陀如来)が祀られていますが、
厨子の中にあり代わりに御前立が見れました。
こちらも法要の時以外は撮影OKです。
御朱印はこちらでいただけます。
【西向聖観世音菩薩】
かなり古そうな観音さんです。
いままで一体何人の方が拝んできたんでしょうね。
【四菩薩像】
左から文殊、虚空像、地蔵、普賢菩薩となります。
【徳川家霊廟】
中に入ると霊廟絵葉書付きですが拝観料500円かかりますが、
ここまでは無料で見れます。
この重厚な門は旧国宝で「鋳抜門」と呼ばれ、
もと文昭院殿霊廟(六代将軍徳川家宣公)の宝塔前中門であったもの。
折角なんで拝観料を支払い入ってみました。
二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、
十四代家茂公の六人の将軍の他、崇源院(二代秀忠公夫人)、
皇女和宮さま(十四代家茂公夫人)ら五人の正室、
三代家光公側室桂昌院(五代綱吉公実母)はじめ五人の側室、
及び三代家光公第三子甲府宰相綱重公ほか歴代将軍の子女多数が埋葬されています。
しかし肝心の家康、家光、吉宗等のビッグネームの石塔や宝塔はありませんでした。
【増上寺御霊屋】
絵葉書より。
旧徳川将軍家霊廟は御霊屋ともよばれ墓所・本殿・拝殿がありました。
戦前には国宝に指定されていましたが、先の大戦の二度にわたる空襲直撃で
ほとんどが焼失し僅かに残った建物も国宝指定を解除。
惜しい。
実に惜しい。
絵葉書を見ただけでその素晴らしさが分かる。
これほどのものが戦争で失われるとは残念で仕方無いですね。
【東京タワー】
霊廟からも良く見えます。
かなり近いんですね。
【景光殿表門】
大殿の裏側になります。
【大殿】
表門から見た大殿です。
【圓光大師堂】
大師堂や法然上人像を見て分かる通り新しいものです。
【貞恭庵】
皇女和宮所縁の茶室。
貞恭庵の名は和宮の戒名である静寛院宮贈一品内親王好誉和順貞恭大姉から。
【聖観世音菩薩】
【舎利殿】
地蔵尊像が祀られていました。
【鐘楼堂】
【写経塔】
【観音像】
【旧台徳院霊廟惣門】
いわゆる仁王門ですが実に美しい惣門です。
重要文化財。
【仁王像】
修理の際に体内から修理銘札が発見され、元は埼玉県川口市西立野の西福寺(真言宗)の
仁王門に安置されていたもの。
安政二年(1855)の暴風で破損したまま同寺の観音堂の片隅に置かれていたものを、
昭和二十三年(1948)同寺三重塔の修理と同時期に三度目の修理が行われた後で、
東京浅草寺に移されたことも記載されています。
その後の経緯は詳らかではありませんが、
昭和三十三年頃までにはこの惣門に安置されたと考えられます。
【勅額門跡】
元々あった重文の勅額門は狭山不動尊に移築されています。
狭山不動尊を調べてみますと西武鉄道グループの堤オーナーが、
プリンスホテルを開発する際に芝増上寺やその他からの文化財をこの地に集めて、
1975年に創建されたお寺。
勅額門の他に御成門、丁子門(全て重文)も増上寺から移築されているとか。
買収した土地にプリンスホテルを建てる為なら、
偉人の墓を掘り起し、歴史的な建築物を己の他宗派の寺に移築する。
有り得ない。
私なら恐れ多くて絶対出来ない事ですが、
これぐらいh酷い事が出来ないと実業家として成功しないんだろう
【御朱印】
基本的に阿弥陀如来と西向聖観世音の御朱印がいただけますが、
リクエストすれば黒本尊と六字名号の御朱印もいただけます。
【御朱印帳】
この御朱印帳は実に渋くて一目惚れしました。(^^